㊦ トムさん、はじめての胃薬。
夕食の後、食べたお皿を片付けていると、背が高くて、少し横幅のあるトムさんが背中を曲げて、手を胸のあたりに置いて抑えていた。
「トムさん、どうしたの? 大丈夫?」
「あぁ……夕食ばちょっと食べ過ぎてしまったばい、ジョージ。胃の痛か」
「そうなんだ、そしたら、胃薬飲まないとだね」
薬箱が置いてあるところから、胃薬の入った小さな缶を取り出す。僕の家は昔から購入する胃薬の銘柄が決まっていて、粉末だ。なかなか新しい、錠剤の薬には手を出そうとしないんだ。
「胃薬って……そいね。錠剤タイプじゃなかとね」
「うん、僕の家、昔からこれなんだ。胃が、すーってするし、結構効くんだ」
「ふむ……粉末ね……」
「うん」
しばらく、トムさんと僕が持つ胃薬の缶との見つめ合う空間になった。
「わかった、そいはどうやって飲むと?」
「あれ? トムさん胃薬初めてなんだ」
「粉末は初めてばい。錠剤しか飲んだことなか」
「そっかぁ、そうなんだね。トムさん、これはね、小さなスプーンが缶の中に入ってるんだけど」
僕は実際に缶を開けて、薬用の計量スプーンを取り出す。
「ふむ」
「これでね、粉をピッタリ、こうやって計るんだ」
計量スプーンに少し山のできた粉を擦り切りって、平面にさせる。
「ほう」
「そして、あとはこれを水で飲むんだ」
「わかった、ちょっとそいば貸してみて」
「うん」
「薬、缶の中に入れてよかけん」
「うん、わかった」
僕は缶と計量スプーンをトムさんに渡した。トムさんの大きな大きな手のお陰で、普通の缶は、小さく小さく見えて、もっと小さな計量スプーンを持つトムさんの手は、プルプルと小刻みに震えていた。
「こうやって計るったいね」
「うん、トムさん慌てなくていいよ」
「なんば言いよっとね、全然、慌てちょらん。ほら、慎重たい」
「わかったよ、ごめんごめん」
僕は少し笑い声が漏れてしまったけれど、それから頑張るトムさんを見守った。
「こう計って、飲むったいね?」
「そうだよ、水で飲むんだ。はい、トムさん」
「うむ、ありがとう」
トムさんのプルプル震える手が、あとは口元へと運ぶだけだったのに、猫の習性がここで出てしまうのかとも思ったけど、手の動きがとても俊敏すぎた。俊敏すぎて地球の重力では胃薬の粉がついていけるわけなくて、胃薬の粉は、トムさんの大きな口に、ほんの少し入ったみたいだけど、残りは全部顔やら床に散らばってしまっていた。
「わ! トムさん大丈夫!?」
「な、なんともなか……よっ! ぶっっっくしゅぁ!! ぶくしゅぁあ!!」
トムさんはしばらくくしゃみがとまらなかった。トムさんの体中から放たれる、咳とくしゃみの威力は凄いよ。台所や、居間には特に要注意だね。全部吹き飛んじゃう。床には、台所の道具が落ちてきてしまっていた。
あまりのくしゃみの迫力に、母さんがどうしたの何があったのと、トムさんに駆け寄ってきて、くしゃみの根源がわかると、母さんはトムさんの顔を洗ってあげていた。
「ごめんね、世話かけてしもうたばい」
「いいのよトムさん、大丈夫?」
「むぅ、油断したばい……」
トムさんの大きな涙目が、ぎょろりと僕を捉える。
「ジョージ、胃薬ば飲むとは大変かね。よく覚えとくけん」
「え、トムさん大丈夫だよ、今度は僕が口に入れてあげるからさ、心配しないでよ」
「むぅ……だけど、粉ば飲むって凄かね」
もう、トムさんは胃薬を見る目が違う。
「そうかなぁ。トムさんは、あとはコツをつかむだけだとおもうよ」
「そうね、励ましてくれてありがとうね。人間は凄かね、どんな動きでもできるったいね」
と、トムさんは落ちていたフライパンを拾い上げて僕に
「ごめんばってんジョージ、こいはどこに置くと?」
僕にとっては、なんでも出来るトムさんの方が凄いと思うんだけどね。
我が家のトムさんは専業主婦。 満月 愛ミ @nico700
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