2日目・1 僕は「先輩」にあった
彼女と別れてから、僕は一日中彷徨って一つの確信を得た。
僕の姿が見える人はごく稀にいる。
話しかけても大概は無視されるけれど、声が聞こえていそうな人もいた。
僕が見えるのはくたびれたサラリーマンだったり、ぶつぶつ独り言を漏らしている女子高生だったり、正常とか異常とかを問わないようだ。
状況を整理して歩く。
すると、背中を叩かれた。
「おいおい、幽霊さん。今日で何日目だい? ひょっとして四十八日じゃないかい?」
異常に驚きながら振り返る。僕が人に触れたのは、昨日、死のうとしていた女子高生を助けて以来だ。
振り返った先にいたのは、野球チームの帽子を被った女の子だった。失礼ながら胸の膨らみだけでそう判断した。顔つきは中性的だし、髪も短いしでそこくらいしか判断材料がなかった。被っているのは赤色がチームカラーの球団の帽子だ。服装はハーフパンツに薄手のパーカー。
「ふしし、驚いてんねー。体を触られたんは初めて? びっくりした?」
「……いや、いや、そうだね、触られたのは初めてだ」
「なんなんその煮え切らん返事? まあいいけど、ウチとしてはもっと驚いてもらわんと楽しくないけんね」
ダメだしをされたようだった。リアクションが気に食わなかったらしい。
「……うわあ! まさか僕に触れる人間がいるなんてーーっ!!」
ワザとらしく驚いてみせると、彼女はポカンと大口を開けた。やらかしたなあ、と後悔が募り始めた辺りで「くしし」と歯の隙間から息を吐き出したような音がした。 遅れてそれが笑い声だと気付き、今度は僕が某然とする。
「しししし、面白いじゃん。いいね、許しちゃるよ。そのアホなリアクションに免じて、色々教えてあげる」
「そう? 自分で言うのも何だけど、さっきのはただの痛い人だったんだけど」
「だけんいいんやん。ウチは常々思っとるけど、幽霊なんて痛々しさの塊やん? だってそうやろ? 死んでもなお、心だけは未練たらしく残っとるわけやし」
幽霊と言われて、わずかに動揺が走った。他人にそう言われるのは初めてだったからだろう。
「だけんついてきんしゃいよ。未練ば探して行こうじゃないかい。それとも幽霊さん、あなたは野垂死にがお好みかい?」
「野垂死に?」
「詳しくは言わんけど、幽霊は四十九日で消えるんだよね。だけん、安らかに消えたいんならそれまでに未練を解決せんばいけん」
そう話してから、彼女は舌打ちした。ごほんと空咳をして「素が出ちゃったじゃないか」と呟く。
「ああごめん、態度が悪かったね。人と長く話すと、どうも方言が出てしまう。嫌いなんだけどね、あれ」
「僕は気にならなかったけど」
「一般人は気にするけんね。気をつけんば……気をつけないとダメなのさ」
気をつけた結果、妙にキザになっていることはいいんだろうか?
……まあ、いいんだろう。
何しろ、彼女はキザな口調に相応しく、髪は男でも違和感がないくらい短いし、目は異様に切れ長だ。
多少の誇張をすれば、宝塚の男型のような花がある。
「さあ、行こうか。先輩として色々教えてあげるよ」
彼女は背筋を伸ばして歩き始める。
僕は何も知らないのに、今日初めて会った女の子を追いかける。
先輩という言葉に興味を惹かれているからかもしれないし、ただ話し相手がいることが嬉しかったからかもしれない。
僕が死んでから 伊勢崎 @isasaka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。僕が死んでからの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます