飽和するレギム
Nave
0:彼女が消えた日
シンシアは、富で溢れる王国ケイアスに産まれ、上級貴族として恵まれた生活を送っていた。現在14歳になった彼女の容姿だが、サファイアのように美しい藍色の瞳で、少し細いツリ目、鼻も高く、人形のように整った顔をしていた。髪は生まれつき澄んだ白で、腰辺りまで長いポニーテールだった。背も高く、文句なしの美女であった。彼女は温厚な性格で、物事に対して柔軟に考える思考を持っていて、人付き合いもよく、貴族にありがちな無駄に高いプライドなどもなく、多くの人間から好意を持たれていた。
ケイアスでは14歳から成人と認められ、特に貴族でその年の娘を持つ親は、他の貴族の男性と婚約させ資本拡大を図るのがケイアスの常識であった。
シンシアはその魅力から、多数の有名な貴族から招かれていたが、貴族だけではなくケイアスの国王、ウォーグ・ケイアスニスまでもが直接シンシアを指名し、彼女をウォーグの長子、シャール・ケイアスニスの妃として迎え入れたいと熱望したのであった。
シンシアの両親はその報告を受け、嬉々として同意したが、当人は浮かない顔をしていた。シャール王子は王族の中で一番美しい容姿をしており、貴族の間では、平民シンシアに似合う男は平民におらず、かの王子しかいないと言われていたほどである。互いに顔を合わせたこともない関係だとして、受け入れ難い人物ではないはずだ。
しかし、シンシアは苦悶そうな表情を浮かべ、嗚咽するかのように、言葉を零した。
「私は穢れています。誰とも結ばれるべきではないのです。」
彼女はそれ以降、口を結んでしまった。両親はこれに困り果て、彼女が何を考えているのか、穢れているとはどういうことなのかさっぱりわからず、国王へ早急に返事しなければいけないという焦りと、彼女を説得するための方法が思いつかない苛立ちで、彼女の了承を得ない形で強引に王族へ同意を示した。大事な娘を二の次に、富にあやかろうという下心が、彼らを腐らせたのかもしれない。そうでなければ、子を贄にする様な愚行を親がするはずもないのだ。
不徳が重なり、その後、華蓮な彼女はまるで虚偽の存在であったかのように変貌を遂げていった。
「もう少し、待っててください…すぐ、すぐ向かいますので…」
「真意は変わりません…私はあなたの物です。どうか…」
「地に這い生きるのは苦しいです。ですが、今は必要な『常識』なのです…」
彼女は日々、戯言のような芯がつかめない内容をつぶやき、
国一大のイベントとなるこの結婚は、太陽が月により隠される皆既日食の日に丁度行われた。王族等は無駄に装飾された大広間で宴を楽しみ、上辺だけの綺麗事が飛び交う広間の中心の2つ並ぶ玉座には、様々な貴族からの祝いの言葉を退屈そうに聞くシャール王子と、俯きボソボソと何かを呟く陰鬱な様子のシンシアが座っていた。王子は何度か彼女の体調を心配したがとうとう呆れ、式の終了を切望するかのように、頬杖をつき苛立っていた。
非常に長ったらしく、無駄に丁寧な来賓の挨拶も終わり、式場の人間は日が陰るのを待つのみとなった。月が太陽を喰らう時、互いに愛の誓いをたてることで、王族の結婚は成立する。それはケイアスの伝統であり、神聖な儀式でもあった。
式場から次第に光が失われていく。日食が始まったのだ。明かりが消され、神父が長々と決まりに従い、誓いの導きを行った。
やがて、完全に光が消えた。暗闇の中王子は隣に座っているであろうシンシアの元へ近寄り、口付けを交わそうとした。
「…シンシア?」
静寂の中、王子の普段より高い声が聞こえた。儀式のしきたりとして、日食の間は婚約者含め発言することは禁じられており、この一言は式場の貴族、王族をざわつかせた。
皆が混乱する中、光が戻ってきた。皆が王子の様子を伺うと、王子はシンシアが座っていたはずの玉座の前で立ち尽くし、呆然としていた。
「……まさか、彼女は……」
大広間に、シンシアの姿は無かった。
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