若い花

双葉あき

1輪目 リクという花


     ***


 二十歳はたちの青年と紹介されたが、そうは見えない。

少年ではなく、少女と言われても納得してしまう――リクはそんな若者だった。


 テレビディレクターという職業柄、吉井はよくこうやって、売り出し中のタレントを紹介される・・・・・・押し付けられる、といっても過言ではない。


 芸能プロダクションのマネージャー達だって、本当は吉井などではなく、名の知れたテレビプロデューサーとお近づきになりたいだろう。

 長らく非正規雇用のアシスタントディレクターだった吉井は、四十一才にして正規雇用3年目であり、新米ディレクターとそう大差ない身分なのだから。


 リクとの出会いは、はずせない用事ができた上司のテレビプロデューサー、神谷凪子かみやなぎこに押し付けられた――事故、のようなものであった。


     ***


「リクちゃん、あれでもけっこう・・・・・・芸能人生活、長いんですよ?」


 トイレか何かで、本人が席をはずしている間、おカマっぽいマネージャーが語る。

10数年くらい前までは、人気子役として、主にCMで大活躍していたらしい。


 あぁアレか、とCMの名を聞いただけで、吉井にも容易に思い起こせた。

当時、付き合っていた彼女が――この子可愛いと、幼いリクにハマっていたのだ。


「でも子役って、人気落ちるの早いでしょ? 可愛いだけじゃ、もうダメだし。男らしいイケメンに育ってくれてたら、まだ売りようもあったんだけど・・・・・・」


 そこでマネージャーは言葉を切って、ため息をつく。

たしかにあの中性的な容姿では、今日びの女性ファンを獲得するのは難しいだろう。


 せめてオネェ言葉でも使ってくれれば面白いんだけどねぇ、とマネージャーに笑わせられたところで――トイレからリクが戻って来た。


 しばらく、3人で談笑する。

元来、あまり会話は得意でない吉井だが、さすが元人気子役の如才なさで、リクとの会話はなかなか楽しい。


 人の気を逸らさず、強引な割り込みをせず、若者らしい無邪気さも垣間見せる。

ともすれば少女のような愛らしい美貌は、笑うとまるで、花が咲きほころぶようだ。


 テレビや映画等のメディア越しに、大衆の人気を得るのは難しい子かもしれないが・・・・・・こうして直に接すれば、誰でも魅了されるだろうな、と吉井は思った。


     ***


 会話に花が咲き――いつの間にか、指定の時間をとっくに過ぎていた。

それに気が付いたのは、時間を指定した吉井ではなく、マネージャーの方だった。


「あら、いけないっ! ずい分お時間いただいちゃって・・・・・・私、他の受け持ちの子を、出演番組に連れてかなきゃ。リクちゃん、失礼しましょ?」


「僕、独りで帰れるから。もうちょっとだけ・・・・・・」


 もうちょっと居られても困るんだけどな、と会議を控える吉井は苦笑する。


「じゃあ、またね――あんまりオジャマしちゃ、ダメよ?」


 吉井の思惑をよそに、マネージャーはそそくさと席を外す。


「俺も――もう、行かなきゃだから・・・・・・」


 続けて吉井も席を外そうとすると、リクは何とも言えぬ寂しそうな表情を見せた。


「あの、この後・・・・・・お時間・・・・・・ありませんか?」


 花びらのような唇で、恥じらうように誘われる――抗しがたい、が・・・・・・。


「・・・・・・俺なんか誘ったって、意味ないよ? そっちのケもないし――ディレクターたって、トシの割には新米みたいなモンだから・・・・・・・・・・・・」


 精いっぱいの大人の余裕を見せて、吉井は若者に微笑みかけた。

その微笑みに触発されたように、リクは必死に食い下がってくる。


「い、いえ、そういうんじゃなくて・・・・・・僕、ただ吉井さんと、もっとお話ししたくて――あんまり同世代の友だちいないし、落ち目だからヒマだし・・・・・・・・・・・・」


 そう言われてしまうと、人情に厚いとは言い難い吉井も、気の毒になってきた。

しゅん、としたリクの様子も――なんだか放っておけない風情がある。


「じゃあ――会議が終わるまで待てる? 景気づけに一杯くらい、オゴってやるよ」


 心細さにすり寄ってくるようなリクの愛らしさに、つい、髪をくしゃくしゃしてしまう・・・・・・その髪の感触は、やはり極上に柔らかい――猫の感触がした。


     ***


 会議は長引き、3時間を過ぎてしまった。

ホールの隅の壁に寄りかかり、スマホをにらんでいるリクに、吉井は手を振る。

 それに気づくと、リクは花のような笑顔で吉井を迎えた。


「ごめん――会議が長引いちゃって・・・・・・」


 男の子の笑顔にときめいた事に戸惑いながら、吉井は取り繕うように言う。

僕はヒマだから大丈夫ですよ、とリクはするりと吉井の腕に、細い手をからめた。


 若い頃は、女の子に誘われるまま、よくお持ち帰りの流れになったものだ。

今はもう――若い女の子に誘われたとしても、吉井がそれに乗ることはない。

 ただ一緒に飲んで、相手の若さを愛でるというか・・・・・・そんな感じである。


 若い男の子に誘われたのは初めてであるが、若者との触れ合いを楽しむだけというスタンスを、吉井は崩す気もなかった。


 マネージャー抜きでもリクとの会話は楽しく、花のような美貌の持ち主が酔いに頬を染め、吉井と居るのがうれしいという風情を見せるのは――何ともたまらない。


 もっともっとリクを酔わせたくて、吉井は酒を勧め過ぎてしまう。

酔い潰すつもりなど全くなかったのだが、ついにリクは子猫のようにぐにゃりと――酔い潰れてしまった。


     ***


 リクが酔い潰れた飲み屋から、徒歩圏の所に吉井の自宅はある。

女の子より体重の感じられないリクを背負い、吉井は自宅までの道を歩いた。


 独りで寝るには大きすぎるベッドの上に、ぐったりしたリクを降ろす。

横たわったリクは、げほげほと咳き込んだ。


 咽喉を詰まらせでもしたら、たまらない――。

吉井はリクのシャツの襟を緩めようと、ボタンに手をかける。


 一つ、シャツのボタンを外すと――真珠貝のような鎖骨に、まず目を奪われた。

二つ目のボタンで、酔いにほんのり染まった滑らかな肌が露出する――花のような。


 吉井は・・・・・・生唾を飲んだ。

生唾を飲んだ首筋を、素早く捉えられ――花びらのような唇が押し当てられる。


 生暖かい花びらに唇を吸われ、貪られる。

性急でありながら、口蓋をじっくりとなぞられ、いつしか吉井の舌も絡み出す。


 きゃしゃな胸に、押し除けるべくして乗せた手の平が、かすかに尖ってくるリクの突起を感じ――いつしかそれを露出させるべく、ボタンをちぎるように外している。


 シャツの白さに負けない肌が、ほんのり上気する中で、小さな花のつぼみが二つ、吉井を挑発するように、愛らしく誘う――。


 たまらず、むしゃぶりつく内に――久しくそういう目的で使用していない吉井自身が、固く膨らんで、もたげてくる。


 そこで吉井は・・・・・・躊躇した。

なにしろ、男の子を抱いたことなど――無いのだから。


「ちょっと待ってて? 慣らすから・・・・・・」


 リクはそう言って、掛け布団の中でゴソゴソやり出した。

そして甘い吐息と共に、艶めかしく上気した顔を、吉井の下腹部に寄せる。


 ジッパーが下され、花のような唇が――吉井を飲み込む。

たまらず吐き出しそうになるが、その手前で唇は、吉井を吐き出す。


 あおむけに横たえられ、いたずらっぽい子供ような――少年とも少女ともいえない笑顔を浮かべ、リクは吉井の上にまたがる。


 キツめだが、吸い込まれるような滑らかさで、吉井は飲み込まれる――リクに。

必死で突き上げるが、それ以上に、まるで貪られているようだった・・・・・・。


     ***


「・・・・・・気持ち――良かった?」


 胸毛の中の、中年男の醜いつぼみをいじられながら――リクに聞かれる。

かつてなくそうだったが・・・・・・疲れ切って、言葉にならない。

 言葉の代わりに、吉井はリクの滑らかなひたいにキスをした。


「またこうして・・・・・・会ってくれる?」


 ――何のために?

吉井は少し、身構えた。


「僕、仕事が無いから・・・・・・お金も無くて。ちょっと助けてくれると、ウレシイな」


 金か――。

吉井のような男には、かえって安心する事情だった。


 皮肉げに口を歪めて、いくら欲しいのかリクに聞く。

一回3万円、吉井がしたくなったらで良い、との事だった。


 恋人もいなければ、結婚の予定もない中年男にとって、願ってもない気楽な関係だ――もちろん、吉井はこの援助交際を承諾する。


 こうしてリクとの、事故のような関係が始まったのだった――。

 

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