Revenger:3/『ベクスター警部』

 翌朝。

 喫茶『シーモア』の扉が叩くように開かれ、壮年の男性がずかずかと店内に入ってきた。

 睨むシーナを無視してクロノの前に立つと、彼は勢いよく啖呵を切る。


「お前、今度は何の了見で動いてやがる! 勝手におれの名前でルグドリア学園に入ったそうだな。お前のせいで警察の介入が公のもんになっちまったろうが。ちったぁ警察こっちの体裁も考えやがれ。だいたい、今、あそこはナイーブな状況だってことくらい――」


 それを頬杖つきながら聞いていたクロノは、手のひらで男を制止した。


「待った。ナイーブな状況って?」

「…………。なんのことだ?」


 思わず息を呑みつつも、うそぶいて見せる男だった。

 彼はロー・ベクスター警部。

 たたき上げで出世した彼は、無法地帯アウトローにもいくつものコネクションを持っている。クロノもその一人だった。


「今更ごまかそうったって遅いぜ、警部。あそこで何か起きてるんだな」


 ベクスターはあきらめたようにため息をついて、


「クロノ、お前、一体何の目的でルグドリア学園に行ったんだ?」

「ただの人探しだよ、警部。そっちこそ、何を知っているんだ?」


 しばし、両者は睨みあった。

 やがてベクスターが根負けしたように深くため息をつき、クロノの隣のカウンター席へどっかと腰を下ろした。

 それはちょうど、クロノとシーナの間に位置する席である。


「ちょっと!」


 シーナがあわてて椅子から飛び降りて抗議するが、ベクスターはそれを無視。

 クロノもそちらより、ベクスターの持つ情報に興味があるようだ。

 ふくれるシーナをよそに、ベクスターが口を開いた。


「人探し、と言ったか。……それなら、こちらにとっても関係ない話ではなさそうだ」

「なるほど。なら、情報交換だな、警部。

「やれやれ……」


 ベクスターは仕方ないというように手帳を取り出した。


「じゃあ、おれから言うぞ。事の起こりは一か月ほど前。今年度が始まってすぐの頃だ。ルグドリア学園高校の生徒六名が登校中、同時に失踪した。知っていたか?」


 クロノは首を振る。ベクスターは続けた。


「ただ失踪しただけなら俺のところまで話は来ない。異常だったのは、学年、性別、その他あらゆるプロフィールに一切共通点のない六名の生徒が、同じ日、同じ時間に、まるで示し合わせたようにいなくなったということだ。それも、名門で知られるルグドリア学園、単なる家出者だって滅多に出ない。当然、組織的誘拐の疑いで捜査本部が作られたが、犯人からの接触はないまま失踪当日から三日が過ぎた、四日目の朝……」


 ここでベクスターはもったいつけるように人差し指をピンと立てて見せ、


「なんとその六人が――帰ってきたんだよ。自分たちの家に直接な」

「はぁ?」


 呆れた声を上げたのはシーナである。


「学校に行く途中で行方不明になって、三日経って帰ってきたって、そんなの単なる家出じゃない。っていうか、三日外泊しただけですんなり帰ってくるなんて、そもそも家出と呼べるかも怪しいわ」


 対するベクスターはニヒルな笑みを浮かべながら、


「ああ、そうだろう、そうだろうとも。もしそれが、な」

「……むっ」


 シーナも、その意図するところを理解したらしく、押し黙る。


 そうなのだ。彼らが自分たちの意思で家出を敢行し、三日で帰ってきたのだとしても、


「その生徒たちに面識は?」

「捜索願が出てすぐ、保護者や教員や同級生たちにも聞いて回ったが、収穫はゼロだ」


 つまり、彼らに面識はなかったということだ。

 では、どうして彼らは同時にいなくなったのか。

 お互い面識のない彼らが、同じ日にいなくなり、同じ日に帰宅する理由がわからない。しかし、だからといってこれを偶然と呼ぶのは到底無理な話だろう。


 考え込んでいたクロノだったが、ふと気づいたように顔をあげた。


「さっき、”今”ナイーブな状況――と言ったな、警部。つまり……その後も失踪者は出続けているということか?」

「ほう、気付いたか」


 ベクスターは関心するように顎をさする。


「実はその通り。事件はその六人で終わることはなかったのさ」

「それってつまり……」と、腕を組みながらなんだかんだ話に入ってくるシーナである。「その六人と同じように、三日間だけいなくなって、四日目の朝に帰ってくる……そんな生徒が相次いでいるっていうこと?」


 ベクスターも腕を組んで首を縦に振る。


「ま、おおむね、そういうとこだな」


 ”おおむね”?

 ベクスターの添えた一言に眉をひそめるクロノをよそに、シーナが続けて詰問する。


「だったら、その生徒たちに直接聞けばいいじゃない。三日間何してたんですか、なんでいなくなって、なんで帰ってきたんですか、って」

「あのなぁ、嬢ちゃん。それができてたら苦労はしてねぇんだよ。帰ってきた生徒には全員に聴取を試みてはいるが、そもそも全員から拒否されているし、無理やり聞いても知らぬ存ぜぬの一点張りだぜ。当事者がよぉ」

「ふーん。じゃ、何の手がかりも掴めてないってわけ。使えないわね」

「あのなぁ……」


 額に青筋を浮かべるベクスターである。

 そんな様子をよそにシーナは肩をすくめて、


「ま、何にせよ、三日失踪しただけで結局全員帰ってくるんだったら、別に何の問題もないじゃない。全員、何の怪我も変化もなかったんでしょ。だったら、いちいち気にするだけ無駄」

「いや」


 と、否定したのはクロノである。


「帰ってきたのは。そうだろ、警部」

「えっ」

「むっ」


 驚き、目を見開く二人である。


「確かにその通りだ。行方不明になった生徒の。三日以上経っているのに未だに帰ってきていない生徒も何名かいる。だが、クロノ、なんでわかった?」

「別に確かな根拠があったわけじゃない。ただのカンだ」


 もちろん、全くのあてずっぽうというわけでもない。

 ベクスターのこぼした「おおむね」という曖昧な表現。そして、「帰ってきた生徒全員に聴取を試みている」という思わせぶりな発言。さらにもう一つ、クロノの掴んでいる

 それらから最も蓋然性の高い結論を類推したに過ぎない。


「今回の件に警察が慎重になっているのは、そのせいさ。ほとんどの失踪者は三日経てば帰ってくるが、中には帰ってこない生徒もいる。彼らが今どこにいて、何をしているのか、その生死すらも定かじゃなければ、そもそも全員が同じ理由で失踪したという確証もない状況だ。下手に手を打つと状況が悪化する可能性さえある」


 ふむ、と唸るクロノに、ベクスターは指先を突き出して、


「だ、か、ら! お前が勝手におれの名前を使って動いたせいで、州警察は大わらわなんだよ。今回ほど誤魔化すのに苦労したことはないぜ」

「悪かったよ」

「本当に悪かったと思っているのか?」

「いや、全然」

「お前な……」


 はあ、と大きなため息をついて、ベクスターは手帳の新しいページをめくった。


「まあいい。とにかく、何の収穫もなしにはおれの面目もないってわけだ。今度はお前の話を聞かせてもらうぜ、クロノ」


 言われたクロノは、受けた依頼について語った。

 通常ならば依頼主や周辺のために名前は伏せるところだが、今回は依頼内容のいきさつ上、調べればすぐに身元が判明する内容だったことと、警察が掴んでいる情報をさらに利用したいという思惑もあり、依頼主や被害者の名前を明かした。


「ミーシャ・クローバー……か。そいつについておれは知らないが、ナタリー・ホワイトは失踪者のリストに載っているな」


 と、手帳のページを繰るベクスター。


「……ん? この娘さん……そうか、クロノ、か」

「ああ、そういうこと。さ」

「ん? 何がどういうことなの?」


 にやりと目を合わせる二人。対照的に、目をぱちぱちさせるシーナである。


「何か、二人してやな感じ。秘密主義は嫌われるわよ」

「なに、秘密主義ってわけでもないさ。お前シーナだってもう知っているんだぜ」

「私が何を知っているっていうのよ」


 むぅとますます膨れるシーナである。


「なんだ、嬢ちゃん。知ってて気づいてなかったのか。この被害者、ナタリー・ホワイトは、失踪してから今日でだ」

「今日で五日目……? それがどうしたって…………あぁ!」


 シーナは顔をあげてクロノを見た。


「だからクロノにはわかったのね。ってことが」

「ま、そういうことだな」


 タネがバレた手品師のように、へらへらと笑うクロノである。


「昨日、ミーシャ・クローバーが来たときには既に、ナタリー・ホワイトが行方不明になってから四日目だった。まあ、ナタリーに関しては他の生徒たちのように登校中にいなくなったわけじゃないから、そちらの事件とは無関係な可能性が高いだろう」


 少なくとも直接的には、と付け加える。

 ナタリーの事件は、何らかのアニムスによる事件であることは明らかだ。そのナタリー自身がアニムスであると考えているクロノは、連続失踪事件との直接的な関連性を見込んでいない。

 とはいえ、ナタリーがアニムスを得るに至ったに関して、連続失踪事件が間接的に関わっているという可能性は捨てきれない。

 故に、全くの無関係であると今の段階で断言することはできないのだ。


「そうだな。一応、同時期の行方不明生徒ということでリストアップされてはいるが、お前の話を聞く限りでは、彼女だけは全く別の事件という見方が強くなった」


 ベクスターは手帳を閉じて立ち上がる。


「アニムスに関しちゃおれは専門外だが、ナタリー・ホワイトに関することは、おれの方でもちったぁ調べてみるよ。もしかしたら、何かの手がかりになるかも知れん」


 無論お前の事件のためじゃないからな。と付け加えて退店しようとするベクスター。


「あぁ、そうだ。もう一つ」


 と、扉に手をかけながら、振り返らずにベクスターは問う。


「一昨日、『グランドホテルルグドリア』で、明らかに不自然なテロがあった。大規模なテロ行為だが、あまりにも痕跡がなさすぎる。おれは恐らく、アニムスが関わっていると踏んでいるが――――あれに関して、お前は何か知っているか?」


 瞬間、張り詰めた空気が満ちる。

 シーナが何か言おうとするのを、クロノは掌で制止した。


「いや、知らないな」

「そうか」


 ベクスターは扉を押し開け、外に出る。


「クロノ。くれぐれも、おれにだけは捕まるなよ」


 扉が閉まり、ドアベルが鳴り響いた。

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