2輪目 不甲斐ない憧れ

     ***


 この前会った子どうだった、と神谷凪子かみやなぎこに聞かれた。


「悪くなかったですよ――今度の局ドラで、使ってみてもいいんじゃないですか?」


 部下として、上司に報告する・・・・・・それ以上の感情はない。

関係を持ったからという訳ではなく、リクの特異な魅力を、もっとメディアから発信してみてもいいんじゃないかと、吉井は正直に思っている。


「そう――あなたが言うんなら確かでしょうね。今度、私も直に会ってみようかな」


 そう言いながら凪子は、開局50周年に贈られた胡蝶蘭の花を、長い指でいじる。


「花って、植物の性器なんだよね・・・・・・こんなにムキ出しで。キレイだけど、けっこう挑発的っていうか――攻撃的じゃない? だから、キレイなのかもしれないけど」


 彼女の一言は、すぐにリクを連想させた。

それよりも、凪子の口から発せられた性を思わせる発言に――吉井は顔を赤らめた。


 年甲斐もない、と吉井は自嘲じちょうする。

だが、他の女性から発せられた言葉なら、こんな思いにかられることもないだろう。


 直属の上司である、この二つ年上の女性に――吉井は、特別な感情を抱いていた。

もう二十年近くの、長きに渡り・・・・・・。


     ***


 神谷凪子との出会いは、好意とはほど遠い感情から始まった。

むしろ嫌悪感というか――正直に言ってしまえば、妬みのような感情を抱いていた。


 一流大学を卒業し、バブル経済が弾けた直後でありながら、正規雇用された凪子。

専門学校卒で、憧れの職業につくため、数年のバイト生活を経て、ようやく局に非正規雇用された吉井・・・・・・前途洋々な彼女を、妬んでしまうのも当然といえよう。


 ほぼ同期入社でありながら、非正規雇用の吉井達を明らかに下に見る、正規雇用の新入社員達――仲間意識など、とても持てそうになかった。


 そんな中、凪子の吉井達に対する対応は、他の正規雇用者と違った。

彼女は分け隔てなく、仲間として吉井達に接し、積極的に意見を求めてくれた。


 有能で、有能である事を鼻にかけない、善良な人間性。

そして、魅力的で美しく――い女。


 そんな神谷凪子に、他の男達同様、吉井も惹かれた。

だが同時に、自分には高嶺の花であることも・・・・・・良く理解していた。


     ***


 五年程前――吉井は凪子と、微妙な瞬間を持ったことがある。

それは吉井が何度も反芻はんすうする、甘美な記憶であり・・・・・・同時に、絶好の機会を逃した苦い思い出でもあった。

 

 飲み会の席で、珍しく酔い過ぎた神谷凪子に、吉井は付き添った。

送りオオカミになるつもりなど――元より無かった。


 タクシーを拾って、先に凪子のマンションまで向かう。

その車中で、ほろ酔いの凪子に、思わぬ言葉をかけられた。


「吉井くんって・・・・・・まだ彼女と、付き合ってんの?」


 彼女とは――吉井と同じく非正規雇用で入社した、三つ年下の同僚だった。

長らく非正規のままで局勤めをしていることに不安を感じ、仕事を辞めて田舎に帰ろうか悩んではいたが、吉井とはそれなりに良好な恋人関係を続けている。


「ふうん、残念だな――吉井くんがフリーなら、私、彼女になりたいのに・・・・・・」


 そう言って凪子は、ころん、と頭を吉井の肩に乗せた。

天にも昇る気持ちでありながら・・・・・・どう対応してよいか、全くわからなかった。


 チャンスとは、そうしたものなのかもしれない。

そして、あっと言う間に、通り過ぎてしまう――。


 その後しばらくして、長く付き合ってきた彼女は仕事を辞め、郷里へと戻った。

吉井との関係は自然解消し、すぐに地元の男性と結婚した。


「・・・・・・俺、彼女と別れましたよ?」


 そっと――意気揚々と凪子に報告したが、彼女は小さく笑って、残念だね、と言葉を返してくれただけだった。


 時、すでに遅かったのある。


 い女である凪子は、異性関係もそれなりに華やかだった。

その頃、同世代のイケメン実業家と付き合っていると、風のウワサに聞いた――。


 非正規雇用のまま、使い捨てにされるところだった吉井を、正規のディレクターとして拾い上げてくれたのは、順調にプロデューサーに出世した凪子だった。


 今や上司と部下の関係で、いよいよ高嶺の花となった神谷凪子だが・・・・・・吉井はまだ、あきらめてはいない。

 五年前のあの日、絶好の機会を逃した不甲斐なさを未だに後悔しつつ、次に訪れるであろうチャンスは、絶対に逃さないつもりだ。


 凪子のそばに居続けて、ただそれを待ち続ければいいと――吉井は思っていた。

・・・・・・呑気のんきにも。


     ***


 いつもと変わらない日々が、続いていた。

リクとは月に2~3回会っていたが、今度の開局50周年記念ドラマでの仕事をゲットしたので、収入が安定したら、向こうから関係を自然解消されるだろう――。


 吉井は、それで良いと思っている。

長く付き合っていた彼女と関係が切れた時よりも、気分はスッキリするに違いない。


 最近、局でリクと会うこともない。

リクとの打ち合わせは、プロデューサーの凪子自身が行うようになっていた。

今回の局ドラは、凪子の評価に大きく関わるので、本腰を入れ始めたのであろう。

脇役とはいえ、リクの役どころは、存在感を問われる重要なものだ。


 今も凪子はリクと打ち合わせ中であったが、どうしても伝えなければならない連絡事項が発生し、吉井はミーティングルームへと向かった。

 凪子の前でリクに会うのは気が引けたが、そうも言っていられない――。


「・・・・・・凪子さん?」


 ミーティングルームには――誰も居なかった。

テーブルの上には、資料が散らばっている――。


 不信に思って周囲を見回すと、ミーティングルームの隅に仕切られたパーテーションの向こう側から・・・・・・ひそやかな物音と、うごめく人影を感じた。


 何が行われているのか――容易に予想がついた。

こういう場合、大人の業界人として、吉井は絶対のぞき見たりはしない。

 だがどうしても、今は確認したかった――。


 パーテーションの裏側で――予想通りの光景が、吉井の胸を突いた。

容易に触れることもためらわれる憧れの女性が、1回3万で吉井に身体を提供しているような男娼スレスレのガキと、お互いの唇を貪りあっている・・・・・・。

 

「あら――ヤバイとこ、見られちゃった」


 ナイショにしといてね、と悪びれもせず凪子は言い、連絡事項を聞いた後、そのままリクを残してミーティングルームを出た。


     ***


「・・・・・・凪子さんからも――金もらってんのか?」


 叱られた子犬のような上目使いで、リクは小さくうなずく。

その、愛らしい表情すら・・・・・・吉井の怒りを増長させた。


「だって・・・・・・向こうから誘って来たんだもん。打ち合わせ中に、いきなり抱きつかれてベロチューされてさ――あーゆうオバチャンって、ガツガツしてるよね?」


 向こうから誘われた――。

吉井が、何よりも大切にしていた5年前の記憶が、無残にも崩れていく・・・・・・あんなものは、誘いの内にも入らなかったのだ。


「・・・・・・怒ってるの? ごめんね、彼女、プロデューサーだから拒めないし――でも、自分から誘ったのは吉井さんだけだよ、ホントだよ・・・・・・・・・・・・」


 哀願するような、甘えるようなリクの声など――もう吉井の耳には入らない。

猛烈に込み上げる憎悪とともに、吉井はリクの頬を、思いっきり張り飛ばした。


 きゃしゃなリクの身体が、床に張り倒される。

吉井はそのまま、リクをうつ伏せに組み敷いて、乱暴に下着まで引き下ろす。 


 激しい怒りのためか、すでに固く膨らんだ吉井自身に、ツバを塗りたくる。

リクのためではなく――自分がこれから行う、行為のために。


 そこだけ露出させた、引き締まった小さな尻を持ち上げ、一気に貫く――。


「いっ、痛い――! 吉井さん、やめてっ・・・・・・ちょっと待って――許してっ!」


 慣らしも無しに侵入され、突き動かされ、泣き声交じりの哀願が、悲鳴に変わる。

吉井はリクの髪を鷲掴み、窒息させても構わない勢いで、その口を塞ぐ。


 こんなガキと、こんなガキと――!


 憎悪が、吉井を激しく駆り立てる。

ありったけの怒りと憎しみを、か細いリクの身体にぶつける。

 声にならない叫び声と、熱い涙が――リクの口を塞ぐ、吉井の手の平に伝わる。


 美しい花を散らすように・・・・・・自分では太刀打ちできない、若さと美しさを憎むように――吉井はリクを、暴力で蹂躙じゅうりんした。




 

 

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