エピローグ
29.ひだまりに、笑い声の舞う日々を
シティ・アルムジカ建都記念祭――あれから三日が過ぎた。一陣の熱風のような盛り上がりは掻き消え、街は以前の穏やかな光景に戻っている。
それはパステルメロディも同様。通常営業というやつだ。いつも通りの朝、身支度を整えたルチアが、ねぼすけな姉の部屋の扉を遠慮なく開いた。
「ほら起きてー、朝でうひゃっ!?」
すよー、と言いかけたところで、ぐにゅりと何かを踏んづけた。
ギョッとして右足を引く。見れば、小柄な人間が床にうつ伏せで倒れているではないか。
「……」
かすかに寝息が聴こえるので、死んでいるわけではないらしい。
銀色のふわふわな長髪で、背中をすっぽり包み込んだ少女だった。両手を上に上げ、両足を思いっきりガニ股に開いたものすごい格好。まるで床にへばりつく、怪人・蜘蛛女の様相だ。どう考えても、年頃のちっちゃかわいい女の子がしていい格好ではない。
ルチアは渋面を浮かべ、次いでベッドを見やる。寝間着も掛け布団もずり落ち、おへそ丸出しの姉が大口開けて爆睡していた。
「……」
あまりにも――あまりにもあんまりな光景に、思わず天を仰ぐ。朝、一人起こすだけでも大変なのに――トリスも同類だったとは。
無言で部屋を横切り、カーテンを開け放つ。朝の陽の光を一身に浴び、清冽な心地で一つ深呼吸してから。
とりあえず、ルチアはブチキレた。
「おんどりゃあぁぁぁ!!」
「ひゃわーっ!?」
トリスを床から力づくでひっぺがし。
「はよ起きんかーい!!」
「おうわぁっ!?」
フレッタの耳元であらん限りの絶叫をぶっ放す。
「まーったくもう、ホントかんべんしてよね! トリスまでねぼすけちゃんだなんて、これじゃ二倍の苦労だよ」
ぼやくルチアの前で、フレッタとトリスは目をぱちくりさせながらも徐々に覚醒していった。そんな二人を見て、ルチアは呆れつつも笑ってしまう。片や蜜柑色、片や銀色の髪――なんという奇跡か、見事におそろいの寝癖がピンと跳ねている。
「ほら、トリス。うちにお世話になるからには、おねぼうさんは許されませんよー」
「はい、おはようございます……顔洗ってきまふ……ふわぁ」
――あれからトリスは、しばらくピアチェル姉妹と生活を共にする道を選んだ。父であるゼビアノが警吏に連行され、他に頼れる親族もいないことを知った姉妹が、良ければと手を差し伸べた形だ。
一方で、一連の事件の鍵である
さらに余談を付け加えれば、その場に現れたという二人の黒尽くめの人物についても、行方が掴めていないという。
「お姉ちゃんも。かわいい妹が増えたんだから、しっかりお仕事して稼がなきゃ」
「あぁ、そうだな。それを思えば、やる気もめちゃくちゃに湧くってもんだ」
「あ、えと。……本当にありがとうございます、お二人とも」
物置を掃除してトリスの部屋にあてがうまでは、フレッタの部屋で共同生活だ。ベッドも二人で一つ。フレッタが床で寝るという選択もアリだったが、トリスがちっちゃいので、一緒に寝てもギリギリ間に合うサイズだった。
もっとも――しっかりしてそうなトリスまで、床にズリ落ちるほどのねぼすけだったことは、特にルチアにとっては大きな誤算だった。
どうやら、そこそこ手間の掛かる妹が増えてしまったらしい。
「そうだお姉ちゃん、思いついた。つぎ寝坊したら一日バニーちゃんで接客の刑に処すからそのつもりで」
「……マジで?」
「あ、わたしアレ着てみたいですっ」
「……マジか!?」
他愛ない会話に、三人で笑い合う。まるで今までもずっとそうであったかのように、何の違和感もなく過ごせる心地良さがあった。
フレッタのように守るべき妹はなく、ルチアのように頼れる姉もおらず。独りで父の服の裾を掴んでいた少女は――今また心から笑顔になれる、暖かいひだまりを見つけたのだった。
その背に、呪いを帯びた母の腕はもう無い。姉妹の恩人であるという女闇医者の手を借りて、既に切除手術が済んでいる。それを母の墓に埋葬し、一人立ちを宣言した彼女の凛然とした瞳に、悲しみの涙などあろうはずもなかった。
怪盗を名乗る少女がその手に欲し盗むのは、何も絢爛にきらめく宝石や絵画ばかりにあらず。一人の少女の心にだって、その何倍もの価値があることを、この数週間で改めて知らされた。怪盗として、また一人の人間として、少しは『駆け出し』からステップアップできたかな、と
「あたしも長女としての威厳ってやつを見せなきゃな。店でも、夜でもさ!」
「はい、よろしくお願いしますね! ルチアさんも!」
「うむ。……ルチアお姉ちゃん、いや、どうせならお姉さまって呼ばれたいかなぁ~」
「こら、調子乗るんじゃないっての」
三者三様の笑い声が響き渡り、パステルメロディは早くもかしましい賑わいを見せている。
また近いうちに、父の形見たる
風のように舞い、鮮やかに獲物を盗み出す
フレッタは笑顔の奥で、そんな気まぐれな風舞う日々を夢想した。
「さ、開店の時間だぞー」
今日も今日とて、さっそく店の扉を叩く音がする。この日、最初のお客さんだろうか? それとも三姉妹の様子を見に来た、もう一人のダークスーツの仲間だろうか?
どちらであっても構わない。三人は顔を見合わせてから、満面の笑顔でこう言うのだ。
「「「いらっしゃいませ!」」」
今日もシティ・アルムジカの空は、快晴だ。
雪月のマスカレード ー 舞盗は夜風に銀と舞う アマドリ @amado64
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