エピローグ 十三年後


――オークの国は繁栄の一途を辿っていた。


 増殖を続け、都市から溢れたものはその周辺に砦を作り、ナワバリを拡大していった。

 勢力は肥大し、樹海ではオーク族の天下が長く続いている。


 そして再び他種族と衝突し、大規模な戦争が起きたのは、野良達の玉砕から十三年後の事だった。



 樹海は広大な余り進軍不可能とされ、平地の人々にとっては未知の世界だった。

 しかし、遂に隣接する軍事大国が樹海の侵攻を開始したのだ。


 探索に莫大な時間を要すること、戦略的に利点を見いだせないこと、行軍に適さない環境であること。

 何より、物資の消耗と補充のルート確保が困難であること。


 これまで放置されてきた理由を挙げればきりがない。

 しかしてそれらの問題は、ニケという騎士の存在により解消された。



 その騎士は幼い頃に樹海で育ち、エルフ族との交流があった。


 森の住人と呼ばれる彼らエルフ族は極めて長寿の種族だ。

 特に最長の者は数千年を生きるといわれている。


 争いを嫌い、他種族との交流を拒み、外界の出来事には関心を示さない。


 短命ゆえに数を頼みにするオーク族とは、真逆の性質を持った種族だ。


 自然と共に在ることを旨とするエルフ族。

 彼らもまた樹海に国を構えていた。


 保守的な彼らだが、ナワバリを拡張し続けるオーク達とは、もはや衝突を避けられない。

 オークに仲間を蹂躙され、棲家を追われたエルフ族は、騎士ニケに諭され、人間に助けを求めることにした。


 不老長寿とも森の精とも呼ばれる、神秘的な存在であるエルフ族。

 大国の王は興味を惹かれ、騎士ニケの進言を聞き入れた。


 それによって、本格的にヒューマンとオークの間で開戦したのだ。



 不可侵の森は、オークの増長に業を煮やしたエルフ族と、人間の協調により切り開かれた。

 古代より森で生活を営んできたエルフ族との情報交換で、点在するオークの集落の位置と規模を把握。


 潤沢ではないが、兵糧や物資の補給もエルフの独自ルートで行うことが出来た。


 自然と共生し、森を味方につけるエルフ族の魔法によって斥候が容易になり、本拠地に至るまで犠牲を殆ど出さずに済んだ程だ。


 樹海のすべてを知り尽くすエルフと、集団戦闘における統率で他種族の追随を許さないヒューマンの連携は快調だった。


 人間の軍隊は点在する砦、集落を的確に壊滅させながら進軍し、費やすこと半年。

 ついにオークの本拠である王都外壁の前まで辿り着いていた。


 残るは王都内のオークのみであるが、オークの総数は百万を超える。

 比べて騎士団は十二部隊、たったの三千名であった。


 篭城する敵を攻め落とすのには三倍の兵が必要と言うが、余りに寡兵だった。


 万単位の兵隊を樹海に送り込んで小回りが利かなくなることや、隠密行動が困難になることを避けた結果だ。


 何より、物資の補給が追いつかなくなることは必定。

 その日のうちに逆戻りを余儀なくされただろう。


 それらを理由に今日まで、オークの国は標的にされずに来れたのだから。


 本来、オークは愚鈍な種族である。

 淘汰され、これほどの繁栄が確認されたことは無い。


 覚悟こそしていたが、目の当たりにすれば圧巻だ。

 加えて堅牢な城塞都市。その攻略を半ばゲリラ的に行うのだ。



「――さぁて、此処からが本番だぁ」


 一人の騎士が斥候の如く木によじ登り、高所から王都の様子を眺めていた。

 樹上の騎士に対して、地上から兵士が呼びかける。


「ニケ隊長! 皆さんがお待ちですよ!」


 樹上の騎士は、本作戦の発案者であるニケ当人だった。


 部下に呼ばれた騎士ニケは、まるで軽業師の様に身軽に地上へと降り立つ。


「わかった、行こう!」

 快活に言って衣服の埃を払ったニケは、女性の騎士だ。


「作戦前くらいじっとしていてくださいよ。随分と探しましたよ?」

 不平を唱える兵士に対して、ニケは悪びれる様子もなく笑った。


「あはは、何だか懐かしくなってね。見覚えのある場所でもないかって探してたんだ」

 その態度も、指揮官クラスの人物にしては軽薄な印象だ。


 ニケは作戦に動員された十二騎士の一人で、第十一部隊の部隊長を務めている。


 唯一の女性である。それだけでも軍隊内にあって異質な存在だ。

 加えて片目を失っており、眼帯などをしている為に嫌でも目立つ外見だった。



「聞くのと観るのとでは大違いですね。知っていた筈が、樹海の中にこれ程の都市が収まっているだなんて、驚きを隠せません」


 驚きを表現する。兵士に対して、「今更?」と騎士ニケは笑う。

 元はヒューマンの王国が、オークに強奪されて三十余年。


 其処は彼女の故郷だった。


 十三年前、彼女は人でありながら、豚どもの家畜だった。

 当時の少女が、現在は騎士として軍隊を率いている。


 野良長に言われた通り、家畜時代の名を捨て、憧れた人物に肖って名乗った。

 ロッコは生き延び、ニケと改め、再び此処へ帰ってきた。


 今度は、戦う力を手に入れて――。



「これまでは集落規模の殲滅でした。しかし、先の大戦でも、これ程の戦力差の敵を相手にしたという逸話は聞いた事がありません」


 先行しながら、兵士は不安を口にした。

 その背をニケは慰める。


「大丈夫、大丈夫。師匠たちは三十人で戦ったんだから」


 兵士が怖気ずくのも無理は無い。三千対百万、物量差は圧倒的だ。

 此処からは、全滅覚悟の白兵戦が繰り広げられる。


 しかし、悲観する必要はない。

 オークの全てが怪力であるとはいえ、その七割は女、子供、老年だ。


 比べてこちらは大国の精鋭部隊である。

 指揮官である若い将軍が優秀な人物であり、迅速な判断と用兵が巧みだった。


 此処まで被害を抑えらたのは、彼の采配が常に正しかったからに違いない。


 加えて、森の中でエルフ族の支援を受けているのだ。

 きっと勝利は掴める。



 ロッコ改め、第十一部隊長ニケは、迎えの兵士を開放し側近の部下たちと合流する。

 指揮する部隊の中隊指揮官五人と、ニケの従者である隻腕、隻脚の男。それにエルフ族の男女が二人控えていた。


 一目に、異質な面子だった。


 戻って来たニケを、従者の男が叱責する。


「いつまで子供のつもりだ。隊を混乱させるな!」


 その男は身体の欠損が激しく、とても戦場に似つかわしくなかった。

 しかし、彼こそがニケの剣術の師匠であり、部隊の頭脳をも担っている。


 彼こそは、十三年前に野良と呼ばれた剣士達、その唯一の生き残り。

 イツツキだ。

 ニケ同様、記号である名を捨て、アルカカと名を改めていた。



 オーク殲滅はイツツキの悲願だ。その執念はニケよりも明確だった。


 仲間を置き去りに、恥辱に塗れながらも命を繋いだ。

 十年の修行でニケを一人前の剣士へと鍛え上げた。

 エルフ族の信頼を得て、大国に取り入った。


 そして、遂にオーク討伐の軍を出撃させたのだ。


 片足は怨念の残証として戦場に落とし、片腕はニケに騎士号を与える為に落とした。

 全ては、今日この日、復讐の成就の為に。



 ニケはエルフの男女に声を掛ける。


「父殿、母殿、今度もよろしくね!」


 当然、実の両親ではない。

 樹海に放り出された彼女を保護したのが、彼のエルフ達だった。


 ニケはエルフに助けられ、彼らの庇護を受けて育った。

 森での活動は慣れたものなのだ。



 既に情報伝達は済んだと、イツツキ改めアルカカは、中隊長達を解散させるとニケとの情報共有を図る。


「水路は当時のままだと確認が取れた。壁を無視して多方から侵入が可能だ。予め配っておいた地図だが、修正無しで――おい!」


 真剣なアルカカを後目に、ニケは勝手気ままに剣の素振りなどを始めてしまう。


「ええ……、そんなん覚えらんないよ。その都度、指示出してぇ」


 この十数年、教育が戦闘技術の向上に偏り過ぎたことを、アルカカは悔やんだ。

 自らの戦闘能力の低下をニケに担わせようとしたのだ。


「作戦はあのチン、なんとか言う将軍が上手くやって指示くれるんでしょ?」


「部隊長のお前だけ、作戦を把握してないって道理があるかよ……」


 今日の為に生きて来た。生き足掻いて来た二人だ。


 当然、ニケも気を緩めてはいなかった。

 むしろ、長い年月で準備し備え、遂に迎えた大舞台。


 気持ちが昂り、湧き出るエネルギーを持て余している。



 あの日、ただ腕に抱かれて何も出来ずにその首にぶら下がっていた。

 それでも刮目していた。あの人の強さを瞳に刻んでいた。


「あたしは、どれだけ近づけたかな――!」


 騎士ニケは、振っていた剣を青空に翳す。


 途中で駄目にしてしまわぬ様、今日という日まで大切に取っておいた。

 野良長の最高傑作にして、ジキの形見であり。


 あの日、少女を魅了し意思を息吹いた剣。


 ニケは思い出す――。


 初めて、世界が転換したあの夜を。

 絶対神か何かのように崇めていた豚ども、痛快に蹴散らす獣の牙を。

 闇夜に煌めいたあの白刃の輝きを。


 そして、あの時言葉に出来なかった形容詞が口をついた。


「――綺麗!」


 感動を表現し、彼女は笑う。

 例え三十の仲間を失っても空は泣かない。百万の命を奪う日でも笑っている。


 そして、受け継がれた刃により七日後、豚の国は滅亡する。





  『豚の国』完

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