The Fool:愚かなるのは


「……やめなさい。ここで手を上げたら、あなたの立場が悪くなるだけよ」


 激昂して、軍団長へと襲い掛かろうとした俺を止めたのは、外でもない彼女だった。その手は少しだけ暖かくて人間味を感じたが、その膂力は人間のそれではなかった。このちぐはぐさこそ、『少女兵器群』の特徴の一つ。


 そんな途方もない力で引き止められては、流石に俺の思考もクールダウンしてくる。ぐっと握った拳をほどいて、そのまま睨むように軍団長を見据える。


 軍団長は俺のそんな視線を受けて、しかし飄々と茶などをすすっている。その動作に少しだけ苛立つものはあったが、手を出すわけにもいかず、ただゆっくりとその場で強くこぶしを握り締める。


「……些か冷静とは言えないが、話ができるくらいに落ち着いたようだね。じゃあ改めて自己紹介と行こうか」


 柔和な表情と態度は裏腹に、いちいち言動が癪に障る。まるですべてが芝居であるかのようにふるまうこの男を、俺は好きになれそうになかった。


「私の名前は、アーディン・ブライ・ホーランド・マッカートニー。……ああ、アーディンが家名で、他は全部名前さ。両親が優柔不断でね。適当に、もしくは親しみを込めて、ホーランドと呼んでくれたまえ。さ、君も自己紹介したまえ。おっと、形式ばった挨拶じゃなく、君らしい挨拶で、だ」


「……ヴィオラ・レーシュテイン。レーシュテインが家名で、ヴィオラが名前だ」


「ヴィオラ! 古代語で優しき人を意味するヴィオラか! なかなか洒落た名前を付ける親御さんだ!」


「……それでホーランド軍団長、この少女に服を着せてもいいだろうか。年頃の少女をずっと裸身で放置し続けるのは趣味じゃない」


 名前の由来など、そうやって大層に語られるほどのものでもない。それにコイツはただ単純にイラつく。だから俺はその話題をスルーして、この少女に服を着せるように話の流れを持っていく。


 ホーランドは少しだけ驚いた顔をしたのちに、少女に服を着るように促した。こくりと一つ頷いた少女はそそくさとワンピースを着なおすと、凛然として俺の横に佇んでいた。……まるでそれが当然であるかのように。


 だが、あえてこの場でそれを追求する必要もない。隣の少女の準備が完了したことを見計らい、軍団長に向かって吐き捨てるように言葉を投げかけた。


「……今日はここで失礼します。何か御用の際は伝令兵を通じて。では」


「待ちたまえよ、ヴィオラ君。君は一つ重要なことを忘れている。……いや、二つかな?」


「何か、忘れている? それはなんですか?」


「一つは君が任務を行う場所、二つは上級将官たる優雅さだよ。精進したまえ、若く猛き将官よ」


 そう言いながら、机の上に二枚の書類を取り出す軍団長。それが配属先が記された神であることは、誰に言われずとも理解できた。


 今この時、この場……もっと言うならこの言葉だけなら正しいことだと、俺はその紙を、半ばふんだくるようにして手にし、軍団長室を後にした。


「……で、なんで当然のようについてきてんだよ」


「当然でしょ。あなたは私の管理人よ。私には管理される権利と義務が、あなたには管理する権利と義務があるわ」


「じゃあ、まずその権利だか義務だかを行使するとしよう。……これから先、管理という言葉を用いて自らの行動を称することを禁ずる。いいな?」


 俺のその言葉に、少女は少しの驚きをもって返答をかえしてきた。


「後学のために、なんでか教えてもらっていいかしら?」


「俺が嫌いなだけだ。以上」


「……たった、それだけ?」


「それだけだ。特例的にこの言葉を使うが、俺はお前の『管理人』だ。同時に、俺はお前のパートナーである。俺は仮にもパートナーとなった奴を兵器のように扱う趣味はないからな」


「……変な奴」


 その言葉は、なんだか癪に障った。だから、明後日の方向に視線を向けながら、けっと吐き出す。


「お前も大概だけどな」


「……は? 喧嘩売ってんの? さっきはあいつの前だから従順な振りしてたけど、自由になった今なら、売られた喧嘩は買うわよ?」


「喧嘩なんて売らねーよ。そもそも喧嘩は同じくらい馬鹿な奴の間でしか起こらないんだ。ここで起こるはずがないだろ」


「………いいわ、あんた喧嘩売ってんのね?!」


「いや、だから売ってないって。そもそもお前と会話するのが今現在億劫に思えてしょうがないんだから」


 ……嘘偽りない本心である。

 何がうれしくて、トラウマに近い存在のこいつと会話を重ねなければいけないのか。正直に言って、うっとおしいにもほどがある。だから適当に言葉で受け流しておくに限る。……だけれども、なぜかその怒りは収まるどころか増すばかりだ。不思議でならない。


 それに仮に俺が喧嘩を売ったとしたら、この少女に勝てるわけがないのだ。少女兵器群というのは、往々にして他人の思考を読み取れる能力があったり、常人では到底たどり着けないほどの戦闘能力をその身に宿しているからだ。この少女も例外ではない。


「……なんかお二人さんすごく仲良くなってますけど、何かあったんですかね。俺もできれば仲良くなりたいんだけど」


 そんな折に、赴任地へと向かう途中に合流したハヤトの言葉が俺たちにかけられる。その評価は適切ではない上に、腹立たしいことこの上ない。その言葉には否定で返さなければいけないだろう。


「「仲良くなんてない!」」


「ほら、やっぱり仲がいいじゃないか。おらヴィオラ、お前いつの間にひっかけてきたんだよ」


「「だから違うって言ってるだろ(でしょ)!」」


「いや、二回もかぶってるし」


 ……不本意。非常に不本意だが、そこまで言われると仲良くなんてないという証明が立てづらくなる。俺はそこで反論をやめた。しかし少女のほうはそうもいかないらしく、ハヤトへと何かを捲し立てていた。


 その様子が酷くツユメに似ていたので、俺は一つ天を仰いで笑う。

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時の巻き尺―End is a piece of cake― おいぬ @daqen_admiral

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