1日目 僕は彼女に出会った
葬式会場を出てから、僕は当て所なく彷徨い続けた。意味なんて当然のごとく何もありはしないけど、立ち止まっているよりマシだった。
足は地面についていないから、空をふよふよと浮いている。プランクトンのような気分だった。強い波にはきっと流されてしまうに違いない。
ーーしかし、誰もこちらを見ないなあ。
そう思いながら、自分が死んだと思われる場所に向かう。
僕が死んだのはビルの下だ。飛び降りたのか事故なのかは分からないけど、屋上から落下したのだと葬式会場で聞いた。
そうして、僕の死の痕跡を残した場所にたどり着く。
と言っても、血は一滴も残っていないし、死体を囲む線があるわけでもない。
あるのはたった一つ、場違いに供えられた花束だけだった。
ーー僕はどうやら、人に慕われてはいなかったようだ。
その事実に少し泣きそうになって空を見上げた。
……え?
そうして見上げた視界にあってはならないものを捉える。
思わず、強く上を意識する。
体が浮かび上がり、屋上を目掛けて動き出す。初めての経験に動揺するけれど、好都合だから逆らわなかった。
だって、屋上には人がいたのだ。
今にも飛び降りることが出来そうな位置で、下を見ている女の子が。
僕の体が屋上を目指す。下を見るセーラー服を着た少女と目があった。
ひっ、と彼女が小さな声をあげるのが聞こえた。僕はもう、それくらいの距離にいた。怯えた彼女がフェンスに背をぶつける。それで軋んだフェンスが、彼女の体を拒絶するように弾きとばす。
落ちそうになる体に、必死で手を伸ばした。
自分が幽霊だということすら忘れていた。今まで誰にも触れていないことも。
けれど、彼女の腕を、僕の手は掴んで。
死への一歩を踏み出しかけた体を、何とか支えることが出来た。
驚きに黒い目を見開いた少女が口を開いた。
「どう、して?」
声を震わせて、目に涙を溜めて、彼女は尋ねてくる。
「どうして、わたしを、助けたの……?」
どうして、と問われても。
僕は意味も分からず空を飛び、とにかく死んで欲しくないと願っただけだった。そこに明確な理由なんてない。
だから僕は答える。
「死んで欲しくないからだよ。その理由は問われても困る。というか、言いたくない」
聞かれて答えられないのはみっともない気がして、そう付け加える。
少女は呆然としていた。
「そう、そっか、そうきたかあ」
やがて一言漏らし、彼女はフェンスに手をかけて登りだした。
長い黒髪が時折フェンスに絡まり、ブチリと音を立て千切れるのも気にせず、彼女は壁を超えてみせる。
振り返って、泣きそうな顔で頷いた。
「分かった、分かったよ、あなたが生きろって言うんなら生きる」
「……えと、それは、まあうん、よかったよ」
何か、不思議な感覚があった。
彼女の目には悲しみと憤りを合わせたような、負の感情が浮かんでいる気がする。
まるで、僕の言葉を恨んでいるようなーー
「それじゃ、さようなら」
彼女はそう言って背を向ける。
「自殺すんなよ」
僕はその背に向けて、ダメ押しの一言を付け加える。
去り行く背中が、恐怖に震えたように見えた。
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