人体圧縮機で作るお手軽カロリーブロック
ひでシス
カロリーブロックの主成分って知ってる?
来世なんてない。魂なんて無くて、意識は脳内の電気信号で、肉体は電気じかけの筋肉で出来たオモチャだ。カルマなんて溜まらないし、死んだら無だ。
そんな私は、共産主義者の唯物論者だから、成仏できないんだろうと思う。
*
「わ~すごい! 惑星間転送機施設の中って、こうなってたんですか~」
「じゃあここに座って。今日は仕事の流れの説明だけして終わろうと思ってるから」
惑星間転送の技術が確立されてからもう久しい。昔は人間を液状化してドラム缶に詰めて運んでいたと聞く。その中で、不幸にも食品用の材料と間違われて消費されてしまった事故もあったんだとか。時代はもう少し進んだ。
人類の肉体に対する信仰もだいぶ薄れてきてて、「水とかカルシウムとかどこにでも存在する元素は抜いてから運ぶと便利だよね」ってことになって、今や人間をロケットに詰め込むときにはカロリーメイトのサイズまで圧縮するようになった。ホントは肉体組成をスキャンしてデータだけ転送してもいいんだろうけど、こっちに残されたオリジナルの肉体はどうするんだって話になる。今でも人間を運ぶのにわざわざ組成の一部の搾りかすみたいなのを運ぶのは、やっぱり魂は肉体に宿ってるって考えてる頭の硬い人たちがいるからだろうな。魂なんてホントは無いのに。
*
私はある田舎星で惑星間転送施設のオペレーターをしている。オペレーターといっても今の仕事はほとんど全自動であって、この施設には常勤は私一人しか居ない。することといえば、機械の指示に従わない人に対するマイクでのアナウンスと、機械のお世話ぐらいだ。その気になればなんでもしたい放題である。
今回新しくバイトの子が来てくれるということで、今日はいつもの仕事もしつつその子に仕事の説明もする。
モニターには全裸になった女性が映っている。衣服を剥がれて、大きな装置の中に入れられて、オレンジの光で照らされている彼女は少し不安そうだ。機械の準備ができたのか、圧縮行程が始まった。
「基本的にはこの機械で一人づつ身体を圧縮するのよね。大雑把に言うと、第一段階でカルシウムとかマグネシウムを抜いて、第二段階は水分を抜く。第三段階で、タンパク質をケイ素に置き換えたり架橋したりしながらカロリーメイトサイズまで圧縮するの」
私はモニターを示しながら説明を続ける。これらの工程も基本的に全自動だからやることはないのだけど、プロセスに対する理解は大切だ。
「へぇぇ。50kgとかの人間がそこまで小さくなってしまうんですねぇ」
「ええ。おもしろいでしょ。ちょうどこの人が仕上がったみたいね。見てみる?」
『圧縮行程完了』『パッケージング完了』のサインを見て私は機械の方へ歩いて行った。メンテナンス用の扉を開けると、一本満足バーのように個別包装されたバーコード付きのパックを拾い上げた。
「うわっ 包装もなんだかホントにカロリーメイトみたいですね」
「見た目はね。はい、持ってみて」
「あっちょっと重い」
「ケイ素って石だからね。開けて中身も見てみようか」
ピリリーとアルミ蒸着フィルムの包装を剥くと、直方体型に小さく圧縮された女性の彫像のようなものが出てきた。押し固められるのが恐かったのだろうか、手が壁を押し返す感じになって顔はギュムーと押し付けられるような感じで固まっていた。
彼女が硬く固まっていることを示すために、机の端でコンコンと叩いてみる。硬質な、石のような音が跳ね返ってきた。
「ね? 硬いでしょ。こうやって水につけても大丈夫だし」
と言いつつペロリと舐めてみる。味はしない。
「ええ、ちょっと、そんなことして大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ、ここ統括してるの私だし。後輩教育後輩教育」
と言いつつ私は石像をチャプチャプとコップに入れた水で洗って、服の端で拭った。あとは装置に戻して、『パッケージング』の段階からやり直すだけだ。
*
(グゥゥ……)
バイトの子のお腹が鳴る。チラリと顔を覗くと、ポッと赤い顔をされた。そういえばもうすぐお昼時か。ちょうどいい。私はお昼休憩を取らずに説明を続けることにした。
*
「圧縮される人ってどこまで意識を保ってるんですか?」
「そうね。タンパク質をケイ素に置き換えていくあたりで意識を失う人が多いみたい。だから、カルシウムを抜くときとか水分を抜くときとかはすごいわよ。『ウワアアアアアア!!!!』って感じ」
「はぁ…。。。」
「ケイ素以外を使うとおもしろことがあるんだけどね~。じゃあ圧縮プロファイルの説明をしよっか」
人間の圧縮方法というか、圧縮された人間の規格というのは全宇宙で統一されてる。出来上がりのサイズ、置き換える組成の割合などには決まりがあるのだ。ただ、政府要人を運ぶときなどは、出来上がりのサイズを倍にしたりなどする。そのために、人体圧縮装置では各パラメータを細かく調整できるようになっていた。そのパラメータのセットが圧縮プロファイルである。
「ふんふん。政府専用ロケット機の場合はこのプロファイルを使うんですね。…あの、一覧にあるこの『グミ』とか『カロリーブロック』とかのプロファイルってなんなんですか?」
「う~ん、いいところに気付いた。じゃあ、そうだねぇ…。あの8番目の子に試してみようか」
私はモニターに映った、ラインの上で服を脱いで恥ずかしさからか少し震えてる、健康そうな少女を示した。
「プロファイル選択の方法はさっき説明した通り。やってみて。」
「はい。ええと、ここから対象を指定して、このボタンを押してプロファイルを変更して……『グミ』ですか?」
「じゃあこの子を『カロリーブロック』、別の…この12番目のプニプニした子を『グミ』にしようか」
「はい。分かりました」
バイトの子は飲み込みも良く、教えた通りに彼女らのプロファイルを『カロリーブロック』と『グミ』に変更した。
*
第一段階は特殊なガスと霧を交互に吹き付けながら、人体からカルシウムを抜いていく。大抵の人間はここで身体に力が入らなくなって、床にへたり込んでしまう。『カロリーブロック』になる子も同様の経緯をたどった。
第二段階の水分抜きはもっとしんどいらしい。今度は逆に乾燥した空気を高速で断続的に吹き付けて、身体の水分を奪う。暑いのか、それとも身体が火照っているのか、「ハァハァ。。。」と息を切らしながら『カロリーブロック』の子は水分を抜かれて少し小さくなった。
第三段階は金型で潰されてしまうのでよくわからない。装置の部屋の中を身体をケイ素で置き換えるための溶剤で満たして、フニャフニャにほぐしながら型にはめて圧縮していくからだ。狭い金型にアームで押し込まれて上から蓋を被せられ「アアアアアアア!!!」と最初は声を上げていた『グミ』も、ふやかす→より小さな金型に入れるの工程で身体を小さく押し込まれていく中で、声を発さなくなっていった。
*
『カロリーブロック』と『グミ』が出来上がると、少し休憩である。
「あの、『カロリーブロック』の子と『グミ』の子がコンテナに載せられてないって警告が出てますけど」
「ああ、管理者パスワードは“123456”だから、ログインして強制的にエラーメッセージを削除しておいて。ちょっとご飯にしましょうか」
そう言いながら私は装置の別の引き出しを開けた。
「圧縮プロファイルって出力先も変えれるのよ。『グミ』とか『カロリーブロック』とかは全部ここの引き出しに出てくるようになってるから、覚えといてね」
私は個別包装されたそれらを取り出すと、淹れたての紅茶の横に置いた。
*
「カロリーブロックの主成分って知ってる?」
「小麦粉とバターでしたっけ」
「そう、正解。あれってビスケットみたいなもんだからね。じゃあ、グミは?」
「ゼラチン…と水飴ですかね」
「それも正解。この組成割合を上手く決めるのに、私も苦労したんだわ」
と言いながら私は『カロリーブロック』と『グミ』の包装を破いた。中から出てきたのはさっきまでラインに乗っていて今は小さく押し固められた少女たちである。さっきの硬い彫像と違うのは、『カロリーブロック』は香ばしい小麦とバターの匂いをさせていて、『グミ』はストロベリーの匂いがするところだが。どちらも少女特有の甘い年頃の香りも漂わせている。
まずはカロリーブロックをポキリと二つに折って、上半身をバイトの子にあげる。上半身はおっぱいがあるからかミルクの香りが強くて、下半身は太もものおかげかバターの香りが強いのが特徴だ。
「はい。あげる」
「ええ! ちょ、ちょっと!! これってさっきの女性じゃないんですか!?」
「ええ、そうよ。カロリーブロックにしたら美味しそうだなって子をチョイスしたから、見て。すごく美味しそうな香りでしょう」
(ぐぅぅ…)と彼女のお腹が鳴る。
「そんな、人を食べるだなんて、問題があります!!」
「じゃあ、もったいないけど捨てちゃおうかしら。だって、どうせこうやって折っちゃったんだからもう復元できないし。もったいないけどゴミ箱行きしかないわ」
ゴミ箱に向かって投げようとするふりをすると、彼女はぐっとその手を掴んだ。
「……わかりました。じゃあ、いただきます…。。。」
カロリーブロックになった女性は小麦色の肌をしていただけにカロリーブロックになっても美味しそうな小麦の香りを漂わせていた。顔は、彫像のものと同じように苦しみに少し歪んでいる。
バイトの子に差し出すと、少し迷った後に、口に含んだ。そしてためらった後に、サクッ、サクサクサク……と咀嚼を始めた。
私もいただこう。いつもと同じように下半身をむさぼり始める。サクサクサク。私の見定めは合っていたようで、少女バターの香りの漂うカロリーブロックの中でもかなり美味しい部類に入る女の子だった。
「ねぇ、『どこまで意識を保ってるんですか』って質問だったけど、答えてあげる。あれね、こうやって人体の組成を置き換えずに食べ物を作ると、どうもずっと意識が残ってるみたいなのよ」
「……えっ」
「さっき上半身を口に含んだときも、『アッアッ』みたいな声が聞こえなかった?」
「た、たしかに聞こえたような…。。。」
(もしそうなら、私は、人を、意識のあるまま食べたことになる)といった絶望の表情で彼女はこちらを見てきた。
「カロリーブロックだと動けないからなかなか声も聞こえづらいなんだどね。だから、ほら、『グミ』だと……」
今度は『グミ』を私は手にとった。グッと強く握ると、かすかに「…アアアッ、…。。。」みたいな音が聞こえる。心なしか苦しそうな表情も、悲しい顔に少し変わったようにみえる。
もう一度ギュゥゥと握りしめながら、今度はバイトの子の耳元に持っていった。「アア……、…ァッ……」
バイトの子が『グミ』を盗ろうとするよりも素早く、私は『グミ』を自分の口に運んでいった。顔をペロリと舐めると、唾液で顔がヌラリと光る。ストロベリー味。口に含んで奥歯で圧迫すると、心なしか『グミ』が震えた。気に留めずにブチリと噛みちぎって、残りをバイトの子に手渡す。
「(クチャクチャ)ね。食べてみなさい。美味しいわよ」
「そんな……、でも……」
「これは上司命令です!」
ピシャリと強く言うと、バイトの子はしぶしぶと『グミ』を食べ始めた。最初はしぶしぶという感じだったが、次第に普通にお菓子を食べているように食べていく。足まで全部食べきると、彼女は『グミ』を咀嚼し終わって飲み込んでから、紅茶を一気飲みした。
**
「やっぱり人間を食べるのはよくないと思うんですが……」
「でも、昼食が出ないってこの仕事ヒドくない? これは労働者の正当な権利よ。あっ、その子美味しそうね。マシュマロにしてちょうだい」
「はい……。でも、やっぱりかわいそうだし、やめた方が……」
「次の子は、う~んと、ゼリーかな。あなたも食費が浮いて助かるでしょ。それに、こんなに美味しいお菓子を食べれる機会ってそうそう無いわよ」
「はい、ゼリーですね。う~ん、でも、やっぱり彼女らにも魂があって、」
「おもしろいこと言うわね。もし魂が実在するのなら、この施設は幽霊だらけよ。データベースの管理者権限持ってればちょろまかして絶対にバレないんだし、もっと正々堂々と食べる子を選んだほうがいいわよ」
「う~ん。あっ、わたし、この子をプリンにして食べていいですか?」
「そうそうその調子」
プリンみたいな、食べられてるときも動くものを選ぶだなんて、彼女も成長したわね。お菓子のプロファイルももっとバリエーションを増やしたほうがよさそうかな。人間を食べる背徳感が薄まってきて、純粋に美味しさから女の子を選ぶのができるようになってきたバイトの楽しそうな顔を眺めつつ、私はそんなことを考えていた。
【おわり】
人体圧縮機で作るお手軽カロリーブロック ひでシス @hidesys
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