エピローグ


 薄暗い店の中、店主に促されるままに椅子に座る。

 ここは里の占い師、そけっとの店の中。

 全てのケリがついたと思ったら、そけっとに呼び出されたのだ。


「……さて。色々大変だったわね、めぐみん」


 呼び出された理由も分からずにいる私に、そけっとは机の前で微笑んだ。

 色々大変とは、私が邪神の僕に追い回された事を言っているのだろうか?


「……妹さんには、ちゃんとしたおもちゃを買い与えてあげなさいね」


「ッ!?」


 ビクッと震える私を見て、そけっとがクスクスと笑っている。


「心配しなくても誰にも言わないわよ。占い師は口が堅いのよ? あなたを今日ここに呼んだのは、そんな事を言いたかったんじゃないわ」


 そう言って、水晶球の上に手をかざすそけっとを見て、私はホッと息を吐く。


「では、私はどうしてここに呼ばれたのでしょうか? あっ、ぶっころりーですか? あの男がまた何かやらかしたのですか? 私があのニートと顔なじみだからと言ったって、私に苦情を言われても困るのですが」


「違うわよ、たまに店の前をちょろちょろしてはいるけれど、別に困らされている訳ではないわ」


 そけっとが、私に向かって手招きする。もっとこっちに来いという事らしい。


「今日は……あなたを占ってあげようかと思ってね?」


 そけっとは、そう言って笑い掛けてきた。


「占いですか? 何を占ってくれるのでしょう。私の場合、色恋にはあまり興味はありませんよ?」


「あら、それは残念ね。でもそうじゃないわ。あなたが将来、何を成すかを見てみたくてね。占い師の勘だけど、きっとあなたは大きな事をやると思うのよ」


「好奇心ですか。まあ、別に構いませんが。でも、不幸な未来が見えた場合はあまり言わないでおいてくださいね」


「あら、未来は変えられるものよ? 不幸な未来を回避する様に助言するのが私の仕事なんだから」


 そけっとは喜々として水晶球に手をかざすと、そこに魔力を送り込み始めた。


「……ふむ。まずは、この里を出てアクセルという街へと向かうつもりなのね? なるほどなるほど。そこであなたは、様々な困難の末、素晴らしい仲間達と出会うでしょう。その人達はとても優秀で……。ゆう……しゅう……。……? そ、その、人格的に素晴らし……。あ、あれっ……? この少年は……うう……」


「何ですか!? 気になります、言ってください! 私の仲間が何なのですか!? 優秀で、真面目で優しい仲間達なのでしょう!?」


 私の問いに、そけっとは無言で目を逸らす。


「不幸な未来を回避する様、助言するのが仕事なんでしょう!? 言ってください!」


 私がそけっとの両肩を掴んでゆさゆさと揺らす中、突然そけっとの表情が変わった。


「……これは。へえ、めぐみんあなた、やっぱり良い仲間に恵まれそうね」


「どっちなんですか!? というか、未来は変えられると言いましたね! 今更ながら、アクセルに行くのは悩ましくなってきたのですが……!」


 そんな私の言葉に苦笑しながら。


「この未来は、変えられちゃうと困るわね。じゃあ、何も言わない事にしましょうか」


「教えてください! 凄く気になりますよ!」


 楽しげに笑うそけっとに問うも、笑っているだけで教えてくれる気はなさそうだ。


「……まあ、あなた達はきっと大きな事を成し遂げるでしょうね。やがて、この里にも何らかの災厄が降りかかるわ。その際にも、あなた達が関与する事になりそうね」


「何だか凄く抽象的な占いですね……。そけっとの占いは凄く具体的でよく当たると聞いていたのですが」


 私の言葉に、そけっとは肩をすくめて苦笑すると、


「里の災厄の件は、きっと私も拘わっているのよ。占い師は自分が拘わる事に関しては占えないの。私が絡んでいる場合は、水晶球に何も映らないのよね」


 そう言って、水晶球の表面を軽く撫でた。


 自分の事が正確に占えるのならいくらでも都合よく未来を変えられるだろうに、そう上手くはいかないという事か。

 そけっとも関係する事になる災厄……。

 今回の騒動といい、この里に封印されているという数々の危なっかしい物といい、思い当たりそうな事が多すぎて見当もつかない。


「魔王軍でも攻めてくるのかしらね? まあ、それに備えてぶっころりーが、おかしな組織を作っているみたいだけど」


 対魔王軍遊撃部隊(ルビ:レッドアイ・デッドスレイヤー)ってやつの事だろうか。

 …………。あれっ?


 そういえば、ぶっころりーが未来の恋人を占ってもらった時には、水晶球に何も映らなかった訳だけど。

 そけっと本人が拘わっているのなら、水晶球には映らない……?


「ぶっころりーも、あれで仕事さえ見つかれば、それほど悪い男でもないと思うんだけどね。後はまあ、人をつけ回したりおかしな行動を起こすところも改善できれば、きっといい人が現れると思うんだけど。……めぐみん、どうしたの? 急にニヤニヤしちゃって」


「いえ、何でもありません。釣り合いが取れないなと思っただけです」


 私の言葉に、釣り合い? と首を傾げるそけっと。


「まあ、アクセルの街での暮らしは期待しときなさいとだけ言っておくわ。……いい事?たとえどんなにセクハラされても、短気を起こしちゃダメよ?」


「私、誰かにセクハラされるんですか!? それは仲間にですか!? というか、それって本当に良い仲間達なんですか!?」

 

 ――店を後にした私の肩に、ちょむすけが爪を立ててブランとしがみついていた。

 爪が食い込んでちょっと痛いのだが、それどころではない。

 旅に出る前からいきなり不安になる事を言われてしまった。

 もういっそ、この里に引き籠もってしまおうか……。


「まあ、まずは里を出るだけのお金を貯めなければなりませんからね。悩むのは後でもできます」


 自分に言い聞かせる様にそう呟くと、肩に張りつくちょむすけを抱き直す。

 もし残念な仲間達だったとしても、この私がサポートすればいいのだ。

 ――私の目的は二つ。

 一つは、あのお姉さんに私の爆裂魔法を見てもらう事。

 そしてもう一つは――


 世界に蔓延るモンスター。そして賞金首や悪魔達。

 そんな、この世の猛者達に証明するのだ。

 爆裂魔法を習得した今、私こそが最強だという事を。

 それが、邪神や魔王ですらも――

 と、腕の中のちょむすけが、なぜかブルリと身を震わせる。

 私はそんなちょむすけを抱き直しながら、紅い瞳を輝かせた。


 そう、この世界の強者達に我が爆焔を――!


(終)

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