5-7


 ――あれから数日が経過した。

 爆裂魔法を見た大人達が私達の下に駆けつけた後、大変な騒ぎになったらしい。

 なにせ、現場には族長の娘と私が倒れ、そんな私達を守るかの様に、クロを抱いたこめっこが佇んでいたのだ。


 眠りこける私は家に運び込まれ、翌朝、ゆんゆんと共に事情を聞かれ、担任にこってりと絞られた。

 大人達には、家に帰ると我が家の玄関が破壊され、こめっこの行方が分からなくなっていたので、ゆんゆんと共に慌てて捜索に飛び出したとだけ伝えた。

 そして現在。里では、新たな問題が起こっていた。


「……ねえめぐみん。どうするの?」


「………………」


 無表情のゆんゆんの問い掛けに、私は無言を答えとする。


 ――魔法の習得が完了した私達は、週末に二人の卒業式をやるから、その時だけ学校に来いと担任に言い渡され。

 ここ数日、特にやる事もなく、家の傍の公園で時間を持て余していた。


「…………ねえめぐみん」


 再びの呼び掛けに、私はプイとそっぽを向く。

 と、ゆんゆんがそっぽを向いた方に律儀に回り込み、これ以上は言い逃れはさせないとばかりに、超至近距離で。


「………………ねえめぐみん。……どうするのよおおおおおおおーっ!」


 ゆんゆんの言葉に目を閉じて、耳を押さえながらしゃがみ込んだ。


「聞こえないフリしてる場合じゃないでしょう!? どうするのよ! ぶっころりーさんが言っていた、名前も忘れ去られた傀儡と復讐の女神、だっけ!? それの封印が解かれたんだってさ! 封印がされていた場所は、めぐみんが魔法を撃った場所で! 封印が解かれた女神は行方知れず! どうするの!? ねえ、どうするのよおおお!」


 頑なに聞こえないフリをする私の肩を、ゆんゆんがガクガクと揺さぶってくる。

 このままずっと現実逃避していたいところだが、訂正しなくてはいけない事がある。


「ゆんゆん、ちょっと待ってください。その言い方だと、まるで私が封印を解いたとの誤解が生まれそうではないですか」


「誤解じゃないでしょ!? ぶっころりーさんが、この地には色んなヤバイ物が眠ってるって言ってたじゃない! その真上で爆裂魔法なんて大魔法を使うから、強烈な魔力の余波で封印が解けちゃったのよ!」


 食って掛かってくるゆんゆんに。


「でも里の大人達は、どうやら違う解釈をした様ですよ? 封印を解かれた邪神が名も知れぬ女神を呼び起こし、戦いを挑んだ。そして、戦いには女神側が勝利し、邪神の下僕をあの爆発で一掃した後、どこへともなく去って行ったのだ、と……」


「全然違うじゃないの! 真相は、めぐみんの魔法のせいなのに!」


 里の人達は、まさかこめっこが邪神の封印を解いたとは思わず。

 そして、私が爆裂魔法なんてものを習得した事も知りはしない。

 学校の担任だけが、私達がどの魔法を習得したのかを知っているのみだ。


 私が爆裂魔法なんてものを習得したと知られたら。そしてゆんゆんも、中級魔法なんて半端なものを習得したなんて知られたら、きっと里の大人達に落胆されてしまうだろう。

 そこら辺をよく理解しているのか、担任は里の人達に内緒にしてくれている様だ。

 どうしようもない教師だと思っていたが、アレでなかなかに生徒想いなのかもしれない。

 というか、そんな事よりも。


「ゆんゆん。今日もダメなのでしょうか……」


「ダメ! ダメに決まってるでしょ!? せっかく騒ぎが収まったばかりなのに、また問題を引き起こすつもりなの!? ていうか、今まではずっと爆裂魔法を使えなかったんだし、我慢ぐらいできるでしょう!? ……そ、そんな悲しそうな目をしても、絶対にダメだからね? こればっかりは、めぐみんのために言ってるんだから!」


 ゆんゆんが、若干うろたえながらも言ってきた。

 爆裂魔法の感動を味わって数日が経った今。

 私は、ゆんゆんから爆裂魔法禁止令を出されていた。

 せっかく担任が里の皆に内緒にしてくれているのに、里の近くで魔法を放てば大変な騒ぎになる、と。

 まあ、その言い分は良く分かる。

 分かるのだが……。


「ゆんゆん。私がどれだけ爆裂魔法を愛しているか、あなたはもう知っていますよね?」

「ま、まあね。めぐみんは、よその人が見たらちょっと引くレベルで爆裂魔法が好きだって事は、もう理解したわよ?」


 そこまで理解してくれているのなら話は早い。


「いいですかゆんゆん。私の爆裂魔法への愛は、一日一食しか食べられない代わりに毎日爆裂魔法を撃つか、爆裂魔法を我慢する代わりに一日三食おやつ付きのどちらかを選べと言われたならば、喜んで一日一食で我慢します。我慢して爆裂魔法を放った後で、ちゃんと残り二食とおやつを食べる。そのぐらいに爆裂魔法が好きなのです」


「へえー……。食い意地張ってるめぐみんに、そこまで言わせるだなんて……。……? あ、あれっ!? ねえ、今のもう一度言ってみて!? なんかおかしな事言ってなかった!?」


 ゆんゆんが慌てて言ってくる中、確かに、今爆裂魔法を試し撃ちに行くのはマズいという事は分かるので、足下にまとわりついてくる毛玉の頭をうりうりとかいぐると。


「まあ、しばらくは我慢しますよ。いよいよ我慢ができなくなったなら、即刻旅に出て、里の外の世界を爆焔で覆い尽くしてやりますから」


「や、止めてよね! 冗談でもそんな事言うのは止めてよね!」


 話を変える様に私はその場に立ち上がると、


「まあ、今回は怪我人もなく丸く収まって良かったですね。真相は違ったとしても、里の人が納得しているのならこれでよいのではないでしょうか」


 そう言って、足下にいた毛玉を抱き上げた。

 ゆんゆんは、私が抱き上げたクロを見て、複雑そうな表情で首を傾げる。


「……ねえ。クロちゃんってば、結局何なのかな? どうしてあの時、クロちゃんは狙われ続けたんだろう? ひょっとして、邪神の関係者とか? そもそも、邪神の封印ってどうして解けちゃったんだろうね。里の人が言う様に、通りすがりの旅の人が、イタズラでもしていったのかな……?」


 ゆんゆんは、最後の核心部分にまでは踏み込めていないらしい。

 まあ、子供の好奇心で封印が解けてしまうだなどと、思いもよらない事だ。

 私だって、過去に自分が同じ事をやらかしていなければ、こめっこを疑いもしなかっただろう。


 家で尋ねてみたところ、やはり封印を解いたのはこめっこだったらしい。

 叱るべきなのかとも思ったが、私も過去に同じ事をやらかしている上に、無邪気な顔で私に欠片を差し出し、『遊ぶ?』と尋ねてきた妹に何も言えなかった。

 我が家の玄関が壊された程度の被害で済んだ事だし、このまま押し通してしまおう。

 ――問題は、コイツの扱いだ。


「しかしこの子は、ふてぶてしい顔をしていますね。子猫なら、もっと可愛げがあってもいいと思うのですが」


 邪神の下僕が探し求め、そして大事そうに抱きかかえられていたクロ。

 もしかしたら、その正体は……。


「ねえめぐみん。その子、これからもめぐみんの家で飼うの? そ、その……。こめっこちゃんの視線が凄く……」


 ゆんゆんが、何かを言い掛け途中で止める。

 うん、言いたい事は分かる。


「どうしたものですかね。確かに、我が家に置いておくといつこめっこの餌食になるのか分からないのですが。しかし、今更誰かにあげるのも、かといって放り出すのも……」


 目線の高さまで両手で抱え上げられた状態ながら、暴れる事もなく無抵抗のクロ。

 そんなクロを見て、ゆんゆんがぽんと手を打った。


「そうだ! それならいっそ、本当に使い魔として契約しちゃえばいいんじゃないかな。大切な使い魔ともなれば、いくらこめっこちゃんでも……」


 言ってる内に、どんどん言葉が尻すぼみになっていくゆんゆん。

 何が言いたいのかは分かる。

 本能のままに生きるウチの妹に、そんな道理は通用しないだろう。

 でも。使い魔かあ……。


「……邪神を使い魔にする魔法使いというのも、悪くなさそうですね」


「? めぐみん、今何か言った?」


 私の小さな呟きは、ゆんゆんには聞き取れなかった様だ。


「ええ、私の使い魔にするのも悪くなさそうですねと言ったのです」


 ゆんゆんに適当に返しながら。

 もしかしたら、とんでもない大物かもしれない毛玉に笑い掛けた。

 ゆんゆんが安心した様に息を吐く中、ふとある事に気がついた。


「そうです。我が使い魔となるのなら、いつまでも仮名のままでは決まりが悪いですね」


「えっ!? クロちゃんが正式名称じゃダメなの!?」


「ダメですよ。いつまでも、そんなセンスのない変わった名前のままでは、この子がかわいそうではないですか」


「センスのない変わった名前!?」


 深くショックを受けているらしいゆんゆんは放っておき、私は渾身の名前を考える。

 と、クロが急に身をよじりだした。

 まるで、このままでいいからとでも言いたげに。


「ほらほら、クロちゃんも今の名前が気に入ってるんじゃないかな? それにほら、この子はまだ子猫だし、コロコロ呼び名が変わったら混乱するんじゃない?」


 ゆんゆんが、自分の付けた名前のままがいいと主張をする中、良い名が思い浮かんだ。


「決まりました!」


 自信たっぷりな私の言葉に、不安そうな表情のゆんゆんが。


「ね、ねえめぐみん。クロちゃんってメスだからね? その辺もちゃんと考えた、可愛い名前に……」


 と、何かを言い掛けるのを遮って。

 私は、目の前に掲げた使い魔に宣言した。


「――お前の名前はちょむすけ。そう、ちょむすけです!」


 常にマイペースだった、もしかすると大変な存在かもしれない使い魔は。

 これ以上にないぐらいビクリと身を震わせた。

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