我が家のトムさんは専業主婦。

満月 愛ミ

㊤ 我が家にトムさんがやってきた。


 僕の家のトムさん。素晴らしい主婦業をこなしている。

 あ。この匂いは。


「おぉ、ジョージ。今日は佃煮ばい」


 ジョージって呼ばれたのが、僕。

 え? 外人じゃないよ。

 “成侍”って書くんだ。


 え? 主婦なのに、トムさんって?

 トムさんは、大きな体の猫だからね。

 あー……。 どれ位大きいかっていうとー……。


 えと、僕の身長が165cm。

 トムさんは175cmもあるんだ。


 え?それは人間並じゃないか、だって?

 そうだよ。

 トムさん、立って歩くんだ。

 背中、結構曲がってきてるみたいだけど、

 上に伸びるときはすんごい伸びる。


 もちろん、日本語をちゃんと話せてる。九州弁だったでしょう。


 僕の家族の生まれは九州だけど

 都会に住むと自然と標準語になっていってしまうんだ。


 え? つっこみたいとこはそこじゃない?

 うーん、そうだな。

 トムさんが初めて家に来た日の事を話すよ。


 半年くらい前かな。



 家族構成は、父も、母も、兄弟も皆そろっているけれど

 元々、家のお金の余裕がなくて

 中学3年の僕以外、皆夜遅くまで働いていたんだ。


 だから、主婦業をきちんとできる人がいなかった。


 気がつけば、殆ど

 家族バラバラで摂る、カップラーメンとか

 コンビニ弁当のゴミがメインになったゴミ出し日だって


「あんたの生活で出したゴミなんだから出しに行きなさいよ」


 って、それ凄い言い方だなっていう感じの争いになるくらいで。


 僕は僕で、行きたい高校があるから

 せめてゴミ出しに持って行けても主婦をやるには難しい。


 それに、僕が家事をしようとすると、成侍には勉強があるじゃないかと

 それがきっかけで喧嘩し出すから。


 罵声を聴くのが辛くて、初めは耳栓をして勉強していたけれど

 どうしてかな、日常茶飯事になると、慣れてしまう自分がいてさ。


 いつの日か、勉強のBGMは僕の好きな音楽と小さく聴こえる罵声だった。


 受験まであと間近となったにも関わらず。

 ついに家族バラバラになると決まった日は物凄い雷雨に豪雨だった。


 ピカッ―!!!

 ドォォォォン―――……!!!


 雷、凄いなぁ……。全然、鳴り止まない。


 皆は


「出ていきます!」


 な雰囲気を醸しだしても、天気が天気だから誰も外に出れなくて。


 仕方なく


「出て行ってやる! この天気が治まったら速攻!」


 とかいうどこかしら滑稽な台詞が飛び交うわけで。

 僕の父と母が取っ組み合いの喧嘩になりそうになったその時。


 ピーンポーン


 って誰かが来た。


 皆“あんたが出てよ”って顔になってお互いを見て


「ったく誰なんだこんな時間に! 非常識だ!!」


「成侍、行って」


「成侍わりぃ、面倒いから行け」


 仕方なく、一番立場の弱い僕が玄関へ。


「はぁい」


 誰だろう。


 今、家族大変なんです。


 玄関の明かりを点け

 なんとなく時計を見ると、もう23時を過ぎていた。

 僕の家の玄関の扉は横へスライドしていく引き戸だ。


 ガラガラと音を立てて

 そして、明らかに人間の手ではない大きな影が

 僕が支えていた引き戸の上を持って

 残りのドアを全部引き終わって入ってきた。


 支えていた僕の体のバランスが崩れそうになった。



「こんばんわ。

 あの失礼かばってん、外まで聞こえとったけん来てしもうたばい。

 家庭崩壊しそうな家はここであっとる?」



 のんきだけど、きゅ、九州弁……?


 高さは玄関のドアまであと少しっていう、巨大なぽっちゃり系の猫が

 そこに居たんだ。


 肩には、とっても膨れた、大きいショルダーバッグを下げていた。


 あ。よく見たら、キャリーケースまで引いてきてる。

 瞳が大きくて、ぎょろりと僕を見る。



 後から



「成侍、誰だった?」



 と凄い形相で後を追ってきた家族皆は

 玄関に大きく立ちはだかる猫を見て、表情を無くして静まり返ったんだ。


 さっきまでの怒りの意識がぶっ飛んだみたい。


 声が妙に低くて、オスかなぁって思ったんだけど

 多分、僕と同じものが見当たらなかったから、メスだと思う。


 巨大な猫は洋服を着てなかったから、すぐ分かる。


「夜遅くに申し訳なかとばってん

 しばらくここに住ませてくれんやろうか。

 ねんねこ星に帰る宇宙船に乗り遅れてしまって困っととさ。

 心配せんでよかよ、家事はちゃんと勉強済みやし

 それなりにお金も持ってるとです」


 ほら、と、肩から下げていたショルダーバッグを開け、僕達に見せる。

 凄い。札束が、ぎっしり入ってる。

 これ、下手したら億以上あったりして……。


 家族は少し目をキラキラさせた気がした。

 うわ、お金の効果って凄い。


「ん? よかと? あぁよかったばい、それはありがたか。

 私の名前はトムっていいますけん。よろしくおねがいします」

 

 家族は無言で、口を皆開けて、トムっていう猫を眺めていた。


 宇宙人なんだってさ。


 誰も何も否定もできなくて、どこの言葉も多分耳に入ってなくて。

 多分、お金の効果でトムさんを住ませることを決めたのかもしれない。


 それ以来、僕の家にはトムさんが一緒に住むことになったんだ。


 家族の皆は、トムさんのおかげで夜遅くまで仕事をしなくてもよくなった。

 トムさんは皆をまとめるのが上手だ。


 というか、トムさんの言うことが家訓みたいになってきてる気がする。


「私が居なくなっても大丈夫なようにちゃんと働いとかんばよ」


「今は、家族が皆で一緒に過ごすことば大切にせんばいかん」


 お金があっても、普段通りに働かなきゃ、とか。

 家族と一緒に過ごすことを大切にさせたりとか。


 トムさんは、決して、人間を堕落させたりはしないみたい。

 人間を愛する、宇宙人でよかった。





 佃煮の匂い、僕は大好きだ。

 昔、母がよく作ってくれていたのを思い出す。


「あぁー……いい匂い! 佃煮ってさ、美味しいよね。トムさんも好きなの?」


「当たり前たい。佃煮は、ねんねこ星ではかなり人気のメニューの一つになっとるとよ」


「そっか。トムさんの、すごく美味しいしね」


「それは嬉しか、ジョージ」


 しばらくして。


「皆で食べるけん、美味しかとさ」



 そう言って、トムさんは目を細めたんだ。

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