勇者になれないボクだから

松本まつすけ

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「こんにちは。勇者様。ここはハジマリ村ですよ」

 ボクは向き直り、勇者一向に向けてそう呟いて、また元の方に向き直った。今のボクにはそれ以外にできることが何もない。

「こんにちは。勇者様。ここはハジマリ村ですよ」

 またボクは向き直り、勇者一向に向けてそう呟いて、やはり元の方に向き直った。残念ながら、今のボクにはこのセリフしか用意されていない。

 だって、ボクは勇者じゃない。

 剣を振るってモンスターを倒したり、魔法を唱えて仲間を助けたり、そんなことはボクにはできない。何故って、ボクはただの村人Aなのだから。

 装備というコマンドなんてありはしない。魔法を習得することもできやしない。そもそも仲間としてのパラメータすら存在しない。それは勇者や選ばれし者にしか許されないことなのだから当然だ。

「こんにちは。勇者様。ここはハジマリ村ですよ」

 一通り村の中を見て回った勇者一向が、またボクに話しかけてくれた。でも今のボクには「いってらっしゃい」と言うことすらできず、同じセリフを繰り返す。

 今はこんなことしかできないボクだけれど、これでも誇りを持っている。

 だって、ボクがいなければこの村の名前は分からない。

 それはとても悲しいことだ。

 勇者たちは冒険をしていくうちに、次々と新しい村や町、ダンジョンやお城を見つけていくことだろう。そんな中で、ふと冒険を振り返ってみたとき、戻りたいと思った場所の名前がなかったら、帰ることなんてできないだろう。

 どんな理由はあれ、いずれ帰るときがこないとは限らない。だから、せめて帰る場所の名前は覚えておかなくてはならないんだ。それを教えるボクのこの仕事は名誉のあることなんだ。例えそこに何もなくてもイベントが終わっても意味がないなんて思っていない。

 ああ、でも、そうだな。ボクも冒険、してみたいな。願っても叶わないことだが、ボクだって、剣を握って、モンスターと戦ってみたい。すごい魔法を唱えて、みんなと同じように活躍してみたい。

 だけどやっぱり、ボクは勇者じゃない。今のボクには何もできない。

 何もすることができない。


 ふと、村の上空に暗雲が立ち込めてきていた。

 ああ、きっと勇者たちが東の洞窟のボスミノタウロスを倒したのだろう。話が進んだんだ。

 突如、数件の家が燃え上がり、何処からともなく、おぞましい姿をした悪魔のようなモンスターたちが攻め込んできていた。瞬く間に、何の抵抗もできないまま、村は壊滅状態になってしまっていた。

 しかし、やっぱりこんな状態になっても、ボクには何もできない。

 そして、次の瞬間には、ボクの下半身が地面に落ちる。冷たい大地に這い蹲る。元々身動きの取れない身体だから何の関係もないが、身動きが取れない体勢になる。


 こうして、村が危機に陥ってからしばらくして、勇者一行が現れる。

 村の敷居をまたいだ、そのときだ。ボクの身体は地を這い、勇者の下へと動く。

「と、突然モンスターが……たすけて、勇者様……」

 ボクのセリフが続く。

「そうだ、これを……隠し持っていたものです。どうかお役に立ちますように」

 ボクの差し出した手には回復アイテムポーション3つが握られていた。勇者がそれを受け取ると、ボクの身体グラフィックは点滅し、透明化する。これでもうボクにできることは全て終了した。ボクという存在データはまだあるかもしれないが、勇者にはもう関係ない。

 これからまた勇者の冒険が始まる。だけど、そこにボクはいない。

 剣も握れないし、魔法も使えないし、もうセリフもない。でも、せめて、そう、せめて、勇者になれないボクだから、勇者のために役に立ちたい。

 回復アイテムなんて、すぐになくなってしまうようなちっぽけな存在だけど、それでも、勇者になれないボクにできることなんて、せいぜいそのくらい。

 でも、いいんだ。少しでも役に立てればそれでいいんだ。

 勇者主人公になれないボクだから。

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