第三話 野良の住処


野良たちの住処は王都の地下をとおる広大な水路の一角にある。


彼らは必要に応じて地上に出ては人間たちを害した。


地下に捜索が入ることもあったけれど、それらはアジトに辿り着くまえに野良たちの手によって処理された。


それがまかり通ったのはひとえに人間たちが同族の死に興味をもたない性質だからだ。


旺盛な繁殖力、急速な成長速度をもつ人間にとっては誰が行方を眩ませたとしても気にかけるにあたいしない。


いつの頃からか管理されることもなくなり放置された水路は、イツツキをふくむ野良羊たちの隠れ家になった。



イツツキは松明を片手にロッコの手を引いて入り組んだ水路を進む。


道中に人間との遭遇はなく、暗闇をものともせず順調に目的地へ向かえた。


王都の構造については人目を忍んで活動する分、人間よりも野良羊のほうが詳しいくらいだ。


ロッコなんかは王都の地下に迷宮にも似た水路が存在することすら知らなかった。


最短ルートでアジトへ向かう道中で二匹は野良の仲間たちと遭遇する。


偶然居合わせたわけではなく、縄張りへの侵入者を発見するための見張りだった。


ロッコは見張りの二匹を見てドキリとした。


彼女から見た野良はみな異質だが、二匹がまったくおなじ顔をしていたので錯覚をうたがった。


「お、双子か。お疲れさん」


イツツキは手をあげて仲間たちに労いの言葉をかけた。


彼らは兄弟でイツツキに限らず仲間たちはまとめて双子と呼んだ。


双子は怪訝な表情でロッコの存在を指摘する。


「あの、イツツキさん。それは……?」


ロッコから見て彼らが異質であるように、野良羊から見ても家畜は同族にして別種の存在だった。


自由意志で行動する野良にとって思考放棄した家畜の認識は『それ』でしかない。


見張りを務める彼らは異物の侵入を容認したものか困惑していた。


「それ? その言い方はないでしょう、生きてんだよ?」


警戒する仲間たちにイツツキはおどけて見せた、そうやって誤魔化せば双子はそれ以上を追及しない。


二匹ともイツツキより年長だが立場は逆転している。


最年少であるイツツキには名があり双子にはない、野良たちにとって『名付け』がされているということは特別なのだ。


イツツキのように名をあたえられるのは彼らの指導者であるオサが、戦闘単位において免許皆伝を認めた者に限られる。


それ以外の者はひっくるめて『ジン』と呼

ばれた。


彼らのコミュニティでは一人前になってはじめて個性が認められる決まりだ。


彼らは名を得るために日夜その腕を磨き、鋭い刃と卓越した技術で闇夜にまぎれて人間を狩る。


人間たちは野良羊の撲滅をめざしている──。


しかしその愚鈍さから彼らの居場所を見失いすでに十数年が経過、地上で遭遇してはじめて妄執に駆られ野良羊を追い回した。



しばらくしてイツツキとロッコは野良の巣に到着した。


するなり、男の怒声が二人に浴びせられる。


「おい!! ナマクラっ! てめー、なんのつもりだよそれはぁっ!!」


声の主は声量に見合ったかなり長身の雄で、手足の長さも相まって非常に縦長な印象をあたえる。


とくに釣り上がった眼が彼の獰猛さを強調していた。


「ああ、いやな奴に見つかっちゃった」


イツツキはボヤキを隠そうともせず、縦長の雄はそれに食ってかかる。


「聞こえてんぞ!」


その迫力にロッコは身をすくめた。


「聞かせてんだよ!」


イツツキは軽口で応戦してツリ目の雄を激昂させる。


「あんっだ! テメー! 名付けが済んだからって対等だと思うなよ!」


男の名はヨキ、イツツキよりもはやく名付けられていた。


強さに対して貪欲で、仲間内での最強を目指している。


しかし、その目標が果たされる気配は一向にない。


「俺を従順にさせたいなら兄貴に勝ってくれないと」


イツツキは尊敬する黒毛の野良を引き合いに挑発した。


「…………チッ」


ヨキはそれが容易でないことを思い知っていたがために舌打ちをした。


「ジキ兄貴の稽古相手はイチ兄でもつとまらないって――痛いッ!?」


口の減らないイツツキの頭にツリ目のヨキが拳を落とした。


「ばっか野郎! 稽古と実戦は別なんだよ!」


「もう! 言い返せなくなるとすぐ手が出るから馬鹿ってんだよ、ヨキはっ!」


入り口で争う二匹に反応して野良たちが集まって来る、この場にはイツツキ達をふくめて十匹が確認できた。


見張りに出ているものやアジトに引っ込んでいるものをふくめると野良羊は三十匹にも満たない群れだった。



「戻ったか、ジキと一緒に捜しに行くところだった――」


イツツキに声をかけたのはいつぞやロッコとすれ違った白毛の雄だ。


白毛の名はイチキ。


オサをのぞけば群れで一番の年長であり、黒毛のジキが名を得るまで長らく最強だった雄だ。


その腕前と境遇から群れのリーダーとしての役割を担っている。


イチキはロッコを視界に止めると、まゆひとつ動かさずに「……ほう」とだけつぶやいた。


「イチキ、どうした?」


そして、立ち止まったイチキの背後から彼に声をかけたのがあの夜、ロッコを魅了した黒毛。


イツツキが兄と呼んで慕うジキだった。


イチキがジキをふりかえるのを遮ってヨキが告発する。


「イチっ! このクソガキが違反をよぉっ!」


野良たちがその十万倍もの物量をほこる人間たちから身をひそめて暮らすうえで、部外者を招き入れる行為が法度であることは確認するまでもない。


これが人間ならば二の句も告げずに殺している。


そして家畜の二足羊といえど住処の場所を知られた以上、地上に返せば襲撃のきっかけになるかもしれない。


やはり殺してしまうのが正しい判断だろう。


彼らは家畜側にいる同族をべつの生き物として認識している、べつの個体ならば判断に窮する事もなかった。


しかし、対象がロッコであったことでひとつの過程が生じる。


「これは因果だな。なあ、ジキ?」


一度、同様の違反を犯そうとした弟分に向かってイチキは皮肉を言った。


「ああ……」


ジキは記憶に無いとでも言わんばかりに素っ気ない返事をした。


生じた過程とは再会という偶然への驚き。


「なんだなんだ、その悠長な態度はよっ?! さっさとぶっ殺して放り出すべきじゃあねぇのかよッ!!」


事情を知らないヨキは二人の煮え切らない態度に憤慨し結論を急かした。


イツツキは慌ててそれに反発する。


「ちょっと待ってよ! 彼女は命の恩人なんだって!」


イツツキはこれまでの経緯を簡潔に説明した。


彼女は言葉を解することができて意識的に自分を救ってくれた、これは他の家畜たちではありえなかった。


くわえて命に関わるかも知れない怪我を負っていて、放置はできなかった。


「家畜に命を救われただぁ?! やっぱりオマエに名付けは、はやかったってことだぜ!」


皆伝とされる名をあたえられた者が、窮地に立たされたという事実は不名誉だという意見だ。


実際のところ人間たちは二足羊よりも屈強で多勢、真っ向からぶつかって生還するのは至難であるが、ヨキはその名とその意味に強い誇りを持っていた。


断固として受け容れないヨキをイチキが諌める。


「おちつけヨキ。なににしてもオサの指示を仰いで決める、異論はあるか?」


ヨキは難色を示した、いちいち上告など必要がないと考えている。


しかしオサの名が出てしまえばその提案には逆らわない、彼らにとってオサは絶対的な存在だからだ。


「どうせ鬼に食わせるようなもんだぜ」


その一言でヨキは折れた。


「俺、オサに死ぬ気でお願いするよ! それで手足の一本が無くなっても仕方がないと思ってる!」


イツツキは決断をくだしてしまわなかったイチキに感謝を伝えた。


オサにうかがいを立てる以上、異を唱える者はいない。


黒毛のジキもイツツキの無事は確認したとばかりに興味を失い、住処へと戻って行った。


ジキは寡黙な男で仲間うちで最強と目されている以外に主張の無い男だ。


黙って腕を磨き、黙って使命を果たすのみ。


ジン達は彼を畏怖し、対等なのはイチキと彼を尊敬して懐いているイツツキをふくむ名付けの済んだ者たちだけだった。


ヨキに至っては目の上のタンコブとして一方的に敵対意識を剥き出しにしている。



「それでいいか――?」


仲間たちの同意を得てイチキはロッコに確認した。


ロッコは自分に注がれる視線に戸惑っている。


片目が失われ視野がせばまったことにも慣れなかったが、注がれるそれが地上の人間たちから向けられるものとはあまりにも違う。


それがこそばゆく感じられていた。


知らない景色、知らない地下世界、自分たちによく似た知らない生き物。


情報過多で目のまえで繰り広げられた論争にも追いつけずにいる。


「……皆、言葉、とても上手ですね」


イチキの問いかけに見当違いの返答をするので精一杯だった。






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