星に願いを

 酒場は客で賑わっていた。


 どのテーブルを見てもお世辞にも上品とは言えない顔ぶれで、まだ日の沈まぬ時間ながら酒に酔ってろれつが回らない者もおり、卑猥なジョークに大笑いしながら歯に挟まった干し肉のカスを飛ばしたりしていた。


 ほとんどが堅気ではなく脛に傷持つ輩ばかり。


 唯一犯罪者でないのが三人の老人たち、孫に与えるつもりだった小銭は今日もカードゲームの賭け金として消えていくのだった。


 そんな中でとあるテーブルだけは誰もいないかのように静まり返っていた。


 無視というよりも触らぬ神に祟りなし、下手に声をかけようものなら問答無用で斬りかかってくるような、倦んだ気配をまとった赤毛のレベッカがいた。


 握った空のグラスを握りしめ、じっと睨んだまま石像のように動かなくなってだいぶ時間が経っており、なにがどう気に障ったのか二度グラスが飛んだ。


 そんな席へ男がどかっと腰を下ろした。


 目の据わったレベッカは座りを直すと、握って温まったグラスに酒を注ぎながらテーブルの下でボロ布にくるまれた物を差し出した。


 男がそれをさりげなく受け取り、強い香りの酒をちびりとやった。


「どうもあんたんとこの薄情な手下どもは毛むくじゃらの汗臭い奴にケツを預けるそうだ。しかし俺は違う。あんたは腕っこきで美人で気が強い。おまけに仕事は早く確実とくりゃあ手を組まないのは阿呆の竿なしだ」


「で?」


「請け負ってもいいぜ?」


「断る」


「それで次の仕事だが――」


「人数は足りてるし糞みたいな評判も時間の問題だ」


「そうか。保管場所だが今回は東のを使ってくれ。邪魔したな」


 男が去ると、グラスに映った顔が目に入るなりがっと掴んで投げそうになるのをこらえ、一息で琥珀色を飲み干した。


 仕事に集中しようにも銀兜が頭から離れず、目的を達成するも些細なミスから仲間二人が死んでしまい、街に流れるクソみたいな――実際糞にまつわる――噂で団を抜ける者が相次いだ。


 どうにかして奴の息を止めなければ――レベッカの額に地割れのような皺が刻まれた。


「クソッ! まーたお前らインチキしおって――」


 カードゲームで盛り上がる老人たちへグラスが飛んだ。





「はいほい見つけたよ」


「さすがヴィヴィさん、デキる妖精さんはやっぱ違うねぇ」


「でへへ」


 各家庭でささやかな食事が準備を始め酒場が賑わい始める夕暮れ時、ヴィヴィのアンテナが信号をとらえ追跡して間もなく、赤毛のレベッカを見つけた。


 親指の爪をいじいじと噛みながら石を蹴って盛り場から人気のないところへと遠ざかる、その仄暗い怒りと哀愁漂う後ろ姿をターロウは辛抱強く追っていた。


 女頭領殿が脱糞の開放感に恍惚となっている隙に逃げ出したターロウであるが、事あるごとに街をうろつき回る彼女の手下に追いつめられ、こっぴどく棒で叩かれた。


 痛めつけることが第一目的だったためか、辛うじて難を逃れるも腹痛石を使いきってしまい、仕返ししようにも策と呼べるものはなかった。


 老人の姿に扮して歩いてあれこれ思案中に憎き女頭領を見つけたのだった。


「ほらほら今がチャンスだよ!」


「まあまあ落ち着きたまえ。なにか様子が変だ」


 見ればレベッカが自らの腕を抱きしめ震え、悪い考えを振り払うように頭を横に振った。


 しゃらしゃらと耳飾りが鳴り、夕日のような赤毛がたなびいた。


 そしてよろめき路地へと入っていった。


 丸腰だった。


「チャンス、チャーンス! 玉袋の中のうっぷんを吐き出す時だよ」


「うむ」


 さて決意と股間を固くして路地を覗いてみると、レベッカがしきりに前後を気にしており、何をするのかと思えば唐突にズボンをずり下げて白い尻を出すなりその場にしゃがんだ。


 野糞でもするのかと思っていたが違った。


 巣穴の奥にいるウサギを引っ張りだすかのようにして指で掘り返し始めたのだった。


 これにターロウはびくり仰天、遅れまいと剣を研ぎ始めた。


「ん、面白くなってきたゾ」


 イチニ・イチニとヴィヴィが拍子をとっていると、レベッカは奥にあるガラス玉でも取り出そうとするかのように、指を折り曲げ折り曲げた


 まるで魔法の言葉に操られるようなその動きに連動して熱い息を吐いた。


 さてと盛り上がってきたところでレベッカが急に立ち上がりターロウの肝を冷やしたが、穴に指を突っ込んだまま壁に手をつき作業を再開させた。


「ほらほら、黙って見てないでお手伝いしなきゃっ」


 レベッカがハチミツ壺につっこんだようにしたたる指のとろみを濡れた瞳でうっとりと眺めていると、突然弓なりに背を反らし顎を上げた。


「あ、が、か……」


 脳天にくるその衝撃に、レベッカの声にならない驚愕が漏れた。


「ごきげんよう」


「お、お前かゴミ野郎め?!」


 ターロウは滑るように影のように音もなくレベッカ背後にまわり挨拶をした。


 突然の出来事に圧し潰されたレベッカの内臓が悲鳴を上げた。


「窃盗団を解散するんだ」


「な、なにを突然?!」


「街の平和のためだ」


「な、なにが平和だ。これが目的なんだろう汚らわしい犯罪者め!」


「目的は成敗、あくまでも公共の利益のため、住み良い街づくりのためだ。人様に迷惑をかけてきた償いを受けてもらおうか、盗賊団の女頭領よ!」


「く、くぅぅぅうぅうううぅぅ」


 そう、だから楽しんではいけない。


「嘘乙!」


 ターロウの連続攻撃にギリギリと食いしばる歯の隙間からフーフーと息が漏れ出ると、それに気分が高まりさてそろそろというところでレベッカが吠えた。


「いまだッ、出ておいで」


「はっはっはっ、言われなくとも出して――おや?」


 路地の前後から手斧や短刀をきらめかせる男達が雪崩れ込んできた。


「ゴニョゴニョゴニョ」


「え? もう騙しは勘弁だぜ?」


「はーやくしないと死んじゃうよん♪」


「んひぃっ?!」


 ターロウは下の口の涎をひとすくいしてレベッカの尻穴に人差し指をつっこんだ。


 抜けばプッと可愛らしい音が漏れるも続く一発はなかなかに強烈で、鼻息荒い屈強な男達が次々にバタバタと倒れていった。


「効果はバツグンだ!」きししとヴィヴィが笑った。


 見れば卒倒したわけではなく痺れているらしく、呟くうわ言は罵り言葉に間違いがないのは、彼らの眼差しやこめかみの青筋を見れば明らかだった。


「ショータイムの時間だよ」


「合点承知!」


 ヴィヴィのリクエストに応え、ターロウは後ろからレベッカの両腿を抱えて上げた。


 ふらつきながらもしっかりと一歩一歩慎重に、痺れて動けない手下たちを踏んづけないようにして端から端まで練り歩くと、彼らはろれつの回らない舌で罵りつつもターロウの剣とレベッカの鞘に目は釘付けだった。


 下方からの突き上げは窃盗団のトップを直撃すると、手下が見ているのがよい刺激となり屈辱的な格好がよい潤滑剤となって、レベッカの心を折った。


 ビンと両足が伸びるや目は裏返ったのち、一気に脱力して黄金水が弧を描いた。





 屈強な男達を見下しての素晴らしい光景、たぎる義侠心を盗賊団の女頭領におすそ分けすると、ターロウは慎重にレベッカを下ろし横たえた。


 ふうと額の汗を拭うと、盗賊団壊滅の喜びもひとしお、路地を通り抜ける夜風が火照った身体に心地よかった。


 さてそろそろお暇しようというところで、膝にすがりつく者があった。


 それがゆっくりと艶めかしく登りつめるときの肌の滑らかさやさらさらとした髪の感触に、内腿から全身へと鳥肌が広がった。


 行かないで念を押すように乳房を押しつけるレベッカがゆっくりと面を上げ、やわらく微笑むと、ヴィヴィが驚きの声を上げた。


「わお!」


 銀光が閃き、千枚通しのようなものがターロウの膝を貫いた。


 それでは飽きたらずレベッカは二度三度とめった刺しにした。


 とどめとばかりに大きく振りかぶると、ターロウはそれに合わせて腰を横に振って自慢の剣で凶器を見事はたき落とした。


「ごめんなざい、ごめんなざい……」


 濁音の混じった陳謝を繰り返すもターロウのより良い街づくりは容赦なかった。


 やがて赤毛を振り乱し同意に頭をガクガクと揺らすレベッカが盛大に果てると同時に、ターロウは自らの名を白インクにて署名した。


 ここに調印式は幕を閉じ、盗賊団は解散の運びとなった。


「これで少しは王都も静かになるだろう」


「ねーねーお助け料ちょうだいよ。ピンチ助けてあげたじゃん」


 さて今日はどこで夜を明かすかと右脚を引きずって歩いていると、たくましく生きる貧民街の住人に襲われボコボコにされたあげく、盗賊団から奪った金すべて取られてしまった。


「ま、人生こんなもんだよね」


「なかなか物事うまくいかないもんだ」


 ターロウは大の字になって満天の星空につぶやいた。


「なあ……二つめのお願いっていま頼める?」


「お安い御用さボーイ!」


「俺を強運の持ち主にしてくれ」


「んー、見た感じ今でも強運ぽいけど?」


「そうは思えないんだけど。だからトウシャヒってやつでいいから頼むよ」


「二倍ぐらいにしとく?」


「倍率変えられんの?」


「そだよ」


「もしかしてモテモテの方もできたりした?」


「リクエストないとあの倍率がデフォなんだよね」


 ターロウは頭を抱えた。


「三倍とかいける?」


「それはそれで大変なことになるよ」


「じゃあ二倍で」


「お安い御用さ! 魔法の呪文ちんぼこちんちん・ちんぼこちん!」


 魔法が成功したからか、夜空に流れ星がきらめいた。


 流れ星に願いを――と思ったが結局なにも考えつかなかった。


 あれこれと欲しいものはいくらでもあったがどれもこれも取るに足らない存在ばかり、『三つのお願い』なんてさっさと済ませて身軽になりたかった。


「賢者タイムだね♪」


 ズキズキと熱をもつ傷を舐める夜風は痺れるほど心地よかった。


 ぼうっと空を眺めているとちらと輝く小さな星が北極星の明るさとなり次第に大きくなり、松明の大きさがもう太陽が落っこちてきたような大きさになって迫り、逃げる間もなくターロウの視界は白一色となった。


 気がつくと、ターロウは下半身丸出しで夜道に大の字もなっていた。


「……一体なにが起きたってんだ?」


「お星さまがね、股間に直撃したんだよ」


 心なしかマラが神々しく光っているように見えた。


「……ヴィヴィがやったのか?」


「ちがうよぅ。それより『お願い』使っておいてよかったね。フツー死んでるよ」


「いや、花の妖精ヴィヴィのおかげだよ。インチキ悪魔なら結果は違ってた。ありがとな」


「でへへ。じゃあひとついい?」


「おう、できることならなんでもするさ」


「じゃあ――走って」


「走る?」


「きゃータスケテー、変質者はここですよー!」


 ヴィヴィの声が聞こえたのだろう、人のざわめきがだんだんと近づき、はっきりと足音が聞こえてきた。


 花の妖精の大笑いをバックに、月明かりのように神々しく輝くマラを揺らしてターロウは夜道を駆けた。

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しゃべる短剣と銀兜~襲いかかる女は股間の聖剣にて成敗す! 男は死ね~ シーモア・ハーク・ロッチ @S_HERC_Rotch

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