Avenger:3/『狂犬』

「ハッ!これも躱すか!」


 グラスの拳がまたも空を切る。

 拍が寸前で交わしきるのだ。


「単純にお前の拳は俺からすればんだよ」 


 泊の目は確実にグラスの拳を確実に捉えている。

 

「言ってくれるじゃねぇか。俺は自分の拳にそれなりに自信があるんだが?」

「遅いものは遅い。ただそれだけだ」


 拍は飄々とした風に両手を広げる。


「さあ来いよ。幾らでも打ち込んでこい。全て躱してやる」

「調子に…乗ってんじゃねぇぞ!!!」


 ブン!とグラスの拳が泊を捉えようと迫り来る。

 拍はそれを軽々と躱すとカウンターで蹴りを放つがグラスはそれを読んでいたかのように軽いフットワークで右に躱した。


「貰った!」

「ああ、こっちがな」

「なっ…」


 グラスが泊の腹に目掛けて打ち込んだ拳はやはり既の所で届かない。

 そして拍は突き出していた足を横に薙ぎ払った。


「ぐっ!が…!?」


 グラスの体がまるで車にぶつかられたのかと言う程に右に吹き飛んだ。

 屋上を無残にも二三回バウンドし、端にある柵にぶつかり止まった。


「ごっ…ゴホッ…ゴホッ…な…にが…?」


 グラスは自分の状況がよく理解できてなかった。

 蹴られたのは分かる。

 こちらのボディを躱され反撃されたのも分かる。

 だが飛ばされた理由が状況が理解できないのだ。

 まず先程の攻撃が届かなかった理由すら分からないのだ。

 グラスはもうまともな状況判断ができない程に混乱していた。


「流石に結構鍛えてるんだな。普通なら肋骨の一本や二本は逝ってる筈だがそんな事もないらしい」


 拍はゆっくりと倒れ伏すグラスに近づく。


「なぜ…?」

「なぜ?ああ、拳が届かなかった理由か?そんなのは簡単だ。お前みたいな格闘家には等しくクセがある。ボクサーであるお前は特にわかりやすい。殴る時の肩の入れ方、フットワークの足捌きその一つ一つが俺に次の行動を教えてくれる」

「な……!?じゃあお前は全て予測して避けてるとでも言うのか」

「そうとも。俺は全て予測し計算して避けている」


グラスの顔が驚愕に変わる。

そんな事はありえないと人間のなせる技ではないと。

格闘家のグラスだからこそ分かり感じるものがあるのだ。


「ふざけるなよ……。計算してるだと……そんな事俺は認めない!」


グラスは立ち上がるとそのまま拍へ直進する。

拍から近づいて来てたのもありその距離は数歩、その数歩をグラスは1歩で駆けた。

グラスの拳が拍を捉えようと必死に伸びる。

だが届かない。

後、あと1歩届かないのだ。


「無駄だ。お前の間合い、速度は完全に見切っている」

「グッ!ガハッ……」


壁際にいたグラスを次は屋上の中心へ蹴り飛ばす。

転がるように飛ばされたグラスは至るところ傷だらけである。


「ぐぅ……」

「案外タフだな」

「打たれ強いのはボクサーの特権だ……それに……」


そう言うとグラスがフラつきながらも立ち上がる。


「当たらないなんて事はねぇんだよ!」


拍に向かって走り出したグラス。

拍は警戒しながらも動かずグラスを迎え撃つ。

するとグラスの巨体がフッと拍の目の前から消えた。


「!?」


そうグラスは屈んだのだ。

あの大きな巨体を拍の目の前から消えたように見せるぐらいに。

拍は一瞬消えたグラスに驚き反応が遅れてしまった。


「くらえ!」


グラスは屈んだその巨体をそのまま拍に目掛けて突き上げる。

拍は反応が遅れてしまったためグラスのアッパーカットをモロにくらって上に突き上げられた。


「がッ……」


グラスは飛ばされた拍の姿を見てニヤリと笑う。


「ハッ!経験が違うんだよ!俺とお前じゃな!どうやってそんなに強くなったのかは知らねぇが今まで上を目指し続け勝ち続けてきた俺にはお前との完全な差がある!それはそんな簡単に埋めれるものじゃないんだよ!」


拍に向かって高らかに笑いながらグラスは言う。

拍は寝たまま全く動かない。


「なんだ?もうダウンか?おいおいそれじゃ困るんだよ。俺のこの気持ちをどう発散さしてくれるんだ?なあ起きろよ!」


グラスは興奮しきっているのか倒れたまま動かない拍に近づきながら叫ぶ。

拍の目の前まで来たグラスはそのまま拍を見下ろした。

もはや負け犬を見下ろすように蔑んだ目を向けて。

だが―――。


「なっ!?」

「何を勝ったつもりでいるんだ?」


拍が目を見開いてグラスを見ていた。

あまりにも濁った目。

それだけで恐怖を煽る目だった。


「勝ちに酔いしれるのは勝手だがお前は最初から負けてるんだぜ?」

「何……を……?」


ブン!と凄い音を立てて寝転んだままの拍がその場で一回転した。

ただそれだけ、その一回転のみでグラスを吹き飛ばす。

何が起きたのか分からない。

拍は一回転してグラスを蹴ったのだ。

蹴られたグラスはコンクリートの上を二回三回と弾け回る。


「飽きた、終わりだ。粛清を開始する」


拍はその言葉とともに吹き飛ばされ

グラスに一瞬で近づき右足を踏み潰した。


「ひ……っ!がっぁぁぁあぁぁああぁぁあぁああぁあぁ!!!!」


ベキッと嫌な音を立てて折れ曲がるグラスの足。

グラスは声ともならない叫びを上げた。

拍はある程度まで踏むと足を退かしグラスを見る。


「おいおい、どうした?タフなんだろう?これぐらい耐えろよ」


グラスは怯えたように拍に背を向けさっきので折れてしまった足を引きずりながら逃げ出した。

だが拍は逃がさない。

グラスのいる方向にゆっくり近づいていく。

足の折れてしまったグラスには歩くだけで追いつけるのだ。

そのゆっくりとした動きが逆にグラスの恐怖を煽る。


「あぁああぁあああああぁあーーーーー!!!!」


グラスは等々恐怖に負け発狂してしまう。

後悔とともに涙を流す。

自分はなんと愚かなのだろうと、ただの好奇心で触れてはいけないものに触れてしまった。

痛みと恐怖。

二つの苦痛に苛まれながらグラスは気を失った。

まるで事切れたかのように叫ばず動かなくなった。


「恐怖と痛みで気絶……か。これがボクシング界の星とはね。笑わせる。まあ悪事を働いてた以上どれだけ期待されてようが何の意味もないが。結末は一緒だった。それが早かったか遅かったかの差だよ」


拍は気を失っているグラスに興味が無くなったのかそのまま屋上を後にする。

階段を降り、拍は真っ直ぐ職員室へ向かった。


「ハベル先生」

「ん?なんだ圦神?」

「グラス・アルバートが喧嘩して屋上で倒れてます」

「何!?グラスが?どんなやつが……圦神には無理だろうし。よしわかった!先生が見てこよう!」

「はい。後はお願いします。授業も始まるので」


拍は職員室にそう伝えると何事も無かったかのように自身の教室に戻った。

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