Revenger:4/『訪問』
「ナタリー・ホワイトですかぁ」
がっしりとした体格の男性教師は顎をポリポリとかきながら答えた。
「確かに彼女はもう当分来とらんですなぁ。家の方にも帰っていないようで。や、私どもの方でもほとほと困っておるのですよ。何せ、うちのクラスだけでももう二人ほど家出者が出とりますから。まあ、どいつも三日ほどで帰ってくるんですがね」
どこか危機感のない教師の態度に、ベクスターは半ば辟易とした様子だった。
「それは知っております。ただ、このナタリー・ホワイトという生徒はまだ見つかっとらんそうじゃないですか」
「そのようですなぁ」
「…………。この生徒は、どういう生徒だったのですか」
「どういうも何も、ごく普通の生徒でしたよ」
「ごく普通の、ね……」
ベクスターは頭をぼりぼりとかいて、
「この生徒と仲の良かった生徒などは?」
「仲の良かった? うーん、それなら、あの二人かな」
「あの二人というのは?」
「エヴァ・ナッシュと、アレク・カーターというやつです。よく、三人でつるんでおったようですな」
「なるほど……」
ベクスターは手帳に二人の名前を素早く書き込んだ。
「この二人は今日、学校に来とりますか?」
「ちょっと待っとってくださいね」
そう言って男性教師は別の教師のところへと向かった。しばらく会話をしたかと思うと、にっこりとしながらこちらに戻ってきた。
「二人とも登校しとるようです。呼びましょうか?」
「ええ、是非。……ああ、もう昼休みは終わってしまうでしょうか」
「まあ、少しくらい授業に遅れても大丈夫でしょう」
すると男性教師はまた別の教師のところへと向かい、何かを話した。事情を説明しているようだ。
戻ってきた男子教師は、ちょっと待っとってください、とベクスターに一言告げて職員室を退室した。
しばらくして、昼休みのルグドリア学園に、二人の生徒を呼び出す校内放送が流れた。
*
ベクスターは職員室の奥にある生徒指導室で椅子に腰かけて、しきりに首を回していた。明らかに退屈しているといった様子である。人差し指で何度も机を叩いているのは、煙草を我慢しているためだろう。
ドアが二度ノックされた。
「どうぞ」
「失礼します」
姿を見せたのは、先ほどの男性教師だった。合わせて、ベクスターは立ち上がる。
「二人を連れてきました」
「ご苦労様です」
「さ、中に」
案内されて入室したのは、褐色の肌の女子生徒と、ベクスターをきっと睨む男子生徒だ。
「終わったら言ってください。それでは」
と言って、男性教師が扉を閉じると、室内は重苦しい沈黙に包まれた。
「ええと、何だ。まずは座ってくれ」
ベクスターが促すと、二人は渋々といった風に着席した。それを見て、ベクスターも腰を下ろす。
「まず」と言ってベクスターはバッジを机の上に置いた。「聞いとると思うが、おれはこういうもんだ」
「警察……」
「警官がオレたちに何の用だ」
「おいおい、初めから敵意丸出しかい」
ベクスターが肩をすくめると、女子生徒が男子生徒の膝を叩いて諌めた。
「ごめんなさい、刑事さん。私はエヴァ・ナッシュ。こっちはアレク・カーター」
「聞いてると思うがな」と、拗ねた様子でアレクが付け加える。
「ああ、名前は聞いているよ。エヴァ、アレク。今日二人に来てもらったのは、失踪しているナタリー・ホワイトについて詳しい話を聞きたかったからだ」
「ナタリーの……」
すると突然、アレクは前のめりになって、
「おっさん、何を知ってる?」
「いや、まだ何も知らんのだよ。だから君たちに聞きに来たんだ」
ベクスターの返答に心底がっかりしたように、アレクは椅子にもたれかかった。
「なんだよ。使えねぇな」
本日二度目の誹りに、ベクスターはもはや怒る気にすらならなかったらしく、ただため息をついただけだった。
「警察は今、この学校で続発している三日限定の失踪事件について調査している」
「それなら聞いたことがあります。クラスでも噂になってる」
「待てよ。ナタリーはもう三日以上学校に来てないぞ。その事件とは関係ないだろ。なんでナタリーを調べてるんだ」
「そう、そこなんだ。実はナタリーだけじゃなく、他にも数名の生徒が三日以上経った今でも音信不通のままでいる。実はこの事件の鍵はそこにあるんじゃないかとおれは踏んでいるわけだ」
「へぇ。そんなに喋っちゃっていいのかよ、刑事さん」
「かまわんよ。どうせおれの独断だ」
「それで、刑事さんは私たちに何を聞きたいんですか」
「まずはナタリーの普段の様子だな。ナタリーはどんな子だったんだ」
「ナタリーはすごくいい子でした。明るくて優しい」
「いい子、ね」
ベクスターは意味ありげに呟きながら、メモを取った。
エヴァの言うところによると、ナタリーは、特別目立つような少女ではなかった。
成績も素行も悪くなく、際立った個性があるわけでもない。
強いて言うならば、非常に聞き上手だったということだった。
三人は幼馴染みだそうだが、ナタリーのそういったところは、昔から変わらないらしい。
ベクスターは情報を手帳にメモしながら、開いているスペースにさらに考えをまとめた。
『比較的おとなしい性格 失踪者たちの共通項?』
「なるほど。じゃあ、最近になって何か変わったことは?」
「……特に思いつきません」
「そうか。どうもありがとう」
腕を組んで聞いていたアレクが驚いたように顔を上げる。
「それだけかよ?」
「うん、今回はそうだが、何か?」
「いや……」
アレクの意味ありげな言葉に、ベクスターの目つきが変わる。
「また何かあれば君たちに声をかけるかもしれない。その時もぜひ協力してほしい」
「わかりました」
ベクスターが立つと、二人も揃って立ち上がった。礼をしてから、退室しようとアレクが扉を開く。
すると、職員室が何やら騒然としていた。
「何かあったのですか」
ベクスターは、先ほどの男性教師に声をかけた。
「ああ、刑事さん。いや、何、ただの喧嘩騒ぎですよ。大したことはありません」
「ほう、喧嘩騒ぎ」
「ああ、ダイアー先生」
目の前の男性教師――ダイアーを呼びながら駆け寄ってきたのは、すらりとした長身の男性教師。
「あ、ハベル先生……」
「今見てきましたが、なかなかひどい有様でした。一応、救急は呼びましたが、警察にも連絡した方がいいのでは」
「いや、ええと……」
ベクスターは咳払いをした。
「刑事さん。このことは、どうか」
「刑事さん?」
ハベルと呼ばれた男性教師は、ベクスターの方を見た。
「警察の方ですか」
「ええまあ」
「ちょうどよかった! 刑事さん、一緒に来てもらえますか」
「ちょっと、ハベル先生。まずいですよ、大事は」
ベクスターはまた咳払いを一つして、
「ご安心を。被害届けがでない限り、事件になることはありませんので」
「ああ、刑事さん。ありがとうございます」
「それで、状況は」
「屋上で生徒の一人が血まみれで倒れていましてね」と腕を組んで唸るハベル。「なかなか腕には自信のあるやつだったので、恐らく大勢にやられたのではないかと」
「なるほど。屋上には他に誰も?」
「ええ、彼だけです」
「では、誰が発見を?」
一瞬、ハベルは返答を躊躇ったようだったが、すぐに答えた。
「私です」
「そうですか」
嘘だ。
ハベルはついさっき、「今見てきましたが」と言っていた。つまり、確認をしに赴いたということだ。彼が第一発見者なら、このような言い回しはしないだろう。間違いなく、誰か別の発見者がいるはずだ。恐らくは生徒だろう。
「私は授業がありますので、これで。ハベル先生、後はよろしくお願いします」
そう言ってそそくさとダイアーは立ち去った。面倒を嫌ったのだろう。
「じゃあ、私たちもこれで」
それに合わせて、アレクとエヴァも退室した。同時に、午後の予鈴が鳴った。昼休みが終わったのだ。
ベクスターはハベルを向いて、
「ハベル先生、授業は」
「私はこの時間は何も」
「では、現場に案内してもらえますか。救急はどれくらいで」
「五分ほどと言っていましたので、間もなくかと。屋上はこちらです」
そうして職員室を後にしようとしたところで、ふと何かに気付いたようにベクスターはこちらを振り返った。
そのまま、ベクスターはこちらを凝視し続ける。
「あの、どうかされましたか」
「ん、いや、なんでもありません。行きましょうか」
そう言ってハベルの方に向き直ると、二人で屋上へと向かって行った。
他の教師たちもそれぞれの授業に向かい、誰もいなくなった職員室。
その奥、誰もいないはずの生徒指導室に、二人は姿を現した。
「あの刑事、まさか気付いてた?」と、シーナ・ミルズ。
「いや、〈アーミテレイト〉で知覚することを阻害していたんだ。認識されるはずがない」と、クロノ・リュウザキ。
「けど、あいつ、こっちを見てたわ」
「……もしかしたら何か違和感を覚えたのかもしれないな。俺たちのことを知覚できないから脳が光景を補完するわけだが、例えば俺たちは透明になったわけじゃないから、俺たちの向こうにあるものは見えていないのに見えている、という矛盾した状態になるわけだ。それでも、俺たちの存在を認識することはできないけれど」
「なら、違和感の正体はわからないけど、何となく何かがおかしいって思っただけで、こっちを見ていたっていうの、あいつは。ただのカンで。信じられない。ホント、何なの」
「ああ、確かに、凄い刑事だよ。あの二人の事も、気付いていたみたいだし」
「あの二人のこと?」
「エヴァとアレクのことさ。あの二人は、やはり何かを知っていて、隠している」
「何かって何なの」
「さあ、それは、本人たちに直接聞いてみないとわからないな」
【リレー小説】ANIMUS【能力バトル】 amane @ANIMUS
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