最近のワンピースがつまらない
霜月トイチ
最近のワンピースがつまらない
久々に、中学の頃の友人たちと飲んだ。
当たり前だけどみんなもう社会人で、中には結婚をしているやつもいた。
その場には男しかいなかったからか、みんなの酔いが回ってくると女の話になった。
学年のアイドルだった子は結婚してもう三人目の子供を授かっているとか、大人しかったあの子は今何人も彼氏がいるとか、この間元クラスメイトの女子を見かけたけど話しかけなかったとか、良い話も悪い話もなんてことない話も色々と出てきた。
そしてそれがひと段落すると今度は漫画の話になって、その中の数人がこんなことを言っていたんだ。
「最近のワンピ、マジつまんねぇ」
「今の絵、ごちゃごちゃしすぎな」
「グランドラインに入る前が一番面白かったわ」
「ってかやっぱあの頃のメンバーが一番良いべ。他のいらね」
「お涙頂戴もういいわ」
などなど、酔った勢いで言いたい放題。
そんな中、俺はというとワンピースは小学生の時にアニメを観ていたくらいで、原作漫画は中学の部活の後に通っていた接骨院に置いてあったのを暇つぶしにパラパラと読んでいた程度だった。
だから正直この漫画に思い入れみたいなものは特になかったので、彼らの言葉には「へぇー、そうなんだ」とくらいにしか思わなかった。
×××
そんなこんなで飲み会は終了し、解散となった。
俺は自宅の最寄り駅まで着くと、切らしたタバコを買おうとコンビニに立ち寄った。
まだ酔いが冷めてなかったからか、気まぐれにフライデーでも買おうかと本棚のある方へ向かった時、視界の隅に一冊だけ残っていた週刊少年ジャンプが目に入った。
……ワンピース、今でも連載してるってことだよな。あいつらが言うには。
そして先ほどの会話を思い出し、ワンピースのページだけ立ち読みしてみた。
「…………」
確かに、面白くなかった。
というか話が全然わからなかった。だって俺がアニメで観ていたのは確か、雷を使う、何か……神様? みたいな敵が出てきたあたりまでだったから。
すぐに興味が冷めてしまった俺はさっさとそれを棚に戻すと、フライデーを抜き取り、タバコを一箱だけ買ってコンビニを出た。
「う~寒っ」
二月の夜はすごく冷えていて、思わず身震いをしてしまう。
それでもタバコに火を灯し、ぷはぁと白煙を宙に放つ。やっぱうまいな、寒い夜に吸うキャスターマイルドは。あ、今は名前変ってウィンストンか。
「あー、帰って風呂入って洗濯もしなきゃな……ってか明日月曜かよ。うーわ、仕事超行きたくねぇ……」
はぁ~あ。今の職場、上司はうぜぇし、部下は使えねぇし、客はうるせぇし……。
「もう、辞めてぇ」
思わず、心の声が零れてしまった。
こういう時、彼女でもいると違うのだろうか。もう二年くらいいねーけど。
最近じゃ風俗も行ってねーなぁ。俺が昔よく指名してた子、まだいるかな。
つーか今日完全に野郎飲みだったし、キャバとかガールズバー行ってもよかったんじゃね?
いつの間にかフィルターだけになるまで燃え尽きていたタバコを灰皿に入れ、そのままとぼとぼと帰路に向かう。
「あー、だりぃなー。クッソ」
寒空の中、一人ごちる。大人になって一人暮らしを始めてからこういう独り言が増えた。
今日飲んだ友人はみんな中学時代の同級生。中には小学生、幼稚園から一緒のやつもいる。
シャッターの閉まった商店街を抜け、大通りの横断歩道を渡る。信号待ちする車のハイビームが眩しい。
みんな大人になったよ。良く言えばみんなそれなりにちゃんと仕事してるし、雄太なんかガキまでいる。悪く言えば酒飲んでたばこ吸って、休日だからって髭も剃らないで、おっさんみたいに愚痴言って、ほんと……大人になったよ。
「…………」
……ああ、そうか。そういうことか。
大通りを抜け、家の近くの薄暗い小道に入った時、ふと納得してしまった。
それは飲み会で話題になった、そしてさっき立ち読みした、ワンピースだ。
最近のワンピースは……よく知らないけれど、確かにつまらない。あいつらが批判するのもわかる気がする。
でもそれを正確に言うとすれば〝今の俺たちにとって〟ワンピースがつまらないだけなんだ。
……わかりづらいな。つまり何が言いたいかというと、つまらなくなったのはワンピースじゃない。
つまらなくなったのはそう……俺たちの方だ。
――俺たちが、〝つまらない大人〟になっちまっただけなんだ。
毎日仕事に忙殺されて、色恋やセックスなんていう快楽を覚えてしまって、酒やタバコがないと息抜きもできないようになってしまって――――純粋にワンピースを楽しめる感性を、知らない間に失くしてしまっただけなんだ。
そんな汚れた大人にワンピースの良さなんかわかるかよ。わかるわけねぇだろ。どう考えたって、ありゃあ俺らみたいな人間のために作られてねぇ。
だからたぶん、ワンピースはどこまでは面白かったとか、あれ以降はつまらなくなったとか、そういうんじゃねぇんだ。
――読者だった俺たちが、いつまで〝純粋な子供〟でいられたかどうか、なんだ。
昔はみんな、悪いやつらをぶっ飛ばしてくれれば、それだけでよかっただよ。
主人公たちが強くてかっこよければ、みんなそれで満足だったんだよ。
本来男の子ってのは、そういうもんだろ。
「なのに大の大人が、おっさん連中が、子供の読み物にケチつけて……情けねぇ。自分がつまらなくなったのを人のせいにしてんじゃねぇよ」
さっき杯を交わした友人たちに悪態をつく。
でもこの悪口は、嫉妬だ。本当は羨ましいんだ、お前らが。
だってお前らはさ……文句を垂れながらとはいえ、今でもワンピースを読んでいるんだろう?
ならまだ、心のどっかに残ってるんだ。あの頃の気持ちが。
俺なんて、今日の今日までワンピースを読み返そうとすることさえしなかった。いざ読んでみても、また読もうなんて気にもなれなかった。
なんたって俺はジャンプのアツいバトル展開よりも、この手に持ったフライデーの嘘くさい下品な煽り文句の方に惹かれてしまうような人間だ。
わかんねぇよもう。あの頃の気持ちなんか。わかんねぇよ……。
「はぁ。どんな、だったっけな……あ」
また癖になってしまった独り言が漏れたが、ひとつだけ思い出したことがあった。
ガキの頃、俺は歌を唄うのが物凄く苦手だった。今じゃ普通にカラオケも行くし、そんなこともないけれど、当時は人前で唄うなんてとんでもないと考えていたほどだ。
でも、嫌いではなかったんだ。
だから風呂に入る度、密かに一人で唄っていた。知っているアニメの曲なんかをちょくちょく。
その時よく唄ってたのがワンピースのエンディングテーマだった。たぶん一番初期のやつ。題名は……忘れた。ユーチューブにあるかな?
そう思い、俺はスマホで検索したところ、どうやら『Memories』という題名の曲っぽい。
……メモリーズ。〝思い出〟か。
今の俺には惹かれるタイトルであったこともあり、とりあえず、再生ボタンを押してみた――――。
×××
https://www.youtube.com/watch?v=2FJlbPqka3M
×××
これ、こんな歌詞だったのか……。
あの頃は歌詞の内容なんて気にしてなかったから、全然気が付かなかった。
とても刹那的というか、懐古的というか、ただただ切ないというか……それ以上に、まるで今の自分を唄われているかのようで、グッと来ずにはいられなかった。
「すげぇ、いい曲じゃねぇか……」
心が軋んだ。胸が痛くなった。涙が出そうだった。でも……ホッとした。
よかった。俺の中にもまだ、残っていたみたいだ。
子供の頃、いつも心に描いていた、宝の地図の切れ端が――――。
……明日も、頑張ろう。
〝生きる〟という名の冒険を。
了
最近のワンピースがつまらない 霜月トイチ @Nov_11th
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