第3話 父の秘密?

オルストマトフにとっては元より、資金があればそれでよかった。

メリーの部品整備や清掃、新たな服を買うために八割方、生活費に一割使ってしまう。

あればあるだけいいものではあるが、すぐに消えてしまうのが悩みの種であった。


それに今の秋と言う季節では、年に一度の大収穫祭、キルマテッダの新作、学校の秋期間の学費……兎に角金のかかる時期だ、今日も彼は人形の整備をしながら、帳簿の残り金額を考えてどう仕事を増やそうかと模索していたのだが。


「私、今年の秋は、キルマテッダさんのとこのじゃなくて、パパのお洋服でいいよ!」

「……え?」

「あ、えぇとね……」


オルストマトフは思わず、人形整備する手を止めてしまった。

作業中に話しかけられたのでシーズンの新服催促かと思っていたのと、メリーが妥協しているという事実が受け入れられなかったためだ。

彼女はオルストマトフが長い年月をかけて錬成したという「複雑な心」を持っているのだが、オルストマトフに似たのか、性格のベースが女性だからかはわからないものの、とにかく彼女は流行りの物や新しい物を好む。

毎年、どころか三季(春・夏・秋)の移り変わりごとにキルマテッダの新作服を欲しがるので、意外すぎる言葉に呆けてしまったのである。


自分の作る服はと言えば、フリルなどが付いているし、市民女性の親が作る物よりも凝ってはいるが、基本的にデザインは同じだ。

同じものばかりと文句を言いつつも、普段着として教室に行く、オルストマトフの仕事などでの付き添いの際には必ず着てくれるので嬉しく思っていたのだが。


「その……」


いつもと違って言葉を濁らせるメリー、オルストマトフは仮面の下にある顎に手を当てて、考えてしまう。

メリーには知識としても必要ないと思い、基本、服や材料の請求書などを見せていないので、家計の把握は難しいはずだ、机に置いてそのままもまずない。

となれば誰かに教えてもらったのかもしれないが、キルマテッダがわざわざ教えるとも思えないし、メリーの通わせる学校に勤務する教師も、同じ国仕えであるが給金などが桁違いの自身を嫌っている者も多いが、そんな相手の嘘をそのまま飲み込む自分の娘とは思えない。


「何か……うん、同級生に言われたのかな?」

「えっ? う、ううん、なんでもないから大丈夫! 私、ストーカー洗ってくるね!」

「あ、メリー……」


隣の部屋、牢獄をそのまま住処にしてあるので少し離れた区画と言えばいいのか、そちらで服や下着を脱いで素体になってから、オルストマトフの作品であり、メリーの次点に誇る戦闘用自立人形「ストーカー」を洗い始める。

オルストマトフは首を傾げながら、よもや自立人形ということでメリーはいじめにあっているのか、それとも「自分(オルストマトフ)の娘だ」と誇りを持っているが、それを馬鹿にされたか……。

いずれにせよ、彼がようやく再開した作業を遅くして、再び止めさせることには十分な効果だった。


素体のまま、言葉にならない音を漏らすストーカーと話す愛娘を見てから、一先ず描いていた新規戦闘人形の設計図を丸めて同じようなものを入れる箱へ突っ込むように片付けると、黒金のミシン台前へと座る場所を移す。

彼は一人娘のいる父親であるが、それ以前に人形師どころか国を代表する一人の「職人」だった、作れと言われたら――。

しかもそれが、娘からの頼みとあれば父親と職人、両のプライドと言うモノが彼にも存在していた。


ローブを脱ぎ捨て、ついには仮面さえ床へ捨てるように放り投げると、艶のある黒髪をランタンの灯かりで輝かせながら背中を丸めて設計用紙に何かを書いていく。

ほとんどに数字が書かれていて、その横には材料であろう布やボタンなどの種類を、そこから素早く、大ざっぱに服の形へと変えていくが、何か気に入らなかったのかすぐに丸めて床に捨て、それをすぐ屑籠へ捨ててから、また新しい用紙を出し……その繰り返し。

それをメリーが替えの下着と服を着る中、何回と繰り返し、娘が隣で座って見てこようが、隣で医療の教科書を見ようとも、無言で繰り返す。

何十回と繰り返す中で、ようやく納得のいくものが作れたのか、立ち上がってうんうんとうなずいた。


急いでまずは仮面から付けていき、ローブを着直すと、オルストマトフは娘をいつものように抱かず、丸めた設計用紙や重そうな麻袋を両手に持つ。


「あれ、パパ、お出かけ?」

「キルマテッダのとこまで行くよ、ストーカーはちゃんと拘束機関、点けてある?」

「うん」

「じゃ、行こうか。あぁ、ちょっと長くなるし、本でも買ってこうか」

「なんでもいい? ケフェル国の歴史とか」

「ははは、渋いのいくね、もう少し実用的な本買おうか?」

「パパのお勧めはあるの?」

「たくさんあるなぁ、いくつか紹介するよ」


いつもの怪しい服装になってから、メリーにゴスロリ調、乳白色の服を着せていく。

オルストマトフは「でも午後はちょっと忙しいかもしれないから、本屋は午前中だけね」と言って外に、城の中を通ってから衛兵に挨拶して正門横の屯所から町へと向かう。

メリーはいつもより多い父の荷物に違和感を抱きつつも、黙ってついていくだけだ。

竜の仮面からは何も読み取れなかったが、本屋で珍しく一冊だけでなく三冊も購入したし、何よりいつも隣で見る重騎士のような足取りが軽いようにも見える。


「キルマテッダ! ちょっと作業場を貸してくれ! あとメリーを頼む! あいっりがとう!」

「はあ!? 今日は私、昼から休みを……おい話を聞けオルストマトフ! 何がありがとうだおま……聞け!!」

「あとで服は買うからだってー、ごめんなさい」

「何があったんだ……うわっ」

「道具代、多めなはずだから問題ないはずだよね。いくつか貰うよ」

「あ、あぁ……」


キルマテッダに麻袋……破れて落ちていく物を見てかあキルマテッダとメリーが覗くと、銅貨が大量に入っていた。

あまりの量に思わず見とれるメリーに「いい子にしてるんだよ?」と言って頭を撫でてから、オルストマトフは素早く裁縫道具に筆記用具や定規を集め、空いてるミシン台に座ると、図面を出して横に広げ、指を動かしていく。

大量の布と道具に囲まれる姿、キルマテッダには人形や服飾の職人と言うよりは、何かの儀式の準備をする狂信者に見える。


「どうしたんだ、あいつは」

「私が誕生日、パパの服でいいって……」

「それでわざわざ? 城の中でもいいのに、わざわざここで」

「むぅうう……なぁ、キルマテッダ! ちょっと聞きたいことあるから来てくれ!」

「はぁ!? ちょっと待っててくれメリー、クソッ、なんだオルストマトフ!」


オルストマトフから図面を見せられ、いくつか材料や色の合わせを聞かれると怒り気味に、だが的確な助言を返していく様子を見ながら、メリーは大人しく近くの椅子に座り、購入した「国創神話」と言うモノを読み進める。


ティアデリア王国がどうやってできたか、と言うのは何千年も前から文化が他よりも発展してきたというのに、そこに至るまでは詳しいことが分かっていないのである。

代わりに広まったのが、唯一この国にあるいつ頃から建ててあるのかもわからない、古い神殿にあった石の古文板を翻訳したもの、それが国創神話だと、父が買う時に言っていた。


「まったく、いつもより高揚気味だな、あいつ。久しぶりに見て動転したぞ」

「そうだね……キルマテッダさん、パパってああいう時少ないの?」

「前にあんな様子を見た時はストーカーが完成した時だったな、もう結構前だ。今回はよくわからんけど……」

「メリーのお洋服作るのが楽しいのかなぁ」

「うーん、あいつは何が楽しいとかが良くわからん……。まぁ、少なくとも、人形作りやその修理、設計は楽しんでると思うぞ」


父のいつもより高いやる気、だがメリーは心こそあれ、感情への理解はまだ乏しい。

それに、常に一緒にいるが――キルマテッダの方が知っていることも多く、それに、父が自分の過去を語ってくれたことはあまりない。

少し前まで気にならなかった、だが、今彼女は気になって仕方がない。


「帰ったら聞いてみよっかな……」

「ん? 何を?」

「パパの、色々……言ってくれないかもだけど……」

「別に遠慮することないと思うんだけどなぁ、親子でしょ? オルストマトフも」

「……うん!」


オルストマトフ・シュギルランの人形制作はよく見るが、服飾の作業を行う姿を見たことが無いメリーは、音を立てて行儀悪く紅茶を啜るキルマテッダと共にそれを見守る。

時折「これなんか違うな……」や「あれ……」と言うので不安だったが、本職の女性でもあるキルマテッダがすぐに注意やアドバイスを行ったので、夕方には満足そうに体を伸ばしていた。

まだ未完成のようだが、いつものゴスロリと違い、どうやら模様のある刺繍付きのワンピースのようだ。


キルマテッダがそっと広げると、感心したようにうなずいて「仕上げは無理でしょ。完成間近になったらそれくらいはやったげる、この前人工内臓の調子も見てもらったし」と言って、【非売品 触るな 触ったらぶん殴る】と書かれた札を置く。


「ありがとう、今度オフシーズンの時に仕上げまで教えてくれる?」

「勿論。ってかここまで作れるならメデルセダンの所で料金の代わりに教えてもらったらどうだ?」

「んー、ちょっとあの金ぴかの中でやるの嫌なんだよなぁ」

「メデルセダンさんもぴかぴかだもんね」

「だね」


メデルセダン、キルマテッダと並ぶ男性の服職人「マエストロ」、その一人であるメデルセダン・ノージャリアルトのことだ。

平民ではないが元没落貴族で、聞いただけでも震えるほどの額の借金があったそうだが、キルマテッダの就職とほぼ同じ時期から金糸を駆使している奇抜なセンスと派手さが人気を呼び、借金も返した上に一等地で店を構える人物だ。


メデルセダンの作成する、金色が八割の服は自分やメリーに似合いはしないと百も承知なので、服こそ買わないが、彼の店で見本とする女性型人形の製作及び販売で、国王以外では一番のスポンサーでもあるのだ。


「それならうちでもいいけどね、来年からはうちの服買わないつもりなのが嫌だけど」

「そんなことないよ! ね、パパ、買ってくれるでしょ?」

「おいおい……まぁ、僕のセンスとキルマテッダのセンスじゃ全然違うだろうし、ちゃーんとシーズンでは買うから」

「だって!」

「メリー、あんたが人間だったらパフュッテの一瓶はおごってたわ」


日は傾き、月が出てきた中で、キルマテッダに手を振りながらメリーは身軽になった父と手を繋いで帰路に着く。

いくつも針を刺した跡があり、少し骨ばっているもののちゃんとした温かさを感じる父の手は人間そのものだ。


だが、メリーが今抱くのは仮面の下にある顔、体、腕や足への疑問だった。

我が家でもある石牢に着いて、ふとメリーは下着だけになった父の手を引く。


「ねぇ、パパ、あのね……」

「ん? どうしたの」

「――パパって、人間じゃないの?」


無難な質問からかと迷ったが、決心が鈍りそうだ。

そんな気がしてならない人形は、じっと仮面を被っていない創作者を見据える。

その顔、目はまるで蜥蜴のような金色の鱗目、口は耳まで裂けていて、臼や平たい歯ではなく鮫のような鋸歯が並ぶ。

見える体も前は黒色の体毛で覆われており、だが背中はいくつもの縫合跡がある人間の皮膚、腕は手首のギリギリまでが鱗で覆われており、足に至っては鶏の脚そのものだ。

最初に見た時は思わず叫びそうになったが、そこにいたのは何ら変わらない父だった、メリーはそう思い、口をつぐんできたのだが。


「まぁ、普通はそう思うよ……」

「あの、あのね」

「キルマテッダと話してて気になったのかな、謝ることない、いつかは話さないとならなかったことだからね」

「……パパ……」

「身体を拭いたらちょっと話そうか、僕のこと。お茶とかはないけど」


メリーの頭を、「人間」の手で撫でながら、少し困ったように笑うオルストマトフ。


「少し長くなるけどね」

「その前に服着てね!」

「あはは、ごめんごめん……」


なんてことないやり取り。

だがそれに、いつもと変わらない父に少しメリーは安堵したのだった。

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