第4話ヤルダバオト戦

獄炎の壁ヘルファイアウォール

デミウルゴスの放った二度目の黒い炎はイビルアイと一人の乱入者の間を走り、円を書くように乱入者とデミウルゴスを囲うと上空まで舞い上がって炎の鳥篭を形成した。

「ちい!」

イビルアイは突如空から現れた冒険者の協力により勝機を見出そうとしていたが、敵もすぐさま戦力を分断させ、冒険者との一騎打ちに持ち込んだ。もはや魔力もほとんど残っておらず、黒い炎の中で起こっているであろう一方的な殺戮の光景を思い浮かべることしかできない彼女は歯噛みした。


「デミウルゴス様、こちらで何をされているのですか?」

「それはこちらの聞きたいことですよ、ルプスレギナ」

デミウルゴスとルプスレギナは黒い炎の中でヒソヒソ話をする。

「あなたはアインズ様と別の都市で活動しているはずでは?」

「私はモモ……あっ、アインズ様とご一緒にある貴族の依頼があって王都へ来ました。表向きはその貴族の護衛ですが、本音は王都の裏組織の壊滅に協力して欲しいとのことです。近くまで来たところ、こちらで魔法戦闘が見えたので飛行魔法を使いながらアインズ様をお連れしていた次第です」

「アインズ様はどちらに?」

「すぐ傍にいらっしゃいます。こちらで戦っている二人のうち、片方がデミウルゴス様だと私が気づいたのでアインズ様にそう申し上げたところ、私だけ先に行って状況を聞いて来いとご命令されました。あ、正確にはアインズ様はデミウルゴス様の計画を全て看破していると仰っているのですが……」

「なんと!いや、私如きの策略など至高の御方からすれば水面にいて隠れたつもりになっている魚のようなもの。さすがはアインズ様」

「私も心から敬服致しました。まさに神さえ超える御方です」

二人は心からの賞賛を口にした。

「ただ、デミウルゴス様の計画は緻密であるので、僅かな齟齬による計画の失敗を防ぐために確認を取るべきだと仰いました」

「なるほど。完璧の上にさらなる完璧を目指すために……。畏るべき御方です。わかりました。では、出会った時にお話致しますと伝えてもらえますか?」

「よろしいのですか?」

「それだけ伝えてもらえればアインズ様はすぐおわかりになります」

自分には理解の及ばない高みの世界だとルプスレギナは判断し、畏まりましたとだけ言った。

「では、私は貴方から撤退する振りをしましょう。その際に、貴方とそこの冒険者に自分の計画を言います。人間達があれこれと考えて王都の一画を取り返しに来るでしょうから、それに冒険者チームとして加わってください」

「私と戦う振りをして撤退するのは不自然ではないでしょうか?私に良い勝負ができるとは思えません。デミウルゴス様が手を抜けば、あの冒険者が気づくのでは?」

「心配いりません。私の言うとおりにしてください」


「どうなってる?」

イビルアイは炎がなかなか消えないことに違和感を覚える。勝負がまだ続いているということか。しかし、あの漆黒の神官がそこまで強いという感じはしなかった。自分の目が曇っていたのかと思い始めた時、白い光が黒い炎をかき消した。

「くううううう!」

炎が消え、胸を押さえた仮面の悪魔が後方に下がった。

「さあ、答えなさい。貴方の目的はなんですか?」

神官が光り輝く杖をかざし、堂々たる態度で悪魔を尋問する。

「悪魔祓いか!」

イビルアイは納得した。信仰系魔法詠唱者はアンデッド退散の特技やアンデッドだけに有効な魔法を使えるように、悪魔のみに有効な魔法も使える。おそらくこれはあの神官が開発した強力なオリジナル魔法だろう。イビルアイの蟲殺しヴァーミンペインが虫だけに致命傷をあたえるように、仮面の悪魔にとってこの白い光は猛毒に等しい何かなのだろうと彼女は考えた。術者と悪魔の差が十分にあれば悪魔を消滅させられるかもしれないが、この悪魔は格上どころではないためそれはできない。しかし、十分に効果はあるようだ。この時、この場所にあの神官が来たことは神の采配といってもよいとイビルアイは思った。

「彼女はお前にとっての天敵だったわけだな、悪魔よ」

イビルアイは膝をついて動けなくなった仮面の悪魔に攻撃しようとする。

「あっ、攻撃したら駄目っす!」

ルプスレギナは慌てて止めた。口調がうっかり素に戻る。

「なぜだ?」

イビルアイは絶好の機会を止める理由がわからなかった。

「いや……その……動けない相手を攻撃するなんて卑怯でしょう?」

「そんなことを言ってる場合か!相手は悪魔だぞ!」

「そこの悪魔!あなたは何者で、何のためにここへ来たのですか?」

ルプスレギナは苦痛で呻く演技真っ最中のデミウルゴスに尋ねた。

「……私はヤルダバオト。この都市に持ち込まれた……うう……アイテムを回収しに来ました……」

(デミウルゴス様、苦しむ演技上手いっすねー!やっぱり普段から人間が苦しむところを見てるからっすか!)

ルプスレギナは心の中で褒め称えた。

「それを渡したら帰ってもらえますか?」

「それはできませんね……。悪魔と人間の関係は変わりません。ぐう……」

デミウルゴスは両膝をつき、うずくまった。

「あ……強すぎました?」

ルプスレギナは光を弱めた。

「よせ!」

イビルアイが止めるのと同時にデミウルゴスは背中から羽を生やし、空へ舞い上がった。

「ふはははは!かかりましたね!私はしばらく王都の一画で探し物をします。炎の中に入ってこないでもらえるならこちらも攻撃はしませんよ。それでは」

ヤルダバオトはそう言って逃げ始めた。

「待て!」

「あ、追いかけたら駄目……です!」

「なぜだ?」

ルプスレギナは空を飛んで追跡しようとするイビルアイを止めるもどう言ったらいいか悩む。

「えーと、その、都市の上空で戦ったら市民に被害が出ますよ?」

(いけるっす!今日の私、冴えてるっす!)

ルプスレギナは自分の頭脳を褒めた。

「その辺りの市民を人質に取るかもしれませんし、追い詰めるほど危険な行動に出かねません。まずはこちらも体勢を立て直して、相手の狙いを見極めるべきでは?」

「しかし……くっ」

イビルアイは追跡をあきらめた。相手の言うことにも一理はあるし、この神官が協力してくれないとあの悪魔を倒すことはできないからだ。

「うーん、これからどうしましょう。あ、モモンさん!」

ルプスレギナはデミウルゴスが去った途端にこちらへやって来たアインズに向けて手を振った。


イビルアイは仲間の遺体に処置を施し、復活魔法を使える仲間のことを言うとモモンという戦士は非常に興味を示した。

(この戦士、やけに復活魔法のことを知りたがるな。ということは、この神官は復活魔法を使えないわけか。だが、この女の力量から考えれば、修行を積めば不可能ではないのでは?あとでラキュースと話をさせよう。王国にもう一人復活魔法を使える人間が増えれば非常に頼もしい)

イビルアイはそう考えた。

「ここで何があったかを教えてもらえませんか?」

戦士の質問にイビルアイが自分の知る限りのことを答え、メイド悪魔の話を終えると二人の空気が変わった。

「殺したのですか?」

戦士は静かな声で聞く。必死に何かを抑えている様子だった。

しかし、その相棒の様子は全く別だった。

「死ねえええええええ!」

神官ルプーが自分の武器をイビルアイにぶち当て、相手は吹き飛んだ。


(終わったー!俺達の偽装身分が今終わったー!)

アインズは計画が崩壊したと確信した。同じ最高位冒険者に槍を向けるどころか串刺しにしたような行為は決して許されないだろう。「大罪人ルプーと相棒モモン」の手配書が王国中に出回る光景を思い浮かべる。しかし、わずかな可能性にかけてイビルアイに駆け寄った。

「大丈夫ですか!ルプー、よせ!」

さらに殴りかかろうとするルプスレギナをアインズは必死に止める。

「何を……」

イビルアイはぎりぎり生きていた。

「申し訳ありません。その……彼女は集団で一人の相手をリンチするなど許せないんです。そのメイド悪魔を殺したのですか?」

「いや……殺す前に……ヤルダバオトが現れたので……」

アインズは安堵し、ルプスレギナも姉妹の生存を確認したことと主人に抑えられたことでやっと冷静になったのか必死に誤魔化し始めた。

「す、すみません!ですが、その、相手の事情も聞かずに三人で囲んで殺そうとするなんて酷いですよ!相手が悪魔の一族なら何をしても良いんですか!」

「そういう……わけではないが……ヤルダバオトは……王都と焼き尽くすと……」

半死半生のイビルアイは手足をぴくぴくさせながらも反論した。

「あ、とりあえず怪我を治癒しますね!」

ルプスレギナは大回復ヒールを唱えようとする。

「いや!やめろ!それは駄目だ!治癒魔法は駄目だ!」

イビルアイは叫びながら残った僅かな体力を振り絞ってルプスレギナを止める。どうして治癒を拒否するのかわからないルプスレギナと今のダメージに加えて強い治癒魔法などかけられたら本当に死んでしまうイビルアイの押し問答がしばらく続いた。

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もしもモモンの相棒がルプスレギナだったら M.M.M @MHK

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