エピローグ

エピローグ

 人型の魔物、今までにない新種との戦闘は勝利に終わる。このデータを基にこの魔物の分析も行われている事だろう。

 この戦いの結果、第一から第三部隊、全部隊が出撃し、多大な被害を帯びた。やはり死者を出してしまったのは目を絶対に瞑ることが出来ない結果だ。だが、凜の登場、一瞬で魔物を倒しきったことが幸いし、かなり数を抑えられたのも事実だった。


 そして今、課長に笠木と亮人は呼び出されていた。

 課長は笠木に鋭い目で睨んでくるが笠木は一歩たりともひかず、前に出た。

「シラトラを扱う彩坂凜と言う存在はとても大きい物です。何よりあそこまでシラトラを扱いこなすことが出来る人物はボーダーラックにはいません」


 課長は無言で笠木を見つめたあと、ゆっくり口を開いた。

「……、つまり、君はシラトラを放置すると言いたいのか?」

「そうはいいません。ただ、彼女自身、我々ボーダーラックに加担はせずとも抵抗する事、敵になる事はないと言っています。勿論、これを鵜呑みにしてのちに敵対されてはひとたまりもありませんが今のところ信じてもいいのではないでしょうか? 実際、彼女のおかげでかなりの部隊員が救われましたし、彼女の目的はあくまで魔物です」

「じゃあ、MOATのあれはどうする?」


 あの戦闘の後にもMOAT社、佐久間の生存は確認されている。そしてスラッシャーの健在も確認済み。つまり、まだ、いつでも佐久間と出くわせば全滅させられる恐れは十分にある。笠木もそれに対し、少し歯切れが悪くなった。

「それは……、新しく開発されるシステムで対抗は出来るかと。それにどちらにしてもシラトラを抑制するために新たなシステムは必要でしょうし……」

「ふん……」


 課長は鼻で笑うと今度亮人の方に首を向けた。

「一応聞いておこうか、泉。お前はシラトラを扱う者を信用できるのか?」

 何でこんな質問……、答えは決まっている、自分に責任を押し付けられてもいい。

「はい、信用していいと思います」

「実際、彼はシラトラの装着者と共に行動し人型を殲滅しています」

「所詮は七光りの言葉、行動だからな」

「課長、お言葉ですが、もし泉が所詮七光りなのであればあの魔物にとどめはさせませんよ」

「部隊長……」

 思わず笠木の方に目を向けてしまった。課長は大きなため息をつき呆れたように背もたれにもたれかかる。腕を組み、足を組むともう一度大きなため息をついた。

「だからと言っても、シラトラを野放しにできると思うか?」


 そんな時、後ろのドアが静かに空いた。

「しゃ、社長!?」

 課長が慌てて組んだ足を戻し姿勢を正す。その中、社長、亮人の親父はゆっくり課長に近づいて行った。

「まあ、今回はそうするとしようじゃないか。実際、シラトラに救われた場面は多々ある。いつでも出動可能と言う訳では無いらしいがな……。もし問題が起きれば、こいつらが対処してくれよう……、するよな?」

 親父ににらまれ思わず反抗的にでた。

「言われなくても」

 それに対し親父は笑う事も怒る事もせず無表情のまま課長の肩を叩くと部屋を出ていった。



 その後、いろいろ課長から意味もなさそうな愚痴をいくらか聞かされた後、解放され部屋を出る。笠木は相変わらず表情を変えずすたすた歩いていくので後を付きながら話しかけた。

「部隊長……、人型のデータ、御覧になられたのですね……、ありがとうございます」

「別に感謝されることじゃない。今後のためにデータを見るのは基本だし、部下のやった仕事ぐらい確認するのは常識だ」

「でも、課長の言葉に庇ってくれたのは……」

「部下を大切に思って何が悪い」


 そう言うと、笠木は急に止まり振り向いた。余りの唐突さに警戒してしまったが笠木はしばらく亮人を見つめると呆れ半分ににこりと笑った。

「よくやったな。いい結果が出たじゃないか」

「……、本当に今回の結果、俺に称賛される価値有りますか?」

「どういうことだ?」

 亮人は真剣な眼差しで笠木の方を見据えた。

「俺、別にほとんど何もやってませんよ。終始、凜に任せっぱなしで、言うなれば良いところ取りみたいな感じになっちゃいましたし」

「まあ、そうかもしれないが、でもあの時泉が倒さなかったらお前はここにいなかったかもしれないし、凜って子も今、学校に通っていなかったかもしれない。第一、あの魔物がこの街に未だのさばっていたかもしれないのだ。立派な事をやったよ。別に自慢できるほどではないかもしれないが、自分に誇り位持ってもいいと思うぞ。七光りなんかじゃない自分にな」

 そんな風に亮人の肩をポンと叩くとまたすたすたと歩き始めた。そんな笠木の姿を見て亮人は確かに少し清々しい気分にも慣れた。少しは……、打ち勝ったかな、自分に。



 公園のベンチに座り缶コーヒーを飲んでいた。こんな事をしている自分は何か中年臭いな、と思いながらもぼーっと飲み続けていると向こうに見慣れた高校生が歩いてみるのが見えた。

「おーい、凛!」


 と、手を振って呼んでみたのだが何故か凜は顔を真っ赤にしてそっぽを踏むと別の方向に向かってすたすたと歩き始める。一瞬、人違いかと思ったが流石にそれはないと缶をゴミ箱に投げ入れ追いかけ、凜の肩に手を乗せた。

「キャッ!? この!」

「うわっと!?」

 急に足払いが来たが何となく予想はしていたのでジャンプしてギリギリ避ける。

「か……交わした……だと」

 ガンッ! 痛っ!?

「……、でも結局着地に失敗して腰から打つとか、哀れだな……」

「…………見なかったことにしてください」

 せっかく魔物のとの戦いでの痛みも癒されたころにまた痛みがぶり返してしまった事を全力で意識しないように何もなかったような振りをして立ち上がる。


「で、やっぱり凜は凜だよな。初対面の人にいきなり足払いをかますのはまずいないだろう……、凜以外には」

「べ……、別に問答無用で足払いするわけじゃない。危険を感じたから自己防衛をしただけだ」

「う~ん、じゃあ、危険を感じたから俺を見て直ぐに逃げられたのか……、なんかショック」

「い、いや! そういうことじゃない! そうことじゃないぞ!」

 凜は再び真っ赤になりながら首、手を全力で横に振りだす。何度も首が取れるかと思うほど振りまくって止まったと思えば、妙に息を切らして……、竹刀を取り出した。

「な、なあ。照れ隠しに竹刀振り回すのはやめようぜ。剣士としてどうよ」

「うるさぁい!」


 しばらく公園の中を走り回ったがやがて(脳天直撃を食らって)終わる。相変わらず顔を赤めたまま何とも可愛らしいムスッとした顔でベンチに座り込んだ。亮人は頭を押さえながらもそのベンチの腕置き部分に体重を乗せる。

 そのまましばらく、無言の間が過ぎ、風でなびく木や草の音だけが耳に残る。また、その風が凜の短い黒髪も揺らす。それを凜は手で押さえるような仕草をするとちらりと亮人の方を見てきた。


「その……、あたしはだな。とにかく自分に強くなりたかったのだ……。強い自分に」

 しばらく凜の方を見つめたが凜の赤めた頬に自分がどうかなりそうになったのでそっぽを向く。

「俺も……、似たようなもんだ。七光りなんて言われる自分を超えたかった」

「そうか……。あの魔物を倒したのも泉だったし……、意外にも強いのだな」

「意外って……なんか、またショック……」


 で、また沈黙が訪れてしまった。風だけが嫌に響き自分の耳元をくすぐる感覚。だけれどもそれすら通り越して凜の姿に刺激を感じる。やがて、風は止み後ろで音を立てていた噴水も息をひそめ、本当の静けさが始まる。その中、凜は小さく口を開いた。

「あたしは……泣くのは弱い事だと思っていた。何もかも自分でやらなければいけない事だと思っていた……。自分で全てをこなすために強くならなければ……、勿論それは今も変わらない」

「…………」

 凜から不思議な雰囲気が醸し出されていた。でも、前の時とは違う不思議さ。といってもどちらも不思議だからよく分からない……、て、これすらもよく分からないな……。

「でも……」

 すっと凜は立ち上がった。一歩、一歩、ベンチから離れていく。本当に静かなひと時でその足音すら聞こえないと思えてしまうほどに。そしてそんな静かな動作で凜は首、顔だけをこちらに向き直した。

「助けられるのもいいな……。その…………、ありがとう」

 さらに真っ赤になっていく凜の表情。心なしか息が荒く感じだが凜はすうっと息を吸い込むときりっと、表情を整えた。


「……、かっこよかったぞ」

「ッ……!」


 そう言うと凜は直ぐに首を元に戻し、スタスタと公園を出ていく。それと同時にまるで何か祝福されるように噴水まで吹き出し始める。スタスタ、急ぐように歩いているのではあるが、やはりその後姿から醸し出される凛とした姿に亮人は心の底から思った。



 凜の方こそ、かわいいし、かっこいい。

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シラトラ 亥BAR @tadasi

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