第4話 不器用な優しさで
「えっと、キマイラ? お髭ないね」
「髭がないキマイラもいるさ、それにキマイラじゃないからね」
「んと、えと……」
「分からないのも無理ないさ、あぁ、でもこれだけは。元は人間だったよ」
そう言いながら、オルストマトフ・シュギルランは手を差し出す。
メリーは思わず顔を触ろうとした手を引いてしまったが、そっと手を握る。
先程握った父の――人間の手には変わりない、人工皮膚でも感じられる温もりが確かにある。
「胸とお腹の毛はモフモフしてるけど、でも手は鱗で、あれ? 目も蛇だけど、背中はヒトで……モフモフで……」
「……気に入ったの?」
「うん!」
「じゃあもうやってていいから聞いててね、そうだね……僕が生まれた時からの話かな」
***
昔、ゼペット国って言う小さな国があったんだ。
そこの人形を作る職人の家、シュギルラン家の一人息子として生まれたのが僕……オルストマトフ・シュギルランだったんだ。
そこで色んな事を学んだけどね――いや、信じてほしいんだけど、ほんと僕は不器用でね。
人形自体、そもそもパーツどころか、人形の操り糸一本作るのも人の三倍はかかる程でね。
よく父さんには殴られたし、母さんは見て見ぬふりで、すごく辛かったけど、作るのは嫌じゃなかったからね、いつか見返してやるって気持ちでいっぱいだったよ。
そんな中で、十八歳になる頃に僕の家にある依頼が来たんだ。
女の子の人形を作ってほしいっていう依頼さ、ありふれたものだったんだけど、その相手が驚いたことに、ゼペット国の王女様だったんだ。
自分もパレードとかで見たことはあったよ、人形みたいな……完璧って言ってもいいくらい顔立ちが整ってて、十八歳の僕でも……まだ王女様は十歳なのに国中の人が、老若男女問わず立ち止まって見とれるほどで……。
それでね、その依頼にはさらに条件があって、なんでか僕をご指名だったんだよ。
操り糸一本も満足に作れない息子を王女がご指名、父さんはもう人形や道具を僕に投げつけて、滅茶苦茶に暴れて、母さんもついにはとばっちりで殴られて、何て言うか地獄絵図だったよ。
家からボロボロのまま追い出されて、勘当言い渡された後、僕はそのまま王城に向かったけど、なんでか王女自ら兵士と出迎えてくれてね。
何で僕を指名してくれたか思わず聞いたよ、そしたらその有様になるような人間に、自分の仕事は任せられないと――王女様が言ってね。
その後、すぐ治療に無理矢理風呂に放り込まれて、着替えさせられて、包帯顔のまま謁見の間に連れてかれたんだ。
そこにいたのはもう何回も遠くでは見たことがある、王様でね……。
もう緊張しかしてなくて、言葉が出なかったけど、優しい顔のとおり「よい、よい」って優しく言ってくれてね。
依頼って言うのは、依頼って言えるほどじゃなくて、王女の我儘に近かったんだ、驚いたよ……人形作りをしたいんだってさ。
けど僕の父さんはやっぱり前から嫉妬から暴れるし、母さんも口ばかりでロクに作れなかったのも御見通しでね……。
王女に教える代わりに衣食住は保証してくれるし、給金も出るから勘当されて良かったなんて思ったっけ。
そこから奇妙な生活が始まったんだ、城の地下にある部屋で寝起きして、知識だけなら分かってるけど不器用な僕の鞭撻で、王女はどんどん上達してったよ……。
やっぱり自分が不器用なんだなぁって思ったけど、王女は少しだけ、でも僕にはまるで女神に見えたよ、大げさでもなくて本当にさ、と、そうそう、ちょっとだけ微笑んで言ってくれたんだ。
『――オルストマトフさんが教えてくれるからですよ』
いや、まぁ照れてその時は作業どころじゃなかったよ。
八歳も年下の女の子に何やってんだって話だけどね、すごく、すごく心が温かくなったなぁ。
それからもどんどん王女は上手くなってった、もう自分必要無いんじゃないかって思ったよ……けど十年経っても自分は王女に人形作りを教えてたよ、二十歳になった彼女は……姿こそ十年前が成長した感じだったのに、城の中では工具を片手に、頬や腕に油とかまで付けるまで熱中してたよ。
流石に王様に怒られると渋々着替えたりしたけど、やっぱり楽しいらしくてね、僕によく作った自動人形とかを見せてくれたっけ。
でもまだまだこんなもんじゃないって、勉強もできてたから言われなかったけど、僕やっぱり必要ないんじゃって何回も言ったけど、その度に「オルストマトフさんがいないと誰に見せたって意味が無い!」って言うんだよ……あぁー、この人面倒だなって思ったよ正直。
でも、嬉しかったな。
初めて自分を必要としてくれた、自分のいる意味を持たせてくれた人だったから。
だから、だからね、ある日、王女に婚約者ができたって聞いた時にはすごくショックだったんだ。
間男とか思われかねないから、当然自分がいることもできないって思ったし、給金もあるから旅に出も出ようかと思ったんだ。
それでも王女は……僕に居てくれって、泣く程言ってくれたんだ。
そもそも王女や国王は一方的に申し込まれてしまって、相手も大国……そこの第二王子だったらしくて、資金的な面でも、当然戦争になりかねないことを恐れて断り切れなかったらしいんだ、酷い話でしょ、でも割とありふれたことだったんだよ、いやいまでもあるかな。
それで王子と王女は複数回会っただけで結婚だよ、あー、王子はどうにも太ってたし顔も豚みたいだったなぁとしか思えなかったけど、王女は相変わらず綺麗だったな。
花嫁衣裳着こんで、いつも通り無表情だったけど、美しさは変わらないよ。
そして結婚後も人形制作さ、でも王子はそれが気に入らなかったらしくてね、王女が口を開けば人形や、僕の話だったのが。
……ある日、事件が起きた。
僕が夜中に城の廊下を歩いていた時、突然囲まれてね……慌てていてね、抵抗もできず――僕の身体に、頭からタライで酸をかけた。
なんとか前に出して一人を突きとばしたから手首から先、それに拘束されてたから背中は大丈夫だったけど、もう他がダメだった。
全身がとてつもない痛みで、床を何回も転がって、叫び声を上げて一番に気づいたのは王女だった、すぐに治癒術士を呼んでくれたけど、酸が如何せん強力過ぎたんだ。
皮膚は戻らないし、頬も溶けて口が裂けたみたいになって、激痛で感覚がマヒしてきて手足の指さえ満足に動かせなくて。
王女はすぐに王子を問い詰めたんだって、そしたらすぐ白状して、僕に嫉妬して本気で殺すつもりだったらしい。
王子との婚約はすぐに破棄さ、王女の教師役への嫉妬で殺そうとする王族なんか恥さらしってことですぐ自分の国からも追い出されたらしい、よくわかんないや、聞きたくもなかったし、もうすぐ死ぬ覚悟もできてたからね。
でもメリー、人間って意外に丈夫なんだよ。
もう体も動かせない、それでもまだ息があってね、でも麻酔を無理矢理打たないと激痛で自殺したくなるほどだったよ、女性じゃないけど自分の姿が水や鏡に映る度にみじめになった。
それでも王女は毎日来てくれたんだ、しかも自分の包帯も変えるんだよ、まだ医学が今ほど、そんな発達してない時代だから手でやるしかないのに、蛆がついたり、膿が飛んでも構わずに。
それがもう、自分にとっては生きる希望になった。
王女は、いつしか女王になっても自分の事を気にかけてくれた、それでね、いつも言ってくれたんだ。
『――いつか、また人形を一緒に作りましょう!』
変わらない笑顔で、そんな僕は涙が傷に染みたっけ。
でもやっぱり限界がある、女王だって国の長だ、時間だって分単位で動かないといけない時があるから、これ以上は迷惑をかけれない。
でもまともに起きもできない、そんな中でふと城の女中が言ってたんだ、最近悪魔が城に居て、身体の一部を悪魔の身体の一部と交換に代償に願いをかなえてくれるって。
そんな顔しなくても、悪魔って昔は結構身近だったんだよ、今だと余程の事じゃない限り見ないけどね。
あぁ、昔の悪魔はそうなんだ、人間の身体は社会に紛れ込むのに必要で通貨になる魂をより集めやすくするために、そっちを請求する奴もいたんだ。
それで、僕の所にも当然来たんだよ、蜥蜴のような奴が最初で、僕は激痛を我慢してすがったよ、自分を動ける身体にしてほしい、って。
でも悪魔は首を振る、代償が足りないんじゃない、願い事の意味がよくわからないって。
そりゃそうだろう、こっちが痛み我慢しているとは言え五体満足、動けるようになんて意味が分からないって。
だからしばらく考えて、僕は言った。
『手首から下、それに両目を交換するから、体の痛みをなくしてくれ』
って。
それならわかったのか、悪魔が手を合わせると僕の手は鱗で覆われて、眼も丸で蜥蜴みたいになったけど、体中の痛みが無くなった。
すんなり渡したせいかな、それから毎日別の悪魔が来た、僕は……女王に迷惑をかけたくない、その一心でどんどん願いを叶えてもらって、人間の身体と悪魔の身体を交換したんだ。
そうだね、蜥蜴の次に来たのは鳥の悪魔。
そいつには足を太ももから先を二本やって、顔の皮膚を戻してもらった。
次は鮫の悪魔。
そいつには歯をくれてやった……あぁ、この裂けたのはどうしても治らなくてね……それでいつ襲撃されてもいいように夜でもちゃんと見えるようにしてもらったよ。
次には狼の悪魔。
そいつにはなんでか気に入った前半身をやって、今の時代……その時は遥か先の技術で作れるような人形や、本当は人形だってことを隠すために使う人工内臓の知識を貰った、ここは何て言うか完全に父さんを見返すための私欲だったね。
何でそこまでしたかってね、女王から離れたかったんだ。
違うよ、嫌いになったんじゃないさ、女王にこんな男に構うより、民草の事を考えてほしかったんだ。
そもそも女王の我儘から始まったとはいえ、強く断れずに城をふらついた自分も悪かったんだ、だから。
でも女王は僕の姿を見ても別段驚かなかった、ただ嬉しそうに人形制作の道具を引っ張って来てね、一緒に作りましょうって。
もうすっかり変わり果てた僕でも、彼女には変わらない、オルストマトフ・シュギルランだったんだ。
それから続けた、相変わらず不器用でこれも交換しようかと思ったけど、王女は変わらない僕を見て嬉しそうだったから……ここは変えなくてよかったなって思う。
いつしか僕も器用になって来たんだけどね。
あぁ、彼女は素晴らしい統治者として、そしてオルストマトフの弟子として――四十五歳の時、流行病で亡くなった。
皆悲しんだよ、お世継ぎもいないからもうゼペット国も無くなるから。
女王のお葬式が国を挙げて行われた後、市民はみんな出ていった、兵士たちも異動するその中で僕はただ女王に死ぬ間際に渡された手紙を読んでた。
『もしも、女王ではなくただの村娘で、あなたも普通の人だったらきっと恋に落ちていたでしょう』
『はしたないかと思われますが、あなたとの子であればどんな悪魔のような見た目でも愛せていたと思います、いや、愛せたでしょう』
『その為に名前も考えていたんですよ? 男だったらコルレット、女の子なら――』
『妄想が過ぎるかもしれません、あなたと過ごした三十年の間、ずっとそんなことを思ってました』
『それが、叶えられれば良かったのに』
『今までありがとうございました、私の愛することができた唯一の人、オルストマトフ・シュギルラン様』
手紙を読んで、僕がしたのは、一人墓地でつまらなさそうにしてた、継ぎはぎだらけの人間のような悪魔に交換を申し込んだんだ。
願いは、「心の作り方を教えてほしい」。
悪魔は別にいいが悪用するなよといった、僕は悪用なんてするつもりはなかった、背中は人間とあんまり変わらないけど……もう、僕はほとんど悪魔と呼んでも差し支えない存在になったさ。
それでも良かった、悪魔は不思議そうな顔をしてたけど、僕は頭の中にもらって思い浮かんだ心の作成を早速やったんだ。
意外に簡単なんだ、漂ってる魔力を集めて、それを瓶詰して激しく動かさないだけ、何十年も。
……地震や落雷、雪崩のせいで、何十回も失敗したよ、でも悪魔の身体になった僕は……百年経っても、千年経っても、下手な天災に巻き込まれても死ななかった。
何十回と国が滅びて、生まれて、新しい知識が生まれるのを見てきた中で、やっとたどり着いたこの国で、ようやくちゃんとした心ができたんだ。
温かい、綺麗な王女の青い瞳のような青色の心。
偶然かもしれなかったけど僕は飛び上がるほどうれしくて、それでもう何百年もやってなかった人形の製作をした。
僕は地味だし、きっと王女に似た子になればすごく可愛かったんだろうな、って思いながら、何回も試行錯誤して、ようやく人形ができて心も完成した。
心を入れて、最初に言うのは決まっていたよ、女王……王女が残した手紙に書かれてた名前、あぁ、そうだよ――。
***
「メリー、君の名前だよ」
「私の名前……そう、だったんだ」
「どうだったかな、引いた?」
「おとぎ話みたいで、全然実感わかないんだ、でも、でもね」
メリーはただ、父の胸へと顔を埋めて、目を瞑って呟く。
「……パパは、いつも誰かの為に頑張って来て人なんだって知れて良かったかな」
「……そっか……」
「パパ」
「ん?」
「――私を『うんで』くれて、ありがとう! 大好き!」
「僕も」
鱗が少し痛い、ずっと抱きついて丸まった毛がごわごわするし、頬のあるであろう部分からの呼吸音は少し怖かった、でも父は変わらない優しい人だ。
メリーはしばらく抱きついてから、「こんなにモフモフ……狼の悪魔さんと全部とっかえっこしたらよかったのに」と言って、「人形作れないよ……」と苦笑交じりに言われたのであった。
メリーは口に出さないが思う。
オルストマトフ・シュギルランと言う人は、人形制作だけではなく、きっと生き方も不器用なんだろう。
何もかも誰かを思って、自分の事をあまり顧みれない、そんな不器用な人。
けれど、きっと誰よりも優しい心を持って生まれたこの父の元に、人形に作られた心と言えども、自分は生まれてきて良かったんだと、メリーは思いながら、眠り始めた父の隣でただ微笑んで思うのだった。
自分の心の色と同じだと言う、ガラスの青い瞳を、輝かせて。
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