第4話殺戮兵器と1%の残された答え エピローグ

 肌を焼くような熱気、耳を劈かんとする観衆の声、そして今にも息が詰まって死んでしまいそうな緊張の中、俺、いや、俺たち兄妹はいた。数多の群衆の目がコツコツと戦場へ向かって歩く俺たちを見る。その無数の瞳のせいで足がすくんでしまう。きっと公開処刑で死刑台に上る囚人もこのような数多の目にすくんでいたに違いない。だが俺たちが向かっているのは絶望の死刑台ではない、未来への希望をつかむステージだ。今日この舞台での結果によっては俺の、いや、俺たちの望む未来は剥奪される。なので俺たちはこんなところで怖気づいていてはダメなのだ。緊張に飲まれる意識をゆっくりとクールダウンさせていく。俺はそういう意識の取り換えが楽にできるが、絵里はそうではない。俺は彼女の震える手を握った、大丈夫とつぶやいて。

 ステージのど真ん中に来る頃には彼女の震えはなくなりぎゅっと力強く俺の手を握り返していた。

「さぁ始まります予選第1試合最終マッチ!トリを飾るのは編入制度でやってきた異例の二人!兄妹でペアを組むのもまた異例!実力未知数イレギュラー兄妹!美咲絵里アンド美咲慶次ペア!」

 いつも通り放送席が会場を沸かす。高まるボルテージの中絵里はまた強く手を握ってきた。けれどそれは不安や緊張の物ではなく、確かな意思を込めてだということが、彼女の力強い瞳を見ても明らかだった。

「お兄ちゃん…頑張ろうね!」

「あぁ、もちろん!」

「さて対する相手は…海外から帰ってきた実力不明のイレギュラー永久音マリ!なんとラストはイレギュラー対戦だぁ!」

(彼女は強力な力を持つ故に生まれた時から研究施設に捕らわれ、今はこの学園の地下で繋がれていますわ。その存在はごく一部の者しか知らない…わたくしたち生徒会のメンバーだってほとんどその存在を知ってはいないのですのよ?)

 これが神楽耶から聞いた永久音の情報、なので海外から帰ってきたというのは何も知らない皆をだます嘘だろう、きっと放送をしている黒崎めうだってそれを信じて疑ってはいないだろう。結局会長の抗議のかいもなく俺たちはこの日を迎えてしまったというわけだ。

 皆の緊張した視線の中、永久音が姿を現した。スラリとした長身に長い金色の髪、それをさらに見栄えさせる褐色の肌、男勝りな強気な顔立ちが彼女の女性としての膨らみを歪なまでに強調させていた。すべてが計算されつくしたような美麗な容姿だが、俺の目を引いたのはそれではなかった。手首足首に鎖が断ち切られた枷が、そして首にはマンガで出てくる近未来の囚人が付けているようなスタイリッシュな首枷がついていた。永久音の異名、繋がれ者にふさわしいその枷の残骸に目を奪われてしまったのだ。

 ジャラジャラと鎖を鳴らしながら彼女は中央まで歩き、歪なまでに顔を歪めた。その歪は歓喜に染まりきっており、彼女の存在を極めて不気味なものとしていた。

「お前たちが…ターゲット…私は…お前たちを殺す」

 声には明らかに殺気が飽和していた。その言葉一つ一つがナイフのように鋭くとがり俺の耳から入り脳内に突き立てられ恐怖を覚える。これほどまでに殺意があふれている相手に俺は出会ったことがなかった。立てこもり事件の時の龍崎にもこれほどまでの殺気は纏われていなかったはずだ。

「殺すなんて物騒だな…っ!?」

 と、考えていた俺の視界が突然とらえたそれに息を詰まらせる。それは永久音の隣に立っていた。全身を西洋風の甲冑に包んだ者が、彼女の隣に、しかも音も気配もなく立っていたのだ。けれど俺がその姿を認めた瞬間そいつの気配は俺の中に恐怖として植えこまれていた。だんだんとそいつの存在が大きく見え、潰されてしまいそうになるのを必死に抑える。

「お兄ちゃん…落ち着いて…」

「…あ、あぁ…」

 気がつけば俺の額には冷や汗が浮かんでいたようだ。それに気づいた絵里が心配そうに覗き込んでくるのを、俺は何とか笑顔を作り応えることができた。

「絵里…こいつら、ただ者じゃないぞ…」

「そんなの言われなくてもわかってるよ…お兄ちゃんはどっちを相手にする?私の影の武器なら甲冑を着ていたとしても問題なく攻撃できるけど…」

「わかった、なら俺は永久音だ」

「うん…お兄ちゃん、無理だけはしないでね?危なくなったら降参して、いい?お兄ちゃんが負けても私が生き残っていれば戦いは続けられる…だから…」

「そんなこと、俺ができるわけないだろ?俺は最後まで絵里と一緒に戦う。たとえこの身がどれだけぼろぼろになっても、絵里が立っている限り俺は何度でも立ち上がってみせる…」

「お兄ちゃんのバカ…私が心配して言ってあげてるのに…けど、それでこそお兄ちゃん!やっぱりかっこいい!」

「さぁ行くぞ、絵里…試合、開始だ!」

 試合開始の合図が響く。俺たちの運命をかけた第一戦の幕が今ここで切って落とされた。


「さて…慶次たちはいったいどれだけやってくれるかしらね?」

 観客席で神楽耶はじっとステージを見つめていた。その隣では霧華も同じようにじっとステージを見つめて頑張れと呟いていた。ちなみにブルーノたちは今別の会場で試合をしているためいない。よって応援はこの二人だけだ。

「大丈夫だよ。慶次ならどんな相手でも勝てる…って言いたいところだけど、あの永久音って子、ちょっと危険な感じがする」

「どういうことですの?」

 霧華は永久音の存在を知らない。けれどそれでも彼女は本能的に永久音の恐ろしさを測っていた。

「なんていえばいいのかな…なんだか壊れてるっていうか、感情がないっていうか…理性がない…これでもないなぁ…本能丸出し…う~ん…」

 うんうんと唸って考える霧華だが、その言葉はすべて当たっていると神楽耶は内心で称賛を贈る。その言葉の全てが永久音に当てはまり、そしてその言葉のどれもが永久音の異常性を表しきれていないということは神楽耶は知っていた。

「まぁいいや、今から試合が始まるし応援しなくちゃね!」

「そうですわね…っ!?」

「ど、どうしたの神楽耶!?顔色が変だよ?どうしちゃったのよ?」

「あ、あのデバイスは…」

 震える指で神楽耶は永久音の使うデバイスを指差した。永久音自身の身の丈とほぼ同じくらいの大きさの剣が二振り、彼女の両手に握られていた。片方は分厚くてここからでもその重さが尋常ではないということが分かる。切るための剣、というわけではなく壊すため、相手を叩き潰し叩き切る戦いを得意とするような剣だ。そしてもう片方は鋭利な刃を携えたスラリとした剣、ただスラリとしたといっても大剣の中ではという意味でその大きさは普段神楽耶の扱う刀の2倍ほどはある。こちらは完全に切断に特化した剣だ。この二つの刃、その名を…

「風神と、雷神…どうして、あれを永久音が…?」

 まるで風が体を切り裂いたかのような鋭利な傷をつけることができる切断特化の剣が風神、雷のようにすべてを壊す威力を持った粉砕の剣が雷神、そのどちらも神楽耶が忌み嫌う実家に代々伝わる伝説の剣を模したデバイスだった。どういうことかわからないと目を見開く神楽耶と何もわからずに戸惑う霧華。そんな彼女たちにもかかわらず試合は始まっていた。


「さぁ…いくぞ!」

「フンっ…遅い!」

「何っ!?」

 デバイスを構えて戦闘態勢に入る俺だが、彼女はそれ以上の速さで俺に襲い掛かってきた。地面を思いきり蹴り上げてこちらに突進してくる。その際衝撃で地面に亀裂が走った。まるで暴走列車のように突進してくる永久音の攻撃をぎりぎりでかわす。

「くっ…」

 だが彼女の手の内にある二振りの巨大な刃の攻撃範囲を見誤り頬に一筋剣が触れた。そこから血が出るが幸い傷は深くない。

「ほう…あれを躱すとはな…とりあえずさすがだと言っておこうか」

「…そりゃどうも」

 永久音はふいに真っ赤な舌を出すとそれを剣に這わせていく。ゆっくりと俺の血が付いた部分を舐めとっているのだ。その行為に俺は背に寒気が走る。マンガなどでは見たことある光景だが永久音がするとどうにも恐怖しか湧きあがらない。彼女の異常なまでの殺意がそう見せているのだろうか。

「レロ…もっとだ…もっと…血をよこせ…」

「吸血鬼かよお前は…けど残念ながらお前にやる血はもうないと思え…」

「何…?」

「それは…俺が今ここで勝つからだ!さぁ、幸せな夢に溺れろ!」

 いつものようにメガネを取り髪をかき上げて相手の瞳を覗く。俺の必殺技でもあるこの技を1試合目から使うのはためらわれたが、相手が相手だ。こんな異常性の高い奴と時間をかけて戦っていられるか。

 俺の瞳と目が合った永久音の動きが止まる。驚いた風に目を見開いて動かない。その隙を逃すバカな俺ではない。永久音のもとへ走りながらメガネをかけて鎌のグリップをぎゅっと握る。そして彼女の目の前で踏み込み勢いをつけて横に薙いだ。

 ブン!と風を切る心地よい音が聞こえた。どれだけ強い相手でも無防備なままこの横薙ぎを受ければ倒れるはず、俺は内心で勝利を確信していた。けれど、現実は違っていた。

「な、何…!?」

 俺の横薙ぎが、永久音の大剣によって止められていたのだ。俺の能力のため永久音は5秒間は無防備になるはずなのに、彼女はこうして俺の攻撃を防いだ。何かおかしい、そう察した俺はすぐに身を引いて体勢を立て直す。

「ふふ…お前の力は…そうか…未来を見せるものか」

「!?」

 永久音のその言葉に全身に動揺が走る。

「ほう…その反応、どうやら当たりのようだ」

 俺の能力が、見破られた…。どうして…。俺の中で絶対を誇っていたプライドがずたずたになり音をたてて崩れていくのが分かる。誰にも負けないと思っていたこの力が、打ち破られた絶望に心が揺らいだ。

「どうして…それが分かった…?」

「その言い方だと見せる未来の映像は決まっていないようだ…そしてその未来には何か条件のようなものがある…違うか?」

 またも見透かされて俺の心はドクンと焦りを見せる。

「いいからさっさと言えよ!お前はどんな未来を見たんだよ!」

 焦りが怒りに変わる。無意識に語気があらぶってしまっている。俺にはあるまじきことだが、それでも怒りをあらわにせずにはいられなかった。

「私が見た未来、それはお前の攻撃を受ける夢だ。しかもさっきの瞬間のな」

「な、なんだと…!?」

「ほら、教えたんだからお前の能力を教えろよ。これでイーブンだ」

「…俺の力は、幸せな夢を相手に見せることだ…だけどどうしてそれが幸せなんだ!?攻撃を受けることが…どうして幸せなんだよ!」

 ありえない、語気はさらにあらぶり言葉は怒りに任せて自然と口から滑り落ちていく。冷静になろうとしても崩れていく心ではどうにもできない。そんな俺の内心をあざ笑うかのように永久音は語りだす。

「私は今こうしているだけで幸せなんだ、たとえそれが戦いの最中でもね…あんな地下に繋がれてモルモットのように実験されたり気持ちよくなれる薬を使うことだけに生きてるって実感を得たりする…そんな世界をお前は知っているか?そんな苦しみの中で、今こうして戦っていることがどれだけ幸せかお前にはわからないだろうな…私は、お前たちを殺してこの幸せを永遠のモノにする…」

 俺への嘲笑と、自分自身への嘲りの言葉、その言葉が俺の頭をクールダウンさせてくれた。こいつは、精神的に狂っていて、幸せに飢えている。こいつに常識的な幸せは通じない。こいつは今が幸せの絶頂なのだ。そしてその幸せを守るために、俺たちを倒す、そう言っているのだ。けれど俺だって負けられないのだ。絵里の幸せのために、負けられないのだ。これは幸せを賭けた戦いだ。互いの幸福のどちらかが世界に訪れる。勝者のみが世界の幸福を得られるのだ。

「残念だけど、それを聞いて負ける気なんて俺にはないぜ…あいにく俺も背負っているものがあるからな…!」

「勝つのは…私だ!」

 もう一度鎌を握りなおして俺は永久音に向かい自身の全力を叩き込んだ。けれどそれは躱されてしまう、が頬をかするだけはできた。ぴっと小さく切れた彼女の皮膚から血が漏れる。けれど俺はその瞬間驚くべき光景を目にした。彼女の傷が、一瞬にして塞がったのだ。まるで手品のようにその傷は瞬時に無くなり、痕すら残っていなかった。

「お前…まさか…」

「そう…私は常人より高い回復能力を持ってるんだ…そのせいで死ねないけれどもね!」

 愉快そうに笑った永久音だが、その瞳の奥はどこか寂しげな色を讃えていた。


 目が覚めるとそこはいつも暗闇だった。物心時から暗闇と白い空間を行ったり来たりしている彼女にはこの暗闇が自身の住処だった。いつものように食事をとりいつものように実験をさせられ、いつものように寝る、これが彼女、永久音の生活だった。生きながら地獄にいるようなそんな絶望的な時間に彼女は生まれながらにして押し付けられていたのだ。何度死のうとしたのかわからないが、いつも生まれついての超回復力という特殊体質のせいで死ねなかった。彼女は永遠にこの地獄から逃れられない生まれながらの定めなのだ。

 彼女が唯一生きる実感を得たのは薬を使った時だけだった。その薬は彼女の体に快楽物質を送り込むとかいったものではなく、ただの栄養剤だった。けれど彼女はその薬のおかげで絶頂にも似た快楽を得て生きる実感を味わう。実験によって脳内がいじくられてそうなってしまったのだから仕方がなかった。

 そしてその薬をもらえる条件が週に1度の戦闘実験で勝つことだった。自身の異能と不死身と言っていい肉体がどれだけのパフォーマンスを行うか、そういう実験だ。対戦相手は人間だったりロボットだったり、はたまた自身と同じように薬漬けにされた肉食動物であったり、様々だった。彼女は強かったが、それでも負けることはある。負けたら彼女はとてつもない罰を受けた。麻酔なしにメスで体を切り開かれたり毒ガスが充満する部屋へ閉じ込められたり、それ以外にも言葉で表すのをためらってしまうほどの罰を受けた。けれどそのどれを受けても彼女は死ねない、ただ痛みと恐怖だけが彼女を苛み続けるだけだった。

 そしていつからだろうか、彼女は勝負に勝つことに喜びを覚え、逆に負けることに異常なまでの恐怖を覚えた。


「さて…お兄ちゃんが頑張ってるし私も頑張らなくちゃね!…まずは一発目!これでどう!」

 兄の勇姿を横目に絵里も触発され意気込んで鎧の騎士に切り込んでいく。いつも通り背中の棺から闇でできた巨大なハサミを取り出して相手の鎧の上から切断を決める。巨大でいかつい鎧のせいか騎士の動きはたいして早いとは言えない。よって絵里の素早い連撃はすべて騎士の体に吸い込まれていく。

「ふふ…どう?怖い?怖くなってきたでしょ?いいのよ…泣き叫びなさい…狂ったような泣き声を私に聞かせてよ!」

 思い通りに行動できすぎている絵里はもう有頂天だ。完全にスイッチが入ってしまい攻撃方法も単調になってくる。けれど相手はもう十分に絵里の恐怖ダメージを受けてしまっている、普通なら受け止められるこの単調な攻撃も怯えた思考では避けきれないだろう。けれど騎士は絵里のその攻撃を、受け止めたのだ。大きな手で刃の切っ先を力任せにつかみへし折るというパフォーマンスを見せてまで。

「な、なんで…!?嘘…こいつ…恐怖を感じない!?そんなの人間じゃないよ!」

 人間が人間たる証、それは恐怖を覚えることができる心を持つことだ。恐怖だけではない、喜びや悲しみ、その他もろもろの感情をすべて兼ね備えた心を持つことこそが人間であり、そのどれか一つでも欠けていれば人間ではなく人間の姿を模したなにかだ。今目の前に存在している騎士は、人間ではない何かなのか…?絵里は焦る脳内をフル活用して敵の存在を暴こうと自棄になる。けれどその焦りが彼女の致命的なミスだった。

 絵里の腹に拳が突き刺さった。回転を加えた重たい拳が絵里の体をくの字に曲げる。がはっ、と口から液体をこぼす絵里。そして彼女の華奢な体は後方へ吹き飛ばされて地面を転がる。

「げほげほっ…!痛い…めっちゃ痛いよ、これ…けほっ…!油断、したかな…」

 腹に喰らった一撃なのに全身がきしむように痛み顔をしかめる。きっとあの一撃が体内を振動させてダメージを与えたのだろうととっさに判断する。

「今はあいつがどうだっていいか…恐怖ダメージが効かないなら、物理ダメージに変更するしかないか…はぁ…これ久しぶりに使うからちゃんとできるかな…?」

 崩れ去った闇のハサミが形を変えて絵里の手の内に集まる。そして次の瞬間にはそれは巨大な銃の姿になっていた。例の事件で使われていたライフルなんて目じゃないほどの銃、マシンガンが彼女の手に握られていた。絵里はそれを構えると引き金を引いた。

 雨のように騎士に漆黒の弾丸が降り注ぐ。けれど騎士はそれに怯みもせずに前進を始めた。

「な、なんで…!?どうして歩いてこれるのよ!」

 がんっ!と金属が爆ぜる音が騎士の体から響く。弾丸も結局は決定打にならずあの鎧を少しへこませるだけだった。それは決して絵里の銃が弱いという理由ではない。彼女の銃から放たれる弾丸はコンクリートの壁を十枚ほどは貫通することができる威力だ、つまりあの鎧が規格外ということだ。けれど中にも衝撃が伝わりダメージを負っているはずだ。なのにまるで機械のロボットのように感情もなく痛みに怯むこともせずに騎士が絵里の元へ歩み寄ってくる。元から大柄の騎士だが、今の彼女にはそれが通常の2,3倍の大きさにも見えただろう、恐怖に銃口がぶれて弾道が狂っていた。

「やだ…来ないで…来ないでよぉ!」

 騎士の大きくも冷たさを感じさせる手の平が絵里の首元へと迫った、その瞬間彼女は背負っていた棺を振り回してそれを跳ね返した。それは恐怖の本能が見せたとっさの行動だったがどうやら功を成したようでガツン!と鈍い音が場内に響き渡り、そしてそのあとにはカラカラと金属が転がる音が虚しく響いた。

 絵里は恐怖で瞑ってしまっていた瞳をゆっくりと開ける。そして騎士の姿を見た時、彼女の表情は凍り付いた。いや、彼女だけではない。場内で騎士の姿を見た誰もが表情を恐怖に歪めて凍り付いていた。我慢できずに叫び声をあげるものさえいる始末だ。

「な、なんで…あなたが…」

 そういった絵里の声は、自身でも驚く程に震えていた。


「え…?」

 試合の様子を見守っていた霧華が素っ頓狂な声をあげた。絵里が振り回した棺は謎の甲冑の騎士の顔面にクリーンヒットしてその勢いで兜が取れた。空中で回転する兜がきらりと光を浴びて輝き、地面に虚しく落ちた。そしてその兜の下に隠されていた顔を見て、霧華は驚きにも恐怖にも、安堵にさえ似た表情を浮かべた。

「な、なんで…?どうしてなの…?」

「落ち着きますのよ、霧華…」

 隣の神楽耶が落ち着くようにと霧華の手を握るが、彼女のその手さえ震えていた。

 霧華の視線は騎士の素顔に釘付けになってしまっていた。そこから目を離すこともなければ、瞬きをすることもない。ただいろいろな感情がこもった瞳でその顔を覗き込むことしかできなかった。

「どうして…生きてるの…?」

 そんなはずはない、人間の命は一人一つだ、それは神が定めた人間の唯一平等なところ、なのに彼は生きている。神に背いてさえ彼は今ここで、生きている。霧華はごちゃ混ぜの感情が混じった声で、久しぶりに彼の名を呟いた。

「ランスロット…」

 そう、兜の下に隠されていたのはあの時霧華をかばって死んだはずの、ランスロットだった。彼の瓜二つとかそっくりさんとかではない、正真正銘のランスロットがそこにいた。

「嘘…生きてた…よかった…よかったよ…ランスロット…」

 霧華はぽろぽろと涙をこぼす。熱いその液体は彼女のスカートに染みこんでいく。

「おかしいですわ…だってランスロットはほんとに、死にましたのよ…?わたくしも、慶次も、絵里だってその事実を確認しましたわ…なのに、なぜ…?」

 神楽耶の疑問の声も無視するほどに霧華は泣いた。ただただ会いたかった彼のことをずっと呼びながら、暖かな涙で顔をぐちゃぐちゃに汚した。


「ランスロットは確かに死んだ!俺の目の前で霧華をかばって…死んだはずだ!」

 あまりの出来事に俺は見間違いかと思ったがそうではなかった。彼の眉間についた銃痕が、あの時に死んだ彼と一致していたからだ。

「…そうか、これは…お前の力か…」

「そんなことお前が知る必要はないね!」

 大剣の重い一撃が振り下ろされる。俺はそれを何とか鎌で受け止めたが、それでも勢いを殺しきることはできずに押され気味だ。ぐいぐいと迫ってくる大剣の刃を跳ね返すべく俺はぎゅっと奥歯をかみしめ力をこめる。少しピンチかもしれないが、今が最大のチャンスだ。この距離ならば、会話ができる。

「お前の力は、死者を蘇らす…いや、操る力だな?」

 ランスロットは死んだ、それは紛れもない事実。なら今動いている彼の命はもう消えてしまっているはずだ。ということは操り人形と考えられるだろう。その証拠に彼の瞳は虚ろに揺れて焦点を捉えそこなっている。

「へぇ…この短時間で答えを出すなんて…」

「あいにく考えることだけは誰よりも得意なんでね…それにしても治癒力が高い不死にも似た体に死者を操る能力…まるで死者の女王だな」

「ふんっ。だがそれを知ったところでお前は私に殺される…考えるだけ無駄ね」

「ま、ランスロットをどうすれば攻略できるかは考えるのは無駄だと思うけども…でも今お前をどうやって対処してやろうかって考えは全然無駄にはならないと思うんだけどね!」

 俺はその言葉が終わるとすぐに彼女の胴体に蹴りを放つ。まさか肉弾攻撃に出てくるとは予想していなかった永久音の体が揺らいだ。その隙に大剣の軌道から逃れ、軽い一発を彼女の体に撃ち込んで離脱した。

「さて…次の手はどうするか?さっきは会話をしていたから隙が生まれたけど…もう話のネタはないし…出し惜しみも、やめるか…」

 俺は煩わしいグラスを外し、世界の先を覗き見た。視界が、聴覚が、嗅覚が、すべての感覚が闇に飲み込まれて一つの映像を俺の脳裏に映し出した。

 5秒後に加える攻撃を思考してシミュレートを脳内で繰り返す。数多のパターンをぶつけて回答を完成させる。横薙ぎ、切り上げ、フェイント、蹴り、様々な戦闘術を脳内でイメージし未来の永久音にぶつけていく。けれど…

「何っ!?全部…躱された!?なら…!」

 今度は趣向を変えて隙を見せない連撃をイメージする、けれどもそれは未来の永久音に一発も当たらない。そのどれもがことごとく失敗し、俺の体には大剣の重たい一撃が喰らわされていた。

「もう時間がない…なら後方へ…っ!?」

 その瞬間、俺は未来劇場から弾き出された。左眼に走る痛みとともに現実が色を、音を、匂いを取り戻していく。

「何をした…?いや、何でもいいか…お前のその企みごと、切り裂く」

 永久音が俺めがけて突進してくる。俺はそれを後方へと回避する。けれど永久音は大剣を持っているにもかかわらずすさまじいスピードで俺の目の前へ、そしてその両手の剣をクロスを描くように同時に抜き放った。

 それは未来で見た光景と同じ、最後に算出した後方へと逃げるパターン、けれどどうしても永久音の攻撃は俺の体へ吸い込まれていた。俺が永久音に攻撃を受ける未来は、どうあがいても変えることができなかったのだ。

「ぐはっ…!」

 攻撃から一瞬遅れて体に痛みが走る。けれどその痛みは未来で体験済み、今更暴れるほどの物でもない。斬撃で吹き飛ばされるが俺はそれを利用して永久音との距離を十分にとることができた。胸から赤の液体がだらだらと漏れているがまだ許容範囲だ。

「あぁっと!永久音選手の一撃が慶次選手にヒット!胸から血がこぼれていますが大丈夫でしょうか!?…け、慶次選手が立ち上がり…ニヤリと笑った!?これはまだ戦う意思があるということでしょうか!?」

「俺はまだ戦えるぞ…俺にはまだ、秘策があるからな…」

 ポケットに手を突っ込みそのあるものを握り俺は不敵にニヤリと笑みをこぼす。俺がこいつと戦うと知って何もせず手招いていたわけではないことを、教え込んでやらないとな。


 美咲慶次の秘策を知っている存在がただ一人いる、それは佐竹神楽耶だ。なにせその秘策というのは神楽耶が仕込んだものなのだから。

「慶次…あなたならきっとうまく使いこなせますわ…あとはあなたの思うように振り回しなさい…」

 観客が見守る中慶次がポケットから取り出したものは、変形前のデバイスだった。念を込めるように目をつぶる慶次、それがトリガーとなりデバイスは徐々にその本当の姿を取り戻していった。

「嘘…あれって…?」

 いち早くその姿に心当たりがあった霧華が声をあげた。それに神楽耶が答える。

「えぇ…あのデバイスは、わたくしのもの…」

「…八咫烏」

 慶次の手に握られたのはカラスの羽を思わせる漆黒の刀身が魅惑的に輝く刀、八咫烏であった。それは神楽耶が霧華と戦うときに使った刀であり、霧華と慶次のタッグを組み伏せたのもこの刀だった。

「え?でもなんで?デバイスは個人認証があるし使えないんじゃないの?」

「一つのデバイスに対して認証変更は一度だけ認められますわ」

「でもそれって…」

「そう、わたくしにはもうあのデバイスが使えない…」

 そう、デバイスの個人認証が変更できるのは一度だけ、あの剣の所有権はもう神楽耶には戻ってこない。けれど神楽耶はそれでもよかった。彼女には絶対の自信を持つ刀、雷切の力を宿した木葉がある、けれど理由はそれだけではなかった。彼女は慶次の実力を見込んで、その刃を託したのだ。彼なら真の八咫烏の力を引き出してくれると信じて、永久音を倒す力を身につけてくれると信じて、それを託したのだ。

「ふ~ん…神楽耶にも優しいところってあるんだね」

「なんですのその言い方…わたくしが普段優しくないみたいな言い方ですわね」

「い、いやそういうことじゃなくって!言い方が悪かったのかな…神楽耶はとっても優しくて面倒見がよくって…あぁやっぱり恥ずかしいから無し!」

「はぁ…まぁ言葉はどうあれありがたく受け取っておきますわ。ありがとう霧華」

「うん!…ってあれ何!?」

 笑みを浮かべた霧華だが次の瞬間には驚きの表情を浮かべて会場を見ていた。その視線の先には慶次がいた。腰を低く落として刀と鎌、そのどちらも地面すれすれに構えて永久音に走り寄っていく彼の姿があった。素早いその動きで永久音の元へたどり着いた彼は今度は宙へ飛び上がり、落下の勢いとともに回転をつけて永久音の体を切り裂いた。その一連の動作はまさに神速といっていいほどで、霧華の動体視力でもぎりぎり見えるかどうかの曖昧なものだった。永久音もその攻撃の速さについていけていないようで躱しきれずに腕にダメージを負っていた。

「何あの速さ…!?神楽耶と似てる…?もしかして、あの剣以外にも何か慶次に与えたの?」

「ご明察、ですわ」


 それは2日前の昼にさかのぼる。

「頼む!俺に何か技を教えてくれ!お前の話を聞いて分かった、永久音って奴は強い…きっと俺よりもずっと強い…だけどどうしても勝ちたいんだ!」

「でももし慶次が勝ち残ればわたくしたちは敵同士になりますわ…敵に自らの技術を教えるバカな奴がいますの?」

「それはわかってる…けど頼む!」

「私からもお願い!お兄ちゃんにいろいろ教え込んであげて!」

 土下座までして頼み込む美咲兄妹に神楽耶は了承せざるを得なかった。

「はぁ…分かりましたわ。まぁわたくしにも悪い話ではないですし…わたくしもあの永久音と戦うことになるのは回避したかったんですの。あなたたちが先に潰してくれると信じていますわよ」

「やった!それじゃ早く何か教えてくれよ!」

「待ちなさい。そこまでがっつかないでくださいまし。しかもわたくしの剣とあなたの鎌、性質は似ているようで違っていますのよ?」

「性質?」

「そう。刀は持ち手と水平になるように刃が付けられていますわ。これは主に相手を切り裂くため。ですが鎌となると持ち手が刃と垂直に、これは相手を切り裂くのではなくえぐって裂くという行動に似ていますわ。鎌の切っ先の鋭い部分を相手の体に潜らせて、そして刃を滑らせてえぐるようにする…」

「あぁ…確かに性質は違うが、それの何がいけないんだ?」

「わたくしの技は刀の戦闘術をメインにしていますの…だから鎌の技を教えることは難しいですわ…もしあなたが剣を使うというのなら話は別ですが…」

「使う!もちろん刀使う!」

「…即答ですわね」

 そういうわけで慶次に剣の技術を教え込んだというわけだが、それがどうにも難航を極めていた。彼自身センスはあるのだが体に染みこんだ鎌の技術が抜け切れずに苦戦を極めた。

「まずは型を覚えてみるのはどうですの?」

「型…?」

「そう。どんな剣の名人でも型が崩れてしまえば本来の力は出せませんわ。型はすべての基本であり力の証ですの」

「ふ~ん…」

「あなたの戦い方はどちらかといえばケンカに近いですわ…ただ闇雲に力任せに振り回しているような…けれど型を覚えれば少ない力で最大のダメージを与えることが可能ですの。そうですわね…例えるならバターを切るように力を込めないで、かつ熟れたトマトを崩さないような繊細な動きで肉を切る、といえばいいかしら…まぁ物は試しですわね」

 神楽耶はどこから取り出したのかバターとトマトを慶次の前に突き出して刀で切るように命じる。そこから数時間、ずっと慶次はそれと格闘していた。

「お兄ちゃん頑張れ~…ハムハム…」

「楽そうに言うなよ…あと勝手にサンドイッチ食ってるんじゃねぇよ」

「だってお兄ちゃんが失敗したの捨てるのもったいないし…バターとトマトって言ったらサンドイッチだよねってことでさ。お兄ちゃんも食べる?」

 律儀に食材を買ってきてまでサンドイッチをほおばっている絵里、慶次は空腹の誘惑にも負けず刀の扱いを覚えた。


 それ以降は割愛するが、様々な苦行を乗り越えてほんの少しの時間でも刀のことを覚えた慶次は今こうして永久音と渡り合えるほどの力を身に着けていた。

「慶次の才能には驚かされましたわ…慶次ならあの八咫烏を十分に使いこなせると思いましたの…だから託しただけですわ」

「ふ~ん…やっぱり神楽耶は優しいね!」

「だ、だからそんなこと言わないでくださいまし!わたくしも恥ずかしくなってきますのよ!」

「神楽耶ったら照れてる…」

「う、うるさいですわ!」


 外野がそんな騒ぎを起こしているのも知らずに絵里はランスロットと対峙していた。彼の攻撃は自身の体を使った物理攻撃のみだがそれでも一度喰らえば致命傷に陥るほどだ。それを躱しながら隙を見て攻撃を加えるが死体の彼にはダメージはない。

「なんなのよ…!なんで私が…死体の相手なんて…!こんなのらちが明かないじゃない!」

 誰が見ても明らかなほどにこちらが不利な状況に怒りを覚える絵里は、それに任せて闇雲にチェーンソーを振り回す。けれどそれは鎧のメッキをはがすだけ、露出している顔部分に当たっても血が出る素振りすらない。

「けど…私がここで食い止めなくちゃ…お兄ちゃんのところにこいつが行ったら…負けちゃう!」

 兄を守りたい、その一心で絵里はチェーンソーを振るう。いつも守ってくれた兄に少しでも恩返しをするために、こんなやり方しか思いつかなかったけれど、それでも兄が喜んでくれるなら、と彼女の内心で兄のことがくるくると回る。

「お兄ちゃんは私の彼氏なんだから…私が守らなくちゃ…!お兄ちゃんも私のことを守ってくれてるんだし…!」

 兄のことを思うと不思議と絵里の体には力がわいてくる。まるで兄への気持ちが燃料になっているみたいだ。

「力を解き放つ…!ドライブ!」

 絵里の声に呼応するように漆黒のチェーンソーが呻りをあげた。刃の回転数が上がりエンジン部分からこれまた黒の電流がほとばしる。手の内で制御不能なほどに暴れる覚醒したチェーンソーを自身の意思の力でねじ伏せる。

「さぁ…この一発で終わりにしましょう?」

 絵里が踏み出したと同時にランスロットも突進してくる。二人の間合いが縮まっていき互いのデッドエリアが突破された、その瞬間がすべての戦いの終幕が訪れる時だ。爆音を発するチェーンソーか、回転を加えたランスロットの拳か…

「これで…終わりよ!」

 チェーンソーの刃の方が拳よりも少しだけリーチが長かった。そのおかげで彼の鎧を削り取る威力を持った刃が、ランスロットの鎧にめり込んだ。ギャリギャリと嫌な音を響かせながらランスロットの鎧が崩壊していく。そしてそれは肉へと届く。怒涛の一撃を加えた一瞬、絵里はその時勝ちを確信していた。肉まで攻撃が届けばいくら死体だろうとあとはそこから攻め落としていけば勝てる、そう確信したのだが、その確信にも似た満身の一瞬が絵里の命取りとなっていたのを彼女は気づくことができなかった。

「ぐはっ…!くっ…!うぅ…!」

 なんとランスロットは体にチェーンソーの刃がめり込んでいるというのに絵里の体を捕らえたのだ。握られた拳は開かれて絵里の首根っこをぎゅっとつかんでいた。その時絵里は完全にしまったと縮こまる喉を振り絞りこぼしていた。普通の相手ならばあの一撃で痛みに耐えきれず腕を引く、だがこいつは死体だ、痛みを感じない。痛みを感じなければ絵里の攻撃にいちいちかまっていることもない。そう、こいつには絵里の最大の攻撃こそが、絵里が見せた最大の隙ということになる。

「かはっ…!うっ…お…お兄…ちゃ…」

 首がギリギリと締まっていき脳に酸素が行き渡らずにもがく。けれどどれだけ醜くもがこうとランスロットの手が緩むことはなく、だんだんと意識が薄らになっていくのがなぜか客観的に感じられていた。自分の体から自分自身が離れていく感覚、そんな不思議な揺蕩う意識が絵里の思考を放棄させた。それは彼女の最後の頼りだった兄のことも、手放そうとしていた。

「お…お兄…ちゃ…ん…ごめ…ん…ね…」

 締まる喉を必死に振るわせて、彼女が言い放ったのは兄への謝罪だった。


「ランスロット!」

 観客席にいた霧華は叫ばずにはいられなかった。あのランスロットが、あの優しくも気高かったランスロットが今、絵里を殺そうと首を絞めつけていたからだ。絵里の顔がだんだんと真っ赤になり、そして青くなっていく。明らかに酸素が足りていないのは誰が見ても承知のことだ。下手すれば酸素がなくなる前にあの細い首がぽっきりと折れてしまうかもしれない。そうなればランスロットはただの殺人者だ。いや、霧華にとってそれ以上にショックなのは絵里が死ぬことだ。生意気だったけど優しくて友達思いだった彼女に死んでほしくない、ただその一心で霧華は叫んでいた。自身の言葉ならランスロットに届くと思って。

 けれど現実は物語のように劇的ではなかった。いくら霧華が呼びかけてもランスロットは振り返りもせず、その手を緩めようともしなかった。

「どうしてよ…どうして…ランスロット…私の方を見てよランスロット!」

 いくら泣こうが喚こうがランスロットはやはり無視だ。まるで霧華の存在など眼中にないように。霧華はそれでも声をあげる。自分自身にしか彼を止めることはできない、そう信じて。

「ランスロット…ねぇ…私ね…ずっとあなたに言いたいことがあったの…」

 自然と霧華の声には涙が混じっていた。潤んだその声に、彼の手が、緩んだ。霧華はそれには気付かずに、ただただ言葉を紡いでいく。

「ランスロット…ごめんね…私、わがままだったよね…ずっとあなたに迷惑かけて…たぶん辛い思いもさせたと思う…ほんとにごめん…でも私が一番言いたいことはこれじゃないの…ただ…ありがとうって…言いたかったの…」

 会場内が一気に静まり返る。皆が霧華の懺悔にも似た言葉に耳を傾けている。

「弱くて才能がなくて…頑張ってもどうしようもできなかった私にずっと仕えてくれてありがとう…私、とっても嬉しかったの…やっと頑張ってるって認められたって、そう思ったの…ううん、それだけじゃない!私が一番言いたいありがとうは…私のために命をかけてくれたところ…こんな私を、かばってくれたこと…どうして返せない借りを作って死んじゃったのよ…バカ…!ぐすっ…私…ずっとあなたにありがとうって言えないままだったじゃない!」

「き…り…か…」

「ランスロット!?」

 涙で眩む視界をステージへと向ける霧華。そこにいたのは、こちらを見て微笑んでいるランスロットの姿だった。それを見た途端霧華は堰が切れたようにわんわんと泣いた。泣きながらも、笑みを作っていた。

「ランスロット…ありがとう…ありがとう…」

「霧華…僕も…ありがとう…霧華の騎士になれて…よかった…」

「ランスロット!」

 ランスロットの乾いた瞳からは、涙がこぼれ落ちていた。死体だというのに、心がよみがえっていた。けれどそれも一瞬だった。彼は霧華に思いを伝えると、崩れ落ちて元の魂なき器へと、永遠の眠りへと落ちていく。がくり、と糸が切れた人形はその場に崩れ落ちもう二度と動くことはなかった。

「ランスロット…ありがとう…私も…あなたを騎士にできて、よかったよ…」

 消えゆく彼の魂に、彼女は最後の言葉を告げた。残された彼女の心にはすがすがしさと、安らぎの気持ちが広がっていった。自身の言えなかった言葉をランスロットに伝えられた、彼女は最後に誰にも聞こえない声で、ありがとうと、つぶやいた。


「どうやらお前の騎士も終わりらしいな…俺たちの戦いもそろそろ決着をつけようぜ」

「そうだな…決着は私の勝ちで幕を閉じるがな!」

 ランスロットの動きが止まったというのに永久音は動揺一つしていなかった。それはランスロットをただの道具としか思っていなかったのか、はたまたそれ以外か、本心はわからないがいずれにしても彼女の精神ダメージは期待できそうにもない。結局彼女に打ち勝つには俺の全力を出さなければいけないというわけだ。

「頼むぞ八咫烏…俺に力を貸してくれよ…」

 右手に八咫烏を、左手にメリーを、それぞれ違う型のデバイスを握りしめて永久音へと打ち込んでいく。けれどそれは永久音の両手の剣に防がれる。永久音の反撃、俺も両手の得物を扱いそれを防ぐ。あとはこれの繰り返しだ、切り込んでは防ぎ、また切り込む。八咫烏を使うことによって永久音との実力差は縮まったが、けれどまだ彼女には追いつけなかった。

「しまった!」

 気がつけば俺のデバイスは両方とも宙に舞っていた。一瞬だけ生まれた隙、それがすべての終わりを告げるサインだった。

「その命…もらった!」

 なにも防ぐものがなくなった俺の体に、永久音の巨大な二振りの剣が振り下ろされる。あれを喰らえばひとたまりもない、避けようとするがもうすでに巨大なリーチの前に逃げ場などなかった。俺にできる残されたことは痛みに備えることだけ。奥歯を噛みしめて瞳をぎゅっと閉じる。瞳の裏には、絵里がいた。俺はただ、絵里に謝ることしかできなかった。先に負けちゃってごめん、と謝るしかできなかった。

「げふっ…!」

 びちゃり、と顔に生暖かいものが走った。ねっとりとしたそれはつつぅと俺の頬を撫で、首筋へ流れ、そして地にぽたりと落ちた。それが血だということは目をつぶっていてもわかった。けれどこの血は、俺のモノではない。まさかと思い瞳を開けると、そこには予想していた絶望の光景が待ち受けていた。

「え…り…」

「よかった…お兄…ちゃん…かはっ…!」

 振り下ろされた剣は鮮血に染まり光を反射しててらてらと妖艶に輝く、宙に舞うのは大切な彼女の命の液体、胸に大きな真っ赤な花を咲かせながらもほほ笑んだ妹は血が混じった咳をこぼして地に落ちた。

「絵里!お前…どうして!?」

「だって…お兄ちゃんに…ケガ…してほしく…なかった…から…げほげほっ!」

 妹の体には大きな裂傷が二つ、ついていた。胸を裂くようにつけられたその傷から止めどなく血が流れだしている。内蔵にも傷がついたのか苦しそうに血の混じった咳を吐き出している。

「バカ…!それでお前がケガしたら…意味ないだろ…!それに…お前が倒れたら…俺たち負けちゃうんだぞ?」

「負けたって…いいよ…お兄ちゃんが…ケガしなくて…いたら…私それだけで…いいもん…」

「絵里…!」

「えへへ…お兄ちゃんが…ぎゅっとしてくれた…嬉しい…」

「何バカなこと言ってるんだよ…くそ…!」

 弱々しくなっていく絵里の体を抱きしめる。俺の体にべったりとこべりつく液体が絵里の危機を知らせていた。傷は死に至るものではなかったが出血がひどい。

「お兄ちゃん…最後のお願い…聞いてくれる…?」

「あぁ…なんでも言ってみろ…だから、最後のお願いとか悲しいこと言うなよ…お前は絶対に助けるから…」

「じゃあ…私と、キス、して…あの時してくれなかった…キス…したいな…私…このままじゃ…心残りだもん…大好きな人と…大好きなキスができないのって…嫌だよ…」

「なぁ絵里…あの時話したこと、覚えてるか?死亡フラグの話だ。あれには続きがあってな、残りの1%は、絶対にお互いが生き残って勝ちを手に入れるんだ…俺はこの1%の奇跡を、起こす」

「お兄…ちゃん…」

 俺は絵里を抱きしめて、覚悟を決める。もう逃げないと誓った。もう遅すぎるかもしれないが、それでも絵里を俺の彼女として、恋人として本当に受け入れることを誓った。

「絵里…大好きだ…」

「うん…私も…大好きだよ…お兄ちゃん…んむっ…」

 血がこぼれ落ちている絵里の唇、けれどそんなことも気にせずに俺は彼女に口づけをした。恋人同士がするような熱烈で妖艶で、それでいて優しいキスを、彼女に与えた。絵里の顔が嬉しそうに、恥ずかしそうに歪む。俺たちはここが戦場だということも観衆の前だということも忘れてただひたすらにキスを交わした。お互いのガマンしてきた恋心をすべてぶつけるように、永遠にも似た時間を過ごした。

「…ぷはぁ…!」

 けれどその時間にも終わりは来るものだ。どちらかが息が苦しくなって唇を放す。互いの口の周りは唾液でべたべたに汚れ、てらてらといやらしく輝いていた。


「絵里…待っていろよ…俺が奇跡を、取ってきてやるから…」

「うん…」

 応急処置だが絵里の傷を止血して戦いへと向かう。タイムリミットは絵里が意識を失うまで。そのリミットを超えれば俺たちの夢が終わる、いや、絵里の命が終わってしまうかもしれない。

「永久音…俺はお前を絶対に許さない…お前を殺してでも…俺は勝つ!」

「次こそは…本当に殺す…」

「絵里が繋いでくれた命だ…簡単に終われるかよ!」

 地面に転がっていた八咫烏を手に取り俺は誓う。必ず勝って絵里を助けると。そして、もう一度彼女に俺の本気の心を伝えるんだ、と。

「八咫烏…お前の本当の姿を見せてくれ…!」

 俺が念じると八咫烏はそれに応えてくれた。禍々しい黒の光を放った剣は瞬時に姿を変えた。その姿は、羽だ。カラスの漆黒の翼そのものだった。広げられた羽のように刃が鋭い凹凸を作り出したのだ。

(八咫烏にはまだ隠された力がありますの。けれどそれは今のあなたではまだ使うことができないかもしれませんわ、もちろんわたくしにも…)

 八咫烏を受け取った時に神楽耶から聞いた言葉だ。確かに彼女の言う通りこの剣を扱うのは普段の俺には無理だっただろう。禍々しい気を孕むこいつは触れているだけで心を侵食されそうになる。殺せ、殺せと俺の心に悪魔がささやきかける。そう、彼女が言っていたのはスキルの問題ではなく心の問題。この邪悪な気に打ち勝てなければ真の八咫烏を扱うことはできないということだった。けれども今の俺には扱える。そんな邪悪なささやきなど俺の心には届かない。今の俺の心を占めているのは絵里だ、絵里以外のことは考えられない。たとえどんなに巨大な悪の凶器でさえ、俺と絵里の心に入り込むことはできない。

(絵里…絵里…絵里…!)

 絵里のために振るったその翼は永久音の体にダメージを与えた。振るっただけで巻き起こる鋭い風が、彼女の体を切り裂いたのだ。

「ちっ…こしゃくな真似を…!」

 けれどそれだけで怯む永久音ではなかった。先ほどの力が生ぬるいと感じるほどの猛烈なラッシュが俺に叩き込まれていく。

「こんなところで押し負けられるかよ…!」

 八咫烏の風を利用して何とかその攻撃を防ぐ。けれども防戦一方には変わりない。これだけしてもまだ永久音にはかなわない、けれど俺はくじけることができなかった。ここで負けを認めるわけはいかなかった。

 いったん距離を取り息を整える。この八咫烏、使うだけで体力を搾り取られていく感じだ。扱うには心だけでなく体も蝕むということか。はぁはぁと喘ぐ喉を必死に抑え込み気持ちを落ち着ける。

「お兄…ちゃん…」

「絵里!?お前なに立ち上がってるんだよ…!?」

 背後に聞こえた声に振り向くと絵里が苦々しく顔を歪めながらも立ち上がっていた。影で作ったチェーンソーを支えにふらふらとした足取りでだが確かに地に足をつけた。

「傷がひどくなるから寝てろ!後は全部俺に任せて…」

「ううん…私…まだできる…お兄ちゃんのために…頑張るもん…!彼氏にばっかり任せてたら…彼女失格だもん!」

「絵里…」

「大丈夫だよお兄ちゃん…お兄ちゃんには私がついてる…だから、絶対に勝てるよ」

「ふふ、そうか。ありがとな、絵里」

 今にもギリギリな状態の絵里だが、俺にとっては彼女こそ心の支えだ。彼女がともに戦ってくれるだけで奥から力が湧き上がってくるようだ。

「行くぞ永久音…俺の全力を以って…お前を倒す!」

 俺は眼鏡をはずして、世界の先を見た。思考を巡らせて最適解を求める。けれどやはりこの5秒で決着をつけられるわけがない。どれも返り討ちにあっているビジョンしか見えない。

「もっとだ…もっと先の未来を…俺に見せろ!」

 左眼が焼けたように痛む。ギリギリと灼ける瞳が見せたのはさらに先のビジョンだった。俺の限界を超えた未来視、先を読み、さらに先を読む。脳内で最適なシミュレーションを繰り返して毎秒ごとにその行動を刻み込んでいく。

 それは俺が行動を起こすのと同時のタイミングだ。永久音に攻撃を打ち込みながらも、未来を見る。彼女の全ての行動が俺の左眼に映っている。

「まだだ…まだ俺は…!」

「くっ…!何なのよこれは…!?私の攻撃が…すべて読まれてる!?何なのよこれは!」

 何度も未来視を重ねるたびに左眼が潰れるように痛む。けれどこんな痛みに怯むわけにはいかなかった。俺がここで怯めばすべての未来が崩壊する。今見ている勝利のビジョンが、失われてしまう。

「舐めるなよこのクズがぁぁぁぁぁ!」

「見えた…!絵里!今だ!終わらせてくれぇ!」

「わかったお兄ちゃん!…いっけええぇぇぇぇぇ!」

 すべてを終わらせるのは俺の一撃ではなく、絵里の一撃だった。永久音が最大の攻撃を俺に仕掛ける瞬間、俺の背後から絵里が飛び出して隙だらけの永久音の体にチェーンソーを振り下ろした。

「あなたの恐怖は…負ける恐怖…お兄ちゃんに負けそうになった今が…心の隙よ…貫いて…」

「きゃああぁぁぁぁぁぁ!」

 獣的な絶叫、その後彼女の体は影から延びる無数の槍で貫かれていた。相手の恐怖を増幅して心を壊す絵里の大技、虐殺の姫が繰り出されたのだ。

「私は負けない…私は負けない…嫌…負けない…勝つの…痛いのは嫌…痛いのは嫌…痛いのは嫌なのぉぉぉぉぉ!」

 恐怖に顔を歪ませる永久音、彼女は先ほどの雰囲気とは打って変わり今は子供のようにおびえた瞳に大粒の涙を浮かべかんしゃくを起こしたように叫び出す。そしておびえた彼女は俺たちを見て恐れの瞳を向けて、逃げだした。闘技場の外へと、敗走したのだ。

「せ、戦闘終了!永久音選手が戦意喪失、逃亡したためこの戦いの勝者は美咲兄妹だぁ!」

 放送席のその一言で黙り込んでいた観客が一気に歓声の声をあげた。

「えへへ…勝ったね…お兄ちゃん…」

「あぁ…そう…だな…」

 お互い勝ちを確認したその瞬間、俺の体も、絵里の体も地に崩れ落ちた。解放した八咫烏と限界を超えた未来視の副作用が俺の体を蝕んだのだ。

「きゅ、救護班!早くその二人を医務室へ運んで!急いで急いで!」

 アナウンスの慌てた声が響く中、俺の意識は闇へと沈み込んでいく。ゆっくりと黒く染まる視界の中、俺が最後に見たのは絵里の安心にも似た安らかな表情だった。


 目を開けるとそこには黒に染まる天井があった。ぼやけた頭に薬品の独特の匂いが染みこんでいき意識を現実に引き戻される。

「俺は…」

 そういえば俺は戦いが終わった後に倒れてしまったんだっけ。最後の記憶をたどりながらぼけぇっと周りを見渡す。窓から差し込む月明かりが照らす様々な薬品ビンに白いベッドにカーテン、ここは保健室だ。ふと俺が寝ているベッドの脇に誰かがいるのが目に入りそちらを見る。

「霧華…?」

「ん…?あ、おはよう慶次…ってもう夜だけどね」

 ベッドの脇で顔を伏せていた霧華はゆっくりと顔をあげる。少し眠たそうな瞼をぱちぱちとしばたかせながらも俺の方を見て嬉しそうに顔を緩めた。

「体の方は大丈夫?痛いところとか無い?」

「痛みは…ないな…けどちょっと重い感じがする…」

「そっか。まぁそれも休めばとれるってお医者さんが言ってたから大丈夫」

 体の方に大事なくてほっと一息ついたその時、俺の頭が大事なことを思い出した。

「おい霧華!絵里は!?絵里は大丈夫なのか!?」

「ちょっと!そんなに激しく起き上がったら…」

 慌てて起き上がろうとするけど身体にうまく力が入らない。クラクラと体の軸がぶれてまたベッドに逆戻りだ。

「痛くなくてももうちょっと寝てなくちゃダメ」

「あぁ…分かった…で、絵里は?絵里は大丈夫なんだろうな?」

「うん、何とかね。幸い傷も見た感じより浅いらしいし次の試合までには治るって言ってたよ。痕も残らないって言ってたし、よかったね」

「そうか…よかった…」

 俺はほっと一息ついて布団をかぶった。少しの間沈黙が走る。が、俺は意を決して口を開いた。

「あのさ、霧華…」

「うん?何かな?」

「…ありがとな」

「何が?」

 霧華は意味が分からないといった風に首をかしげる。

「あの時ランスロットに声をかけてくれてさ…お前のあれがなかったらきっと俺たち二人とも負けてたかもしれない…」

「あれは私が言いたいことを言っただけ。感謝なんてされる筋合いはないって」

「いや…それでも助かったのは事実なんだ…だから、ありがとう…」

 あの時霧華の声がなければ、霧華の心の叫びがなかったら、俺たちはどうなっていたか…。彼女のランスロットの思いが俺たちを勝利に導いてくれたのかもしれない。

「でさ、ずっと気になってたんだけど…なんでお前ここにいたの?別に俺看病されるほどのケガじゃないんだろ?ケガの具合からすれば絵里の方がやばいだろうしさ」

「そ、それは…え、え~と…」

 とたんに霧華がしどろもどろになる。あのいつものような強気な態度はどこへやらだ。

「ほ、ほら!もしものことがあったら困るじゃない!?もし心臓が急に止まっちゃったりとかさ!」

「いや、ありえないだろ…」

「本心はどうなのよ?言いなさいよ」

「そ、それは…えっと…慶次の寝顔がかわいかったからついじっと見てたら夜になっちゃってて…って絵里!?あんた病室で寝てたんじゃ!?」

 気が付くと霧華の後ろには絵里がいた。多分治療の時に着替えさせられたのだろう、パジャマ姿でその隙間から包帯がちらりと見えた。

「霧華みたいな泥棒猫がいるから安心して寝れなかったのよ!もしかしてって思ったらやっぱりじゃない!どうせ初めから夜這い目的だったんでしょ?ほんと卑しいメスブタなんだから」

「なっ!?よ、夜這いなわけないじゃない!なんでそんな思考になるのよこのエロ娘!」

「はぁ…お前ら元気だな、おい…」

「あ、ごめんねお兄ちゃん…うるさかったよね…」

「いや、いいんだ。楽しそうなの見てるとなんかほっとするし」

「ほんっとお兄ちゃんってお人好しなんだから」

「そうだ、慶次。この前のこと、やっぱり無しにしてもらっていい?」

「この前のこと…?」

「そう、私と恋人になってってやつ。みんなの前であんな熱烈なキスするの見せつけられたらさ、やっぱり絵里にはかなわないなって…」

 霧華はさぞあっけらかんとそう言い放った。あの時は結構真剣に付き合ってくれとか言っていたのに、こうしてみると案外引き際は華麗なんだなとなんだか悲しく思ったのだが、次の言葉が俺のその心をずたずたに踏みにじったのは忘れもしない。

「だから私を愛人にして!」

「あ、愛人!?」

 予想もしなかった言葉に声が裏返る。絵里も驚きに絶句していた。

「はじめは絵里を優先的に愛してくれていいけど…飽きたら愛人の私のことをいっぱい愛してくれていいからさ…ねぇ、どうかな?」

「そ、そんなのダメに決まってるじゃない!ねぇお兄ちゃん!?」

「ううん!慶次なら絶対に了解してくれるはずだよ!無理だって言っても絶対に頷かせてみせる!だって私が真剣に悩んで慶次のことを諦めきれなくって、でも慶次は絵里のことが好きで、どうにかできないかなって考えた妥協点だもん!これ以上は譲れないよ!」

「悩んだ結果に愛人ってどういう思考回路してるの!?脳が腐ってるんじゃない?やっぱりおすすめの脳外科紹介した方がいい?」

「結構です!第一実の兄と恋人になるなんておかしなことをする人に言われたくありません!あなたの方が脳外科に行ったらどう?」

「それは私とお兄ちゃんに対する冒涜として受け取っていいのかな?」

「どうせあなたが慶次をたぶらかしただけでしょ?慶次は被害者だから関係ないわ!」

「あの~…二人とも…そろそろやめてもらっても…」

『うるさい!今大事なとこなの!』

「は、はい…」

 結局このあとブルーノたちがお見舞いにやってきて幸いにもうやむやに終わったが…どうやら俺の喧騒に満ちた新たな日々は始まったばかりなのだろう。



―エピローグ「それぞれの結末」―



「あなた正気なの?自分が何をやっているかわかってるのかしら?」

「えぇ、もちろん、ボクは正気だよ?正気の上でこうしてあなたに銃を突き付けてるんですから」

 月夜の光がこぼれ落ちる窓、青白い光が照らす生徒会室には小柄なイリス生徒会長と気配が完全に無い女、なよ竹朱理がいた。暗闇でギラリと狂気的に輝く銃口が今、地に膝をつけた朱理の額に突き付けられていた。イリスのメガネの奥の瞳が冷酷的な色をたたえて朱理を見下す。

「まさかあなたがすべての黒幕だったなんて、驚きましたよ…日本最大の裏組織なよ竹がこの一件にかかわっているとはね…ボクも驚きです」

「あなたは…すべてを知ったというの?どうやって…」

「どうやって?簡単なことですよ。ボク自身のネットワークを使った。ただそれだけです」

 イリスはにんまりと笑って答えた。その口元には歪な三日月が浮かぶ。

「あなたは繋がれ者の永久音を外に出した、そしてあろうことか彼女を使って美咲兄妹を殺そうとした、予選の対戦表をいじってまでね…ボクの学園で好き勝手した罪は重い…今ここで償ってもらうよ?」

「あなたに、本当にできるのかしら?」

 けれど三日月を讃えたのはイリスだけではなかった。朱理もその口元を歪めて挑発的な瞳を浮かべる。

「あなたは誰のおかげでこの学園に入学できたと思ってるのかしら?生徒会長となって覇権を握ったようだけれど…もとはといえば私がいなければ入学できなかったのよ…男の子のイリス君、いや、なよ竹伊理(いり)君といった方がいいかな?」

 にやりと笑った朱理は隠していたナイフでイリスの服を上に裂いた。びりびりと服が破れて露わになるイリスの体。月夜に照らされて青白く輝く身体は女性的ではあるが、男性のモノだった。その証拠にイリスの胸は驚くほどぺったんこなのだ。

 イリスの顔に一瞬影が見えたが、次の瞬間にはそれは笑いに変わっていた。壊れた笑いが、イリスの顔いっぱいに広がる。そのせいで服を破り得意げだった朱理の顔がまた引きつった。

「あぁそうさ!確かにボクは男だよ!イリスなんて名乗ってるけど男だよ!ボクはあんたたちなよ竹が政権を握るために遣わされた道化だよ!けどね…あんたを始末することはできる」

「フン…そんな脅しが私に通じるとでも?私が死ねばなよ竹の人間があなたを襲うだろうね。かつて日本にあった自衛隊を壊滅できるほどの武力を持つなよ竹にケンカを売ると?」

「あぁ…ケンカを売る覚悟はできている…けどボクは無駄なケンカは嫌いでね。あなたには証拠が残らないように消えてもらう」

「そんなことできるわけが…」

 その言葉が終わらないうちに朱理の表情は驚愕のまま固まった。一瞬のうちに彼女の左足がなくなってしまったのだ、しかも跡形もなく。綺麗な断面は血の一つだって漏らしはしなかった。一瞬の出来事で痛みも感じなかった。けれど痛みがないのは一瞬、足がなくなったと近くした瞬間彼女は悲痛に顔を歪めた。

「あぁぁぁぁぁぁ!私の足があぁぁぁぁぁ!」

 泣き叫んだ朱理だがなよ竹で特殊訓練を受けて痛みに耐性のつけた彼女は、とてつもない精神力でその痛みをむりやり抑えきったようで苦痛な色が見え隠れする顔を憎悪に歪ませてイリスを見た。

「貴様何をしたぁ!」

「あれ?知らなかったのかな、ボクの異能を…ボクの最強の異能をさ」

「異能…だと!?」

 いつの間にかイリスの手には小さなナイフが握られていた。漏れこむ月の光を受けて刀身が怪しく光っている。

「ボクの能力…それは次元切断さ。どんなものでも、それがどんな距離にあっても空間ごと切断できる…それがボクの力さ。例えば…ほら」

 イリスが虚空をナイフでまるで指揮者がタクトを振るうかのように華麗に切り裂いていく。すると朱理の左腕と右足、そして右の指がすべて吹き飛び何もない空間に吸い込まれるように消えた。血も、肉片の一つすら残さずにこの世、いや、この世界の空間から消え去ったのだ。

 明らかに異常な能力に朱理は恐怖に顔を歪める。今の芋虫もどきの彼女にはただずるずると残された腕を使って逃げることしかできなかった。だけれどイリスはそれすらも許さなかった。後ろに下がる朱理の体だが何かにぶつかり止まる。彼女はそれを確認するがそれは何もないただの空間、ぶつかるものなどありはしない。

「空間を切り裂いて壁を作ったんだよ。どうだい?普通に見てもわからないだろう?」

「く、来るなバケモノ…!」

「ボクがバケモノ、か…ハハハ!面白いこと言うね、気に入ったよ…極上の苦しみの中で殺してあげるから」

 さも愉快そうにそう言ったイリスはまた虚空を切り裂いた。その瞬間、うっ、と苦しそうな彼女の声が響いたと同時にその体がびくびくと痙攣しだす。

「はぁ…さんざん利用しておいて最後はバケモノ呼ばわりなんて…ほんとあんたたちはボクを何だと思ってるんだよ…ま、いいか。今回のことはツケておくよ。いずれ近いうちに本家まで請求に行くからさ。あんたは地獄の底で本家のババアを待っていてよ…それじゃ、バイバイ」

 イリスがそう言い終わったと同時に朱理の体の大きな痙攣が小さなものに変わり、最後にピクピクっと動いたかと思うと目と口を大きく開いて二度と動かなくなった。その顔は恐怖にも憎悪にも似たもので汚れていた。

「はぁ…我ながらひどいことをしたもんだ…こいつの周囲の空間を切り取って空気を遮断するなんてね…ま、それも自業自得ってことで…ホイ」

 イリスの軽い声と同時に朱理の亡骸は虚空に吸い込まれて、消えた。

「さて…彼女のことは行方不明扱いにするとして…これでいつまで時間を稼げるか…近いうちに本家と戦わなくちゃいけないかな…はぁ…だるいなぁ…とりあえず…寝よ…あとは神楽耶が何とかしてくれるはず…」

 イリスは眼鏡を取りそのまま会長席で眠りについた。月と星だけが彼の妙に満足げな寝顔を知っていた。


「ほんとに一人で行くんですか、お嬢?せめてあっしだけでも…」

「いえ、その心遣いだけで十分ですわ。これはわたくしの問題ですもの」

 とある竹林、その奥の開けた場所にある巨大な和風の豪邸、その門の前に佐竹神楽耶とその付き人たちは立っていた。邸宅が巨大なら門もまた巨大、そしてその門にはでかでかと存在を主張するかのように【なよ竹】と書かれていた。

「ですがお嬢…」

「やめなさい、火鼠。お姫様が一人で行くって言ってるんだから行かせてやりなさい。…けど約束してお姫様。もし危なくなったらあたしたちを呼んで。いいわね?」

「わかってるよ、ありがとね蓬莱さん。それに、ごめんなさい火鼠さん…」

 いつものニヤニヤはどこへやら、火鼠は心配そうな顔で神楽耶を見ていた。それもそのはず、今から彼女は戦場よりも危ない場所へと足を踏み入れるのだから。

「御屋形様の許可が下りた。入れ」

 黒服の女性が現れて神楽耶に中へ入れと促す。彼女はそれに従い門の中に足を踏み入れた。その途中彼女は後ろを振り向いて笑顔を見せた、付き人たちに心配ないとでも言うように。けれどそれが作った笑顔だということは従者全員が気づいていた。

「御屋形様の命で二人で話をしたいということで、私は下がらせてもらいます…くれぐれも粗相のないように」

「ありがとうですの」

 案内の黒服に適当に礼を言って神楽耶はその部屋の前に立った。ふすまで仕切られた部屋、けれどその部屋からは溢れんばかりの威圧的な気配が漏れ出てきていた。まるでこのふすまが現世とあの世をつないでいるような、そんな錯覚すら彼女は覚えていた。

 意を決して彼女はふすまを開ける。その瞬間中から殺気のようなものがあふれ出して彼女の肌に嫌にねっとりと絡みついた。不快感をあらわにしながらも神楽耶はゆっくりと部屋の奥へと進んでいきそこにたたずんでいた老人に声をかけた。

「やはりあなたが一番の黒幕でしたのね、お婆さま」

 老婆はゆっくりと顔をこちらへと向けた。なよ竹の総括をしている女性なよ竹ノ御子(みこ)、そして佐竹神楽耶はそのなよ竹の一族の分家の娘であり親族の中でのシンデレラ候補第1位の存在だった。

「あなたがしてきたことはすべて暴きましたわ…」

 神楽耶は指を突き出して御子を糾弾しようとするがまるで神楽耶の存在が目に入っていないかのように顔色を変えなかった。その態度にイラッときた神楽耶だが話を進める。

「まずあなたの一番初めの行動、それは例の立てこもり事件の時ですわ。あなたはおじさまがわたくしたちを水族館に誘ったことを利用してランスロットを殺そうとした。ランスロットはわたくしたちの友達、当然ついてくると確信しての行動ですわ」

「だがお前たちがそのままモールに行くことは誰も予想できないが?」

 老婆がこちらを向いて愉快そうに笑う。その笑みはまるで神楽耶を試すかのようなものだった。

「えぇ。だからあなたは2代目新選組に自身の息がかかったものをわたくしたちの監視につけた。もともとはあの立てこもり事件で世間が慌てている中その事件に乗じてランスロットを殺すつもりでしたけど、わたくしたちが張っていた網に勝手に引っ掛かったというわけですわね。ちなみにあの時の同時演説を行おうと初代シンデレラが言ったことを推し進めたのはあなたでしょう?なにせ政界に顔が効きますものね。たとえ初代シンデレラでも今は政界では地位が低い、その言葉が通ることになったのはきっとお婆さまの一言のおかげだとにらみましたの」

 この老婆は初代シンデレラの時から政界に居座り続けた、そしてすべての元凶であるシンデレラ法を作ることを強制した一人でもあった。それは慶次たちの母親から聞いた話である。

「ほう…それが本当なら面白いのぉ」

「本当だから言ってますのよ。あの日、ランスロットを殺した男から聞き出しましたもの。少し脅せばぺらぺらと話してくださいましたわよ。家族を人質に取られて仕方なく、とも言ってましたわね」

「ちっ…仕えない男じゃ…これだから男というのは気に食わん!」

 言葉には怒気が含まれていたがその表情は至って無表情だ。あまりにも不気味な無表情に神楽耶の背に寒気が走る。

「だがわしが殺せと命じたのは白雪霧華じゃ。どうせその男が話して知っておるのじゃろう?」

「えぇ。知っていますわ。確かにあの男は霧華を殺せと命じられていましたの。けれどそれは裏を返せばランスロットを殺せということになりますわ。彼は優秀な人間でしたの。きっとスコープ越しでも殺意に気付き銃弾を避けきっていましたわ。けれど霧華は違う。まだ未熟な霧華が殺意に気付くはずもないですわ」

 ランスロットはとても優しくて、気高い騎士だった。自身の主に危機が迫れば身を挺してしまうほどに。そう、狙うべくターゲットは霧華だがその本命はランスロットの優しさ、というわけだ。

「霧華に迫った殺意を感じたランスロットは…自らの身を挺してでもきっと霧華を守るはずですわ…あなたは、ランスロットの優しさに付け込んで彼を殺しましたのよ」

「ほう…お見事、正解じゃ」

 御子は干からびた手を打ち鳴らすが乾いた音が虚しく響いただけだった。まるでこちらを舐め切っている態度に神楽耶は頭に血が上ったがどうにかして落ち着ける。

「次にあなたが行ったのは予選の組み合わせの変更、これは学園に潜入させたなよ竹朱理に任せたことですわね?彼女のパソコンから改変した痕跡が発見できましたわ」

「また正解じゃ。…だが、おぬしの論には一つ大切なことが欠けておる」

「大切なこと?」

 神楽耶は首をかしげる。老婆はその姿をあざ笑うかのようにかかか、と不気味な笑いを浮かべるとしわがれた指を神楽耶に指して言い放った。

「そのすべてが、お主のためじゃよ」

「どういう…ことですわ?」

 神楽耶はその言葉に凍り付く。自身のために、それは神楽耶が一度脳内で導き出した最悪にして最高の正答率を誇る回答の一つと結びついたからだ。

「お主だって気づいておろう…シンデレラにのぼりつめる過程で邪魔になる人物が消されていっているということに…」

 神楽耶のその回答はご丁寧に花丸をつけられて返却された。一度脳裏で回答した100点の答案に絶望すら沸き上がった。

「ランスロットの異常なまでの強さ、そしてシンデレラの子供たち、それらは皆お主が頂点にのぼりつめるには邪魔すぎるからの。早い段階で消しておきたかったのじゃよ」

 けれど神楽耶が感じたのは絶望だけではなかった。この老婆への、怒りだ。自分が望んでもいないことで、人が死んだ。この老婆が政治のマリオネットを手に入れるために、彼は殺され、あの兄妹も死にかける思いをした。この老婆の私欲のために、皆苦しんだということに怒りが沸々と湧き上がる。そしてそれは言葉として爆発した。

「誰もそんなこと望んでいませんわ!すべて…すべてあなたが殺した!あなたが政治に介入して甘い汁をすするために…どれだけの人間が苦しんだと思ってますの!?ランスロットも、霧華も、美咲兄妹も、わたくしも、そして永久音さえもきっと苦しみましたのよ!」

「それがどうした?」

 けれど彼女に浴びせかけられたのはただその一言だった。ただただ冷たい、感情も何もこもっていない、その一言だった。

「貴様には何が分かる?甘い汁をすするためじゃと?わしがそんな事のために貴様みたいな分家のガキを利用すると思うか!?わしはわし自身のプライドを捨ててまで貴様を利用している!そうしてまでの価値をわしは求めているのじゃよ!それに第一貴様なんぞすぐに切り捨てられるわい!わしらの家からもシンデレラの代表はおるんじゃからの!」

「それってどういうことですのよ?」

 神楽耶は脳内で混乱を起こす。なにせなよ竹の家は次のシンデレラに選ばれる資格のある年齢の女性が生まれていないのだ。ギリギリ生まれた子供も結局は男だったはずだ。確か名前は伊理といったはずだが、神楽耶は会ったことがなかった。

「ふふ…貴様が知る必要もないわい。今は去れ!もう貴様に用はないわ!」

「待ってくださいお婆様!まだわたくしの話は…!」

「うるさい!さっさと連れて行け!」

「待ってくださいまし!話はまだ…!」

 老婆の怒鳴り声とともに黒服が現れて神楽耶と引っ張っていく。

「あぁ、そうだ。こやつも連れていけ…もう用無しじゃ」

 現れた黒服が抱えていたのはぼろぼろになった永久音だった。体全体に針山のようにナイフが刺されているが歪なまでに血は一滴もこぼれていなかった。けれど確かに息はしていた。

神楽耶はただひたすらに老婆との話を求めるがもう彼女は背を向けて神楽耶への興味を一切なくしてしまっていた。いや、元からきっと神楽耶への興味などなかったのだろう。すでに老婆は闇の中に消えてしまっていた。

「どういうことですのよ…!一体…あなたは何を企んでいますの!?」

 結局その解は誰にも見つけることができなかった。なぜなら老婆はその3日後に行方をくらませてしまったからだ。誰にも、何も告げずにただいなくなってしまったのだ。老婆の生きた存在である彼女の使っていたもの全ても、失くなってしまっていた。

「神楽耶…これでボクたちはようやく自由だ…もう、マリオネットにならなくて済むんだよ…だから安心して…神楽耶…」

 老婆が行方をくらませた日の夜、生徒会長のイリスに言われたその言葉が神楽耶の求める真相にさらにモヤをかけたが、これはまた別のお話だ。


―ある所にとても仲の良い兄妹がいた。

 兄妹は力を合わせて困難と闘った。何度もくじけそうになりながらも、それでも互いの手を取り合い数多の窮地を脱してきた。

 無数の戦いを経て兄妹はついに誰にも負けない力を手に入れた。その力は世界を自由に動かせるほどの強大なもので、誰もが羨む絶対の力だ。

 けれど兄妹はそれを捨てた。その力のために、流してきた血が多すぎたのだ。その血は兄妹だけのものではない、彼らの友人の、両親の、そして力の下で虐げられてきた者たちの、数多の血が染みこんだその力を、彼らは放棄した。

 その力がなくなると世界はまるで魔法が解けたかのように急速に元の姿へと、誰もが平和で不平不満もなく、ちょっと理不尽で不平等だけれど、男女皆が幸せに暮らせる世界へと姿を変えた。

 その後の兄妹の行方は誰も知らない。誰かが言うには力を放棄した恨みを買い力を欲するものに殺されただとか、元に戻った平和で退屈な世界になじめずに共に海に身を投げたとか、はたまた表に顔を出さず裏の世界を牛耳る存在になっただとか、あらゆる噂が独り立ちをして膨大な量の説を生み出して今も人々の間で語り継がれていた。

 世界はその兄妹のおかげで元の姿を取り戻した、いや、元の世界よりもいい方向へと変わっていっている。けれどどれだけ世界が変わろうと不変なものが一つあった。

 ―それは愛だ―

 世界が変わろうと愛だけはそこに確かな存在としてあり続けるのだ。そして今日も誰かの愛が実り、誰かの愛が壊れ、誰かの愛が生まれるのだ。

 深い森の中、ひっそりと建つ教会にも今日、愛が生まれた。ある男女の互いの愛を認め合う儀式、いわゆる結婚式がそこで行われたのだ。

 式場に向かう一組の男女、その女性の方が彼に向かって幸せそうにはにかみながら愛を放つ。世界すら敵に回すほどの大きな愛を、彼女は大好きな彼にぶつけた。

「大好きだよ…お兄ちゃん!」

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女権国家の姫様たち 木根間鉄男 @light4365

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