2:血族の意思
ケイアス王国北地区の東端、ここは多くの娯楽施設に溢れる場所だが、その中にかなり異質な雰囲気を感じる事務所が存在した。ケイアスにたった一つ存在する、探偵事務所だ。カジノに併設された探偵事務所だったが人が居るような様子はなく、訪れる客など皆無であった。カジノのオーナーが客に影響が出ると何度も立ち退きを要望していたというが、何故か事務所は残ったままであった。
その事務所の扉前に、一人の女が立ち止まった。右目に深い傷を負った、例の女だった。彼女は二度ノックし、返事は無かったがドアが開いているのを確認し、薄暗い事務所の中へ入った。
中は埃臭く、低い天井且つ狭い部屋一部屋のみで、不快を極めていた。そこかしこに書類が散らばっており、大きな荷物が積み重ねられ、彼女の行動を妨げた。
奥に一つ長机があり、錆びた燭台と乱雑に仕事の資料であろうものが置かれ、さらに机の奥側には本棚が壁を隠すほど聳えていた。
「アラン、私だ。隠れているなら出てこい。
…まぁ隠れるところなんてないだろうが。」
アランという探偵は不在であった。女は溜息をつき、彼の作業椅子であろう物に腰掛け、適当に机の資料を物色し始めた。
『ハーレイン夫人の指輪の捜索』
『南地区暴徒シュラムの捜索』
『王族殺人未遂事件の情報収集』
目に入ってきた資料はこのようなものだった。だが、それらの資料にはすべてバツの印がつけられてあった。喜ばしくない成果をもたらしたのだろうか。
「誰かと思ったら、
ドアを空けて、一人の男がそう言いながら事務所に入ってきた。名はアラン、女が探していた人物だった。アラン曰く、彼女の名は切華、ケイアスではまず聞かない名前だった。切華は彼に一礼し、向き直った。
「久しぶりだな、アラン。会えて嬉しいよ。大体四年ぶりじゃないか?」
アランは驚いたのか目を見開き、苦笑した。
「もう四年も経ってたのか、それじゃあ切華も…もう大人という訳だな。」
「そうだね。今年で二十二歳になった、早いものだよ。…フフ、人並みには色気ついたと思うんだけど、アラン的にはどうかな?」
そう言って切華は腰に手を当てポーズのようなものをとった。アランは、やれやれといった様子で切華を観察し始めた。まず、背は高くはない。胸も控えめで、痩せているが、引き締まっていた。そして、顔だが大きな切り傷が残っていること以外は良く整っており、美人であった。
「ああ、綺麗だよ。初めて会った時の青臭さは完全に無くなったな。」
「ありがとう。…アランは、全く変わってないね。髪は相変わらず整えてないし、髭は伸ばしっぱなしだし。」
そう言われ、アランは顎髭を触り、苦笑した。ケイアスでは整えていない髭はだらしないものとされ、貴族である場合、厳しく指摘される。アランは商人の身分ではあるが、仕事上貴族とも接する場面が多いので、この容姿は正すべきものであった。
「まぁ、良いさ。どうせこの国では貴族以外の人間なんて、貴族らにとっちゃどうでもいい存在なんだ。それに、俺は今でも君たち血族の一人として生きている。集団から離れたとて、誇りであるこの見た目を捨てるわけにはいかないのだよ。」
アランの言う血族だが、少し厄介な集団故、説明し辛い。だが、この男が辿ってきた道のりは後に様々な物事の事由となる為、省くことはできない。それほど運命というものに振り回されてきた男なのだから。
アランが所属する血族、正式名称は『欠け月』というが、世界で暗殺や裏での取引など少人数のグループで暗躍している者達の総称である。アランは六年前、探求者として世界を旅していたが、旅客船で東の海を渡っている際、海賊の砲撃により船が沈没し大海へ放り出されてしまった。その後命からがら流れ着いた場所が、欠け月の一族が拠点としている無名の島だったのである。真冬の海水で冷え切って死にかけていたアランを最初に見つけ、保護したのが切華であった。
アランは一命を取り留め、彼女ら一族の事を知るが、恩を返すためにも組織の秘密を守るだけでなく、自らが欠け月の一人として活躍することを誓ったのであった。
二年の間、アランは闇に紛れ行動していたが、ある日、ケイアス王国で裏取引を交わしている際、一族は衛兵に特定され、壊滅の危機に晒されそうになった。追い詰められた一族であったが、アランただ一人、まだ欠け月になったばかりであったため、彼が自らを人質として偽ることにして、他の一族を逃がすことを図り、実行させた。
結果、アランのみケイアスに残り、一族は国を離れることができたのであった。切華はこのことを毎日後悔し、欠け月に対しての警戒が薄くなるまで待ち、四年経った今、こうしてアランと再開した。
「我が命を共有せし友よ。再び相見える機会が訪れようとは……四年を経て、俺はとうに腐り、血も穢れた。怠惰且つ傲慢なのは承知だが……友に、今一度我が血の浄化を求む」
「アラン……」
「我、アラン・リーヴィスはこの身に流れる穢れた血を捨て、改めて貴公の純血を啜り、血族であることを証明する。」
アランは切華の前で跪き、一族たらしめる表明をした。血族から長期間離れ行動した後、帰属する際に行う儀式のようなものだ。突然すぎる行いに、切華は顔を少し赤らめ驚いた。
「……なっ、何だよ急に…そんなことしなくても、一族は君を見捨ててなんかいないし、むしろずっと帰ってくるのを待っていたさ…それに、こんな狭い陰湿な場所で契っても意味はないだろう?」
その言葉を聞き、畏まっていたアランは堪らず体勢を崩し、吹き出した。
「…クハハッ、陰湿とは。あくまでも、俺の仕事場なのだがな。……だが、まだ俺のことを血族の片隅に残していただいてくれていたとには、感謝極まりない。『欠け月』として、再び君の右腕になるよ。」
立ち上がり、アランは丁寧な礼をした。
「…改めてよろしく、アラン。」
切華もまた、アランに習い、礼を返した。
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