第7話 死神
遅い仕事帰り。
薄暗く人通りの少ない住宅街の夜道をとぼとぼと歩いていた。
ようやくアパート前に差し掛かったそのとき、悦ひろの視界に違和感が走って、ハッとする。
アパートの向い側のブロック塀に人影があるではないか。
ハットを被り、トレンチコートを羽織った女性のようにみえた。
街灯が点々と離れている暗がりの中では、暗闇にとけて顔までは確認できなく、気味が悪かった。
それにしてもなんでこんな時間にこんなところにひとりで立っているのだろうか?
待ち人かな?
とすれ違いざま、人影はゆらりと悦ひろの背後へと移動した。
なにか危機感を感じて咄嗟に振り向くと、悦ひろのアパートに隣接する民家の敷地へとにゅるんと消えた。
なんだ?ただの隣人か…。
いや何かがおかしい。
足音もしなかったし、玄関前のアコーディオン式の門扉も閉まっている…。
気のせいかな?
奇妙でなにか腑に落ちない感情にさせられたが、好奇心より、疲れが勝ってしまい、そのまま部屋へと返った。
明日は休みだから、部屋掃除して洗濯でもしようとか思いながら悦ひろは眠りについた。
パチパチパチ…。
パリン!
「きゃーっ!」
ガラスが割れるような音と、女性の叫び声が聞こえてきたような気がした。
「助けてくださいー!」
いや、気のせいではない。
部屋の外の言い知れぬ騒がしさで、悦ひろの目が醒めた。
曇り窓から差し込んでいて、既に昼をまわっていた。
いったい外ではなにが起きている?
大音量でサスペンス劇場か?
いや暴漢でもでたのだろうか?
こんな閑静な住宅街で?
確認のため寝ぼけ眼のまま、曇り窓をガラガラと開けてみる。
ツーンと鼻をつく臭い。
一瞬で黒い煙が悦ひろの体を覆った。
隣の民家から流れてくる煙。
建物を包む黒煙。
トントントン!
玄関のドアを叩く音。
「火事です。みなさん避難してください!」
大家さんの先導でアパート住人全員が避難した。
外に出れば住宅街の道が避難者、新聞記者、野次馬で溢れかえっていた。
それほどまでに激しい炎で、現場は騒然としていた。
間も無く消防車がやってきて、消火活動にあたったが、時すでに遅く、なす術もなく、民家はあっという間に全焼してしまった。
燻る焼け跡を前に泣き崩れる女性の姿がいたたまれなかった。
夕方ニュースでこの火事で2名が亡くなったことを知った。
悦ひろはふと昨晩のことを思い出していた。
家に入っていった人影のことだ。
あれはなんだったのだろう?
人間じゃなかったのかもしれない。
因果関係はわからないけど、物凄く恐ろしいものをみてしまったような感覚に襲われる。
もしかして死神?
不謹慎にもそう思わざる得なかった。
悦耳袋 悦太郎 @etsutaro
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