第3話ゴブリン、オーガ戦(2話より前の話です)

「どうした?かかってこないのか?」

オーガを一刀両断したあとにアインズは他のオーガ達に軽く言った。背後からは「漆黒の剣」の一団の驚愕の気配がやってくる。

(よしよし!このままオーガを両断していって戦士モモンの評価を高めるぞ!)

アインズは計画が順調に進んでいることに満足した。「漆黒の剣」との打ち合わせでは戦士モモンがオーガを受け持ち、漏れ出たゴブリンはペテル達が担当しつつ、神官ルプーが信仰系の攻撃魔法衝撃波ショックウェーブで遠距離からモンスターを削ってゆく。そのはずだった。しかし、ここで問題が起きた。

「ニゲル!ニゲルゾ!」

ゴブリンとオーガ達が森のほうへ引き返してゆく。

「え?お、おい!逃げるな!」

アインズは獲物が早くも逃げてゆくことに焦った。本来ならアインズの一刀だけでオーガもゴブリンもここまで怯えなかっただろう。しかし、脇にいたルプスレギナが状況を変えた。戦闘直前ということもあり、彼女が無意識に放つ凶悪かつ惨忍な「何か」をモンスター達の生存本能が感知し、一目散に逃げ出したのだ。

アインズは考えた。ここでモンスターを全て倒さないと格好が良くない。しかし、自分一人が走ったところで逃げるモンスターを全て狩れる自信はない。となれば、どうするか。もちろんルプスレギナの出番だ。

「ルプー、あいつらを狩れ!」

「はい!」

アインズが走りながら出した命令にルプスレギナは嬉々として従い、公園で首輪をはずされた元気な犬のように疾走した。彼女はアインズの横を矢よりも速く通り過ぎ、持っていた木の杖を前方高くへ放り投げると一匹のオーガの肩に飛び乗る。

「せい!」

ルプスレギナはオーガの頭と顎を持って上下百八十度回転させ、頚椎を破壊する。

(ちょっと待て!オーガは俺の獲物だぞ!)

アインズはそれを口に出そうとするが、ルプスレギナの行動は速すぎた。頚椎を破壊されたオーガが倒れるよりも早く今度はダインの魔法で草の鎖に縛られているオーガに飛び乗り、同じ方法で殺害する。八艘飛びの如く、神速でオーガ達の肩を渡った彼女は投げ上げた杖が落ちてくる地点、ゴブリン達の前方へ走りこみ、杖をキャッチした。

「ゲエエエエエ!」

巨大な猛獣に先回りされた子ヤギの如く、ゴブリンたちは叫んだ。彼らは見た。黒い突風を。

「うりゃ!」

ルプスレギナがスキルを使用し、正面にいたゴブリンの後ろに回りこみ、杖で後頭部を突き刺した。延髄が破壊され、呼吸と心臓の機能が停止したその一匹は悲鳴さえ上げずに絶命した。

「ワアアアア!」

ルプスレギナの周囲から蜘蛛の子を散らすようにゴブリンたちが逃げる。スキルと身体能力にものをいわせた黒い突風は全てのゴブリンの周りに吹き荒れ、事を終えたルプスレギナは杖をくるくると回して地面をトンを叩く。それを合図にゴブリンたちは糸の切れた人形のようにばたばたと倒れていった。アインズが追いついたのはその直後だった。

(俺の獲物は……?)


「す、すげえ……」

最初に声を上げたのはルクルットだった。

「ルプーさん……あなたはなんという……」

「凄すぎますよ!神官戦士なんですか?でも、鎧は?」

「どこかの武術であるか!?」

「漆黒の剣」の一団がルプスレギナに駆け寄り、口々に賞賛と質問を送る。その脇でぽつんと立つのは両手にグレートソードを構えたモモンであった。

(お、俺がオーガを一刀両断して……)

「いいえ、私なんかよりモモンさんの方がずっと凄かったですよ!」

ルプスレギナはアインズを称えるが、あまり役に立っていない。

(やめろ!小学校の人気者が落ちこぼれのクラスメイトに気を使ってるみたいな配慮はやめろ!)

アインズの遠い記憶がよみがえる。

「もちろんモモンさんも凄かったですよ。オーガを袈裟斬りで一刀両断するなんて信じられません。しかし、ルプーさんのあの動きは何ですか?武技ですよね?」

ペテルは伝説の英雄に会ったように目をきらきらさせて聞いた。もちろん全員がモモンの力技を目撃しており、驚嘆した。しかし、膂力にものをいわせて敵を叩き斬ったモモンに対し、目でも追うこともかなわぬ速度でゴブリン達の間を駆け回り、一切無駄のない動きで残りのモンスターを絶命させたルプーの神技に彼らは魅了されていた。

(たしかにあいつらを狩れと言ったし、第3位階より上の魔法は使うなって命令も守ってるけどさ……)

アインズは自分の活躍が霞む事態に地団太を踏みたかった。ちらりとンフィーレアを見るとこちらもルプスレギナの活躍に度肝を抜かれている。漆黒の神官ルプーの噂が広まっていく光景にアインズは身悶えした。

(聖遺物級の武器を与えたのは失敗だったか……。いや、あいつならただの木の棒でも同じことができる。もっと装備をランクダウンさせて、いや、いっそマイナス効果のある装備で身体能力を下げてやれば……いやいや、俺は何を考えているんだ!)

アインズは混乱した頭を整理し、ルプスレギナを呼びつける。


「ルプーよ、どうして全て自分で倒してしまったんだ?」

「え?モモンさんがそうご命令されたのでは?」

ルプスレギナはきょとんとしている。

(ゴブリンを狩れと言ったんだよ!オーガを狩れとは言ってねえよ!)

アインズは心の名で叫んだ。しかし、命令が正確でなかったのは事実であり、言い方を変えることにした。

「ルプーよ、私達が強いところを奴らに見せたいが、異常なほどの強さを見せると怪しまれるだろう?魔法を第3位階までしか使うなと言ってるように。もっと、こう……時間をかけて、苦戦するところも見せたほうが良かったんじゃないか?ゴブリンはともかくオーガを瞬殺するのはやりすぎじゃないか?」

俺の獲物だっただろ、とアインズは心の中で言う。

「モモンさんのパートナーがオーガごときに苦戦していたら名声が得られないのではありませんか?」

ルプスレギナの正論にアインズはどう答えたらいいか悩む。

(ちょっと待てよ)

アインズは自分がナザリックの利益とは無関係の主張をしている気がした。

(よく考えたら俺とルプーのどちらがより名声を得るかなんてどうでもいい話だよな?ここにこだわっていたら俺がただの目立ちたがりのわがままみたいだぞ。たとえルプーだけが有名になって自分は脇役でも……)

アインズはその光景を想像してみる。


「漆黒の大神官ルプー様だ!」

「本当だ!大神官様だ!」

「忠誠なる配下モモンもいるぞ!」

「本当だ!忠誠なる配下モモンだ!」


「だ……」

「モモンさん?」

ルプスレギナが怪訝な顔をした。

「いやだ!」

「ど、どうなさいましたか、ア……モモンさん!?」

彼女はアインズ以上に動揺し、うっかり本名を呼びそうになった。至高の御方がこのような声を出すのは天が裂け地が割れるような事件が起きた時しかありえないと思ったのだ。

「……いや、なんでもない!なんでもないんだ!」

精神が強制的に沈静化され、必死に誤魔化す。アインズは自分が非常にわがままだと理解した。

「そ、そうだ。ところで、ルプーよ、ルクルットにあまり期待を持たせるような態度を取らなくていいんだぞ」

アインズは話をそらすため、「漆黒の剣」と出会った時から気になっていることを持ち出した。

「あれに、ですか?」

ルプスレギナは距離をとっている「あれ」をちらりと見る。

冒険者組合で出会って以来、ルクルットはルプスレギナを口説き続けており、彼女は「も~、冗談は困ります~」的な返事でかわし続けていた。さすがに鬱陶しいのではないかとアインズは思ったのだ。

「人間からは良い印象を勝ち得たいが、限度があるからな。脈ありと思われてつきまとわれたり、ストーカー化したら困るだろう?鬱陶しいならきっぱり拒絶していいのだぞ?」

「それでは逆効果になると思います」

ルプスレギナはきっぱりと言った。

「え?」

「あれは出会って数分で私を口説いてきました。かなり女に振られ慣れていて、ストーカー化するタイプの男ではありません。私が拒絶すれば拒絶するほど躍起になったでしょう。ウジムシと罵っても言い寄ってくるほどに」

「そ、そうなのか?」

男の性格分析などできないアインズはそれを肯定も否定もできない。

「また、仮にそうでなく、私が拒絶した場合、この冒険が終わるまで彼らとの間に嫌な空気が生まれてしまう可能性があり、しばらく曖昧な態度を取った方が良いと考えました。今後のことをいうなら、私達が冒険者として彼らより遥か格上になってしまえばすぐにあきらめるでしょう。事実、さっきの戦いで格の違いを知ったようで、今後はもう言い寄ってこないと思います」

「そうなのか……」

アインズにはそれが正しいのかはわからない。しかし、ルプスレギナが意外と熟思していることに驚いた。

「あれが最初に言い寄ってきた時に、私は宗教上の理由で異性と交際できない、という設定も一瞬考えましたが、私にその設定を一度つけてしまった場合、今度の活動の幅が狭まります。あとになって私が誰かと、真に恐れ多いことですが、モモンさんと交際していると匂わせたほうが良い場面がでてくるかもしれません。思想信条や異性関係も含めて設定は可能な限り曖昧にしたほうが良いと思いました」

「そうだな……」

なんだ、滅茶苦茶考えてるじゃないか、とアインズは思った。

(だとしたら戦闘前のあれはなんだったんだ……?)

アインズは少し前にあったルクルットと自分達の会話を思い出す。


「やっぱ、ルプーちゃんとモモンさんは恋人関係なの?」

「は?いやいや!そんな事を言ったらアルベド様とシャルティア様に殺され……ああっ!」

「おま!!」


(ナーベラルなら!ナーベラルならあんな馬鹿なことは言わなかったはず!)

うっかりでは済まないミスを見てアインズは人選を誤ったと確信し、なぜルプスレギナを連れてきてしまったんだろうと心底後悔した。しかし、決して無能でないことが判明し、有能な馬鹿ともいえる自分の部下を見て首をかしげたのだった。

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