光学ゴースト あるいは白塗りのピエロ
私は鬼のクレーマーと化した。
「再提出させてください!」
毒舌講師はびくともしなかった。
「同じ納期で同じ授業料で、何で君だけリテークを」
「私の課題はもう皆の教材ですよね。問題をどう修正するか見せれば、もっと役に立ちます!」
C評価を食らった私の絵コンテは、秒数に変化をつけてカットに意味を与え、一つ残した光学ゴーストをキラッと決めて、「発表」という備考付きでBプラスを勝ち取った。
「リテーク希望、他には」
「はーい」
無精ヒゲ君が立って、プロジェクタ生描きで別案を仕上げた。魔法か。
「AはAやっちゅうねん……たく」
蹴るヒャーの先生はオフだと関西弁だ。
「あの少年Aな、あれ助太刀やで」
「すけ?」
居残りになった私は学校のデータ室にいた。先生はすごい勢いでPCを操作してる。私の成績を再入力するのだ。
「後から後から続きそうやったからな。そんだけの腕あんのかって、一発シメたんや」
引くほどの腕を見せつけられ、確かにリテーク雪崩は起きなかった。
「えーでもそんな。全然しゃべった事もないのに」
骨格デッサンの参考にした事はあった。後ろの席からパーカを透視してたの、気づかれてた?
「クネクネせんでええ」
「はっ」
「俺を、助けたんや。便乗リテークの相手しとったら授業進まんやろ」
「ああ」
くそっ。日本語ほんとむずいな。
全評価Aの彼はもうあちこちでインターンめいた事をやってる。人材不足の系列スタジオから打診が来ると上から順にピックアップされる業界の慣習において、腕を示せば評価されるというのはクリエーター共通の夢だ。
そのタマゴを育てるこの場所で理想はなおさら青く、お粗末なCをちょちょいとBに書き替えるにもたくさんの項目記入が必要なのだった。いや、ご面倒かけてすみません。
「君ら、付き合ったらええやん」
なぜそうなる。
「あいつ才能あるけどそれだけやねん。どこ紹介したって誰か怒らして帰って来よる」
「らしい、ですね」
先生は手元に集中しながらニヤニヤしてる。
「スポークスマン、引き受けてやれ。くっついて上へ行けるで」
わあ、ビッチ。でもそそられる。
「図像表現はアニメのほんの一部や。台詞や音響ふりきって、絵だけ走ってる作品はつまらんやろ。いくらA評価でもな」
「それ、私じゃなく彼に」
先生はサーカスの怖いピエロみたいに肩をすくめた。てへぺろ?
「そこまで世話しきれん。べらぼうに上手いのは事実やし」
後は勝手に育てということか。教師のてへぺろはプロの線引き。先生は先生のプロなのだ。
「今はどの現場もギリギリやからな。交渉力も立派な才能やで。君、向いてるんちゃう」
「いや、付き合いませんよ」
「デートせえいう意味ちゃうわ。真面目に、どういうのが作りたいん。ポンと理想を言うてみ。はい、ポン」
「うわ、ええと」
消えろビッチ。出て来いミューズ。
芸術神、三波春夫、てかてか世を照らす大家さん―――
「世の光。になるような」
「死ぬほど模写な」
先生は分厚い絵コンテ集を貸してくれた。白熱すると関西弁がですますになる二面性はやっぱり怖い。日本語からスペイン語に切り替わる時の、パパに似てた。
前触れなしに闇へと放り出される。
計画停電の夜、街は元からそうだったみたいに光を失った。
闇の中でスペイン語放送に切り替わった両親が、日本を出ようと話すのが分かった。文脈から、ママはスペイン移住派。パパは中米進出派。
「中米? 言葉大丈夫」
「マドリードにろくな仕事はない」
「バルセロナなら」
「カタルーニャ人とは合わん」
アメリカに移った人の古いメールがあったとか、私のバッテリー貸せとか、ママは懐中電灯をお手玉して、あんな寄る辺ない両親を後にも先にも知らない。
移住ごっこの熱はしらっと明け、やる事は山とあった。
被害を受けた空港の倉庫が復旧し始め、止められていた貨物を受け取れるようになったはいいけど、何日も遅れる発送については優しい人と無茶言う人が半々で、パパも無茶言う人の側になる。
日本語の電話対応に疲れると、私に基本くさいスペイン語会話を振ったり、マドリードの祖父母との連絡が増えたり、いつまた突然の「計画」停電で、パパの電気がパチッと切り替わるのか……。
パパはパパのプロじゃない。ラテン男は迷いも不安もあけすけだ。
「マルタは、ナニジンでいたいの」
私にそんな切り替えスイッチはない。心は決まっていた。
日本にいる。アニメが見たいから。――恥ずかしくないっ。
進路指導ではジャパニメーションの将来性をごにょごにょ言ったけど、やっと見られるようになった放送を、一話も逃したくなかった。
今日テレビでアレやるよと思うと、めげずにいられた。
「オリーンピックのハナナ、ハナ」
誰かが、神に捧げる仕事をしてる。
世の光 歩く猫 @kamearukuneko
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