『にごたん』名もなき彼の凱歌

ここのえ九護

名もなき彼の凱歌

○執筆時間40分

○お題【相転移】 【旗あげゲーム】 【不特定多数】 【見知らぬ天井】


 衝撃と共に揺れる視界。

 ヘルメットで頭部を覆った人影が、薄暗いコックピット内で荒い息を吐く。


 ――彼に名はない。彼はこの争いにただ参加し、勝つためだけに生み出された有象無象の存在。そのことは、彼自身もよく理解している。そして、この争いに勝利した者に『名』が与えられることも。


 彼が操る最新鋭人型兵器X-9。技術の粋を尽くして生み出された相転移エンジンを搭載したこの機体は今、無数に林立する高層ビル群の中央で、立ち塞がる緋色の機体と交戦していた。


 ビル街を縫うように走る大通り。全身から黒煙と白煙を吹き出して震える緋色の機体を、X-9の蒼い単眼が捉える。

 彼は機体の下半身を立て直すと、あらん限りの力で眼前の敵機を鷲づかみ、そのまま左後方へと放り投げる。投げられた機体は凄まじい速度で後方の高層ビルに激突。木偶人形のようにはね飛ばされ、粉塵の中で沈黙。X-9と緋色の機体の戦闘は、彼の勝利で終わる――。


 「わかってる」灰色のヘルメットの下、彼が静かに呟く。


 X-9がゆっくりと頭上を見上げる。そこは、区切られた世界。

 前後左右、大きく区切られた壁の先に青い空が見えた。


 そう。この高層ビル街も、周囲の建物も、全ては箱庭の中の出来事。


 巨大な部屋と呼べるその場所は、なぜか天井だけがなかった。しかし、彼はそれを不思議だとは思わない。なぜなら、彼はこの機体の中で目を覚まし、空を見たことも、天井を見たこともないのだから。

 だが、彼はその先に見える青空に強いあこがれにもにた感情を抱いていた。

 

 X-9がゆっくりと、空に向かって手を伸ばす。まるで、その青空を掴もうとするかのように――。


 伸ばされた手が消える。切断。爆発。 


 はっと我に返った彼は、咄嗟に操縦桿を引き倒す。背面のバーニアが炎輪とともに白煙を放出。

 X-9は全身のスラスターノズルを利用した跳ね飛ぶような機動でビルからビルへと飛びすさりつつ、失われた右手の代わりに内蔵されたサブ・マニュピレーターを展開。腰から戦闘用の獲物を取り出すと、残る左手と共に二刀の要領でその獲物を構えた。


「戦闘、中によそ見か。余裕、だな――」


 X-9の右手を吹き飛ばした機体、銀色に輝くX-9とよく似た大型の機体から途切れ途切れに通信が届く。彼は答えない。自分でも、なぜあんなことをしたのかわからなかったからだ。


「俺は、10回勝った。お前で、11回目に、なるだろう」


 X-9が単眼を周囲に巡らす。この部屋の中で戦っているのは彼らだけではない。名前も、顔も、正体すら知らぬ不特定多数の機体とパイロットが、この部屋の中で『名』と『命』をかけた死闘を演じ続けていた。


 彼は僅かに逡巡する。彼がこの部屋で倒した相手は8機。すでに弾薬の尽きた射撃武装はパージしている。残された武装は近接用のヒートナイフとビームカトラスのみ。対して、銀色の機体の武装は不明。

 否――銀色の機体には先ほどX-9の右手を吹き飛ばした武器がある。遠距離戦は不利。彼は、決断する。


 


 高層ビル側面に垂直に着地するX-9。窓ガラスが砕け、壁面が崩落。足場が崩壊するするよりも早く、X-9は全身のバーニアを全開に。一度蒼穹に届かんばかりに飛翔。部屋の上限ギリギリから弧を描いて急降下――銀色の機体の頭上にビームカトラスを大上段に振り下す。


 だが、敵機のバイザーに隠されたセンサーアイは上空から迫るX-9をはっきりと捉えていた。


 敵機の肩口から長大なロングバレルが出現し延伸。射角を調整し、上空から迫るX-9めがけて発砲。一発、二発――。

 加速するX-9の腰部と脚部を弾丸が掠める。直撃は――しない。


 白く光るビームカトラスと、赤く光るヒートナイフが殆ど同時に敵機めがけて襲いかかる。二筋の奔流が、銀を切り裂く――。


  


「赤か、白か――今回も、俺の勝ち、だ――」


 


 彼の耳に、途切れ途切れの声が届く。


 白く発光するビームカトラスは受け止められ、ヒートナイフは機体を逸れていた。そして、三発目の弾丸が『彼』のいるコクピット横を――貫通していた――。


 彼の身につけたヘルメットのバイザーが割れ、その下に隠されていたとび色の瞳が露わになる。鮮血にぬれた、長い黒髪も――。


 握られたビームカトラスの白い発光が消え、だらりと垂れ下がったX-9の腕と共に地面を舐める。

 勝利を確信した銀色の機体が、ゆっくりとX-9の頭部を掴みにかかる。が――。


「ま――まだ、だぁぁぁあ!」


 X-9の単眼に再び蒼い光が灯り、頭部に迫る敵機の腕をヒートナイフで切り上げる。たたらを踏んで後方へ後ずさる銀色の機体。


 X-9は脚部スラスターを解放。貫通され、すでに使い物にならない背面スラスターを吹き飛ばし、眼前の敵機すら構わずいびつな機動で蒼穹めがけて飛び上がった。


「――何をするつもりだ?」


 上空めがけて飛ぶX-9を、銀色の機体は驚きと共に見据えていた――。

 


 


 彼は、なぜ戦っていたのだろう――。


 


 名前が欲しかった?

 自分が何者なのか知りたかった?

 勝ちたかった?


 


 その答えを知るものは誰もいない。本人すらわからないのだから。


 


 ただ戦うことを強制され、戦い、勝利し、死んでいく。

 そんな彼が、いつのまにか何よりも求めていたもの。それは――。

 一度たりとも見たことがないはずの、見知らぬ天井。


 


 蒼穹広がる外の世界だった。


 


 X-9が残った左手を天へと伸ばす。

 前後左右を巨大な壁で囲まれた『部屋』の、ただ一つ解放された、青空広がる天井へと――。


 


 瞬間。その部屋全てを閃光が照らした。彼は望むものを手に入れ、そして消えた。

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