3:始動

 切華とアランが合流し、ようやく長期に渡った契約は締結した。欠け月にとって、汚点であった失敗の残滓は拭われ、切華もやっと気持ちが晴れたようであった。

「さてと、アラン、仲間の元へ戻る準備をしてくれ。私はすぐにでも君を団長の元へと帰らせたい。」

 アランはしばらく考えこんだ後、首を振った。

「すまないが、もう少しだけこの国の世話になりそうだ。…たしかここらに…」

 アランは、背後にある本棚に振り返り、資料のようなものを探しだした。机上に広げ、切華に読んで欲しい箇所を指差す。

「あったぞ。…この国で一番異質且つ、一番国民に忘れられている事件だ。」


 『王妃候補者失踪事件の解明 報酬10万リジー*』


「これは…一体なんなんだ?」

 首を傾げる切華を見、アランはメモ用紙を取り出し、スラスラと弱い筆圧で筆を進め、書き上げたものを彼女に見せた。そこには丁寧な字で、事件の内容の補足が書かれていた。

「要点をまとめた。資料と共に確認してくれ。王妃候補者の名前はシンシア・リーヴァ。当時、国一番の美女と呼ばれていた貴族で、王族に気に入られていたという。彼女は皆既日食の日、王子のシャール・ケイアスニスと結ばれる予定だった。だが、

いざ日が陰り、儀が終了しようとしていた際、彼女の姿が突然消えてなくなってしまった…と、私のもとに届いた資料には記述されていた。」


 切華はとっさに資料の記者を調べた。最終ページの裏に、本人の名前だろうか、

ウィルソン・ホークという名前が記載されていた。

「ウィルソン・ホーク…確か彼は、世界規模で活動している組織『モトゥス』の総責任者で、数多くの探求者を招集させ、世界の数多な事象を研究していると、情報屋から聞いたことがある。」

 切華の言葉にアランは興味を示したのか、嬉々として彼女の元へ歩み寄った。

「へぇ、そうなのか。資料の著者のことについてはまったく知らなかった。となると、やはり君は必要不可欠なのかもしれないな。……切華、約束したばかりで申し訳ないのだが、是非、事件の解決に向けて君の力を貸して欲しい。」

 切華は腕を組み、俯いた。彼女としては、いち早く二人で組織の元へ戻り、団長を安心させたいのである。じっと考えた挙句、納得できたような表情はしていないが、アランへと向き直った。

「欠け月のことを考えると、いち早く拠点へ向かいたいが……仕方ない。アランには散々助けられたのだし、私の力を貸そう。なにより……私ですら理解る。この事件は、放っていたらいけない、重要なものであることを……」

 切華は資料を適当に取り上げ、内容を確認した。

「まず、王妃候補であったにも関わらず、今の今まで国の人間殆どがこれを話題にしていないのが疑問だ。意図的に口封じをされているのか、それとも……妖魔などの幻術が国民の記憶に虚偽のものを混ぜているのか……後者はあくまで非現実的な考えではあるが、そのような事象が関わっていても可笑しくない程にこの事件は異質だ。」


 この世には多数の陰謀や秘匿されたものなどで溢れている。大国ケイアスの場合は、しかし全く秩序が保たれてるとて、治安が良いというわけではない。大衆は上級貴族により嘘を嘘で塗り固めた壁に守られ、同時に蝕まれているのだ。そのため、少女シンシアに纏わる不可解な出来事も、隠匿するのは容易く、それを国民は嫌でも飲まなければいけないのだ。切華だけでなく、アランもそのことを十分理解していたため、切華の言葉に異を唱えるような真似はしなかった。だが、後者の考えは別なのであろうか、おどけたような態度を見せ、事務椅子へと腰掛けた。


「できれば、呪いだ魔法だと理由付けして解決したくはないのだがな。とっくに信仰文化は廃れ、そういうものも大衆から排斥されてきたんだ。やはり、現実的且つ、確実な仮説は前者だろう。兎にも角にも、情報がまだ足りない。ケイアスにあまり高望みするのも野暮ではあるが、先ずは事件が起きたこの国で、情報収集を行おうと思う。十分な情報を手に入れ次第、先程の話題になっていた、ウィルソン・ホーク氏の組織、モトゥスの拠点へ向かおうと思うが、どうだ?」

 アランの言葉に、切華は黙って頷いた。完全に、助力する覚悟が出来たようであった。返事を受け、アランはパンッと手を叩き、不敵そうに笑みを浮かべた。

「よし、決まりだ。モトゥスについてもあまり知らないが、まあケイアスで行動しているうちに何とかなるだろう。あぁ、元探求者の血が滾る、滾る……」


 消滅した少女の真相を巡る血族の旅が、始まった。



*リジー:ケイアスの貨幣の名称。

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