3輪目 終恋の鎮魂

     ***


 いつもと変わらない日々――心の内以外は。

表面的には何も変わらない、神谷凪子に対する吉井の態度も。

・・・・・・だから以前と、何も変わらない。


 リクとはあれ以来、会っていなかった。

局内ですれ違っても、さりげなく無視している――何か話しかけたそうな、リクを。


 暴行の後――吉井に散々吐き出されたものを拭いもせず、すんなりとした内股から滴らせてすすり泣くリクの背中に、3万円を投げつけ・・・・・・それっきりだ。


 凪子に言いつけられて、この仕事を失っても構わないと、吉井は思っていた。

だが、リクはそれをせず――吉井を目で追い、切なげに言葉を飲み込むだけである。


 開局50周年記念ドラマの収録が終わるまで、そんな日々が続いた。

劇的な変化が起こったのは、ドラマの収録が終わって、しばらく後のことだった。


 神谷凪子が、自らの命を絶ったのだ――。


     ***


 彼女の訃報を知らせる電話に、吉井の手は震えた。

もはや自分の片恋は、終わったものだと思っていたが――20年来にわたる凪子の存在は、吉井の心に、生活に、大きなウェイトを占めていたのである・・・・・・。


 葬儀はしめやかに、凪子の実家近くの葬儀場で行われていた。

働く日本の女性達の中では、トップクラスに入るであろう成功をおさめた彼女の華やかさには――ふさわしくない、しめやかさだった。


 納棺された凪子の顔も――下手くそな死化粧で、本来の美しさが台無しである。

ちょうど胸元にあたる棺の上に、安っぽいシルバーのブレスレットが置かれていた。


「・・・・・・あの、お棺の上のブレスレットは?」


 神妙な顔でうつむきながら、涙ひとつ流さない凪子の実弟に、吉井は尋ねてみる。


「姉がずっと――握りしめていたんです・・・・・・最後の時に」


 ずっと握りしめていた――凪子自身が購入したとは思えない、安っぽいブレスレットの意味に首をかしげながら、吉井は遺族に一礼し、葬儀場のホールを出た。


 ホールを出たところに、リクが居た。

無視して、吉井は通り過ぎようとすると――思わぬ一言が彼の足を止める。


「・・・・・・凪子さんが死んだの、僕のせいだと思う・・・・・・・・・・・・」


 どういうことだ、と吉井が聞き返すと――リクは花が咲きほころんだような笑顔を浮かべ、二人だけでその話がしたい、と甘えるような声で吉井に言った。


     ***


 二度とリクを自分の部屋に上げる気はなかったので、吉井がその意志を告げると、じゃあリクの部屋へ、というヘンな流れになった。


 二十歳はたちの若者が住むにふさわしい、安アパートの一室。

ワンルームの居室の床は、スナック菓子の袋や洋服で散らかっている。


「凪子さんが部屋に来た時、良く掃除してくれたんだけど――ちょっと待ってね」


 リクはそう言いながら、床の上のゴミを隅に寄せ、二人が座れる場所を作る。

何げないその一言が、吉井の胸を小さく突いた。

いつ女を連れ込んでも大丈夫な、整然とした吉井の部屋に、凪子が来たことは無い。


「・・・・・・お前のせいで凪子さんが死んだって――どういう事だ?」


 返事の前に、良く冷えたロング缶のビールが手渡される。


「あのブレスレット・・・・・・僕がプレゼントしたんだ――お別れする時に・・・・・・」


 ビールを一口あおって、リクは続ける――。


 局ドラの収録が終わったら、リクは凪子と別れようと決めていた。

その時に、ドラマの仕事を与えてくれた事に感謝して、ブレスレットを渡したのだという・・・・・・それを手に握りしめながら、凪子はバスタブの中で命を絶った。


「なんで別れようなんて――プロデューサーだろ、凪子さん? 俺なんかより、よっぽど力になってくれるし・・・・・・しばらく続けて、利用すれば良かったじゃないか」


 最初はそのつもりだったんだけど、と言って、リクは真っ直ぐ吉井を見据える。


「だって、吉井さんがあんなに怒ってたから・・・・・・僕、すごく怖くて――痛かったけど・・・・・・すごくうれしかった。あんなに怒って、妬いてくれるなんて・・・・・・」


 自分の、せいだったのか――吉井は愕然がくぜんとした。

吉井の思惑など分からず、ズレた勘違いのまま、リクはせきを切ったように語る。


「吉井さんのこと誘ったの、お金のためじゃないよ・・・・・・その方が安心すると思ったから。凪子さんには5万もらってたもん、好きじゃないし。吉井さんのことは、初めて会った時から好きで――だから、あんな風に終わるの、絶対イヤだったんだ」


 なんで俺の事なんか、と吉井は力無く聞いた。

どうでもいいような事だったが、会話でも続けないと、精神が崩壊しそうだった。


「初めて会った時、父さんにそっくりだって思った――雰囲気が。笑いかけてくれた時なんか、もうたまらなくて・・・・・・僕が子役で成功した時、あの女に言いがかりをつけられて、離婚したんだ父さん――裁判所は、面会も許してくれなくて・・・・・・」


 母親の事を、あの女と呼んで――リクは苦しげに美しい顔をしかめる。


「もう、お金なんかいらない・・・・・・ホントはそうだったし・・・・・・だから、ね?」

   

 誘われるまま――リクに抱き込まれるよう、吉井はマットレスの上に倒れ込んだ。


     ***


 マットレスと掛け布団だけの、犬の寝床のような――リクの巣。


「ここで・・・・・・凪子さんとも、したのか?」


 いたずらっぽい笑顔で答え、リクは小さくうなずく。


「あのオバチャン、しつっこくて・・・・・・僕、眠いのに、すぐ咥え込まれて――無理やり固くされるんだよ? その後またがってきて、勝手に動いて――イっちゃうだけ」


 胸を突かれる想いにまかせ――凪子が咥え込んだリクを、吉井も咥える。

凪子が味わったリクを、リクが味わった凪子を、吉井も味わいたかった・・・・・・。


「んっ・・・・・・そんなトコ、いいのに・・・・・・でもうれしい・・・・・・吉井さん――っ」


 歓喜の声で吉井を呼び、潤んだつぶらな瞳から、涙が一筋、頬につたう――。

一筋の涙とともに、吉井の口の中で、あっと言う間にリクは達した。


 口の中に吐き出されたリクの液体を、吉井は手の平に吐き出し、指に塗り込め、

リクの内側を丁寧に慣らす。


「あ、あんっ――吉井さん・・・・・・吉井さん・・・・・・すごくうれしい・・・・・・・・・・・・」


 うつろになってきたリクの声とともに、トロトロにほぐれたリクの内部へ、吉井は腰を沈め侵入する――いたわるよう、ゆっくりと。


 細い指で吉井の腰を捉え、リクは甘いあえぎ声と滑らかな動きで応える。

素直な歓喜で輝く瞳と、上気した妖艶な表情――花のような。

 凪子はこんなリクの表情を、知らないだろう・・・・・・可哀そうな女。


 華やかな成功をおさめながら――これまで手に入れたもの、これから手に入るものの虚しさに・・・・・・耐えられなかったのだろう、彼女は。

リクのことは、ほんのきっかけであり――原因ではない。


 誰よりも大切だった、高貴な花のような女への鎮魂を込め――吉井はゆっくりと深く、いたわるような動きを続行する。


 つと、リクの動きが止まり――深く侵入した吉井を引き抜く。

そして身体を反転し、吉井の身体の下で、うつ伏せの姿勢をとった。


「・・・・・・ねぇ、こないだみたいに――して? 怒ってるみたいに、激しく――して」


 小さな尻を高くかかげ、あられもなく小刻みに上下に振り――吉井を誘う。

若く、美しい者にしか・・・・・・できない仕草で。


 聡明な凪子を狂わせた、その美しさ、若さへの憎悪を思い起こし――吉井はリクの望み通り、一気に貫き、乱暴に突き動かす。


 吉井の身体の下で、リクの甘いあえぎ声が――今まで聞いた事のない、獣じみたよがり声に変化する。


 花のような、美しい若い獣は、吉井の憎悪に負けない激しさで、吉井の下腹に尻を打ちつけ、素直な欲情を真っ直ぐにぶつけてくる・・・・・・ひるむような、若さを。


 父さん、と小さく叫んで――リクが頂点に達する。

強烈に締め付けられ、吉井も強制的に同時に達する。


 快楽の残滓ざんしに溺れていく中――絶対に答えられない彼の気持ちを聞いて・・・・・・憐憫れんびんと共に、初めてリクを愛おしいと、吉井は思った。


 










































 

 

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若い花 双葉あき @Aki_Futaba

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