少女人形に祝福を

且元やさみ

第1話

ティアデリア王国、医学の最先端に立つ国で、自動人形とも呼ばれる自立して動く人形や、子供から老人も付けれる義手義足等、人工内臓の生産に唯一成功している。

一見平和そうに見える国であるが、自立する人形の大群を使っての隣国への反撃、戦おうとする兵士を義手義足に操作魔術などを付けて無理矢理家に帰らせるなど「臆病」の烙印を周りから貰う。

そんな国の中心、王宮の中庭で怒りの表情を浮かべる純白のフリルが多い服を着た可愛らしいが小さな彫刻像ほどしかない少女、それに対を成すかのように黒のローブを羽織って竜を模した仮面を被ったままおろおろする人物がいた。


「買い物中止ってなんで!?」

「すまないメリー、その日に新しい人形の設計をしなければならなくなって」

「もう! パパなんて知らないから!!」

「あ、メリー! はぁ……」

「大変ですなぁ人形師殿」

「いえいえ。囮兵人形一師団分を操った時より辛いことはないかと、それに僕の可愛い作品ですよ、目に入れても痛くありません」

「まあわからなくもないですなぁ、ああして振舞いは子供ながらも医学の授業は誰よりも真面目に受けてくれていますし、問題を王宮内で起こしませんしな」

「……ふふふ、彼女の親は王宮人形師の僕ですからね」


人形師……この国に古来から存在する人形を操るだけでなく、作成から何まで一人で行う者のことで、現在この国での正規の人形師は六十という数のみだ。

その中でも王宮に在中する、王宮人形師とも呼ばれる男――オルストマトフ・シュギルランは、中庭でこの国の医学長である老人、ギレッド・ゴーンに笑う。


「メリーには王宮人形師の作品、その最高傑作としての自覚がなければ困りますし、医術人形になりたいと言ったのも彼女ですから。でも、そんな作成者を持ったメリーの方が大変でしょう、だからきっとああして普段では子供みたいに」

「いやいや何を仰いますか。自立人形にあそこまで人間らしさを持たせるなど、あなたにしかできないことですぞ」

「そうですね……しかし、いつか人間とも区別がつかない人形を大量に作って、争いが起きることもあり得ますから、メリー以外にはもう複雑な心を持たさないと思います」

「ふぅむ、そうですか」

「どうかなさったんですか」

「あぁ、いえ、ちょっと小声でも?」

「えぇ……」

「……実は王が大臣と話していたんです。王族達にそっくりな人形達を作って、式典や凱旋などに出させるのは人形にしようと。ばれないように、メリー殿のような複雑な心を持たせて」


それを聞くと、オルストマトフは仮面の下で大きくため息を吐いて、あの王はと呟く。


「それがばれた時のリスクは全て僕に押し付けないわけがないですから。それに、人形達がいつか本人であるかのように振る舞ってしまうことが一番よくないんです。とりあえずしばらくは王女にも近づかないようにしますね」

「それならば休日は一緒に買いものなどいかがですか? うちの孫もメリー殿が来れば喜びますしな!」

「そうですね。それまでは城壁の方の家にいますから、もしも義手義足の整備などで困ったことがあればすぐに呼んでくださいね。あ、メリー! 帰るよ!」

「……はぁい」

「あー、折角の服に葉っぱや泥が……。家に帰ったら掃除と洗濯だな」

「パパー、抱っこー」

「はいはい」


メリーを慣れたように赤ん坊のように抱くと、そのまま王宮の中から厨房、そこの裏口から城を出ると、城壁近くにある元は牢屋であった建物の扉に掛かった巨大な鍵を開けた。

その中は気味が悪いと思える程の人形のパーツや液体の入った瓶、一見してもなにを描いているかもわからない設計図が整理されて置かれているが、可愛らしい服やミシン、裁縫道具が置かれている。

人形のパーツを丁寧にどかすと、作業台の上に抱いていたメリーを置くと、ローブのフードを外してから、万歳をする彼女の着る服を脱がす。


服を脱いだメリーの姿、顔こそ表情豊かであった美少女かもしれないが、その身体……はっきりと分かれるパーツや球体関節で人間でないことを証明していた。

オルストマトフはため息を吐きながら瓶の蓋を開け、銀毛の筆を取って瓶の中の透明な液体に浸して余分に。

それをメリーの球体関節などに塗っていくが、クスクス笑いながら身をよじらせて時折狙いが外れて、様々な箇所にべたべたとつけてしまう。


「くすぐったいよー」

「我慢してくれ、ほら暴れるな」

「パパの筆、キマイラの髭製だから変な感じなんだもんー」

「うーん、街で流行りと聞いたけど変えたのがいいかな……ごめん」

「仕方ないよ、メリーがうるさいのが悪いし」

「僕も流行りに流されやすいのは直さないとなって。ほら、次は髪だ」

「はーい」


筆を置くと、次は大きめの瓶を取ると、白いクリームのような物をオルストマトフが両手に塗りたくるとそれを髪に染み込ませていく。

先程の瓶の液体は人形の関節の滑りをよくする魔物の血を精錬したもの、今染み込ませるものは人工髪用の薬剤で、汚れを落としつつも髪の艶を出す優れもので、カツラを活用する貴族も御用達であるとか……。

薬剤を染み込ませるうちに少し汚れていた金色の髪は、先程よりも艶がある物になっていくと、薬剤を布で拭きとってから今度は黒い、先程と同じような服を着せると、姿見の鏡を取り出した。


「どうかな」

「綺麗になってる! ねー、パパ、メリー次はジパングドラゴンのお髭ヘアーにしたい」

「何だそれは……」

「こうやって、こうして留めるの」

「あ、ツインテールのことね。いいけれど、メリーはそのままが似合うと思うんだけどなぁ」

「ついんてーるは、流行の最先端なんだから!」

「……こういうとこは作成者に似なくていいのになぁ」


頭を掻きながら、次は服が掛けられる場所の近くにあるリボンを取ると、それで髪を丁寧に縛ってツインテールにすると、再び姿見鏡を見せる。


「これでいいかな?」

「わぁ~……!」

「満足そうだね。ん、そうだ、この設計図が書き終わったら買い物に行こう」

「うん! 私、ルウェインの新しい服が欲しい!」

「え、マジ? ……設計図の料金を倍にしないと……」

「……ごめんなさい」

「いいよ、どうせ緊急に入った上に料金についても口約束みたいな物だから。メリーも僕の作る同じような服ばかりじゃね」

「い、いいよ! またお金がたーくさん入った時でいいから!」

「ごめんね、僕も貴族と同じような位なのに」

「いいんだよ、パパは優しいし、お勉強も教えてくれるし、いつも一緒にいてくれるもん」

「ありがとう、メリー」


メリーにハグをすると、そのまま抱き上げてから折り畳み式の椅子を出し、羽ペンが置いてある設計図を乗せた机の前にオルストマトフは座る。

膝にはメリーを座らせ、仮面を付けたままスラスラ、時には悩みながら線を引いていき、何度もため息を吐きながら何かのパーツなどを描いていく。


「どんなお人形作ってるの?」

「あぁ、兵隊型のだけど、パレードに使うからってちょっと複雑な動きができるのをね」

「へぇ~、あれ、今から作って間に合うのかな」

「だから急かしてるんだろうね。全く、普段から儀式やそれ系統のを練習しないからだ」

「パパと私の買い物の時間も取るなんて許せないもの、でもなんで練習しないのかな」

「人形に頼りすぎなんだ、人形を人間の代わりに動かすなんて言った初代の王宮人形師が悪いんだ。医学が発達して義手義足のお蔭で老人でも走り回れる国なのにね」


一旦羽ペンを置くと、メリーの頭を撫で、疲れたかのようにまたため息を吐く。


「でもまぁ、僕達がどうにかできる話じゃないし、流されてくしかないよ。さてと、完成させなきゃね」

「うん!」


そして夜が明ける近くまでパーツの細部や材料の説明までをも描き続け、ようやく終わると、何回ついているかもわからないが、長い溜息を吐いてから設計図を円筒状にして細長い連絡用の筒に入れる。


「メリー、行こう。今日はゆっくり買い物もできないけど」

「はぁい、ねぇパパ」

「うん?」

「料金は安くて、服を貰うっていうのは?」

「メリー」

「冗談なのに、もう」


そしてメリーと歩いて市場へと向かう、ローブではなく今度は竜の紋章が入る黒コートを着るオルストマトフ。

今日も一日が平和に過ぎていくのだった。

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