第5話(終) 少女人形に祝福を
月日が経つのは早いものだった。
オルストマトフ・シュギルランは相変わらず、竜の仮面にローブを着こみ、城下町を歩いていたが、そこに前までいた少女人形はいない。
「メリーは今日も遅いかな……」
あれから医術人形、もとい国で初の自立人形ながら治癒術士の一人になったメリー・シュギルランは段々と父といる時間が少なくなってきている。
前まで着ていたゴスロリやフリルの付いた服は……着てはいるが部屋着のようなものになっているし、催促もなくなった。
「あ、ぱ……お父さん!」
「メリー、もう仕事は終わり?」
「今日は早くあがれって隊長さんに言われちゃって」
治癒術士の服、オルストマトフと対をなすような白いローブに赤十字の帽子を被るのは青い瞳をした女性だ。
だが指や手首の付け根はよく見れば球体だ、だが足や手は全体的に伸びて、顔立ちはより女性らしくなった自立人形……メリーにオルストマトフは「そっか」とだけ言う。
「そんなに誕生日って大事なのかな?」
「ティアデリアでは大事な日だよ、どんなに納期迫ってったって、大工でも医者でも帰るのが普通さ」
「ふぅん……まぁ、今日の分の仕事は終えたしいいんだけど、いつももっと遅いから違和感あるなぁこの時間だと……」
「あはは……治癒術士は本当、いくら経っても大変だね」
「千年前から変わらない?」
「治癒技術が発達しても、いつでも病気で困る人はいるんだなって」
雑談をしながら歩いていく親子二人、会話が少し変わったし、メリーの背丈も変わったが、どこか変わらないようにも思える。
「そう言えばこの前ね、自立人形でもいいからお付き合いしてくださいって言う人いたよ」
「えっ……」
「心配してくれてる? でも断ったよ当然」
「ほっ」
「私はパパも介護しないといけないから、ってね」
「っておいおい!」
「冗談だってば、パパってば相変わらず冗談と流行には弱いんだからー」
仮面が落ちそうになったが、オルストマトフの身体はまだまだ丈夫そのものだ。
介護なんていつになるかはわからないが、まだ世話になるほど耄碌もしていない、と、メリーの頭を荒く撫でてから、父は溜息を吐いて城の中、そして石牢の自宅にたどり着く。
「ただいまストーカー!」
歯車の合わさるような音が響き、三角巾を付けた黒鋼の細い赤目人形は頭を下げる。
メリーは頭を撫でてから、ローブを机に投げ捨てて、フリルをあしらった人形の下着だけで椅子に座って読書を始める。
オルストマトフはもう慣れているのか、毛布だけはおらせて、自分は椅子に座って設計図の用紙を広げ、それに人形のパーツを書き込んでいく。
「パパ、そう言えばいつティアデリアからは出るの?」
「あぁー……あと十年くらいしたら出てくよ、もうそろそろ年齢的にも違和感だろうしね」
「私も付いてくからおいてかないでよね」
「いや、でも」
「私はパパの娘だよ? 付いてって当たり前、連れてって当たり前!」
「ははは……強情なとこマリアにそっくりだ」
「マリア?」
「えっ、あっ」
「もしかしてお母さんのこと!?」
「あっち行ってなさい! あと服着なさい!」
ねぇねぇ教えてーと抱きつくメリー、何ら変わらない幼さにほとほと呆れつつも、オルストマトフはメリーではなくどこか遠くを見つめて思う。
自分に、本当に娘がいたとしたら、やはりこんな感じだったんだろうか。
マリアに呆れたように笑われながら過ごす。
そんな自分がいたかもしれない、だがきっと国を捨ててもできなかっただろうそんな奇跡を思いながらメリーを優しく離す。
「マリア王女、まぁ、そうだね、お母さんの名前」
「良い名前だね、メリーとも少し響き似てるし」
「強引な性格もね、あ、痛い痛い、鱗剥がそうとしないで! 冗談!」
お母さん、話すどころか、千年以上前に亡くなった女性の事をそう呼ぶメリー。
きっと彼女には素晴らしい人だと思っていると思う、オルストマトフもあれ以上の女性はいないと思いながら、完成した設計図を籠へと入れていく。
渋々シーズンで買ったキルマテッダの秋服を着るメリーは、ふと父に聞いた。
「そう言えばパパ、この前言ってたサプライズって?」
「――あぁ。見せてあげるよ、おーい、出てきていいよ」
「……」
「え!?」
いつの間にかメリーの後ろに、彼女より少し小さめだが、よく似る……金色の瞳に金髪の女性人形が立っていた。
「紹介するね、この前ようやく心が固まってうまれた」
「ミューリ、よろしくねお姉ちゃん。パパ、抱っこ」
「え、はいはい」
「ちょ、ちょ、急に!? それに妹って、それ二年前の私の身体!!」
「急にできたから材料もなくって……。あ、こら、モフモフするのはくすぐったいからやめなさい」
「あーずるい! お姉ちゃんに譲って!」
「妹に譲るのがふつう……モフモフ……」
「ミューリー、ちゃんと自己紹介を~……」
新しく心を作ってから出て行こうかとしたのだが、わずか五年で心ができあってしまい、オルストマトフはミューリと名付けた。
もしも、自分に娘ができたらと考えて浮かんだ名前、それがミューリ。
もう声は届きもしない、いくら悪魔に何かを差し出しても死者の復活などできないだろう。
だがせめてマリアと言う素晴らしい女性がいたことを忘れないように、永遠ではないかもしれない自分が死んでも繋がるように、どうしても。
「はいはい、とりあえず僕はもう寝るからメリー、朝になったら学校に連れてってあげて」
「えぇー!」
「パパと寝る」
「んー! 私もじゃあ一緒に寝る!」
「ははは……両手に花だね」
「パパもなんか言ってよー!」
「パパも私と寝たい、きっとそう」
「二人とも静かにね」
きっとこれから何か大きな困難が待ち受けるかもしれない、もしかすれば……明日には死んでしまうかもしれない。
だがやることはやった、それに不幸が自分に降りかかるならばそれでいい、むしろ今まで生きてこれただけで、こんなに幸せでオルストマトフは満足だ、強いて願うとするならば、
この二人、少女人形に祝福を――
少女人形に祝福を 且元やさみ @katumotoyasami
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