第2話 服師のキルマテッダ

ティアデリア王国の王宮人形師、オルストマトフ・シュギルランはコートに竜の仮面と、怪しい格好のまま服屋の待合室で巾着袋に入った金の数を数えていた。


「メリーが泣き落ししてくれて三倍近くになったな……。目薬さしてやったけど、まさか人形とは思わなかったんだろうな、さてと、選び終わったかな、メリー?」

「パパのスケベ!!」

「表現が昔すぎ、るぶぇっ!」


カーテンをめくると高級そうな人形用下着を付けただけの、彼の最高傑作とも言える人間の美少女のような自立人形、メリーが縫いぐるみをオルストマトフの仮面にぶつける。

仮面がずれたのを直しつつ謝ると、オルストマトフはため息を吐きながら今度は紙金、札束の整理をしていく。


「しかしなぁ、服も高くなったし、そろそろもう少し凝ったのを作れるようにしようかな……色違いの量産もいい所だし」

「パパ!」

「うん? 着替えれたのかな……どうしたんだい」

「これ見て、お嬢様みたいじゃない?」

「おぉー……」


普段着と言うか黒と紫のゴスロリ調の服から、乳白色で統一された、フリルの多いロングスカートの春服になったメリーはその場で一回転する。

店員の一人も見惚れる中で、オルストマトフは顎に手を当ててから、メリーのスカートの裾を上げ、金貨の入った袋を取り出してそれを店員に渡す。


「裾上げなどは」

「僕がやれますから。メリー、行くよ」

「はーい」


オルストマトフがメリーを抱き上げると、店員が銀貨袋を女性の店員に渡すと、その女性は舌打ちしながら受け取った。

態度は悪いものの、それを咎める者はいない、彼女はこの店の主であり、この国の服職業を担う「マエストラ」キルマデッダ・ゴルディーノンであるからだ。

口だしすればその場で職を失うことにもなりかねない、店員の男性はただ困ったような表情を浮かべるだけだ。


「あの人形師には服関連の手伝いは不要だぞ、必要ない」

「そ、そうあんですか。失礼いたしました、オーナー」

「言わなかった私も悪い、緊張させてしまったか。あぁ、もう少しで昼休みになるが少し長めに休憩を取ってくれ、今日はメテル家の次男坊が来るから精神的に安定させておけ」

「ありがとうございます」


キルマデッダは銀貨袋を会計役に預けると、しばらく考えてから外套を着て外に出る。

鋭い眼で追うのは、ゆっくりと歩く人形師と人形の二人組、早足で追いつくと、人形師の肩にキルマデッダは手を掛ける。


「シュギルラン!」

「おわっ? あぁ、どうしたんだいキルマデッダ、お金足りなかった?」

「違う! お前に頼んでいた物はまだか!?」

「昨日にちょっと遅れるって言って了承したじゃないか……」

「そんな事は言って!! ……いや、酒が入って覚えていないだけか……」


オルストマトフが出した書類とその書いてある日付が昨日だということを確認して、鼻頭を抑えるマエストラ。


「でも珍しいね、昨日浴びるようにお酒飲んで、メリーと僕にも絡んできたし……」

「それはすまない、すまないなメリー」

「……ふん」

「私は昨日何をしたんだ……?」

「ここで立ち話もなんだし、喫茶店ででも話そうか。ほらメリー、次に秋作の服を半額にしてもらえるだろうし機嫌直して」

「うん!」

「おいふざけるな! ちょ、待て!」


***


「じゃあ四割引きでね」

「クソッ……。卑怯だぞ、シュギルラン」

「卑怯もへったくれもないでしょ、いいの? 君の高い作品買うお客減っても」

「脅しのつもりか? いや、いい、それでなんで遅れるんだっけか?」

「うん。実は国境にある洞窟の見張りで使っている、蝙蝠人形の改造頼まれちゃってね……。僕がやるんじゃないけど、設計図と材料費とかの見積もりしないといけなくて」

「そんな物までお前に頼ってるのか……」

「仕方ないよ、王宮人形師と王族が結ぶ契約だしさ。如何なる時も国の発展に助力せよ、それを覚悟で今でも居座ってるんだから」

「小型の人形にさえも頼るのはどうなんだ?」

「僕以外だと設計図を真似るのだって難しくしてるからね。それでも他国に流用されちゃ困るし、次は自爆機能でも付けたのがいいかな」

「やめておけ、落盤して同盟国との交流も取れんぞ」

「そうだね」


龍を模す仮面の下でククと笑う男に、舌打ちしながら国の名産品でもある赤葉茶を一気に啜るキルマデッダ。

それを見てオルストマトフは、「ん」と呟く。


「人工胃は大丈夫そう? なんかあればすぐ飛んでくけど」

「あ、あぁ。お前自身が、わざわざ私用に作ってくれた物だし、よほど変な物でも食わない限り壊れることもそうそうないだろうが……」

「それでも、ね? 遅れちゃったわけだし、今度は無料で調整もするよ」

「……悪いな。ただでさえいつも安値なのに」

「いえいえ。王宮人形師の前に一介の技術者なんだし、当然さ」


そんな彼の言葉に少しだけ、キルマデッダは昔の事を思い出す。


***


キルマデッダは小さい時から胃に病を患っていた。

胃酸があまり出ないというもので、ある程度大きいモノは消化できないからかすぐに吐いてしまうし、極端に熱かったり、冷たくするものもすぐに腸へと届いて悲惨なことになる。

それゆえ、ぬるい汁物やぬるめた水だけしか食せなかった、そんな生活が続いて、十五歳になった頃――痩せこけてふらつきながらも何とか街を歩く中で、ふと怪しい人物に声をかけられた。


「キルマデッダ・ゴルディーノンさん、ですよね?」

「……そう、ですけど、誰です、か?」

「あぁ、僕は王宮人形師のオルストマトフ。オルストマトフ・シュギルラン、って言うんですけど……あなたの両親からちょっと頼まれ事をね」

「王宮人形師って……! で、でも、なんで、私人形なんて」

「っと、人形じゃないですよ。僕は人形以外にも色々作ってて……っと、立ち話もなんですし、喫茶店に」

「は、はい……」


オルストマトフという男は、人形師でありながら、人形のパーツ作成から派生した人工内臓の作成も行っている技術者でもあるとか。

ただ、造形や理論こそ完ぺきではあるが、未だにテストなどもしていない人工内臓には買い手が付かずに困り果てているところだったと。

そこを服屋である彼女の両親が、娘の為に出来うる限り優秀な技術者をと探していたところに、彼が見つかったというわけだった。


「テスターなんで逆に金も出す、ですけどリスクや拒否反応が出るかもってことで誰も取りあってくれなくて」

「あ、怪しい……」

「でしょう? でも真実だ、ちゃんとお金も出すし、万が一故障でもしようものなら僕が責任を取ろう」

「それでも不安……」

「決めるのは君ですから、僕はこれ以上は何も言わないですよ。っと、すいません、少し設計図を見てもらった方がいいですよね」

「設計図ですか? なんで私に」

「一応こんな物ですよってのは説明したくて。少し歩きますけど、工房まで行きましょうか」


ゆっくりとキルマテッダにスピードを合わせながらも、オルストマトフの案内で向かったのは、王宮の中へ、そしてまた歩いて今度は不気味な石家のような建物へ入る。

中は片付いているが、臓器に似た、恐らく人工の物である鋼の塊が置かれていたり、時折人形のパーツがぶら下げられており、不気味だ。


「設計図はどこに置いたかなぁ」

「……? 人形……?」

「あぁ、今制作中の自立人形で。メリーって言うんですよ」

「可愛い……眠っているみたいですね」

「そうでしょう? 僕が作った中でも、一番の作品だと思います。触ってもいいですけど、汚さないように」


キルマテッダが唯一五体満足と言えばいいのか、完成しているであろう少女型人形の頬に触れると、少し冷たいものの、人工肌であろうか人間と同じような柔らかさがある。

この国では人形が簡単な作業などをこなすことは何百年も前から、最近では子供のお守りや十件以上の配達さえこなすのだ。

そんな中でも、人間と同じ感触の人工肌や、表情も喜怒哀楽程度はできるように改良は進められているのだが、如何せんそのレベルになると、人形師個人の技術であり、それを買うのは材料費の請求だけでも貴族でさえ購入が難しいと聞いた。


「今は心の錬成中で動きませんけどね」

「心の錬成?」

「そう、心の。そこにある瓶に入っているのがそうですけど、そちらは触らないように。今動かすと年単位の作業がパァになるんで……」

「心なんて作れるんですね……」

「簡単ですよ。ただ、時間が物凄くかかります」

「へぇ……でも、綺麗」

「僕が作った物ですよ?」


自慢げに言うと、オルストマトフはキルマテッダの前へと丸めていた大きな紙を広げる――自分の膝にキルマテッダを乗せて、密着しながらだ。


「とりあえず人工臓器の説明からですね」

「うぇ」

「どうかしましたか?」

「や……なんでも……」


緊張する、とは言えずに、臓器やその効能について説明していく。

子供ながらもキルマテッダにはわかりやすかった、まるで子供に言い聞かせるかのように、オルストマトフは難しい言葉も使わずに時間をかけて説明してくれた。


「……この仕事をしていると、どうにも本職よりこちらのが向いてるんじゃないかと思って仕方がないですね」

「そう、ですか? 人形も、綺麗だし、どうせなら講習とか、開くとか」

「それができないんですよ。人形師の技術は国の物でもありますし、俺の物、他人に一朝一夕で真似できるような簡単な技術でもないし」

「へぇー」

「でも、人工臓器くらいなら教えれますよ? どうです、これを機に」

「いいです……」

「残念ですね……」

「その、他にやりたいことが、あって」


キルマテッダの言葉に、「ふむ?」と興味ありげに反応するオルストマトフ。

少女はしばらく言いかけては止めを繰り返すが、五分もして、ようやく決意したようにうなずいて口を開く。


「私、服飾の仕事を、したいんです」

「服飾ですか」

「ここの国って、その、人もですけどお人形の服も、結構作ってるし、お人形の服はすごく、素敵だから」

「そうですねぇ、人形の服、隣国のお姫様が自分の服にする程にですからね」

「そこ、までじゃなくても。誰かが喜んでくれれば、嬉しいと思って」

「……そうですよね、僕もそうだと思います。ですけどこんな状態じゃ無理ですね、まずは胃の方をなんとかしましょうか?」

「っ! はい!」


その後、人工内臓へと変えて馴染むまでは時間がかかったが、二年も経つと見違えるように健康体になり、オルストマトフと共に裁縫などを勉強し、少し小狡かったが彼のお墨付きでなんとか中堅の服飾学校へと入学した。

貴族や王族の末子までもいる中で、平民の子であった彼女がスれた事もあったが、なんとか卒業し、町の有名な服屋「ウェリ・マネラ」に職人として入ることに。

そこで兵士の父に似た、目つきの悪くなった顔とは裏腹に彼女の作った女性人形の服は人気を博した為、すぐに高い地位を確立するのは難しくなく、三年程で店長代行と副職人長を兼任させられることになったのだ。


才能は元からあった、だが病気の身体ままであったら、五年もまともに生きられたかわからなかった、キルマテッダは態度にこそ出せなくなったが――


***


「オルストマトフ、ありがとう」

「え? どうしたの、突然」

「別にいいだろう、感謝の言葉くらい……。そう言えば今度、仕事でも終えたら店の方にでも来い、新作も幾つか公表するんでな」

「そうなの? じゃ、メデルセダン達から料金ふんだくって行こうかな」

「メデルセダン達が倒れない良心的な料金でな……?」

「わかってるよ」


オルストマトフはそう言うと、飽きたように虚空を見るメリーを持ちあげ、料金であろう銀貨一枚を机に乗せて去っていく。


「……新作か。そう言えば、そろそろ秋だな」


枯れ葉が混ざる街路樹を見ながら、キルマテッダは自分の店へと戻りながら、新作服の構想をするのであった。

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