或る肖像


この雨に、絵を描こうと思った、

或る肖像を、

透明なシャボン玉の輪郭をもった、

切ない眼差しの少年の横顔を



雨、僕の中に住む君の姿は

透明な瞳をしたさみしい少年

此処ではない、遠い彼方を眼差す

何かを待っている、少年独想家



──ぼくと二人で会うときだけは

あなたはいつも煙草を吹かして

そのとき見せるあなたの横顔は

いつもの優しい顔とは違った

ちょっと鋭い目で、遠くを見つめて

ぼくはなんだか悔しかった


でも、


あなたは他の人がいるときは

ぜったい煙草なんて吸わなくて

ほんとは一人でいるときしか吸わないんだって

これはおれの弱い姿で、ほんとは誰にも見せないんだって

そうしてぼくの前でだけは吸ったりして

そのことは不思議と、少し嬉しかった


あなたが雨の日に作っていた詩は

ぼくには難しくて、でもなつかしくて

言葉は光に霞んでいたけれど

それでも書かれたのはぼくだとわかって


ぼくはあなたに、憧れの人に

あなたのようになりたかった

あなたのように言葉を操って

あなたと同じ世界に生きたかった──



透明少年は憂鬱に微笑んで、

雨の降りしきる夕刻に振り返り

雨垂れのしたたる細い黒髪は

夕霧の向う側へ、霞んで消えてゆく


その細い首すじのせつなさは

泣き出しそうな声で顫えて

ひとつの言葉になろうとしていた


湿度100パーセントの汗ばむ午後に

雨はまだ音を立てて降りしきる


詰まった喉のおぼろげな言葉は

それでも美しい一行の詩となって

まだ僕のなかに渦巻いている


僕の中に澄む少年の姿は

霞立つ雨の中、よみがえる面影は

まっさらなキャンバスに透写され

揮発しない雨の結晶になる


僕はその横顔に一行の詩をつけて

そっと机の中にしまった

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【詩集】雨に捧ぐ―無価値な抒情詩 悠月 @yuzuki1523

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