第33話「二諦」

 端までお里を歩いた。だが生きている人間は見つけられなかった。皆、死んでいた。骸の山はほかに二つあった。

 ケイはお里の入り口に向かって、とぼとぼと歩いている。

 お里まで来れば助けを呼べる、その望みは絶たれた。

 セツは、嫁は、どうしているだろう。息子は、まだ生きているにちがいない。あいつはきっと大丈夫だ。子供は丈夫なのだ。

 嫁は死んでいるかもしれない。セツはどうだろう。生きていてほしいとケイは思う。だが嫁が死んでいるとしたら、セツもそうだろう。セツの腹には子供がいた。ケイの弟か、あるいは妹か、小さな命が、腹いっぱいに膨れてそこにいた。その腹を抱えて森を下ったセツは、嫁よりも、誰よりも衰弱していたはずだ。とすれば、もう死んでいる。生きていたとしても、今からケイが、頼りになるお里の者を伴わず向かっても助かりはしない。

 それにしても、五平は、松っちゃんは、どうなったのだろう? 彼らもお里にたどり着いたはずだ。ケイにできて、屈強な男二人にできぬわけがない。だがお里をつぶさに見てまわっても、彼らの姿はもちろん、痕跡すら見つけられなかった。

 もしかしたら――ケイは思った。

 二人とも、あの死骸の山の中にいるのかもしれない。誰かの振るうナタに肉をそがれ、骨だけになって転がされた……そんな気がする。そうにちがいないとさえ思える。不思議と何の感情も湧かない。

 ――そういうものなのだ。

 さきほど一つ目の骸の山を目にした場所まで、戻ってきた。変わらず死骸があり、ナタがあった。

 ケイは山の横を通り過ぎた。途中、腰をかがめ、ナタの一つを拾った。

 ナタを見つめる。振り返る。死骸、死骸、死骸の山だ。

 さっきは気づかなかったが、視界の隅に、肉がついたままの、わりあい新しい死骸が転がっていた。近づく。ところどころ骨も見えるが、肉がかなり残っている。どれも裸だ。大人の女、男。性別のわからぬ年寄り。三体ある。ケイはじっと見つめた。

 ――しょうがねえのだ。

 ナタを握る手に力をこめる。一歩まえに出る。どの死骸から手をつけようか。女がいい。一番柔らかそうだから。その次は男だ。年寄りはあとまわしにしよう。骨ばかりで肉がほとんど残っていない。ケイはうしろを向いた。さっき下りてきた、山のほうを眺める。

 あの傾斜を、今度は肉を抱えて登らねばならない。二晩どころではすまないだろう。走ることも難しいかもしれない。それでもやる。少なくとも松っちゃんの息子は、助けを待っているはずだ。腹を限界まで空かせて。

 ふたたびうしろを向く。死骸を見下ろす。ふと気づく。

 三体だと思っていたその下に、隠れるようにしてもう二体ある。子供だ。女の子と、男の子。姉と弟だと思った。頭に玄平の顔が浮かぶ。二人は抱き合うような格好で倒れている。どういうわけか、肉は驚くほどきれいだ。男の子の顔はこちらを見上げている。鳥がついばんだか、目玉は二つとも、ない。穴ぼこのような、光りのない目と、視線が合った気がした。

 ケイは歯を食いしばる。ナタを振りかぶる。


 そして大人の男でも女でもなく、男の子の体めがけて、思いきり振りおろした。


                                (了)

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無明祭考 神谷ボコ @POKOPOKKO

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