エピローグ/後日譚
『件名:<件名なし>
to.<黄木凛>
From.白形虎子
内容:神社の損傷はどうだ?私の
方はかなり元気だ。体を動かした
くてうずうずしている。今そちら
に向かっている最中だ。それにし
てもお前の口から「神社の掃除を
しよう」とは驚いたぞ。傷を作ら
ないようにだけ気を付けるんだぞ
虎子より
』
その液晶を見ながら物思いに耽る。休んでいた間に彼女は委員長から携帯電話の操作を伝授されたらしく、以前に比べて達筆さを感じさせた。女子であったとしても、三日会わざれば刮目して見よ、ということか。
胸ポケットに携帯電話をしまい、その上から手を置く。心の脈打つ音が伝わる。手は静かにそれの声を聞く。
結局のところ、黄木凛という人物は二度死んだらしい。
最初は、『ききりん』が死んだ。
次に、『黄木凛(俺)』が。
そして、三度目の生を受けた。
ここにいる自分はいったい何者なのだろう。
哲学者ルソーは第二の誕生を説いた。「我々は、いわばこの世に二度生まれる。一度目は生きるために、二度目は存在するために。」もしもそれに三度目があるのなら、何のために生まれるのだろう。何を目的として生きていくのだろう。その答えはまだ分からない。
ただその新しい人生は痛みに晒されるだろう。成長痛のような、陣痛のような、存在を確かめるための痛みに。二度目の誕生の時に忘れてきた、痛みに。
三度目の誕生により、ようやく自分は存在する。
「俺は俺で、黄木凛は黄木凛、か」
黄木凛/俺は工具入れから玄翁を取り出す。木目に沿って大きく割れた亀裂と向き合う。
あの洪水から三日が経った。洪水の被害で本殿の一部が決壊した。そのおかげで、そこに溜まっていた白形虎子の願いが川に流れ出したのである。それをコムライスが仲介に入り、自分の体内に心として再構築させた。コムライスはそのまま自らを魂に変化させ肉体の蘇生にあたった。そうして死ぬはずだった肉体は息を吹きかえすことに成功した。結果的に言えば、あの洪水は怪我の功名に落ち着いたことになる。
しかし、そのままにして置くには忍びなく、工具を持ち出して修理をしている最中だ。それが自分ができるせめてもの恩返しだ。
「と言っても、釘とか打っちゃダメだよなぁ」
『蛻・縺ォ縺?>縺ィ諤昴>縺セ縺吶¢縺ゥ(別にいいと思うけど)』
『だ、ダメですよ! せっかく新しくできるんですから、もっとナウでヤングな感じに……!』
そんなことすれば、神がお許しになっても神社本庁の方々がお許しにならないだろう。一応、ここは神社本庁の管轄ではないらしいが、神主が夜逃げの際に、その筋の人に後のことを頼んでいたらしい。最初は掃除くらいはしていた気はするが、最近は顔すら見ていない。
『と言いますか、あの時川の氾濫と一緒に凛さんの身体から出て行ったんじゃなかったんですか、疫病神さん!』
『險?縺?セゥ蜍吶?縺ェ縺??∝?戊誠逾(言う義務はない、堕落神)』
『だ、堕落神……?! 言ってくれますねヽ(`Д´)ノ!! 一つの身体に二つも魂は要りません! 出て行ってください!』
『縺ゅ↑縺溘↓莠コ縺ョ鬲ゅ?闕キ縺碁?縺溘>縲ゅ≠縺ェ縺溘′蜃コ縺ヲ陦後¥縺ョ縺後>縺(あなたに黄木凛の魂は荷が重たい。あなたが出て行くのがいい)』
『なっ(゚д゚)…?!』
コムライスと疫病神は、他人の身体の中で勝手に言い争いを始める。
コムライスは虎子の願いを届けるため、黄木凛/俺 の中に入った。死んだと思ったため、コムライスは息を吹き返させるように存在に同調した。
そして、黄木凛/俺 の魂になった。
しかし、実際には疫病神は外に出て行かなかった。つまり自分の中には今、二柱の神が混在している。そもそも、二人は元々共通の存在であったはずだ。それが一つになったと思えば、歪なりとも元通りに戻った、と言えるかもしれない。
なので、自分が通訳することなく、互いの言葉を通じ合えているわけだ。
さらに、疫病神はコムライスと混ざったことにより、『疫病神』ではなくなった。堕落神と言われても神であることに変わりなく、その神性で『厄』は中和され変質した。ただ、その神性が足りなかったらしく、全ての『厄』が祓われたわけではない。幸運も不運も引き寄せてはバラ撒く悪運な存在、いわば『福の神見習い』と呼べるかも知れない。明日の運勢は鬼が出るか蛇が出るか。『神のみぞ知る』ではなく、『神すらも知らない』というわけだ。
亀裂の隙間に小さく風を孕み、ひゅーひゅー、と音を立てる。まるでそれは呼吸音で、生きているようだった。
その隙間から一陣の風が山を吹き抜け、境内に砂埃が起こる。
「こ゛ほっこ゛ほっ゙!!」
そこにいた人物が埃を呑んで咳きこむ。その掠れた咳だけでもそれが誰かは判断が付いた。
境内の方を覗く。そこには箒を片手に持って咳をするブミヤがいた。足元には集めた落ち葉が散らばって、それを見ては悪態をつく。
「くそぉ゙、なん゙て゛俺ざまか゛…゙…゙!」
禊としてブミヤには"修理代"を頂いている最中だ。
前の一件の後でアンを伝てにブミヤから"修理代"を貰った。
しかし、滞納中の家賃を支払うことをすっかり忘れていたコムライスがネ申ネトに戻ると、自宅があるはずのそこは真っ新な空間になっていた。あの時は思わずこんな感じで顔を見合わせた。
『( ゚□゜)…… ……( ゚д゜)
( ゚△゚)……?……(゚д゜ )
(つ□⊂)…ゴシゴシ…(つд⊂)
_,._ _,._
(;゚A゚)…!エッ?…(゚Д゜;)』
役所に問い合わせると、「迅速に家は撤去しました(ニッコリ」と笑顔で返された。しかも、遠回しに「あなたはゴロツキです(ニッコリ」とレッテルを貼られたことを懇切丁寧に説明された。さらに、「次の住居先の例を用意しております(ニッコリ」とも言われ、高価格のネット物件が載ったパンフレットを渡された。つまり、「ネ申ネトにお前の住む場所はないから追放です(ニッコリ」という形になった。ブミヤからの"修理代"は、住居代くらいならまだしも、ネットで新居を買えるだけの信仰ではない。ほぼ一文無しの家なき子になっていたのだ。
そこで新しく住居を構えることになり、皆で協力している最中だ。
ただし、すぐに絶好の空き家を見つけた。それは山の中腹にあたりの川の隣にある。少し寂れた雰囲気の場所だが、住み慣れた実家のような安心感が売りだ。コムライスもさぞ住みやすいことだろう。
「テメェ゙ーらのためにしてん゙し゛ゃねぇからな゙っ゙?!」
「そんなツンデレのテンプレート台詞みたいなことを……ぽっ」
「違ぇ゙よ! 普通に嫌っ゙でん゙た゛よ!゙!」
「アンタのことなんて全然嫌いじゃないんだからね!(はーと」
「遠回しに嫌っ゙でん゙し゛ゃねぇ゙が! 普通に嫌い゙っ゙で言え゙よ!!」
コムライスからあとで聞いた話だが、実はブミヤにも助けられた。お宮から流れ出した虎子の願いだったが、黄木凛/俺の身体と繋げるには、神性のないコムライス一人では距離がありすぎた。しかし、偶然にもそこには繋ぐための装置があった。ブミヤが現実に構成したネットワークだ。それを使うことで、何とか二人のあいだを繋がることができた。つまり、影ながらも命の恩人ということになる。
残念なことに当の本人は気絶しており、そのときのことを全く認識していないが。
(((ぁはろろーぉ♡)))
拝殿からくぐもった声が聞こえる。少し薄暗い中からノートパソコンの液晶特有の電光が見えた。アンが通話に来たのだ。今日はアンとビデオ通話をする約束をしている。
アンにもお世話になった。ブミヤの時はもちろんだが、川が決壊したときも知らず知らずのうちにお世話になっていた。あの時、コムライスを後から追っかけていたアンはあの洪水に巻き込まれた。咄嗟に、自衛のため水を細かく操って、あの激流を千切っていったそうだ。結果的に河川が氾濫したにも関わらず、この街への洪水被害は最小限に留まった。『神のご加護か』と後日のニュースでは紹介されていた。さすが水の神の肖像権を借りていただけのことはある。ちなみに、その時一緒に巻き込まれたブミヤを下流で受け止めたらしい。つまり、ブミヤにとってアンは命の恩人ということになる。なので、ブミヤはあくまで『アンのために』境内の掃除をしている最中なのである。なんだかんだ義理堅いやつだ。
アンに恩返しするのはブミヤだけではない。街に被害は出なかったが、代わりにアンは神性を大幅に消費した。これからその『貸し』を、この新拠点で返すところだ。
(((ぃじゃあ、始めちゃいますかーぁ?)))
「そろそろ始めるけど……と、その前にちょっとだけ」
賽銭箱の前に立ち、真正面から神社と向き合う。
ここは自分たちの想いが複雑に絡み合った場所だ。偶然が重なって運命が絡み合った場所。因縁の地、と言えるかも知れない。だからこそ、ここを新しい場所に変えようと思う。新しく信仰を集められる場所に。今からここを神と人が祀られる、約束の地にしよう。
握った五円玉を、賽銭箱に放った。それはちりんっ、と小気味良い音を立てる。そして、二礼二拍手一拝の所作のなかで、はじめてのお願い事をする。
『私たち、神と人で考えた』
『譁ー繝√Ε繝ウ繝阪Ν驟堺ソ。(新チャンネル配信の)』
「『レボ☆レクちゃんねる』」
「成功しますように」
正直、まだ感情や心については実感がわかない。だけど体の奥底にあるはずの心が、いつか芽が出て花を咲かせられるよう、大切に育んでいけたら、と願う。今度こそ、死んでしまわないように。
せっかくの自分の人生だ。方向は 黄木凛/俺 自身で決めよう。
(((早くぅー、始めないんですかぁー?)))
「ああ、今行くー」
と、その前に。
「送信、と」
『件名:もう始めてるよ
to.<白形虎子>
From.黄木凛
内容:
\(≧∇≦)/
』
ネ申はネットにあふれすぎている 柳人人人(やなぎ・ひとみ) @a_yanagi
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