Avenger:2/『番犬』

「よーし全員席につけー!」


 毎日行われる教師の気だるげだがハキハキとした声が教室に響き渡る。


「よし、席に着いたな。欠席者はいるか?先生に教えろー」

「せんせーハルト君がいませーん」

「何?また休みか?先生には連絡入ってないぞ。誰か聞いてる奴はいるか?」


 先生の声に応える生徒はおらず、先生も頭を掻きながら「仕方ない後で連絡するか」と言って残りの点呼を取ると授業を始めた。

 拍もハルトの席を昨日と同じように一瞥する。


(また休みか…何故か妙に引っかかる…)


 拍は何度か引っ掛かりの理由を探したが特に思いつかず、授業も進んでいたので取り敢えず黒板を移す作業に取り掛かった。

 そして真面目に授業を受けていると気づかぬうちにチャイムが鳴り授業の終りを告げた。


「今日はここまでだ。もうそろそろテストも近づいてきている。お前らはSクラスな分しっかり勉強に励め。以上!礼!」

『ありがとうございましたー!』


 先生がその教室から出て行くとともにクラスは騒がしくなってくる。

 特待クラスだからと言っても高校生は高校生だ。

 仲のいい友達同士で話したくなるのは必然である。

 そんな完全に騒がしくなったクラスの中で拍は一人考え事をしていた。


「何が引っかかる…?なんでこんなに気になるんだ?何かのピースがハマっていない…いや?思い出せない?」

「おうおう、相変わらずシリアスやってるねー」


 ブツブツと言いながら考え事をしている泊の前にリベスが肩を竦めながらやって来た。


「リベスか。今は忙しいから後にしてくれ」

「おー!クールだね!イケメンオーラバリバリじゃんか」

「うるさいな。イケメンで言うならお前がこのクラス一番じゃねぇか。金髪でブルーアイ、それに整った顔、運動神経抜群で勉強もできる。最後には国の王子ときたもんだ。お前にそんなこと言われたらこっちが悲しくなるよ」

「おいおい、照れるじゃベーか!お前がそんな褒めてくれることなんてなくね?もっと褒めてくれていいぞ!カモン!」


 リベスは手を大きく広げると満ち足りた顔で泊の言葉を待つ。

 拍は呆れたようにはぁ、とため息をつく。


「ふぁっく、ゆー」

「ひどい!」


 リベスはその場で崩れ落ちる。

 拍は意にも介さず考え事に戻った。

 

「あぁ!今日もリベス様はかっこいいわ!」

「そうね!それに入神君もクールで結構いいよね!」

「でも、入神君て確か番犬シロって言われて苛められてるんでしょう?」

「それでも健気に頑張っているから素敵なんじゃない!」

「まあでもリベス様には敵わないはね」

「「「「そうね」」」」

「でも入神×リベスもアリだと思うの!」

「「「「「アリアリね!!!」」」」」


 と、泊とリベスがやり取りをしている横で黄色い声が聞こえてくる。

 その黄色い声を拍はある程度聞かないようにしている。

 聞いていて良かった試しなど一度もないからだ。


「お前といると変な目で見られるからあっち行っといてくれないか?」

「ノーだ。お前といると楽しいし退屈しない。それに…」

「それに…?」

「俺にはお前しかフレンドがいないからな!」

「威張って言うことか…それにお前がその気になれば友達ぐらい沢山作れるだろうに」

「そういう訳には行かないのお前も知ってるだろ?」

「……悪かった」

「良いよ。それよりシロ君は何を迷って悩んでいたんだい?」

「シロって言うな。いやなにハルト・ルーズが休みなのが妙に気になってな」


拍は淡々と答えるとハルトの席を指さした。

リベスもふむと一言考えると直ぐにニヤけた顔になる。


「何!?浮気!?私というものがありながら!」

「キャー!!!シュラバヨー!!!シュラバヨー!!!」

「やめろ!」


リベスの言葉に周りの女子は姦しく声を上げ、本人である拍は怒鳴るように声を上げた。


「ハハハ!楽しいな!」

「楽しくねーよ。はぁ……疲れる。ハルト・ルーズが休んでる事が妙に引っかかるんだよ。なんかこう忘れているような気がしてな」

「なるほどな。オーケーその悩み。このリベスがパーフェクトに解決してやろう」

「ん?何か思い当たる節でもあるのか?」

「あぁ簡単さ。イージーモードだね。答えはハルト・ルーズは家出をしているということさ!」

「さて……次の授業が始まるな」

「おいおいおい!聞けよ!」


拍はそれからリベスの言葉は気にかけず黙々と授業の準備をしていた。


「ホントなんだって!」

「はいはい」

「聞けよ!」

「はいはい」


程なくして授業が始まった。

リベスも渋々と言った感じで自身の席に着く。

周りの女子は寂しそうにだけど満足した風に席に着いた。

拍ははぁ……とため息を着くと授業の準備に取り掛かる。


「家出か……」


拍はその言葉にも少し引っ掛かりを覚えながらもやはり気にすることはなく授業に専念した。







「おい、ちょっといいか?」

「ん?」


昼休みになって拍は弁当を食べようと準備していたがそんな時1人の男子学生に呼び止められた。

見た目は長身に軽く着崩した服、ネックレス等もつけている。

そのあからさまな格好に周りの生徒達も少し距離を置いていた。

リベスが止めに掛かろうとしていたが拍が目で来るなと静止する。


「なんですか先輩?」

「俺の事を知ってるのか?」

「まあある程度有名ですからね。グラス・アルバート、3年生、ボクシング部部長でこの学校のワルのまとめ役。要は俺の敵ですね」

「まとめ役なんて大層な役柄じゃないが……話が早いのは助かる。『番犬シロ』ちょっと屋上までいいか?」

「良いだろう。その名前で呼んだ事を後悔させてやるよ」

「いい目だ。先に屋上で待ってる。準備でも何でもしてくるといい」


グラスが去ると教室の緊張した空気が一気に緩まった。

リベスは慌てるように拍に近づいた。


「おい!相手はあのグラスだぞ!やめとけ!あまりにもデンジャーだ」

「関係ない。あいつはだ」

「あー!相変わらず聞き分けのない!お前の国じゃそういうのを頑固って言うんだぞ!」

「頑固で構わない。リベスはめんどくさくなるから着いてくるなよ」

「これだよ。もう分かったよ。お前が何言っても聞かないのはずっと昔から知ってるしな」

「助かる。じゃあまた昼休み後に」


 拍はリベスにそう言うと教室を後にした。

 教室から出て真っ直ぐに屋上へ向かう。

 無心。

 考えず前だけを見る。

 何かに向かうとき拍は無心を心がける。

 何も考えない。

 だけど頭を空っぽにするのとはまた違う行為だ。

 敢えて言うなら無心という事を考えているのだ。

 この先にある自分が行うことに対する邪念を払うため。


「もう来たか。準備は必要ないってか?俺もナメられたもんだよ」

「ああ、必要ない。お前を倒すことに戸惑いも迷いもない」

「そうか。そいつは良かった」


 そう言うとグラスは拳を前に構える。

 整ったフォームは今までの努力と経験を形として物語っていた。


「行くぞ番犬」

「ッ!」


 グラスは一呼吸置いたかと思うと一瞬で拍の目の前まで距離を詰め、そのまま止まらぬ速さのブローを拍の横腹に向けて振りぬいた。

 拍は目を見開きその場を数歩分飛びのく。

 ブンッ!という音を出して空気を裂いたグラスの拳は拍に当たる数ミリ手前で止まり、グラスは驚いた顔をした。


「なるほど噂は嘘じゃないらしい」


 空を裂いた拳を戻しグラスは拍に言う。


「噂?」

「お前のことだよ番犬。最近番犬シロが狂犬になったって話を聞いてな。確かめたくなったんだよ」

「お前舎弟の敵討ちとかそんなんじゃなかったのか?」

「まあそれもなくはない。つい最近俺の身内三人がお前の世話になったみたいだしな」

「記憶にないが。まあそんな所だろうな」

「まあ理由なんてどうでもいい。俺はさっきのでお前と更にやりあいたくなった。でもそうだな一番の理由を挙げるとすれば———」


 グラスはそういうと数歩下がり再度拳を構える。


「俺はお前の狂犬って姿を見てみたいんだよ番犬シロ」


 そう言うとグラスの拳はもう拍の目の前まで迫ってきていた。

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