第2話

 新しい朝が来るたびに、朝とは何だろう、一日とは何のことだろうと頭を悩ませることになるなんて、昔は思いもしなかった。

 ベッドの右手にある窓からは朝の光が差し込んでいる。8時、とか、9時、とか、そういう感じの光だ。早朝と言う感じはしないが、何せ異郷も異郷だ。感覚通りの時間かはわからない。

 今自分の右側が東と呼ばれるべき方角で、左手が西、足の方が南で頭は北。それは確かだ。確かであってくれと思う。魔法があっても亜人がいても構わないが、そんな根本的な意味が異なっているのは困る。

 ぼんやりした寝起きの頭で体も起こさないままに、俺は昨日までの自分と今日の自分とが地続きでありますようにと願っているらしかった。当たり前が当たり前であってくれればそれが元の世界でも異世界でも構わない、と、気持ちをそんな風な言葉にまとめて、天井の下の中空に、ほわほわと滞留させていた。

 家人が起こしに来るにはまだ少しかかるらしかった。昨晩案内されたこの寝室は2階にあるのだが、階下や廊下に人が動く気配は感じない。横になったまま頭を巡らせると、昨晩は暗くて見えなかった部屋の全体像を見ることができる。天井に照明の類はつるされていなかった。

 右手には先ほども見た通り窓があり、朝日が差し込んでいる。ベッドから2歩ほどのスペースがあるが、そこには何も置かれていないようだ。窓はベッドより少し高いところにあり、横になったままでは外の景色を見ることはできない。十字の枠で区切られた右下に濃い緑の葉の影がちらついているだけだ。照明はなくてもガラスはあるのだな、と思った。

 下を見ると何か見慣れないものが2本突き出している。馬鹿らしいのだが、それは寝ている自分の爪先だった。見慣れない原因はつま先を覆っている布である。昨晩寝具として渡されたそれは、ベージュ色をしていて、毛のない毛布とでも言うような感じなのだが、ただの布ではなく妙にテロンとしていて、厚みがあり、一晩寝てみた感じでは2枚もかければ余程寒い季節でも大丈夫だろうと思えるくらいの保温性があった。

 ベッドの向こうはと言うと、つくづく物のない部屋である。漆喰の壁が見えるだけで、他には何もない。無表情な壁が一面にあるばかりというのは、いっそ不自然に思えるくらいだ。

 諦めて左に頭を回せば、足元側に昨日入ってきたドアが見える。普通の木のドア。その隣にチェストが置いてある。ようやく見つけた家具だが、地味な箱だ。低レアリティのアイテムしか入っていない宝箱のようなチェストだ。もしここに居つくとなると、この部屋に住まわされることになると、あれに俺は服やら何やらをしまうことになるのだろうか。まさか本当に宝箱だということはないだろう。優に一抱えもあるあんな箱を開けて、薬草を見つけた、10Gを見つけた、というのは、俺の中のリアリティが許しそうになかった。…部屋を出る前には中身を確認しておかなければいけない。

 頭のすぐ左横にはほとんどベッドに並ぶようにして、こじんまりとした机といすのセットがある。木製の簡素なものだが、天板は朝日を反射して鈍く光っており、丁寧に使い込まれていたものなのではという感じがする。

 これで全部だ。いよいよやることがなくなってしまった。俺は非常な無精者なので、もしこのまま誰も起こしに来なければ、何もない天井を見つめたまま後1時間はこうしているだろう。

 やることがなくなってしまったという気持ちがかなり深いものであることに自分で驚く。知らない部屋、それも知らない世界の、そんなもので目覚めるということに、実は緊張していたのだろうか。身の回りに危険なものがないと確認して安心して、拍子抜けしてしまったようで、次に何をしようと言う考えが全く浮かんでこなかった。本当に、体を起こす勇気が出るまでは平気で寝転がっているだろう。


 深く息をつくと、部屋の隅でゴトリと音がした。

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鬼のように暗い(おにのようにくらい)(oni no youni kurai) @nido

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