Hello New World

空牙セロリ

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 春うららかに。青々とした若草が芽生える喜びの季節だ。

私は若い柔らかな芝生の上で空を見上げる。爽やかな若い草の香りが鼻腔を通り抜け、柔らかな日差しが私を夢の世界へ誘うのである。


 私は今まで周りに流されるように生きてきた。

 なすがまま、言われるがままに。時代に、人に周りに、親に、ただただ流されて生きてきた。私だって本当にこれで良いのか、もっと考えなくてはいけないのではないかとは思っている。だが、結局何もできずに流されているのが現実だ。

 一人、こうして誰もいない公園でのんびりしてるのも考える時間が欲しかったのだ。


 私は何がしたいのだろうか。どんな仕事をしたいのだろうか。

 夢は、目標は、未来は、私は本当にどうしたいのだろう。


 周りに人がいれば流されてしまのが目に見えている。相談しようと思っても何て馬鹿馬鹿しい質問かと考え、結局当たり障りのないことしか言えなくなってしまう。そうしてまた、私は流れていくのだ。

 私のための、私の道を切り開きたい。人に流されてしまうタチなのだ。自分だけで考えねばならない。たった一つの私の”未来”が欲しい。


 私のための私だけの”未来”、”人生”が。


 今のままでは他のみんなと同じ人生になってしまう。その他大勢の背景のような人生は歩みたくない。これでは語弊があるな。私は他人の道を否定したいわけではないのだ。人それぞれその人のストーリーがあって、信念や夢があることぐらい分かっている。ただ、そう、何も考えずに動くゾンビのような人生を歩みたくないのだ。


 ゾンビのような人生だなんて、何てツマラナイ人生はだろうか。はたから見たら量産された人生はいやだ。そんな未来は欲しくない。

 あゝ、欲しい。欲しいなあ。ただ一つ、自分だけの人生が持てたならばーー


「どれほど素晴らしい人生だろうか……と、続くのかね」


 一人だけの、私だけの空間にヒビが入る音がした。


 驚いて飛び起きると、思ったより近くにその人はみつかる。

 簡易な椅子に腰掛け、イーゼルに立てかけたキャンバスに色を足す彼女。目を惹くようで、瞬きをしたら消えてしまいそうな、何だか不思議な女性だ。そう、例えるなら透明な水かガラスのようなーー。こんな言い方はクサすぎるか。


「フフン。邪魔をしたかね」

「ーーいえ、こちらこそ絵を描く邪魔をしてしまったようで」

「いいや。随分面白い独白だったよ。おかげではかどったくらいさ」

「はは、何だか恥ずかしいなあ」


 人に気づかずずっと声に出ていたのか。いつから声が出ていたんだろう。これはかなり恥ずかしい。穴があったら埋まりたいぐらい恥ずかしい。今すぐ頭を打って記憶を消したい。何だか顔まで熱くなってきた。こんな、こんな中学生のポエムみたいな独白なんて、心の中でもするんじゃあなかったぞ。

 ちらりと彼女を盗みみれば、私の方向きもせず淡々とキャンバスに色を足している。なぜだか楽しそうな微笑みを浮かべて。……言わずもがな、さっきのは嫌味だったのだろう。悔しい、というか少し腹が立ってきた。


「多くの人は会社に就職しているようだが、別にそれだけが正解というわけでもない」


 彼女はキャンバスから目を離さず淡々と何やら話はじめた。


「一体、何の話しかな」

「何って、さっきの続きだよ。自分で言っていたろう、"自分だけの人生が欲しい"と」

「ははっ! 恥ずかしいから忘れてくれよ。ただの戯言ざれごとだよ」


 やれやれと私は茶化す。こんなこっぱずかしい話しをたった今会った人に話したいと思うわけないだろう。しかし、彼女は私の方へ向き直ってしまった。怪訝な顔を抱えて、どうやら話しはまだ続くらしい。


「なぜだい。君は真剣に考えているのだろう。なぜそう茶化して自分を否定するんだ」

「ただ来年の就活が嫌で現実逃避していただけだよ。大したことはない」

「大したことだろう。だって君はすごく悩んでいる顔をしていた。現実逃避している顔じゃあなかった」

「現実逃避だ。就職が嫌で、子供じみた言い訳を並べて駄々をこねているだけ」

「フン。またそうやって自分を否定している。周りに流される言い訳をしているだけだろう」

「そんなことは! そんなことは……」


 ないと、言えるのかい。と、声なき彼女の声が耳まで届く。

 違う。違う違う違う。そんなことはない。だって私は、私は周りに流されてるだけなんだ。周りが私の道を、閉ざして。


「君はそうやって自分の道を壊して周りに逃げ道を探した」

「ーー他人の君には関係無いだろう」

「ああそうさ。私には全く関係無い。関係無いから客観的に意見を述べるだけだよ。面白いからね」

「面白いから、他人の人生を引っ掻き回すのか」

「フン。おかしなことを言う。最後に選ぶのは君だろう。君の言うツマラナイ人生にするも良し、自分で切り開く人生も良し。全ては君次第なのだからね」


 睨みつける私を笑う彼女は筆を置く。ひらりと椅子から飛び降りて私の前へ躍り出た。演劇のような動きで両手を大きく広げる彼女は、何だかスポットライトに照らされた主人公のようだと思う。


「私は小学校の頃から小説が好きだった。図書室の本を読みあさり、時には自分で書くこともあった」


 先ほどの楽しそうな笑みから一転、寂しそうな顔をして彼女は続ける。


「中学の時は勉強もせず、本を読んで小説を書く毎日だった。私は小説家になるんだと信じて疑わなかった」


 眩しそうに過去に思いを馳せる彼女の顔のなんと美しいことか。


「だが、親がそれを許さなかった。そんな夢物語を語っている暇があれば良い大学に行き、良い会社に入れと言って私の書いた物語たちは文字通り火にくべられたんだ」


 わかる。自分の全てをぶつけて作った最高のものを"ガラクタ"だと言って壊された時の悲しさを。


「絶望したさ。だって私の全てを否定されたんだ。だけど諦めなかった。私は絶対に諦めなかった」


 そうか。そこが"違う"のか。


「悲しみと絶望を燃料に私は書き続けた。改良し続けた。いずれ私を否定した人に私は私であると胸を張って言うために」

「それで、夢は叶ったのか」


 彼女は私を見て微笑む。私より少し大人に見えるのに、その顔は小さな子供のように無邪気だ。


「私の職業は小説家だ。文字を書いて飯を食っている。たまにはバイトもしているが立派な小説家になったんだ」

「私はーー」


 私は何になりたかったのだろうか。


「私も夢を追っても良いんだろうか。もう、大学生なのに、遅くは無いだろうか」

「夢を追うのに良いも悪いもあるか。言っただろう。選ぶのは君だ。それに良いも悪いも、遅いも早いもあるわけがない」



 私は、私は絵が好きだったんだ。油絵も水彩も好きだった。画家になりたかったんだ。

 中学もずっと描き続けた。賞だって沢山とったし、将来は画家になると信じて疑わなかった。画家になって絵を描いて食べていけると信じていたし、自信もあったと思う。絵を描くことに小さいながらもプライドもあったはず。


 それでも、それでも両親は私の全てを壊していった。


 好きなことをして、夢を目指して何が悪かったのだろう。嘲笑われ、受賞した絵以外は全部破り捨てられ燃えていった。受賞した絵だって今では物置の中で寂しく寝ているのだろう。もしかしたらそれも捨てられたかもしれない。


 両親はいつも言う。良い高校に行き、良い大学に行き、良い会社に入り、良い役職について沢山給料を貰いなさい、と。両親は私に言い聞かせるのだ。それが幸せな人生なのだと。

 もちろん私は反論した。それだけが幸せではないと。私の幸せは私で決めるのだと。

 だが両親に私の声は届かなかった。彼らは自分の子供の未来を自分たちで決め、その道を歩ませることが子供の幸せに繋がると信じて疑っていない。そればかりか私の夢を粉々に砕き、なかったことにしてしまった。


 今思うに、その時私は諦めてしまったのだろう。否定され続け、押し付けられて、私は指定された道を歩けば辛い思いをしないと思い込んでいたのだ。

 だから流されることを選んだのかもしれない。自分のことながら分からないことだ。


「私は夢を追うことが悪いと思わない。自分が後悔しない道を歩めば良いと思っている」

「私も貴女あなたのように夢が叶うのだろうか」

「夢は叶うものではない。自分で、自分の力で叶えるものさ」


 認めてしまって良いのだろうか。私は夢を諦めきれなかったんだ。


「何をするも君の人生は君だけのものだ。誰になんて言われようが選ぶのは君。やらない後悔よりやった後悔だ」


 やる前に諦めていたのか、私は。


「まだ……時間がかかると思う。長い間、流れるように生きてきたのだから」

「良いじゃあないか。考えなしに生き急ぐよりよっぽど良い。それに、一歩踏み出すのには良い季節だろう」


 だって始まりの季節、今は春だもの。


 春は始まりの季節。一歩踏み出す絶好の季節。


 今まで殻にこもっていた分、新しい世界を見に行こうと、私は歩き出すのだ。





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