マスターアップ

光田寿

マスターアップ



 こまかく描いた、器械の設計図であった。急いで、一枚一枚、繰っていくうちに、私は、その青写真が、どんな器械をあらわしているかについて、知ることが出来た。

――海野十三うんのじゅうざ『人造人間の秘密』


 * *


「ワヤやのぉ、こりゃぁ」

 その少女の死体を見て、蛭子真木えびすしんぼく警部補は呟いた。高知県は土佐山田町の山奥。冬木立の間から、穴内川ダムが遠くに見えている。穴内川のせせらぎが耳には心地よいが、彼の目に映っているのは、物言わぬ、『元』人であった。

 高知県警に勤めて数年、刑事という職業柄様々な死体は見てきた。水死体に、バラバラ死体、皮を剥がされた死体まであった。このような無残な死体を見た時、新人の頃は現場で必ず嘔吐していたが、今や感覚が麻痺し慣れた。そうなると、今度は犯人が何を意図して殺したのか分からない死体が怖くなる。残虐性とは違う。何かわからないというのが怖いのだ。目の前にある死体がそうであるように。

「蛭子さん、ワヤとかおっさん臭いですよ。そういうときゃぁ、酷いと、言わんと」

「遅いぞ、隅田すみだ

「いやぁ、すんません。昨日、高知龍馬マラソンの練習で何キロか走っりょって体中ガタガタやったきに。ほれやのに、朝早よぉから、いきなりの呼び出しでしょう。ほいて、こんな山奥まで。あっちこっちが筋肉痛でもうねぇ」

 そう言いながら同じ班の隅田巡査長が『KEEP OUT』と書かれた黄色いテープを跨いでくる。このテープは野次馬やマスコミを近寄らせないためにあるのだから、こんな山奥で発見された死体現場に張り巡らすのはおかしいと、蛭子は思ってしまうが。

「マル害の身元も割れちょらんでこう言うんもなんですが、それにしたち、なんちゅぅか酷いですね。現場の見聞き早よさせろちゅぅて、係長が喚きちらっしょった理由もわかりますわ。あの人、変死体好きやきに」

「こればぁで酷い言うちょったら、お前この仕事でけんやろが」

「まぁ、そらそうですけど」と言うと、隅田は死体をじっと観察した。俯くと、彼の趣味か、ガチャピンの携帯ストラップが背広の胸ポケットから覗く。

「……このマル害、妙な具合ですねぇ。蛭子さんどう思うちょるがです?」

「俺やち、最初はほう感じたわ。なんでこんなとこ、切られちゅうがや」

 少女の死体には喉元が無かった。いや、正確には首の付け根のところにぽっかりと丸い穴が開いていた。



 組織に入っているのだから、チームワークというものは大切だ、という事を本城義信ほんじょうよしのぶはいつも思う。情けない事に、机の下で起床しながらだが。寝袋を脇に置き、机の下から這い出る。メデューサの頭頂部で絡みつく蛇の様に、床に張り巡らせたコンセント郡が、目ヤニがついた横目に映った。『株式会社ヴァンダム』の朝は早い、と言っても、ゲームデザイナーという仕事に朝も夜も関係無いが。

「いやぁ、おはようございます先輩! キャラクター班のチーフは辛いですわなぁ。なんちゅぅか、ご苦労様様ですわ」

 エラの張った、まるで野球のホームベースのような角ばった顔。ソフトモヒカンの髪の毛。口調は地元の土佐弁と育ちの関西弁が混ざったハイブリッド方言。性格=俗物であり自称寡黙な空気のよめない小男。背景モデリング班チーフアシスタント、光田寿みつだことぶきの顔がそこにあった。

「おぅ、光田。おんシこそ、珍しいやん。こんな朝早ぉによ」

「何いうちょるんですか、もう十時過ぎてますよ。社長の朝礼もさっき終わったところです」

「ほうか、まぁどうせ報告言うても、仕様書変更がまた入ったか、あるいはバイトのデバッカーが逃げたかどっちかやろうが」

「大当たり海水浴場。後者ですわ。もれなく社員の俺らぁにもデバッグ作業がまわって来ます。俺は背景班なんで、地面のテクスチャの直しだけですけんども、プログラム班はこっから数日、地獄ちゃいますかね?」

 本城はため息をつくのもしんどくなった。自分の剃り上げたスキンヘッドの頭を撫で回す。垢が落ちた。髪の毛があったらフケが落ち、無ければ無いで不潔になるものだなと妙に感心した。昼休みに会社近くの銭湯にでも行こう。


 * *


 『株式会社ヴァンダム』。高知県高知市内にある、県内唯一のゲーム会社である。雑居ビルのテナント三階分を借りているいわば子会社だ。一階、二階は開発部。三階はモーションキャプチャースタジオになっている。モーションキャプチャーとは、人や物体の動きをデジタルデータとして取り込み、それを3Dモデルのボーンに適用。ムービーなどでリアルな動きを再現できる代物である。もっとも、本城たちデザイナーには無用の産物だが。ゲーム業界。例えば美大や芸大、美術系専門学校を卒業したデザイナー志望の若者たちが自分の入社したい会社を決める時、ほとんどは関東方面に行ってしまう。

 それは当たり前が如く、大手ゲーム会社のほとんどが、関東、とくに東京に集中しているからである。次に多いのが関西の大阪、地方に関していえば、昨今では福岡や香川などが勢力を伸ばしてきている。だが、やはりと言ったところか、大手は東京、大阪に固まっている。あとは赤帽子でヒゲが生えた配管工や、何でも吸い込むピンク玉を開発した京都が有名なところか。それ以外はほとんど子会社、孫会社というのが現状であり、その変わらない現状の元となるような会社に本城は勤めている。

 キャラクターデザイン班チーフという役職名は、世間では何の役にもたたないだろう。今年で三十四歳、学生時代の同級生のほとんどが結婚し、幼稚園や小学校に通う子供がいる年齢である。過労が祟ったか、あるいはストレスか、もしくは遺伝という男性特有のY染色体の呪いか、髪の毛はすっかり後退してしまった。人並みの貯金はあるが、薬や植毛は金がかかるので頼りたくないという意気込みだけで、スキンヘッドにしてみた。お世辞かどうか、アクション映画好きの社長には、ブルース・ウィリスに似ていると好評である。ブルース・ウィリスほどでは無いが、背は人並み。街角で女性に質問すると嫌われる三大要素、チビ、デブ、ハゲという一つであるデブだけはなるまいと、時間があれば、会社の床で腕立て、腹筋運動をしているためガタイは良い方だ。しかし仕事が仕事のため、女にうつつを抜かしている暇も無い。

 嗚呼、なんとも情けないことよ。そのような想像も、自分の机に着くことで振り払えた。代わりに気だるさが押し寄せたが、今日の分の仕事はしなければならない。ついでに、先月逃げ出した、元部下の分の仕事もだ。ゲーム開発とは、つまるところ体力と忍耐以上に、気力が必要であると本城は考える。クライアントとの打ち合わせから始まり、企画案、スケジュール制作や管理費の調整、そこから仕様書が生み出され、各班が制作を担当する。

 しかし、神では無い人間が生み出したもの。完璧とは言えず、進行にあたって、恐らく、否、多分、否々、大抵、否々々、そりゃもう絶対に、必ず、%、間違いなくトラブルというものが発生する。プログラムのバグはもちろんの事、本城たち3Dモデリング班で言えば、排出したデータがどうしても画面に映らない、画面レイアウト通りにモデルが表示されていないという、デザイナーにとっては、お馴染みの事もあれば、創ったはずの無いモデルがそこに存在すると言った怪奇的なものまである。

 一番簡単な3Dモデルというものについて説明しておこう。六面体のサイコロを想像してほしい。『Box《ボックス》』、そのものつまり『箱』というポリゴンを、ヴァーチャル上に作成する。六面体なのでデータ上のポリゴン数は6という事になる。次にサイコロの賽の目を表現するため、ここにテクスチャという「絵」を貼る。テクスチャマッピングというものだ。一から六までの数字の穴を開ければ良いではないか、と言われても、仕様書上、ポリゴンの制限で、データ容量が重くなるので駄目だとお断りするしかない。ごめんなさい。

 六面体で有るならば、1、2、3~6までの黒い穴の模様がついた絵を六枚描くのかと言われればそうでは無い。一枚の絵の中1~6までの面の絵を詰め込むのである。最初は雑な展開図で良いが、ここに解像度の問題が絡めば、一枚を六分割し、そこにそれぞれの賽の目の絵を描けば良いだろう。

 これを更に進化させると、サイコロの賽の目穴部分を凹ます事も可能になれば、穴の部分だけを透明にさせる事も出来る。もっと言えば、プラグインという、外部のプログラムを追加すれば、機能を拡張でき、賽の目部分に草を生やす事も、毛を生やす事さえ可能になる。俺も3Dモデルであれば良かったのにな……。本城は自らの剃った禿頭を撫で回した。やはり垢が落ちただけだった。




 本城はマウスを動かす。スクリーンセーバーが消え、ウィンドウズの画面になる。『Autodesk 3ds Max 2012』と書かれた3Dソフトをダブルクリック。トップ、フロント、レフト、パースペクティブという四分割された画面が立ち上がる。自分の仕事画面だ。

 ここで腕を上げ背筋を伸ばす。床で寝ていたためか、体中の様々な関節がポキポキと木琴楽器のような音を立てた。『ファイル』から『最近使用したファイル』にカーソルをあわせる。『西洋\キャラクターモデル2\吸血戦鬼シルベ\敵\ボス3』というファイルを開く。四分割された画面にそれぞれ、正面、上図、左側、そして擬似の3D空間にキャラクターモデルが現れる。擬似の3D空間を『Alt』と『W』ボタンのショートカットキーで拡大。

 即座に今日のうちにやっておく仕事を頭の中で整理する。顔と全身テクスチャの加工はフォトショップで一時間、上から言われていたキャラクターモデルの顔部分の修正は、デザインの資料もあるので、二時間あれば終わらすことが出来る。あとは容量の関係になるので、キャラクターモデルが試着している鎧、武器などのポリゴン数を削りたい。ゲーム内ステージでは三面ボスと言っても中ボスにあたるので、少々仕様を無視してでも、もう少しだけカリスマ性のあるデザインを目指す。これが出来れば、あとはモーション班にまわすだけだ。背景班から送られてきた参考資料を見る。ライティング、即ち光の当たり具合と、キャラクターのテクスチャ上の影があっているかどうかだけを見極める。次は雑魚キャラのモデルを数体創る、以上。これから数日、納期前まではなんとか定時には帰宅できそうだ。

 光田のいる背景班はどうだろう? キャラクターモデルを創るのと、背景モデルを創るのとでは、一体だけということでキャラクターの方が簡単に思える。

 だが、それは大きな間違いだ。とくにゲーム内における主人公格、あるいはボスキャラのモデルは細かい部分まで決められた容量内で作りこまなければならない。対して背景、つまるところゲーム内のステージに関してはそこまで制限が無い。

 もちろん容量の問題はあるが、ある程度は自由に創れる。その背景班から、大垣雄二おおがきゆうじの声が聞こえてきた。本城はこの大垣に、ノッポな猿顔のインテリ親父という印象を持っている。

「すんませんが、チーフ。このテクスチャの何が悪いんですか。私はこのステージに対しては拘りがあるんです。リアルに写真を撮って、きちんと加工した上で使っている。リアリティを追求したテクスチャなんです」

「大垣さん、何か勘違いしてない? 今回のゲームは吸血鬼が跋扈する中世のロンドンが舞台なの。そこ知ってるよね? そんでさ、そのヨーロッパの造形、世界観は油絵のようにお願いしますって親会社から指示がきてるわけ。クローバースタジオが開発した『大神』やったことある? あれって、日本画風の3Dなの。あれの洋絵画風のをやりたいわけよ。わかる? 資料は見せたはずだよ」

 対するは3Dモデリング背景班チーフの鳴井奈緒なるいなお。三十六歳の女性だが、社長と共に会社創設メンバーの一人であり、見た目は美人でやり手のキャリアウーマンといったところである。ちなみに光田の直属の上司に当たるが、一度髪型を変えた光田に『汁男優』という不名誉なあだ名を付けた、実にユーモアあるお方だったりする。奈緒と大垣の争いは何時もの事だが、今日はとくに激しい。

「そうしたつもりですけん、こういて提出しちょるわけでしょう。これが私のこのステージの拘りなんです」

「つもりじゃないよ、貴方の拘りなんてどうでも良いわけ。リアルの追求より、世界観全体の事を考えて。言っている事わかっちゅぅ? こちらも忙しいのんよ。リテイクお願い」

「納得いきません」

「貴方が納得しなくても、親会社と開発が納得すれば、それでいいわけ」

 オフィスの班ごとを仕切る、パーテーションで見えないが、奈緒は既に自分の作業を進めている事だろう。大垣の方を見てもいないかもしれない。大垣が悔しそうに、自分の席へと戻るのが隙間からチラリと見えた。どうでも良い。本城はそう思った。



 昼休み、本城は光田と共に昼食を食べに近所の定食屋に入った。何故、俺は違う班のコイツとつるんでいるのだろう? 本城は考えたが、結局のところそれは小説好きという部分に起因するのかもしれない。光田は本格ミステリというジャンルが好きであり、会社の机に小型の本棚を置き、堂々と本を並べている。本城にも霧舎巧きりしゃたくみという作家を薦めてきた事がある。

「本城先輩、小説好きなんですよね。こいつを新刊で買ってきたんですがね、一緒に悪口を言い合いましょうや」

 初めての会話がそれだった。ちなみに本城はその新刊を未だに読んでいない。というのも中学生の頃、アガサ・クリスティーの『オリエント急行殺人事件』を読み結末に怒ったからだ。それ以降、小説という媒体では読まなくなった。漫画やアニメ、ドラマは視ていても、ミステリというジャンルは、どこが面白いかさっぱりわからない。これに対し、自問自答した事がある。謎が有り、探偵役が登場し、解決が付くというのだが、それがどうも気に入らない。謎は謎のまま残しておく方が本城は好きだった。

 そんな本城が好んで読むのはハードSF小説だ。中学時代に読んだグレッグ・イーガンの『宇宙消失』の凄さは未だに忘れられない。アイデンティティーの問題から、思考理論、果ては量子力学にまで発展する壮大さに打ち震えた。

 センス・オブ・ワンダーという単語を知ったのは高校のSF研に入ってからである。読む小説のジャンルは違えど、光田とはどこかウマがあった。

「しかし朝の奈緒タンと大垣のおっさんの争いはすごかったですね。俺はアホな喧嘩しちょるなぁ~思って自分の作業してましたけど」

 目の前のミステリ読みが、サバの味噌煮を崩しながらしゃべりかけてくる。

「じゃぁ止めちゃったら良かったやろ」

「何でですの?  奈緒タンにまた睨まれるやないですか。大体、アホらしいんですよ。リアリティの追求やのどうのこうのって。俺ら3D屋は制作しまくってナンボでしょう?」

 光田はクリエイターという単語を使わず、3D屋と言った。

「おんシはどうなん?」

「はい?」

「だから、おんシや。おんシゃぁ、クリエイターいうもんを創作者、つまりアーティストやな。それと違うと割りきっちょるんか?」

「だからね、それがおかしいんですわな。ええですか、先輩。アーティストとクリエイターは俺ん中では別々の存在なんです。大垣のおっさんはクリエイティブな職業にこだわっちゅぅみたいですが、クリエイターなんて名前の響きだけが格好よぉて、泥臭い商売やないですか。アーティストやのぉて、アスリート。会社に平気で一週間寝泊りする気力も、床で寝る度胸も無けりゃ、プロのクリエイターなんて名乗っちゃ駄目です」

 一理ある、がやはり納得いかない。大垣の意見も最もと思えてしまうのは、本城自信がこの仕事、この業界に憧れを抱き入ってきたせいだろうか。テレビゲームのエンディングに自分の名前を残したい。それが動機だった。それを見越してか、自称寡黙な光田が熱弁を振るった。周囲の目が気になる。

「……例えば、小学校の時ですよ、通信簿で算数や国語がオール2でも、図画工作や音楽だけは5やったりするガキがいたとしましょうや。そんなガキが中学に上がります。ここでも数学や英語の点数は悪いんに、美術関連は先生に褒めてもらえるし、ほかの生徒からも『◯◯君うまいねぇ』言われるような力量があります。うぅ~~ん、将来の夢は画家や漫画家、あるいはデザイナーになろうなんて思ったりしますわ。続いて、高校。俺は商業高校やったんで、よぉわかりませんが、これが普通校なら、まだまだ美術、デッサンの授業はありますよね。この辺りでも良成績だったとしたら、もしかして俺には、ほんまに才能があるんやないかと、天才やないかと。えぇ、錯覚してしまうわけですわなぁ! 結局は普通の人間っちゅぅことに気づいてないわけですから。さて、ほっから、美大、芸大を目指す。落ちたら落ちたで、デザイン系の就職率が異常な数値をしちょる専門学校辺りに進む。まぁ、この辺りで周囲が見えてきて、大体の人間はデッサンが下手だの、自分には才能が無いだのって事が証明されるわけですけんども、一部のアホはまだ諦めきれず、自分はまだ天才という空想に囚われちょるわけです。嗚呼、俺は日本を変えるクリエイターになるんやと! さぁ、ほんなアホがいざ社会に出てみたらどうか。大手の会社ならまだしも下請けやと回ってくる仕事は全て決められたデザイン、決められた容量で創らんとあかん仕事ばっかり。マスターアップ直前は毎日毎日残業残業。苦労して出来上がったもんは小売業者との対立もあって、売れんかもしれん。ここいらに関しては俺らは完全ノータッチですから何も言えませんけどね。つか、俺は経済が苦手ですんでね。ただ、もっと言やぁ、売り出せる分にはまだええんです。問題なんは、企画も仕様書も出来上がちょって、デザイン、モデリングまでしたのに、そのゲーム自体がぽしゃる事もある。で、あぁ、これならなんで俺は普通の会社に進まんかったんかと後悔してしまう。でも、これが現実。これが社会っちゅーもんやと。他人との才能の違いにコンプレックスを感じ、理想と現実のギャップで鬱んなる。毎日毎日会社で寝泊り。精神的に擦り切れて、心のお薬に頼って、肌は荒れ、ストレスで髪の毛も抜ける。ここら、先輩やったらよぉわかるでしょう?」

 本城は剃り上げた自分の頭を触る。光田はまだ続ける。真剣に周囲の目が気になり始めた。光田の後ろ側の席に座っていた、女性が子供の目を伏せている。見ちゃいけませんよという事か。

「さてさて、ほんな夢追いで入ってきただけのアホが現実に直面した時、大体が三方向に分かれますわ。その一、さっさと転職して、デザインや絵はあくまで趣味の範疇にとどめておく。うぅ~ん、ええですねぇ。いっちゃん賢い方法です。その二、先に言ったコンプレックスやギャップ、泥臭い現実を全て受け入れ、会社に残り定年を迎えるまで尽くす。はい、アホです。俺らです。続いて最後、その三。夢を見続ける。これいっちゃんアホです。その二よりもアホな大アホですわ。図画工作オール5やったガキの頃から、なんちゃぁ成長しちょりませんからね。でも創作者ってほんなもんやと思いますよ。空想に囚われたままやないと、頭おかしい創作物ってできませんから。でもね先輩、そこにゃぁ才能がいる。いくら頭おかしぃても、才能が無い人間は何を創ってもうまぁいかん。ただの誇大妄想な空想馬鹿。つまりあの大垣のおっさんです」

 目の前のこの男のいうように俺は割り切れない。本城は考えてしまう。

「おんシはどう思っちゅうんな」

「俺ですか? 二十九歳にもなってこんなんいうんはあれですけんども、今、結構楽しいですよ。あくまで製作者としてね。創作者としては全然楽しいありませんけど」

 どこか照れながらも、光田はそう言い切った。子供の頃の無限の可能性は大人になると有限の幻想と気付く。それは本城自身が一番良く分かっている事だ。

「すれちょるなぁ。子供の頃からほんな考えしちょったんか?」

「いやいや、子供ん頃は、そりゃぁもう、純粋無垢な文学少年でしたよ。横溝正史よこみぞせいし麻耶雄嵩まやゆたか大好きっ子でしたわな。漫画やったら、黒龍波こくりゅうはを出すのは小五の時にあきらめましたけんど、二重の極みは出来ると信じてました。おかげで中二の時、手の甲にヒビ入れましたけんどもね」

「俺はサイコガンを真似して筒状のポテトチップスの入れ物が、左腕から抜けんようになった事があるわ。あ、あと加納錠治かのうじょうじに憧れて、近所のおっさんのハーレーダビッドソンに跨ってゲンコツ喰らわされた」

「先輩、ほんまに三十四ですの? 十歳くらいサバ読んじょるでしょう?」

そこで昼食は終わった。銭湯に行くのを忘れた事を、本城は今更だが思い出した。


* *


 大丈夫。前よりは簡単だ。簡単な作業量だ。納期までには完成させたい。眼前の少女は怯えているが、声は出せていない。涙を流しながら、口をパクパクと痙攣させているだけだ。髪の毛を触り、そして頬に当てる。感触が良い。リンスの匂いが、すぅっと鼻腔を擽る。完璧だ。やはり質感は必要だ。3Dをはじめ、CGという物は何だろう。

 考えても、彼に答えは見つけ出せなかった。ハリウッドの映画で使われるCGを見ていると常々感じる違和感。予算の都合だけで、爆発シーン、果ては人物までをCGで創る。それなら本当に爆薬を使い、爆発させれば良いのだ。過去のアクション映画などが名作と呼ばれ、現代の映画があまり面白く無いと評価を下される理由は、懐古的な意味合いを除いても、それがあるからではないか? また、リアリティの正反対として、逆に3Dを2Dのセル画風に表現するトゥーンシェーディングなどというものが発達した。これも間違っている、と彼は苦悶する。

 先の爆発の理論では無いが、それならセル画で描けば良い。手間を惜しむな、完璧を目指せ。詰まるところ、3Dとはそれだけでシュールな完成系なのである。リアルを追求するなら、高みを目指せと、そう想像する。そうだ、想像するのだ。見慣れた少女の顔を眺めて。



 会議が終わり、三時から十五分だけの休憩時間。ビルの裏手側にある自然と出来た喫煙所に本城たちは集まった。本城のほかは、奈緒と言い争いをしていた大垣、キャラクター班の重浦秀夫しげうらひでおもいた。

 四十二歳の彼は、元キャラクター班のチーフであり、本城を現チーフに推薦した人物である。現在は『ヴァンダム』契約社員として、高知市内にあるデザイン系専門学校の講師と二足の草鞋わらじを履いている。かなりのやり手であり、二十年前、多摩美術大学たまびじゅつだいがくを卒業した彼は、ゼロ年代前半、フラッシュアニメで様々な動画を生み出し、それ以前も、ドット絵を打ち込み、自分でプログラミングしたゲームをパソコン通信で公開していたという強者でもある。

 仕事の早さも目を見張るものがあり、机の下に寝袋では無く布団まで持ち込み、数カ月会社に泊まり込みを行ったこともある。3Dモデルを創りあげ、久々に外出した時、現実世界でワイヤーフレームが見えたという伝説まである。体型は太っているが、顔は昔の日活映画に登場する大物役者のような彫りの深さで、そのアンバランスさが面白い。ちなみに奈緒に付けられたあだ名は『顔だけ木彫りのドラえもん』だ。

「え? 大垣さんって医者の息子さんなが? ええとこの坊っちゃんやん」

 そんな重浦も大垣の話には驚いたようだ。

「えぇ、そうです。実家が病院でして。あまり人には言えませんが。また、この間の朝は大変な失態を見せてしまって申し訳ありません」

「いやいや、でもすごい話やん。実家を継ごうらぁ思わにゃぁ、せんかったが? こんなとこよりも断然給料がええにやろに」

「途中まではそう思っていました。しかし、三十五くらいやったかな、クリエイターになりたいと思い、この業界に足を踏み込んだんです。妻と二人の娘がいたんですが、どっちにも反対されたんですわ。当たり前ですよねぇ。でも、デザインと絵が好きやったんで……昔からの夢やったんです。おかげで、三人とも、ろくすっぽ話もせんと去りました」

 ここに光田がいたら、心の中でさぞ笑った事だろう。現実より夢を選んだ空想馬鹿とさげすむかもしれない。本城は一つ聞いてみたくなった。

「大垣さん、この間の背景チーフとの事、蒸し返すようで悪いですけど……。大垣さんにとって創作って何ですか?」

「完璧な物を生み出す事です」と、きっぱり答えた。

 重浦が口をはさむ。

「完璧な物いうのが、よぉわからんのがやけどね。俺なんかは昔からずっと好きでドット打っちょったりしたけど、やっぱりどっかで妥協点見つけんとやっとられんの違いますの? ハリウッド映画の豪快なCGや無いんやし。それこそこの業界やったらって話でね」

「いいえ、それでも完璧なものをこしらえたいんです。完璧なキャラクター、それこそ現実の人と比べても全く狂いのないそんなキャラクターを」

 この間の定食屋での光田との会話を思い出しながら、本城は聞き返してみる。

「でも、今は素人でも3Dキャラを動かせる時代でしょう? YouTube《ユーチューブ》や、ニコニコ動画見てたらMMDみたいなフリーの3Dモデルまで落ちちゅう時代ですよ。アマチュアでも参考本見て、少々かじったばぁで3Dアニメと同じもんが出来ちゅうがです。俺ら、3Dデザイナーにとっちゃぁ、それこそ何しとんやいう話になりません?」

「いいえ、アマチュアの動画は動きも何もなっていません。関節の動きも人間のそれでは無いですし、何よりトレスも多い。3Dのモデルが突き抜けている駄作まである」言い切った。美大でデッサンを学んだ、重浦がうんうんと頷いている。

「私がキャラクターとして生み出したいのは人間のそれと同じ動きをする物です。出来れば上の階にあるモーションキャプチャーも使いたいですね」

 背景班のこの男が、キャラクターの事を語っていると少し不思議に思う。何故ここまでリアルというものに拘るのか。それも夢追い人の―空想馬鹿の戯言かもしれない。


* *


 ――人は何故、絵を描くのか?  何故、小説を書くのか?  何故、映像を撮りたいのか?

 創作とは何か?

 ある者はそれまでに無かった何かを生み出す事と定義するだろう。ある者は今まで先人が生み出してきたものを応用し、新しい何かを生み出す事と定義するかもしれない。それら『創る』という全般を指し示す意味合いかもしれない。発想、発明、創造、開発……どのような言葉で言い表そうとしても、彼はそれを良しとしない。欺瞞ぎまん、嘘、フィクション……マイナスな意味で捉えれば創作ほど犯罪的な事は無い。

 彼はどうだっただろう。創作される物に夢を描いていたのか、あるいは創作という行為自体を夢想していたのか。今では何もわからない。わからなくなっているのだ。行為としての創作なら、彼は現実を捨ててしまっており、何も創れなくなっているのかもしれない。これが、所謂、スランプというやつか。自分が創りたい物があるのに、生み出せない。血で汚れてしまった手を見ながら彼は想い、もう一度自分に問いただす。

 創作とは何か?



 キャラクター班のスキャナーが壊れると言った、小規模な事件が起きたその日、奈緒が頭を抱えていた。

「どうしました?」

「あぁ、本城君。企画書読んだなら知っちゅぅと思うけど、おまけステージで日本風のお城ステージがあるんね。西洋の吸血鬼が日本のお城を徘徊するってギャップが面白いらしいの。そのステージ、今までの西洋画風のステージと違って、リアル趣向でやってくれって変更があったのんよ。それも一種のギャップ狙い。そこで、リアリティ大好きな大垣さんを、高知城に取材にやらせたのね。そしたら、高知城の天守閣でさ、撮影禁止の場よ。そこで何枚も写真を撮ったらしいのよ。警備員が注意しにきても止めなかった、というより暴れたらしいわ。ハァ……」

 奈緒は大きなため息をつく。

「しかもね、近くの交番に連絡されて今、警察とも、揉めちゅぅらしいがよ。馬鹿よ、馬鹿! 別に、そこは遠景から、デジカメの拡大機能を使って漆喰壁や瓦を撮影するだけでええのに、全くもう。何を考えちゅうがかしら、あの人。それで警察から、社長に電話がかかってきたらしくて。そこでも、大垣さんと話したらしいんだけど、自分は完璧主義者ですから、壁の正面からの写真が欲しいとかのたまわったらしいわ。馬鹿じゃないの?」

 大垣らしいと本城は想像した。驚かなかった理由は数週間前の喫煙所で交わした会話からだ。確かにテクスチャは真正面が良い。写真家が撮影した写真より、テクスチャに使われる写真は真正面、真横と言った方が加工しやすいからである。先に挙げたサイコロの例で言うと、一の賽の目のテクスチャがほしいなら、立方体をわざわざ斜め上から取るよりも、そこだけを真正面から撮影すれば、あとは四角いモデルにペタリと貼るだけで済むのだから。そちらの方が加工が少ない分、大幅に作業時間を短縮できる。

「まぁ、お疲れさんです。事後処理に行ってあげちゃってくださいや。背景班チーフ殿」

 光田の方を見ると、パーテーションの横から顔を出し、笑いをこらえていた。奈緒が目ざとく見つける。

「あらぁ、みっちゃん。分かっちゅぅ? アンタも一緒にいくがよ」

「はぁ、ちょぉ待ってくださいよ。なんで俺まで」

「チーフアシスタントさん、アシストの意味、分かっているわよね? 何なら英和辞典貸そうか? その机の本棚に置いちょこうか」

「はいはい、お付き合い致します、奈緒タンチーフ」

 奈緒が強引に光田を引っ張って出て行く。ため息を付き、自分の班に戻る時、本城は、チラリと大垣の机を見た。セパゾンやエチセダンなどの精神安定剤や睡眠薬が散乱していた。複雑な気持ちになった。この業界に生きていると、かなり精神をすり減らす。それこそが業界の闇であり、ブラック企業と呼ばれる現在なのだから。

 しかし、気になったのは、それらよりも会社のパソコンとは別にノートパソコンがあったことだ。何に使うのだろうか。


* *


 この業界に長くいると、ほかのゲームをゲームとして楽しめなくなる。コンシューマー、パソコン、アーケード、どの媒体でもキャラクターを3Dモデルとして捉えてしまうのだ。3Dであればなおさら、キャラクターの動き、果てはポリゴン数まで数えている自分がいる。一種の職業病だ。

 これはゲーム雑誌に対しても言えることかもしれない。徹夜をしていて暇になったときのことだ。この日は納期前だからか、夜中を過ぎても何人かの人間が残っていた。仕切りで区切られた背景班用小型冷蔵庫の横に、大量の雑誌が置かれていた。『ファミ通』や『電撃プレイステーション』などでは無い。レトロゲームの掘り起こしや読者投稿のバグ技集が乗った、企業に提出するための企画書を通していない非公式なマイナー雑誌である。冷蔵庫の横に置かれていたためか、本城が手にしたとき、少し水で濡れていた。ページも少し水を含んでいる。

 『必見! 最新バグ技情報』という読者投稿のページを見ると、『ヴァンダム』が制作し、本城も開発に関わったゲームが掲載されていた。無限UPに最速クリア法など、お馴染みの文字列が並んでいる。おかしいのは、その投稿者が住んでいる県名である。『岩手』『石川』『鳥取』『長崎』と、日本海側の県ばかりから投稿されているのだ。これらはほとんど編集者が見つけ出したバグ技に違いない。何故なら、納期後、地方に出荷されるのに少しの間が開く。つまり地方のゲーマーが最新情報のバグ技を一日や二日で発見するのは無理なのだ。これなら、いっその事、投稿者の住んでいる場所を、東京都内にすれば良いのにと本城は苦笑した。

 ページが懐かしのバーチャルボーイ特集に差し掛かった頃、光田がやってきた。

「おぉ、寒い、寒いですわな。まだ十月やのに寒すぎますねぇ、先輩。あ、この雑誌捨てるやつですよ。明日のゴミの日に出す古いやつです。最新号持ってきましょうか?」

「いや、別にええよ。それにしても、おんシゃぁもう帰るがか? 皆残っちょるいうのに。けど、なんやかや言うて、背景ステージの方の仕事はちゃんと期日までに間に合わせちゅうな。魔法でも使ぉちょるんか?」

「あぁ、それは俺が人間をやめちょって、時間を遡る事がでける妖魔かなんかで、何度も時間を操って過去に返ってモデルを作成しているからですよ。あとはなんやかやの妖力を利用して、勝手にパソコン上のプログラムが動くように……」

「はいはい、おんシのそういう中二的な冗談はわかったきに」

「いやいや、だから定期的に会社も休みも取れちょるんですよ。いつか、そういう力で仕事がサクサクいけたらいいんですけどねぇ。それこそ虚構の中みたいに……。あ、勘違いせんちょってくださいね。俺はミステリは好きですけんども、名探偵と椎茸の入ったコロッケは大嫌いですから」

 本城は冷たい目で見る。この男は、いつもこのようなものだから怒る気にもならない。

「あぁ、すんません。話がそれました。脱線が本線でやから許してください。でも今日はもう夜中やないですか。帰ったら日付変わっちょりますよ。うちの地元、東平市ひがしだいらしでしょう。一応市内に近いけんども、田舎やからね、終電早いんですわ。『ひだまりスケッチ×ハニカム』視んとあみかんし。あぁ、忙しい忙しい。ほいたらっ、お疲れっしたー」

 そう言うと、さっさと帰ってしまった光田を尻目に、本城はこれからやる仕事に取り掛かる。


 * *


 何時間そうしていたか、雑誌を元に戻すのを忘れた事を思い出し、背景班側の冷蔵庫横に持っていく。背景班どころか、モーション班の方の電気も消えていた。周囲がすっかり暗闇に覆われている。納期前だからこそ、皆早く仕事を終わらせたのかもしれない。

 深夜二時を『早く』で片付けられる俺の思考もどうかしていると、本城は苦笑したが、自分も切り上げるしかなさそうだ。本城のアパートは会社の近くなので終電の心配も無い。荷物をまとめに戻ろうとした時、上の階で物音がした。モーションキャプチャースタジオに誰か残っているらしい。

 ――こんな時間にモーキャプ班が? んな、アホな……。

 本城は興味を持って、廊下に出る。エレベーターの方に向かうと、ちょうど下っているところだった。

「ありゃ? もう終わったがか?」と呟いた瞬間、本城は見た。エレベーターの小さな窓の隙間。大垣と―、一人の少女の姿を。チラリとだが、間違い無い。アレは大垣だ。そして、もう一人の少女は大垣の腕に抱かれていた。眠っているらしい。

 ――なんや? あのおっさん。外の人間、会社ん中に連れ込んでからに。何しゆうがや?

 エレベーターとは反対側の階段の方へ走る。一階まで降りた時にはフロアには誰もいなかった。この時間、正面玄関の自動ドアは閉まっているので、その横のドアを開け、外に出る。肌を突き刺す寒さが一気に押し寄せてくる。大垣と少女の姿は既に消えていた。


 * *


 次の日、本城は大垣の席を訪ねた。

「あ、あの大垣さん」

「あぁ、本城さん。この間はお騒がせしたようで、すんません。私が創っていた、おまけステージの事ですか? 今ライティングが終わったところなんで、影付けまでやったら、共有ファイルに上げておいちょくんで」

「あぁ、いや」

「あ、いらなくなった素材ですか。そっちも、すんません、全て削除したんですよ。作品に使ったら、もう必要無いんで。もしかして、そっちで写真素材とかいりましたか?」

「いえ、大丈夫です。キャラクターの方はもう完成してますんで」

 これ以上聞き出せなかった。その後も、納期前の仕事が忙しかったという理由もあったが、本城が大垣と会話したのはこれが最後だった。何故ならその四日後。大垣が会社に出勤しなくなったからである。


 * *


 『ヴァンダム』の会議室に警察が通されたのは、更に三日後、ここで本城たち社員は大垣が指名手配されている事を初めて知らされた。

 狭い会議室には本城の他、社長、副社長に、背景班チーフの奈緒、光田、また大垣とよく会話をしていた重浦や、プログラマ班チーフ、エフェクト班やムービー班のチーフの姿まであった。

 大垣が指名手配された理由は驚くべきものだった。去年の八月、高知は南国市なんごくしの河川敷で見つかった少女の死体が、大垣によって殺害されたものだというのだ。

「どうせ、少女買春でもやっちょったんちゃいますの? あのおっさん」という光田の予想を大いに裏切るものであり、本城自身が、高知城での一件や、一週間前に見た、スタジオから下りてくる大垣の事を知っていたため、不謹慎ながら、小さな事件くらいにしか思っていなかったという部分もある。まさかの殺人とは。

 聞き込みに来たのは、蛭子と隅田という二人組の刑事だった。蛭子は身長が高く、厚い黒縁メガネをかけていたが、その下の眼光は鋭い。「えびす」という苗字とは相反している顔付きである。光田は警察手帳を見せてもらい、何故か喜んでいた。

「あの蛭子刑事、まるでハードボイルドの私立探偵みたいですね。ロスマクのリュー・アーチャー。でもね、下の名前見て確信しました。真木しんぼくって読むんかな? 結城昌治ゆうきしょうじ真木まき三部作に登場する探偵の苗字まんまですよ。上の名前と下の名前で、読み方まで違いますけんども、ロスマクのオマージュ好きとしたら、こいつは燃えます。メラメラですよ」

 この俗物ミステリ馬鹿は相変わらずだ。そんな蛭子刑事とは対称的なのがもう一人の隅田という刑事だった。こちらは柔軟な顔付きで、蛭子と組み合わすとアメとムチという感じである。

「早速ですが、大垣氏がこちらの会社を辞められたのはいつ頃ですか?」

 蛭子が切り出してきた。

「一週間前ですけどね、辞めたなんてものじゃありません。逃げたんです。全く、やんなっちゃうきに、ほんと。納期前ですよ? 馬鹿じゃないのかしら」

「何かトラブルなどは?」

「トラブル、揉め事なんて何時もの事でした。創作がどうのこうのと、私とは毎回やりあいましたよ。でもそんな事より、仕事の遅れです。あの人担当のステージの期日はとっくに過ぎているのに、あぁ、振り分けも出来ずにいるし、ほんっとイラつくわぁ」

 国家権力を前にしても、やり手のキャリアウーマンは違う。奈緒は臆しもせず、愚痴を吐いた。

「あのー刑事さん。なんで、その女の子を殺したがが、大垣さんてわかったがなが? 証拠でも残ちょったらぁ? ほんなことも教えてくれんが?」

 重浦の質問に蛭子と隅田は目を見合わせた。一般人にどこまで情報を漏らして良いか決めかねているといったところだろう。

「あまりおおやけにはしないでいただきたいんですけど……近くの人物からの目撃情報ですな。大垣氏がマル害、いえ、被害者を眠らせて歩いているところを、前日に目撃された方がいました。数日前の情報ですがね」

 本城は即座に大垣の机で見た、大量の睡眠薬を思い浮かべた。アレで眠らしたのだ。一週間前のあの少女も――。

「ほいたら、死体に変わちょったところとかは? そうですねぇ! 河原で発見されちょったなら、土に足跡が残っていなかったとか、死体になんかの装飾がされちょったとか」

 このミステリ馬鹿は一度死ねば良いのに。ただ『装飾』という言葉を出した時点で二人の刑事の顔が曇った。少なくとも本城にはそう見えた。


 * *


「ゲームが殺人者を生んだんかなぁ……」

 聞き込みという名の取り調べが終わり、本城は自分の席でボソリと呟いた。大垣のパソコンは警察が調べるために回収するそうだ。内部情報の流出にはくれぐれも注意してくれと言っていた社長の姿が印象的だった。本城の傍にいた光田が言い寄ってくる。

「うわっ! 先輩、ホワイトキックですわ。ドン引きですわ。ほんなんは宮崎某みやざきの時代からアホなマスコミ様方が言うちょることでしょうよ」

「古いな! いや、どっちも……つか、お前の世代なら、神戸の事件辺りになるんちゃうんか?」

「ありましたねぇ。俺が中学の時やったかな? あん時も、やれゲームが悪い、ホラー映画が悪いだの色々騒がれちょった。ただねぇ、案外、憧れあるもんですよ? あぁ、勘違いせんちょいてください。人殺しの方やないですよ。ゲームでも、もっといえば、小説でも漫画でも映画でも何でもいい。人間の人格形成に影響を与える物を創作するって中々難しい事やと思いますけんどもね」

「ほんな事いうちょる、お前も中二病か、あるいはアホなマスコミと変わらん」

「まぁ、俺は創作者にはなれませんからね」

光田と喋りながら、本城は自分のパソコンを起動させる。

 そこに大垣からのメッセージがあった。

「うおっ!」

「何ですの! これ、殺人犯からのメッセージですやん。挑戦状とか。おー怖、おー怖」

 馬鹿が食いついてきたが、メッセージ内容は何も書かれていない。ただ、送付ファイルに一つだけポツンと……3Dデータが入っていた。

 ――開くな。

 何かわからないが、感覚が告げている。そのファイルを開いてはいけないと。大垣がまだいた日、あの時モーション室で何をしていたのか聞けなかった感覚に似ている。が、右手はマウスのボタンをダブルクリックをしていた。

 ――開かれる。

 そこには――、


 一体の少女がいた。


 四分割された画面に正面、横、上、そして擬似三次元画面に作成された、裸体の少女が一人。相当なポリゴン数を食っている。そのため、動作が少し遅いが、関節や筋肉まで滑らかに、かなり精巧にモデリングされた、ハイポリゴンのキャラクターである。

「これは……大垣さんが創ったんか?」

 光田は怪訝な顔をしながら、黙っている。じぃっとそのキャラクターを凝視していた。よく見ると、ボーンまで入っていた。キャラクターの骨となる部分まで出来上がり、関節部は、きちんとリアルな人間のように、曲がり具合まで数値計算で入力もされている。だからか、腕が妙な方向に曲がるなどということは無い。

 光田はまだ黙っていた。そして何を思ったのか、キーボードの『M』を押し、マテリアルエディタを開く。キャラクターに貼られている、全てのテクスチャが画面に表示される。

「おい、光田、どいたんや?」

「先輩」

「……?」

「……これ、

 言っている意味が分からなかった。

「はぁ?」

「だから……これ、ほんまもんの人間の皮なんです。写真とちゃう。人間から直接剥いだ皮をキャラクターモデルのテクスチャに使ぉちょるんです。スキャンした、人間の皮膚なんです」

 ぞぉっとした。

 

 この男は何を言っているのか。3Dモデリングをする人間のさがか、テクスチャのが脳内に思い浮かぶ。少女の後頭部に切り込みを入れ指を入れる。

 一気に皮を剥ぐ大垣の姿も脳裏を掠めた。胃から何か重いものがこみ上げてくる。

「先輩、俺、これらぁ、すごいもん見てますよ。あのおっさん、キャラクターやのぉて、ヴァーチャル上に、ほんまもんの人間を創り出そうとしちょったんですよ。これ、皮だけやない。頭部の髪の毛まで一本一本きちんとモデリングされていますわ。一枚板のローポリゴンの透過マッピングやありません。加えて、全てにテクスチャが貼られちょる。それはこの膨大なポリゴン数と容量のデカさが証明してますわな」

「ちょっと待てぇ! ほいたら、おんシゃあ、大垣ぃ、本物の人から生皮を剥いだ言うんか。リアルなテクスチャのためだけに。いやいやいや、有りえんきに。人の皮って薄いもんやろ。ほんなんスキャナーでやっても」

スキャナーが壊れていた事を思い出した。あれはいつの事だったか。本城は自分が何を言っているのか分からなくなった。あまりにも常軌を逸しており自分の脳内では処理が追いつかない。

「皮は薄い。えぇ、まぁそうですね。だから、雑誌を重し替わりにしたんちゃいますかね? 確かゴミの日やったかなぁ、冷蔵庫の横にゲーム雑誌が大量に出されちょったでしょう。先輩、読んみょったでしょう。あれ、皮の上に乗せたら、透けんし、ちゃんとスキャン出来るはずですよ。まぁ、継ぎ目だけはどうしようもないから、フォトショップ辺りで編集したんやろうけど」

 裏技特集を見た日に雑誌の表紙が濡れていた事を思い出す。

「それでも納得いかん! 俺は法医学なんか全然知らんけんどもなぁ、ほんな人の皮って、ほんなん……アレやろが」言葉にならない。なんとか絞り出す。「……アレやろ。腐ってしもうちょるやろ」

「大垣のおっさんは医者の息子」

「……」

「実家が病院なら、保存液、というかホルマリンとか、そんなんあるんちゃいますの? 俺もそこまでは、よぉは知りませんけんども」

 大垣と喫煙所で話した事を、本城の頭を掠めた。

 光田を見ると――笑っていた。

「うぁぁ、これはすっごいですっわぁ。もうこれ、ビンビンでしょうよ! ビンビンやわ! お、アニメーションのモーションに再生ボタンありますやん。勝手にプログラムしたんかな?」

 カーソルを合わせ再生ボタンを押した。

[コンニチハ。]

 「」は喋った。

「ひっ……」

 本城は飛び退いた。後ろのイスにつまずきそうになる。自分の目に映る、画面の中のそれが異様な化物に見えてくる。

「おい! 光田。光田ぁ! 喋ったぞ! 今、それ、喋りよった!」

「驚く事はないでしょうよ。ボーカロイドと同じシステムちゃいますかね? あ、でもボカロは打ち込みですけど、こっちは人の生声の切り貼りですね。いやいや、これ、すごいわ。テキストの読み上げが棒読みやのぉて、ビブラートや息継ぎもリアルで再現出来るようにしちょりますわ。人の声を切り取って、音声データとして貼り合わせちゅぅわけか。人力ボカロの要領いうやつかな。なるほろ、なるほろ。あのおっさんもようやるわ。でも多分、一番良い声が欲しかったんやろうなぁ」

「一番ええ声が欲しいって。そ、その人力ボカロの、元となった生声の主はどうなっちょるんや?」

 ――いらなくなった素材ですか。全て削除したんですよ。その部分だけが必要やったから。

 本城の頭の中で何かが響いている。

「さぁ? どうでしょうねぇ。声の持ち主……喉潰されたか、もっといやぁ首根っこから、声帯そのもんを切り取られたか。どっちみち殺されちょると思いますよ。死体はどっかに捨てられちょるんちゃいますかね。完璧な声を盗った、残りは用済み……と見るべきやから。警察が死体見つけちょるか、どうかは分かりませんけど。あとこのモデル、ボーン入っていますよね。これ、おそらく実在の人間にモーションキャプチャーで動かした動きで間違いないですわな。ほら、動く動く」

 そう言いながら、光田がキーフレームにカーソルを持っていき『再生』を押すと、画面の中のそれは、手を振り歩いた。

「多分、完璧を目指したあのおっさんの事やから、どっかから、運動神経良い女の子、拉致ってきて、上の階のスタジオで夜中に黙って連れ込んだんちゃいますかね? ナイフか包丁かわからんけど、なんかで脅して、モーキャプのスーツ着させて歩かせたりしたんでしょう、これ。完璧な動きが欲しいだけのために。もちろん、その女の子は――ボーンだけに、骨抜かれて殺された、あるいは関節潰されたとかかな?」

 脳裏にあの夜の出来事が再現される。大量の睡眠薬が、また頭をよぎる。

 大垣の実家に行かずとも、人間を攫うさらうヒントはすぐ近くにあったのだ。

「ま、待てぇ、ほんな、ほんな皮が剥がされた死体や、喉が切り取られちょる異常な死体が発見されちょったら、ニュースになっちゅぅはずやろが」

「あのねぇ、先輩。そんなん警察が全面公開すると思いますか? 模倣犯の可能性やその他諸々の事を考えて、マスコミに箝口令出しちゅぅに決まってますやん。大体バラバラ死体やって、新聞やと、損壊された死体で済ましちょるんですよ」

 当たり前のように言ってくる。それで異常殺人犯の大垣は捕まるのだろうか。

「あ、コイツ唄わして、動画サイトにアップすりゃぁ、相当な再生数稼げるんちゃいますか?」

 目の前の男が言っている事の意味が分からなかった。何故、コイツは平気なのだろう。ディスプレイの中の異常なクリーチャーが本城の目を捉えている。俺は何を見ている?

「しかし、大垣のおっさんも、すんごいもん創り出しましたね。ちょっと尊敬しましたよ。ミステリで言うたら、乱歩らんぽの『押絵と旅する男』にも通じるなぁ。どっかの電車で見せびらかしてたりしてね。あ、でもこのアホなキチっぷりは海野十三うんのじゅうざっぽい。いやいや、別々の人間の一部、声や動きまでもをつなぎ合わせて、一人の人間を創ったちゅぅんなら、アゾート殺人やな。ヴァーチャルの中で表現される、二十一世紀版アゾート。いやいや、待てよ、古典で一番有名なんがあるやん! メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』! これは、うん、先輩の好きなSFですよ。世界初のSF小説!」

 光田がブツブツと呟いているが、本城の耳には聞こえていなかった。ディスプレイの中で、動く、そのキャラクター……否、「それ」は――ずっと本城を見つめているのだから。

「頭おかしいんちゃうんか、大垣も……おんシも」

「頭おかしくは無いですよ。レオナルド・ダ・ヴィンチ知っちゅうでしょう?」

 いきなりの話の転換に戸惑った。声を震わしながら本城は答える。

「モ、モナリザと、映画の『ダ・ヴィンチ・コード』見に行ったくらいや」

「ダ・ヴィンチ、いや、名前の方で呼びましょう。レオナルドですけんども、あのおっさんねぇ、絵を描く前に、被写体となるモンの内面や内部知りたい言うて、死体解剖に付き合ったんですよ。ほんで、最後にゃぁ、自分自身も地下で動物の解剖や、人体解剖まで行っちょるんです。これって一般人からしたら異常な行為ですよね? 現に、当時のレオナルドは悪魔や魔術師の類や言われてます。人体解剖=死刑に相当するくらいの犯罪やってたんですからねぇ」

 ダ・ヴィンチの人体解剖図に、そのような意味があったことを本城は知らない。 光田はまだ続ける。

「あとは、俺の大好きなイタリアの画家にジョヴァン・ヴェロちゅぅ、女の画家さんがおるんです。この人ね、可愛らしい顔して、汚い物を、ものすごい巧ぉ描く天才なんです。代表作はウンコを顔に塗りたくった過去に捨てた男の絵。そんな画家さんの逸話でこんなんがあるんですわ。彼女がある駅で電車を待っちょった時の話です。すぐ横におった人が線路に飛び降りて自殺したらしいんですね。ほいたら、彼女何したと思います? 叫び声も上げず、その場にへたり込みもせんと、人の轢死体れきしたいを、その場で、駅のホームでですよ。持っていたデッサン用具取り出して描き始めたんですって! これもう、完全に頭イっちゃってるでしょう。でもヴェロちゃんにとっては、轢死体を自分の目で、生で見える千載一遇のチャンスやったわけですわな。もちろんその場で駅員や警察官に取り押さえられたし、後に自殺者の遺族に訴えられたそうですけどね、不謹慎や言うて。まぁ、当たり前ですよねぇ。でも、彼女は創作意欲のためだけに、バラバラんなった一般人なら絶対に目ぇ背ける死体を描いたんですよ。ちなみにこの時の絵は、今もフィレンツェの某美術館に飾られちょるそうです」

「それは……だが、大垣のこれとは違うやろう。明らかに!」

 本城は声を荒げる。今、光田が挙げた例は創作のためのき過ぎた行為だ。大垣が生み出した――目の前にいる「」とは違う。いや、違うのか? 本城にも分からなくなる。

「創作意欲がイき着くところまでイって、結果。という点やったらそう変わらんと、俺は思うちょるんですけんどもねぇ」

「違う。断じて、俺はこれを創作とは認めん。認めとぉない! 狂人や……何が完璧な人間を創り出したいや。やっぱりおかしい。絶対にや」

「だから、大垣のおっさんにとっては、その狂人の論理、言ゆうんかなぁ。そういうもんに裏打ちされちょるわけですわ。俺ら一般人にとっては非常識でも、その人の中ではそれが常識としてまかり通っちょったら、ほれでいいやないですか」

 俺は――どうだろう。

 俺は大垣とは違う。ここまで狂ってはいない。だからと言って、光田ほど仕事として割り切れてもいない。泥臭い仕事なのは確かだ。このまま定年までこの職に就いているのかどうかも怪しい。だが間違っている。これだけは分かる。本城は、キャラクターをモデリングする時のように、自問自答したが、答えは出なかった。

「そこまで言うなら―お前は大垣の創作したこれ、どう思うちょるんや」

「男が自分の論理に一本筋を通したんですわ。格好良えやなえいですかぁ~~……、ぬわぁんて言うと思いましたか! キチっております。頭おかしいですよ!」

「削除せぇ。早よそれ、削除しちゃらんといかん。 いや、でも証拠品やから……どうなんや」

 データを削除したところで、大垣は既に逃亡している。このキャラクターは、おそらく、大垣の持っていたノートパソコンに入っているのではないか? という事は、ここにある、これは一体何のために残していったのか? また、何故、本城にだけ送ってきたのか? もしかすると、一創作者として、後に残された自分に見せるため。いいやと本城は頭をふる。絶対に認められない。認めてはいけないのだ。

「おっと最後にっと」

 そういうと光田はUSBメモリをポケットから取り出し、パソコンに刺した。

「おんシゃぁ何しゆうがな!」

「え、せっかくやからデータもろちょこうと思いましてね。何かに使えるかもしれませんから」

 データをダウンロードしている。やはり頭がおかしい。本城は自分の禿頭を触った。妙な汗が出ている。

「ダウンロード完了っと! まぁ、面白いもんも見れましたし、そろそろ帰りますわ。お疲れ様でしたー」

 ソフトモヒカンの頭をボリボリかきながら光田が去ろうとする。

「おいちょぉ待てぇ、光田! おんシゃ、何、平気で帰ろうとしちょるんや。け、警察に連絡……」

「入れて何になります? 頭キチったおっさんの論理、一から全部、説明せぇっちゅぅんですか? ほんなもん、俺は知りませんよ。『常軌を逸した大量殺人犯はゲームデザイナー!』ちゅぅて、マスコミに業界が叩かれるんは、百歩譲って、しゃぁないとしてもですよ……警察に聞かれもしとぉない事、永遠質問されて、仕事が遅れるんは、俺のポリシーに反しますけん。俺はあくまで製作者です」

 市民の義務―という言葉を本城は飲み込む。確かに、目の前にあるものをどう説明して良いのかわからない。本城さえもその論理を理解できないのだ。

「まぁ、日本警察もアホやありませんから、そのうちバレるし、大垣のおっさんも捕まるんちゃいますかね。それよりもね、先輩。今日は『アメトーーク!』の日なんですわ! 『幽☆遊☆白書』芸人の特集なんですよ。高知は五ヶ月遅れやから、ネットの話題にも付いていけんで辛いですわぁ。あぁ、ほんま、録画予約するん忘れてもうたから、早よぉ帰らんと……あぁ、忙しい忙しい。ほいたら、お疲れっしたー!」

「お前、そんな呑気な事を」

 言い終わる前に、USBメモリを手に持ち、早々とオフィスのドアを閉め帰ってしまった。一人ポツンと残された開発室で――

 本城は――

 怖くなる。全身の震えが止まらくなり、冷や汗が頭から垂れてくる。

 ディスプレイの中の―裸の少女はまだ本城を見ていた。そして語りかけてくる。人の声で。

[コンニチハ。]

 創作とは何だろう。

[ワタシハ.ヒト。ソウサクサレタ.リアルナヒトデス。]

 少なくとも俺が目指していた創作はこれとは違う。これでは無いのだ。

[キャラクターデハ.アリマセン。ズットリアルナ.ヒトデス。]

 それを考えると大垣は馬鹿だ。光田も馬鹿だ。いや、奈緒や重浦も馬鹿かもしれない。俺は―何を目指していたのだろうか。

[――ダカラ]

 本城はマウスを動かし、カーソルを×ボタンに合わし、それを閉じた。そして、右クリック。

 『削除』を指定。

 『このファイルをゴミ箱に移動しますか』から、『はい』。カーソルをゴミ箱のアイコンへ。

 『ゴミ箱を空にしますか』

 『はい』。



* *



 電車の揺れが心地よかった。外は快晴、魚津の街と富山湾が、窓の外を流れていく。本城は、送ったものを見てくれただろうか。大垣は考えながら、手元のノートパソコンの表面をそっと撫でる。見ていてくれていると良いな。私の二人の娘も入っているのだから……。


<了>



【参考:引用文献】

〇海野十三『海野十三全集 第7巻 地球要塞』(三一書房)

〇江戸川乱歩『江戸川乱歩全集 第5巻 押絵と旅する男』(光文社文庫)

〇詠坂雄二『インサート・コイン(ズ)』(光文社文庫)

〇中山七里『スタート!』(光文社文庫)


〇川上理恵『3ds max教科書』(ボーンデジタル)


【参考:引用経験】

〇自分自身

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マスターアップ 光田寿 @mitsuda

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