第六話 拠点の住人を紹介します
転移五日目 大荒野 最初の拠点 久我 貫
自分の家を出ると、外はもう夕暮れだった。家の外では、テディが俺を待っていた。
「クルルル」
そう甘えたように喉を鳴らして、頭を擦りつけてくる。そういえば、子供達の食事に気を取られて、テディ達の飯にまで気が回らなかったな。
「そうだよな、あの子達を連れてちゃ、狩りなんてできなかったろう」
押しつけられた頭を掻くように撫でてやると、嬉しそうにぐいぐいと押しつけてくる。スーツを脱いだことで、野生の獣臭さを直に感じることになってしまったが、そのうちに慣れるだろう。いや、その前にこいつらを洗うべきか。
テディを連れて仮厩舎に行くと、一仕事終えた雰囲気の獣たちが寝そべったり丸くなったりしている。テディと同種と思われる熊型が一頭、金毛の剣歯虎が二頭、尾が三本ある黒狼に率いられてる思われる黒狼が六頭。さすがに狩猟神の眷属だけあって見事に肉食獣ばかりだ。
俺のことは飯をくれるヒトとでも伝わってるようで、警戒することもなく何かを待つように俺のことをじっと見ている。テディもお気に入りの変異豚の枝肉をいくつか出してやると、それぞれの群のルールに従って食らいついた。普通、野生の獣って人の手から食い物もらったりはしないはずなんだが、気にする様子もない。
ふと視線を感じて振り返ると、広間の窓に子供達が鈴なりになって魔獣達が肉を食べているところを見ていた。
「よう、皆、目を覚ましたのか?」
声を掛けて初めて俺の存在に気付いたらしく、皆に驚かれた。動物好きなのか魔獣達の食事風景に集中していたようだ。思わず苦笑すると、子供達は戸惑ったように顔を見合わせたり俯いたりする。魔獣達より警戒されてるな、俺。
「……質問」
子供達の後ろで手が挙がった。前にいた子達がよけると、さっきスープの毒味をしてくれた大柄な子が手を挙げたまま前に出てきた。さっきもこんな感じだったな。
「ええと、君はさっきの……」
「自己紹介とお礼が遅くなった。私、ニルダ。おいしいスープ、ありがとう」
朴訥な子のようだが、大きな体を折って丁寧なお辞儀をしてくれた。無造作に結っただけのポニーテールが、前に垂れるくらい深いお辞儀。その仕草や体格といい、纏ったぼろ布から伸びる手足のしなやかさといい、部活でバレーでもやっている女子みたいな雰囲気だ。
「ああ、お粗末様。俺は久我 貫(くが とおる)だ。よろしく」
「……? 粗末ではなかった。とてもおいしいスープ」
ふるふると首を横に振る姿が妙に可愛らしい。やはりあまり年長ではないと思う。
「いや、『どういたしまして』くらいの意味さ。で、質問だっけ? いや、その前に俺も広間に行くから、皆と自己紹介を済ませてからでもいいかい?」
「自己紹介は大事。質問はそれからで良い」
今度はこくりと頷いてくれた。
***
二十四人分の自己紹介は、日がすっかり落ちてしまうまでかかった。何しろ大半が子供なので、警戒が解けたらそれぞれ好き勝手に話し出すし、他の子が話してるときも横槍が入るのでなかなか終わらない。だが、とにかく二十四人の把握はできた。
一番人数が多いのはシエラと同じ銀髪褐色肌のエルフで、やはりエルフという種族なのだそうだ。妖精族の代表種でヒト族に次いで人口も多く、地方や信仰する神によって肌や髪の色が分れている。銀髪褐色肌は魔の森周辺特有の特徴なのだとか。魔力への順応性が高い者が多く、吸収できた魔力量に応じて長命になる。
人数は八人で、まず最年長のサミュエルとその妻アルセリナ、三十手前の夫婦に見える。加えて二人の息子で十五歳くらいのレオンシオ、娘で十二歳くらいのアルセリス、八歳くらいのアマリアの五人家族だ。サミュエルとレオンシオは、シエラに気安い口をきく俺のことが気に入らないようで、名乗ったあとは口をきいてくれず、その分、アルセリナと娘達が家族の話をしてくれた。
二組目は二十歳前後のエルシリアと十五歳くらいのエステラの二人姉妹。穏やかな雰囲気の姉妹で、エルフについては姉のエルシリアが丁寧に教えてくれた。そして、二十歳前後の青年ルシアノ。無口だけど実直そうな青年で、この集落にいる間は俺の指示に従うと言っていた。
次に多いのが六人のヒト族だが、こちらは全員子供だった。大陸全体としては一番人口の多い種族で、基本能力は高くないが欠点もなく、魔力の吸収による特殊能力の発現が最も多様な種族なのだとか。
十三歳のブルーノ、十二歳のベルティーナ、十歳のピエラ、九歳のルチア、七歳のテーア、六歳のフリオ。皆、口減らしのために森に捨てられた子供達で、ブルーノとベルティーナが下の子達をまとめている。俺もヒト族に見えるせいか、最初に警戒を解いたのがこの子達で、自分達のことや隠れ里の生活を口々に語ってくれた。
それから、動物的な特徴を持つ種族もいる。しかし、全てが獣人族というわけではなかった。
まず、コボルト族の女の子が一人。元の世界の創作ではゴブリンと並んでモンスター扱いされているが、ここでは妖精の一種族に数えられている。人型の犬そのものといった姿をしているが、獣人とはまた違う種族なのだそうだ。年齢は最年少の二歳だが人間の四歳に相当するという。
名前はララ。ダックスフンドの子犬みたいな顔をしていて、くりくりした目がとても愛らしい。将来はきっと美人になるだろう。美形の犬という意味で、だが。
何が気に入ったのか、熊臭いだろうに俺の服や顔の臭いをせっせと嗅いだあと、他の子と話している間に俺の膝の上に乗ってそのまま眠ってしまっている。
いわゆる獣人は二種族で合計五人いた。獣人族はコボルトのようにすっかり獣というわけではなく、獣の特徴を持った人間のような姿をしている。獣と人の比率は個人差があり、その現れ方もまちまちだが、獣の特徴が体表の五割を越えることは滅多にないそうだ。完全に獣の姿や、完全にヒトの姿になることもないが、特徴の比率や現れ方は成長に従って変化することはあるようだ。
十歳のロイと八歳のハンナの兄妹は獣人の中でも数の多い灰狼族という種族で、ロイの方はほぼ狼頭で首と前腕が灰色の獣毛に覆われ爪もあり、ハンナは狼の耳と尻尾、膝から下が狼の足になっている。もう一組は希少種の黒豹族で、黒豹の頭に人間の体という母ザイラと、その子供で黒い豹耳と背中に獣毛を持つ双子の男児、九歳のマルコとリーノ。ザイラはロイとハンナの面倒もまとめて見ているようで、腕白盛りの子供を持つ母親らしい、大雑把さと愛情の深さを感じさせた。
そして最後が、背中に鳥の翼を持ち、腿から下が鳥の足になっている鳥人族。種族全体の数はあまり多くないが、細かい小部族に分れており、それぞれ翼や足の形が違うのだとか。
俺が会ったのは、鷲の翼と足を持つ鷲翼族の三姉妹で、長女のノンナが二十代、次女のミラナが十代後半、三女のポリーナが十代前半らしい。三人とも年相応にスタイルも良く、シャープな顔立ちの美女なのだが、次女のミラナがやたら攻撃的で大した話も聞けなかった。
最初に名乗ってくれたニルダは森巨人という種族で本来は十メートルくらいある巨体なのだそうだ。数が少なく、魔の森のような辺境の奥地に隠れ住む種族なのだそうだが、ニルダはシエラの従者となり、その力を借りて今の大きさになっているという話だった。
***
「じゃあ、すっかり遅くなって悪いが、ニルダの質問を聞こうか」
もう晩飯の支度をする時間だとは思ったが、待ってもらった以上はニルダの質問にも答えておきたい。彼女の簡潔な話し方なら、そう時間もかからないだろう。
「私達に用意してくれた食事と、外の子達に与えた食事の違いには理由がある?」
小さく首を傾げたニルダは、そう予想外の問いを発した。やはり苦楽を共にした魔獣達にも良いものを食べさせてやりたいのだろうか。
「いや、人間用に味付けされたものを動物にやるのは良くないんだぞ?」
「違う。あの子達がもらっていた肉を私達に出さなかった理由を知りたい」
まさかの逆だった。コーンスープと肉なら確かに肉の方が上等に見えるか。
「昼は皆疲れ切っていたし、いきなり消化に悪そうなもの食わすわけにもいかないと思ってスープにしたんだが…… 普通に食べられるなら、あそこに並んでいる食料を晩飯にする予定だぞ?」
壁に寄せたテーブルに並ぶ缶詰や保存食を指さしてみたのだが、年長の人達やニルダからは戸惑ったような気配を感じる。見慣れない食べ物だからだろうか。
「あれは、保存のためにああいう形にしてある食料なんだ。俺の中では外の動物達にやった肉より上等な食料のつもりだったんだが……」
そう言うと、ニルダは安心したように息を吐く。そして俺の顔を見直して言った。
「魔物達に与えた肉から強い魔力を感じた。エルフや獣人にはご馳走に見える」
その言葉でやっと納得がいった。つまりはテディがあの肉を喜ぶのと同じ理由だ。俺からすればどうしても汚染された肉という印象がぬぐえないのだが、彼らには魔力を得られる食材ということになるのだろう。
「そういうことなら、あっちの肉も出そうか」
さっき鈴なりになっていたのは、動物達ではなく肉を見ていたんだな。ヒト族の子供達が前に出てなかったが、背が低いからだと思っていた。単に、肉の価値が分からなかったというわけか。現に、俺の言葉にエルフや獣人の子供達は歓声を上げたが、ヒト族の子供達はぽかんとしている。
「お世話になるのに催促までしてごめんなさい。そうしてもらえると嬉しい」
ニルダがまた深く頭を下げて言う。多分、俺が何か差をつけていると子供達に誤解させないために、敢えて図々しいことを言ってくれたのだろう。よく気がつく子だ。
***
変異豚の枝肉を二つほど出すと、あとはアルセリナとエルシリアを中心とした女性達が手際よく調理を始めてくれた。俺はといえば、ザイラに子供達の面倒を頼まれたので、素材用のジャンク品からいくつかボールを取り出して遊ばせていた。ボール遊びなどしたことのない子供達は、広場に設置した街灯の下、大興奮でボールを追いかけている。
ぎやかさに気付いたシエラが、広場に顔を出した。着替えを何種類か置いておいたのだが、強化レザーの黒いジャンプスーツを選んだようだ。俺の前でくるりと回り、視線だけで似合うかと聞いてくる。体の線がはっきり出るので少し目のやり場に困るが、スタイルの良いシエラには良く似合っていた。
「ああ、良く似合っているよ。着心地はどう?」
「うむ、とても良い。丈夫なのに何も着ていないように動きやすいな。狩りにも向いていよう。気に入った」
「まあ、もともと戦闘用の革鎧みたいなものだからな。保護したい部分に部品を足したりもできる。けど、神様なんだから専用の衣装を出したりできないのか?」
「神格が上がれば魔力次第でできるのだが、わたしのように低位ではできん。今はこの装束をわたし用の装束として力を付与しておる。元が良い品なので、今までのものより強いくらいだぞ」
隣に並んで立ちながら、そんな言葉を交わす。遊んでいる子供達に、優しい眼差しを向けるシエラ。やがて子供達にせがまれ、一緒にボール遊びを始めた。
こうして彼女が庇護していた相手を知り、子供達と遊ぶ様子を眺めていると、彼女が我が身を差し出しても守ろうとしているものが素直に見えてくるような気がする。
俺にとっては降って湧いた資産の一部を寄付したような感覚でも、彼女にとっては裏付けのない借入れだ。宙ぶらりんのままでは、つらいのだろうとも分かる。
結局、流されっぱなしの状態で責任を負わされるのが気に入らないだけだと、自分でも分かっている。それはあの人間くさい女神様のせいではない。他に何か柵があるわけでもなし、彼女が必要としているなら手を貸すのは吝かじゃないさ。そこに彼女を眷属として受け入れることが含まれている。ただそれだけの話だ。その先の関係こそ、時間をかけて作っていけばいいじゃないか。
心の中で決意が固まってくる頃、アルセリナ達が晩飯の支度を終え、俺達を呼ぶ声が聞こえてきた。
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