第七話 女神の嫁入り

転移五日目 大荒野 最初の拠点 久我 貫


 肉を調理すると言っても、二十六人分となれば相当な作業量になる。さらに調味料もなければ、調理器具もない。結果、適当な厚さに切った肉を、食べたいだけ焼いて食べるという形に落ち着いた。ちょっとしたバーベキューだな。


 さすがに肉だけでは寂しいので、保存食からパスタやハンバーグなど、ソースがついた料理を開けて副菜にし、ついでにソースで肉にも味を付けた。初めて食べる味に子供達は大喜びするし、大人達も他の保存食に興味を示したところを見ると気に入ってくれたようだ。


 サミュエルとレオンシオの親子だけは、なんだかんだと文句をつけて、アルセリナが焼いた肉以外には手をつけなかったけど。シエラが何か言いそうだったが、逆効果になりそうなので止めておく。


 どうでも良いが、料理も建築も服飾もポストアポカリプス素材だと世紀末感が漂ってどうにもミスマッチな感じがするよな。文化的な生活をもたらすっていうより、一緒に避難生活を送っている感じになる。


「話には聞いておったが、面白い肉だな。肉から少しずつ魔力が漏れ出しておる。適性のある者がこれを食せば、魔物を殺したのと同じことになるぞ」


 ナイフに刺した変異豚肉を頬張りながら、シエラがうむうむと頷いている。知識面ではさすが神様と思わせることもあるよな。


「ん? 話に聞いたって誰から? 皆がこれを食うのは今が初めてだろ?」


「テディだ。食べると力の湧く特別な肉をもらったと教えてくれたのだ。そういえばあやつ、そなたから名前をもらったと喜んでおったな。しかし、テディは男の名前ではないか?」


「元はセオドアだから男の名前だが…… いや、熊と話せるのか!?」


「眷属となら簡単な会話くらいできる。ただの動物よりは魔物の方が知性も高くなるし、テディなどはかなり話せる方だぞ。そしてあやつはメスだ」


 なんとまあ。森を出るまでの付き合いだと思っていたから気にしなかったが、まさかメスだったとは。角とか生えそうだったのに。


「待って。この肉がどうなっているのかの方が重要」


 うっかりテディの話題に流れていきそうな俺達だったが、シエラの隣で食べてたニルダから修正がはいる。そうだ、そっちの方が重要だ。


「うむ、肉自体ではなく、肉に含まれる何かが魔力を出しておるようだな。しかし、こんなものはわたしも見たことがない」


 シエラがそう言ったときにピンときた。やはりBRV由来の放射線が魔力として扱われ、被曝することが魔力の吸収とみなされているのだ。魔力を持った魔物は死ぬときに魔力を放出するのだろう。放射性物質が放射線を発するように。


 仮想現実といっても架空の世界なので、BRV内の放射能も厳密に再現されているわけではない。一種の有害物質程度の解釈で、放射線を直接浴びるのも放射性物質が体内に入ることで起こる被爆も同一の扱いになっている。


 とにかく放射線を被曝すれば体調が崩れる。被曝量が多ければ死ぬが、場合によっては様々な変異が起こって死なないこともある。その程度の扱いなのだが、これが魔力の扱いに置き換わっているのだろう。しかし、それを説明しようもない。


「俺の世界だと、これはとても有害なものとして怖がられているんだけどなぁ……」


 ただそう苦笑するしかないが、ニルダは「もったいない」と首を振っていた。


***


 食事が終わったら、さっさと寝ることにした。本当は皆にシャワーを浴びさせようと思ったのだが、お腹いっぱいで眠くなったララがぐずるので、俺まで皆と雑魚寝をすることになってしまったからだ。


 シエラも別に寝室が用意してあるのに俺の近くで寝転がり、ニルダがその向こうで横になる。ヒト族の子供達も俺の周りに集まって横になった。後はそれぞれ同族や家族と集まって寝るようだ。ララは俺の脇腹辺りにしがみついて眠っている。


 昼寝程度で疲れが抜けるわけもなく、皆、横になった途端に寝息を立て始めた。その中で、シエラだけが身じろぎしている気配がする。


「クガ殿、起きておるか?」


 薄闇の中、シエラが囁くように問いかけてくる。俺も子供達を起さないよう小さな声で答える。


「起きてるよ。どちらかといえば夜更かしなんだ」


「ふふ、そうか。少し、話を聞いてもらってもよいか?」


「眠れなくなるような話でなければ」


「わたしはすでに眠れなくなっておる。こうして皆で集まって寝るなど、何百年ぶりのことか……」


 素で何百年ぶりとか言ってる。数百年単位の記憶なんて、どう処理するんだろう。


「わたしは、サミュエル達と同じ部族の出身なのだ。狩りの腕に長け、魔物を狩るうちに魔力を蓄え神格にまで至ってしまった。それからは、こうして寝ることなどなかったのだ」


「人間が神様になったりするのか……」


「最近は減っておるが、そう珍しい話ではないぞ。そもそも人類に数えられる条件に、その種族から神格に昇った神の数がある。世界に君臨する国々も、元は部族から神を出した者達の末裔だ」


 道理でシエラ自身も、さっき聞いた話に登場した神々も人間くさいわけだ。


「無論、神々が国家の営みに介入することについては多くの戒めがあり、そうそう手を出したりはできぬ。人の世界は人のものだ」


「シエラを見ていると、簡単に介入してきそうだけどな」


「わたしは限られた地域に縛られた狩猟神で神格も低い。その地域からも棄てられた今、さらに低くなっておるはずだ。その分だけ人類と交わることへの戒めも小さくなっておる。こうして皆と寝転がれるのもそれ故のことだ。本来であれば嘆くべきことだが、わたしは楽しくて仕方ない。それをそなたに伝えたかったのだ」


 この世界は人類の社会と神々の社会の二重構造になっているのだとイメージできた。シエラは今、その境から人類の側へ踏み込む、いや戻ろうとしている。


「……俺がシエラを眷属として迎え入れれば、そんな生活が続けられるのか?」


 良い機会だと思ったので、単刀直入に聞いてみた。シエラが、身を固くした気配が伝わってくる。


「う、うむ。そればかりが理由ではないが……」


「何か儀式や手続が必要なのか?」


「互いに誓いを交わせるのであれば、どういう形式でもよい」


「じゃあ明日、その誓いの中身を決めようか……?」


 シエラが勢いよく起き上がってこっちを見る。一度頷いて見せたのだが、そのまま動こうとしない。もう一度、ゆっくり頷いて見せたらやっと安心したようだ。身を横たえ直して静かになった。


*** 


転移六日目 大荒野 最初の拠点 久我 貫


 おそらくそうだとは思っていたけど、この世界の住人は朝が早い。日が昇る前から起きだしたは良いものの、今までやっていた仕事がなくなっているので手持ちぶさたになってる。それでも、女性達は水を汲んだり火を熾したりしていた。


 俺も感覚が鋭敏になっているので、一番早起きだったエルシリアが起き上がる気配で目を覚ましたんだが、ララがしがみついて眠ったままだったので、起きるまで寝転がっていることにした。他にやることがないと、周囲の気配が手に取るように分かることに気づく。あ、これってBRVでスーツ着てないときに表示されるマーカーか。こっちでは実際の感覚として感じられるんだな。


 俺がララを連れて顔を出すと、広場で待っていた女性陣があからさまに安堵した雰囲気になる。食料は昨日の晩飯で使い切ったから、今日食べるものが何もないんだった。申し訳なさそうに何か言おうとするアルセリナだったが、言葉になる前に肉を実体化させて並べていく。そういうのは言わせない方が、お互い気が楽だしな。変異麦のパンもあったのを思い出したので、それも出しておこう。


 次々に現れる食料に目を丸くするアルセリナ達。腹一杯食べてゆっくり眠ったことで、今の状況の異常さに気付く余裕が出てきたんだな。うん、俺も異常だとは思っているけどさ。質量保存の法則とかどうなっているって話だよ。神様が普通にいる世界だとそういうのは曖昧になるのか?


 アルセリナ達は驚きこそすれ気味悪がる様子もなく、口々に礼を言いながら肉を切り分け始めている。考えてみれば神様に保護されてたんだから、この程度の不思議には慣れているのかもしれない。まさか、俺まで何かの神だと思われてないだろうな。


「何日分かまとめて出して置いた方が安心だよな。生肉とかどれくらいの間、保存しておけるんだ?」


 量は十分出せることを前提として聞いてみる。やはり備蓄量が不安だったようで、アルセリナ達が明るい表情で保存期間を見積始め、すぐにエルシリアが代表として前に出てきた。穏やかで控えめな雰囲気のエルシリアが代表というのは意外だ。


「私が冷気の魔法を使えるから、蓄えておける場所があれば七日くらいは保存しておけるわ。塩があれば干し肉にもできるのだけれど……」


 残念ながらBRVで塩は拾えなかった。塩の容器は拾えるんだけどな。しかし便利な魔法があるのか。冷蔵庫などの家電も作れないから、そんなに保たない思ってた。


「なら、七日分くらいずつ用意すれば良いか?」


「それだと助かるけど、そんなにたくさん持っているの? 置く場所もないといけないのよ?」


 今度はアルセリナが口を開く。エルシリアは単に魔法が使えるから最初に発言しただけか。


「数については当面は心配ないさ。場所については考えよう。朝飯を食い終わったら、今後について皆で話し合おうと思ってところだし、そのとき必要な建物なんかも言ってくれ」


「そう、分かったわ」


 アルセリナがそう言うと、エルシリアやザイラも頷いて朝食の準備に戻る。


 俺もララに顔を洗わせようと思ったのだが、シエラが期待で目を輝かせて背後に立っていた。


***


 朝飯もまだだというのに、俺はシエラの部屋で彼女と向き合っている。ララはニルダに任せてきた。


「そりゃ、明日って言ったけどさ……」


「こういうことは早い方が良いのだ」


 シエラが得意げに頷いている。ふんすと鼻息の音が聞こえてきそうだ。そういえば、神様も呼吸してるんだな。


「む、余計なことを考えておるな? 朝食の席で皆に話すためにも今のうちに契約を済ませてしまった方が良いだろう」


 なんて気の早い女神様だ。契約が済むまで何を言っても聞かないんだろうなあ。何か最初に会ったときより神秘さが薄れてる気がするんだけど。


「確認しておきたいんだが、シエラが俺の眷属になるって話で良いんだよな?」


「うむ」


「で、シエラを眷属にすると、俺にはどんな良いことがあるんだ? そして眷属になったシエラには、どんな良いことがあるんだ?」


「わたしがいつでもそなたに付き従う。何でも命じてくれて良い。わたしはそなたを通して大荒野の土地神となり、今回のことで失われた神格を補える。そして子供達が育つのを見守っていく時間を得る。そして、誰憚ることなくそなたの傍に侍り、そなたの為に力を振るうことができる」


 すらすらと答えてくれるが、最後のところがよく分からない。会って数日の俺に、何故こんなに執着しているのか。


「最初に言うたときは、庇護と引き替えにこの身を差し出すつもりであった」


 疑問が顔に出たか。シエラがふと表情を和らげながらそう言う。普段の表情が颯爽としている分、こういう表情にどきっとさせられる。


「だが、そなたはそれが過分な話だと言いっておきながら、対価も決めぬうちからこれだけのことをしてくれた。たくさん持っていることと、それを差し出せることは同じことではない。増して、それがわたしの気持ちを重んじてのことであれば、何も感じぬほど気位の高い女ではないぞ」


 転移のどさくさで混乱してたのもあるんだが、高く評価されてしまっているな。


「神と名乗れば礼を尽し、要らぬと言えば自然に振舞ってくれる。居心地が良いのだ、そなたの傍は。加えて申せば、大きな力を持っているのに人が良くて危なっかしい。傍で見守らなくてならぬ、とわたしの性根をくすぐられる」


 気が早いだけじゃなく直球で好意を投げつけ、逃げ道を塞いでくる。そういえば、狩りの女神だったか。


「神格が低いと言っても神の端くれだ。後悔はさせぬから傍に置いてくれ」


 そう止めを刺されてしまっては、つべこべ言うのも無粋だよな。昨夜のうちに腹は決めていたんだ、しっかり受け止めよう。


「分かった。俺はシエラとその庇護する民の面倒を見る。シエラは眷属として俺に仕え、力を貸す。そういう契約で良いんだな?」


「うむ。わたし、黒楡のシエラは汝、久我 貫を主と定め、幾久しくお仕えすることを誓う」


 シエラが立ち上がり、片膝をついて俺に頭を垂れると、全身から銀色の光が放たれて俺の左腕に注がれ、左手の甲に楡を意匠化したような紋章を浮かび上がらせた。同時に、頭の中にシエラの声が響く。


『これでわたしはお前様のもの。末永い寵愛を期待しておりますぞ』


 何かが魔力の形で俺とシエラの間を行き来しているようで、左手のリンクブレスに内蔵された放射線計がめまぐるしく変わる数字を表示している。シエラを見ると、とても満足した顔をして霞のように姿を消していく。


「まあ、契約書を交わして終わりってことじゃないとは思っていたけどさ……」


 無性に人里を探して、この世界の普通って何なのかを知りたい気分になった。

 

 

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ネバーランド・ワンダラー 大江 信行 @Re_pop

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