第七話 公開処刑


ロッコは反乱分子として公開処刑されることが決定した。


翌日の処刑に備えて早朝から中央公園に吊るし晒し者にされた。


手首を固定され十数時間が経過、幼く未完成な肉体には負担が大きく、膝は体重をささえきれずに手首に喰い込んだ縄にぶら下がっている状態がつづいた。


一昨日の晩から水の一滴すら与えられておらず、手を下されるまでもなく絶命は時間の問題だ。


そうでなくとも直前まで受けていた拷問を乗り切ったことは奇跡といえる。


オークたちは幼女から野良の情報を引き出そうとした、しかしどんなに痛めつけても情報を得ることはできなかった。


ロッコの未発達な認識力ではアジトまでの道のりや組織の全貌を把握することが困難だったというのが原因だが、疑心暗鬼に駆られた豚どもはそれを人間たちのもつ絆のなせるわざだと錯覚した。


人間は理にあわない行動をするものだ。


女子供を盾にすれば無抵抗で殺される者もいたし、完全に敗北したいまも逃げ出さずに抵抗する勢力が潜伏している。


これは多産かつ短命なオーク族にとって、まったく共感の得られない性質だ。


野良の実数を知るよしもないが、オーク族の総数は百万頭。


訓練された兵士はその一部とはいえ、気性の荒い種族であるため末端まで暴力に慣れている。


圧倒的な体格差とその怪力は素手で人間の頭蓋を割り、四肢を千切り取る。


人間と共生した期間を経て市民を名乗ってはいるが、もともと奴らは怪物だ。


獰猛な百万匹の怪物は完全に人間を支配している。


にも関わらずだ、野良たちは決着から十五年たったいまもオーク族にあらがい続けている。


損害自体は微々たるものだが、その得体の知れなさに対する不可解な恐怖がオーク達を疑心暗鬼にさせた。


オーク達が今日まで野良たちを撃破、あるいは捕獲するに至らなかった背景には彼等の尋常ならざる結束の固さがあった。


野良は仲間を絶対に見捨てることなく、その失敗はかならず誰かがフォローすることで任務を遂行してきた。


内通者であるロッコを囮にすれば野良たちはきっと姿をあらわすにちがいない、オークの指揮官はそう判断して中央広場を中心に軍隊を配備した。


反乱分子の二足羊を一網打尽にする腹積もりだ。


公開処刑の報せは国中に届き、野良たちは思惑どおりに行動を開始する。


しかしそれは馴染みのない家畜一匹を救うためではなかった。


ロッコの救出、同胞の仇討ち、王国の奪還、そういった気概を個人的に抱える者も皆無ではないが、彼等の本懐は自らの手でより多数のオークに武力を行使すること。


豚を何びき殺せるか、その一点に注がれる。


大義は無い。


国を出て人生をやりなおす気もなければ、長生きするつもりもない。


じつに不毛な、尽きない私怨の発散でしかなかった。


家族を奪われ、誇りを傷付けられたという個人の怒りを、只、豚どもに全身全霊で叩き込むだけの集団だ。


全員が同様の価値観ではなかったが、野良オサはそうであったし、恩人である彼のために命を捧げるという点で野良の総意は完全に一致している。


オサが死ねば解散、共に人生を終える覚悟ができている。


野良オサの体調をかんがみれば時間は差し迫っている。


ロッコは関係ない。


今日か明日かと待ち構えていたとき、公開処刑の報が良いきっかけになったというだけのこと。


時間がないならいま殺るだけだ──。


復讐の人鬼たちの目的は玉砕である、恩人であるオサが健在なうちに最大限の成果をあげる。


一夜にできるかぎりの花火をあげる、それだけだった。



決行直前──。


「いい月夜だ――」


野良オサはふと夜空を見上げてつぶやいた。


深夜の散歩みたいな呑気さで、敵性種族が支配する街道を闊歩する。


地上を一人で歩くのは何年ぶりか、老父は地面の感触を噛み締めた。


「おっとと……」


ふんばりが効かずにたたらを踏んだ。


「へへ、一世一代の大立ち回りをやらかそうってときに、走ることすらままならねぇ」


愚痴こそこぼしたが未練はない。


鍛冶師としても剣士としても、すでに全力は尽くしていたし、その成果は形として現れた。


物質的にも人的にも最高の刃を鍛えた、今日はそのお披露目だ。


子どもたちの世話をしていたと思えば、いつの間にか介護される側になっていた。


そして、こんな盛大な葬式を挙げてくれる。


思えばにぎやかであっという間の十五年、憎しみが風化するほど長くもなく、子供たちを鬼に変えるには十分な歳月。


野良オサは一人、標的をもとめて歩き出した。


固まって動けば物量に押し潰されて一網打尽にされるだろうと、各々自由に闘うよう指示を出してある。


そこには、逃げ出してもよい。という意図が含まれている。


心中することを強制はしない、一緒に戦えば仲間を尻目に逃げ出す臆病者はいないことへの配慮だった。


「そろそろおっぱじめねぇと、体が冷えっちまうなぁ……」


自由解散というかたちは取ったが、開始の合図は決めていた。


強奪した小屋に王都中に爆音が鳴り響くだけの爆薬を積めてある。


それを起爆させたとき、人鬼たちは一斉に暴れだす。


自慢の刃たちは今日まで鍛え上げた戦闘術を使い切る覚悟で存分に振るうだろう。


世話焼きのミキを筆頭に子供たちが付き纏ったものだから、一人になるのは久しぶりだった。


そして今日こそ最後の夜。


野良オサは辛気くさい地下室からの開放感を楽しみながら、夜風を身に受けて目的地へと歩を進めた。


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