『にごたん』僕と、君の、細胞分裂♪

ここのえ九護

僕と、君の、細胞分裂♪

○執筆時間:1時間40分

○お題:【ロールシャッハ】 【揺れる天秤】 【焦がれた日々】



「キャー! セル様ー! 私と細胞分裂してー!」

「わあ、すごいなあ。セル君は今日も人気者だあ」


 どこまでも続く平面の世界で、丸い水滴みたいな黒色の子達が駆け抜けていく。

 ここがどこかは知らないけど、僕達は気が遠くなるような時間、ここでのんびり暮らしている。


「そうか? 最初は良かったけど、こう毎日だとなぁ」


 白い僕の横にいる、同じ色の白い丸。

 彼が僕の親友、セル君。とっても優秀な細胞の持ち主で、みんな彼に夢中なんだ。


「はは、でもよかったの? 細胞片を身代わりにするなんて……」

「いーんだよ。別にあれで分裂できるわけじゃねえし。そのうち気付くだろ」

「うん」


 そう言ってぶくぶくと気泡を飛ばすセル君に、僕も同じようにして笑った――。

 

 僕とセル君は、生まれたときからずっと一緒の幼馴染み。

 昔から病弱でいじめられっ子だった僕を、セル君はいつも助けてくれた。 


 セル君は凄いんだ。


 どんな病気にも負けないし、その気になれば何個にも分裂できる。

 本当なら、僕みたいな貧弱な細胞と一緒に居るような細胞じゃないんだ――。


「そんなことどうでもいいじゃねーか。俺はお前とつるんでるのが好きなんだよ」


 以前そう尋ねた僕に、セル君は怒ったように気泡を飛ばしてきた。

 その時はセル君の気泡をかけられてちょっとだけしみたけど、とっても嬉しかったのを覚えてる。


 セル君。いつも僕と一緒にいてくれて、ありがとう。


 

 ――でも、それでも僕はどうしても気になるときがある。

 それは、僕達の命の長さや、生まれついての目的にも関わってくること――。


 僕達は黒と白。二つの色を持って生まれる。

 どっちの色だからどうってことはないんだけど――実は、僕達はみんな、いつかは細胞分裂しないといけないんだ。


 方法は簡単。

 白と黒がくっつくだけ。


 そうすると、赤ちゃんが産まれる。


 僕達は、そうやって細胞分裂を繰り返してずーっとここで生きてるんだ。


「ねえ、セル君。セル君は――細胞分裂、しないの?」

「んー? 相手がいねえからなぁ――」


 うねうねと蝕手を振ってセル君が答える。こんな芸当できるのもセル君だけだ。 


「でも、さ。セル君、その、もったいないよ! 君みたいな優秀な細胞が、細胞分裂しないなんて!」 


 自分でも驚くほど大きな気泡。僕は気付かず、セル君に組み付くようにして叫んでいた。


「お前――」    

「し、した方がいいよ! 君の優秀な耐性も、いくつにも分かれる特性も、その力強い触手だって――」


 ぐいぐいと、僕は我知らずセル君に体を押しつけていた。まるで僕自身が、セル君の暖かさを欲しているみたいに。


「――放せって。痕になっちまう」 

「あ――ご、ごめん!」

 

 きっと、セル君もどうしたんだろうと思ったに違いない。

 セル君は僕との間にできた隙間をぬるりと抜けると、少しだけへこんだ体のまま僕に言った。


「お前は――白じゃねえか――」

「せ、セル君! 僕――」


 セル君はそれだけ言って、ぬるぬると地平線に向かって滑って行ってしまった。

 後に残されたのは、白い僕だけ――。


 ――その日、僕は全身から細胞液を出して一晩中泣いた――。


 わかったんだ。

 全部、僕のせいだったんだって。


 僕達は白と黒でしか細胞分裂できない。

 僕の色は白で、セル君の色も白。


 つまり、僕達じゃあ細胞分裂できない。赤ちゃんは作れない――。


 


 どうして僕は白なんだろう。

 どうしてこの世界には白と黒があるんだろう。色の違いなんてなければ、きっとみんな幸せになれたのに。


 黒の子達は、みんなセル君と細胞分裂したがってる。

 そうすれば、セル君の優秀な耐性や特性はいろんな所に受け継がれていくんだ。


 セル君は僕にとって大切な、何よりも大切な――大切な――友達?


 

 あ、れ――一晩中泣いたのに。友達だって思ったら、また、細胞液が――。


 


 嫌だ――。


 


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――!

 僕は、セル君の友達じゃ、嫌なんだ――。



 やっと気付いた――。僕の本当の気持ち。


 

 ずっと、自分が白だからって――。

 セル君と釣り合わないからって、心の奥底に押し込めてた。

 けど、本当はずっと、この気持ちは気付いて欲しいって僕によびかけ続けてたんだ。


 

 ごめんね、ずっと無視しちゃって。

 あのセル君が、ずっとずっと側で教えてくれてたのに。

 本当に、僕ってダメな細胞だね。


 ありがとう。もう大丈夫――。



 僕は、僕の中の天秤がカタンと傾くのをはっきりと感じた。

 僕はセル君が好き――大好きなんだ。


 


「――セル君」


 次の日、いつものように足下から昇る光に照らされていたセル君を、僕は呼び止めた。


「僕と、細胞分裂してください!」


 いきなりこんなことを言われたセル君は、呆気にとられたようにしてぶくぶくと気泡を吹き出す。

 でも、もう僕は迷わない。最後まで伝えるって決めたんだ。最後まで。


「――僕は、あなたが好きです。大好きです」

「――っ」


 僕の言葉に、セル君の白い体がほんの僅かに桜色に染まる。きっと、僕もおんなじなんだろうな。


「で、でもお前は、白じゃねぇか――。白同士で細胞分裂は――」

「出来る!」 

「あっ……」


 僕はそのままセル君に馬乗りになる。セル君は一瞬その太い蝕腕を出そうとしたけど、そろそろと体内に収納する。


「出来るよ。白と白でも。ううん。僕がしてみせる!」

「お、お前――」 


 僕はセル君の体を包み込みながら、何度も何度もそう言った。出来る、絶対に。絶対に出来る。

 セル君はずっと僕に伝え続けてくれていたんだ。逃げてたのは僕だったんだ。セル君は、ずっと、ずっと僕のことを待ってくれていたんだ。


 だから――。

 だから絶対に、細胞分裂してみせる!


「――わかったよ。俺も、お前が好きだ――」 


 気がつくと、僕もセル君も泣いていた。全身から細胞液をだらだら流して、笑いながら泣いていた――。




 これは、一つの賭けだった。


 セル君は僕達とは違う。

 セル君だけで増えることが出来る。


 だから、もしかしたらって――。


「お前、意外とすげえのな」

「え!? そ、そんなこと――」


 混ざり合っていく中でセル君が呟く。


 そのセル君の体の色は、黒――。


 セル君は、自分でも気付いてなかったけど、白にも黒にもなれる細胞だったんだ。

 やっぱり、僕の大好きなセル君はすごいや。本当に、素敵な細胞――。


 僕の白と、セル君の黒。お互いの色は回り込むように、決して一所に止まらない渦のようにぐるぐると回る。最初は決して交わらないように見えた二つの色が、いつのまにか混ざり合って一つになる。やがてそれはいくつもの細胞に増えて、新しい命をはぐくんでいく――。


 僕達はそうして生きていく。そうして未来に命を繋いでいく。


 僕がセル君を大好きな気持ちも、セル君が僕を好きだって言ってくれた気持ちも、全部。そうして受け継がれていく――。


 それが、僕達が待ち焦がれていた幸せな日々――。 


 ありがとう、セル君。



 大好きだよ――。

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