第2話後編
「敵戦艦轟沈!」
「おおおお!!」
「万歳!」
「大和」の射撃で「キングジョージ五世」が撃沈された。
四十六センチ砲弾四発が「キングジョージ五世」を貫き弾薬庫で炸裂し「キングジョージ五世」の船体は千切れ轟沈したのだ。
敵戦艦を轟沈した事で「大和」の乗員は湧いた。
「これで大和は強い戦艦だと証明できた」
有賀はようやく戦艦「大和」がその真価を発揮できたと満悦な顔だ。
「敵機来襲!」
そこへ水を差すように英空母四隻から出撃した八十機の攻撃隊が迫っていた。
「まだ戦いは終わってない。これからだ」
「はい!」
伊藤は浮かれ気味の艦橋の将兵を引き締める。
(さて、行かせてくれるか沖縄へ)
今度は「大和」へ迫る英軍機を見つめながら誰かへ心中で尋ねた。
「英軍はしくじったようだな」
沖縄攻略を支援する米海軍第五艦隊の司令官であるレイモンド・スプルーアンス大将は戦闘の経過を聞いた。
英軍は「キングジョージ五世」を撃沈させられ「ライオン」が大破させられて艦隊を退却させた。
「任せておけと言いながらこの有様とはイギリス人は情けないものだ」
スプルーアンスがこう言うと幕僚達も英軍は無責任だと口々に罵る。
「とにかく敵艦隊をどうにかしないとな。デイーヨの戦艦部隊を沖縄本島北部の海域に展開させよう」
このデイヨーの戦艦部隊とはデモートン・デイーヨ少将の戦艦六隻からなる第54任務部隊である。この部隊は沖縄の上陸部隊へ艦砲射撃で支援を行っている部隊だ。
「こちらも艦隊戦で決着を付けてやろうじゃないか」
「これより敵艦隊を追撃する」
艦隊を集結させ旗艦を「ライオン」から「デューク・オブ・ヨーク」へ移したヴァレッジは再戦を決めた。時刻は午後四時である。
「このまま引き下がったのでは英海軍の名誉は落ちたままだ。ヤマトだけでも撃沈せねばならん!」
ヴァレッジの失敗であるがこの思いは他の英軍将兵も同様だった。
このまま退場すればアメリカが助けてやったのだぞと恩着せがましく言われ続けられる。それは不快でならないと。
この追撃戦は「デューク・オブ・ヨーク」に巡洋艦二隻・駆逐艦四隻で行われた。駆逐艦二隻は撃沈された「キングジョージ五世」の乗員を捜索救助に当っている。
一方の第一遊撃部隊は戦艦「大和」が「ライオン」などの砲撃を浴びて対空兵装の半数と後部射撃指揮所が破壊されていた。また英軍の空襲により魚雷を二発受けて速度が二十四ノットに落ちていた。
「大和」に従うのはまだ何とか健在な「矢矧」に駆逐艦六隻である。駆逐艦「朝霜」が撃墜したフェアリー・バラクーダー艦攻がぶつかりその爆発の衝撃によって機関が故障して落伍していた。
「米軍は夜襲挑むかもしれんな」
伊藤は米艦のレーダーが優秀なのを知っていた。夜戦は日本海軍の御家芸と自慢していた時代は終わっていた。レーダーの目は猛訓練で鍛えた将兵の肉眼を上回る。
「気は抜けませんが今の内に乗員は休ませてあります」
時間は午後八時である。もはや陽は沈み暗夜となっている。敵を見ない今の内に有賀は交代で将兵を休ませていた。
「朝霜から緊急です!敵艦隊接近!」
通信参謀が慌てて報告する。
「ワレ航行不能ナレド敵艦隊ト交戦中ナリ」「我艦ハ最後マデ戦ウ天皇陛下万歳」
通信参謀は「朝霜」から続けて発せられた通信を読み上げる。
「追われているな」
伊藤は「朝霜」の位置からそう感じ取った。
「このままだと沖縄近海の敵艦隊と追っ手の艦隊とで挟み撃ちだな」
森下は頭に地図を浮かべながら言う。
「いや後ろからの敵が夜襲をして来るかもしれない」
有賀は駆逐隊司令だった見地から言った。
「そうだとしたら先に撃退せねばならん」
伊藤はそう言ったが迷いが見られた。
第一遊撃部隊の後ろから迫る敵艦隊を撃退すべく針路を変えるか、無視して沖縄への前進を続けるか。
もしも夜戦に時間を取られて沖縄本島を見る前に陽が上がれば今度こそ米軍艦上機が大挙して空襲に来るだろう。そうばれば沖縄へは辿り着けない。
「作戦目的は沖縄への進撃だ。針路も変えない」
伊藤は沖縄への進撃を優先した。
「しかし敵艦隊が来れば交戦する」
伊藤の決断により第一遊撃部隊は針路をそのままに沖縄本島へ向けて進む。
だが追っ手の艦隊、ヴァレッジの艦隊は午後十時に第一遊撃部隊をレーダーで捉える。
「敵艦だ!敵艦発見!」
一方の第一遊撃部隊がヴァレッジの艦隊を発見したのは午後十一時である。「大和」にある対水上電探は昼間の海戦で損傷し機能しておらず兵の肉眼での発見だ。
「やはり来たか」
伊藤と森下は自分達の足を引っ張るように現れた敵艦隊を忌々しげに感じた。
「敵の艦種は?」
「戦艦一に駆逐艦二です!」
有賀が尋ねると艦橋内で見張る兵が答えた。
「少ないな。まだ何処かにいるぞ」
森下は暗夜に隠れる敵の気配を感じるように思えた。
「艦長。敵戦艦を照射して砲撃だ」
伊藤は有賀に探照灯というサーチライトを使い敵艦を照らして砲撃せよと命じた。
対水上電探は壊れたままであり射撃用の電探は無い。敵の位置を夜で正確に見るのは灯りで照らすしかない。
「あれはキングジョージ五世型だ。昼間の敵艦隊が追ってきたのか」
灯りに照らされたのは「デューク・オブ・ヨーク」だ。これで伊藤ら第一遊撃部隊の面々は敵艦隊の正体を知った。
「逃げている?」
「デューク・オブ・ヨーク」は照射されると灯りから逃げるように第一遊撃部隊へ背を向けるような動きを始めた。
「照射から逃れて暗闇に隠れて電探射撃をするつもりだ」
森下は「デューク・オブ・ヨーク」の意図をそう見た。対艦戦闘の電探が無い日本軍艦艇にとっては暗闇に紛れてレーダーによる探知と照準をされるのは余りにも分が悪い。
「あの敵戦艦を追いましょう」
有賀は伊藤へ求めた。
「いや、追うのは駆逐艦にさせよう。足が速いからな」
伊藤の判断に有賀は納得した。二十四ノットに落ちた「大和」では振り切られる可能性がある。ならば三十ノット以上の優速である駆逐艦で追うべきだろうと。
「敵戦艦を食ってやるぞ!」
「デューク・オブ・ヨーク」の追撃をする一隻に加わった駆逐艦「雪風」では寺内正道中佐が気勢を上げた。
追撃の駆逐艦は「磯風」・「雪風」・「冬月」・「涼月」である。
この四隻は「大和」から伸びる探照灯を頼りに「デューク・オブ・ヨーク」を目指して突撃する。そして魚雷を発射しようと狙い続ける。
「敵は食いついたな」
「デューク・オブ・ヨーク」のヴァレッジはレーダーで駆逐艦四隻に追われているのを把握すると勝利を確信した。
「ノーフォークへ伝えよ。突撃せよ!」
ヴァレッジの命令を受けたのは重巡洋艦「ノーフォーク」であった。
「ノーフォーク」は重巡洋艦「ロンドン」と駆逐艦二隻を従えている。これはヴァレッジの座乗する「デューク・オブ・ヨーク」と駆逐艦二隻と離れて別働隊となっていた。
この別働隊に突撃の命令が下り単縦陣で駆ける。
「敵艦発見!近づく!」
この別働隊を「大和」や「矢矧」の乗員は発見し「矢矧」と駆逐艦「霞」「初霜」が主砲の射撃で迎え撃つ。しかし間隙を突かれた少しの遅れにより別働隊を阻む力を出せずにいた。
「矢矧」や駆逐艦が放つ砲撃の中を四隻の別働隊は悠然と行くのだ。
「目標敵戦艦!右舷雷撃戦用意!」
別働隊は右舷にある魚雷発射管を右へ向ける。
英軍の重巡と駆逐艦には多少の違いはあるが四連装の魚雷発射管が二基ある。重巡は片舷ごとに一基であり今から行う右舷の雷撃戦では一基四発の魚雷しか撃てないが駆逐艦は艦の中央にあり左右どちらにも発射できる。
よって二十四本のの魚雷を今からこの別働隊は発射しようとしていた。
「あの敵艦隊は雷撃するつもりだ」
有賀は駆逐隊司令をしていただけありその動きを看破して右へ回避する取り舵を命じる。
「逃がさんぞ巡洋艦魚雷発射!」
別働隊は単縦陣を維持したまま、まず「ノーフォーク」と「ロンドン」が八本の魚雷を発射する。
「駆逐艦魚雷発射!」
「大和」を魚雷の射界に収めると二隻の駆逐艦が十六本の魚雷を発射する。
こうして二十四本の魚雷は二派に分かれて「大和」へ襲い掛かる。
魚雷をかわそうとする「大和」の動きは有賀にも伊藤にも森下にも鈍く思えた。
早く回避してくれ、魚雷よ早く行けと誰もが願う。
だが魚雷は次々に「大和」の左舷に命中する。
「くっそう、やられた!」
「矢矧」に乗る第二水雷戦隊司令の古村啓蔵少将は「大和」を守れなかった憤激から別働隊を追いかける。
「なんてこった!先に大和がやられた!」
「デューク・オブ・ヨーク」を追う寺内は「大和」被雷に衝撃を受けた。
「ますますあの敵戦艦を沈めねえといかんな」
「大和」の仕返しと四隻の駆逐艦は別働隊と同じく雷撃を始める。
「右舷雷撃戦!撃て!」
「雪風」と「磯風」の「陽炎」型駆逐艦は四連装魚雷発射管を二基装備している。「冬月」・「涼月」の秋月型駆逐艦は四連装一基である。
こちらも同じく合計二十四本の魚雷が一隻の戦艦へ放たれる。
「デューク・オブ・ヨーク」は左舷に魚雷十本が命中して大量の浸水により魚雷命中から五分後に退艦命令が出た。
「ヤマトはどうしたのだ?」
「デューク・オブ・ヨーク」から駆逐艦「クロージエ」へ移譲したヴァレッジはまずそう訊く。
「あの火災を起こしているのがヤマトです。確認できただけでも八本の魚雷が命中しました」
駆逐戦隊の司令がヴァレッジへ報告する。
「そうかあの燃えてるのがヤマトか」
暗夜を照らす祭りの炎の如く立ち上る「大和」の火災を眺めてヴァレッジは「勝てた」と感じた。
「敵艦隊は?」
「ヤマトの周囲に集結しています」
「こちらも集結して漂流中の乗員の救助を続行だ。敵艦が向かうなら反撃せよ」
こうしてお互いを睨みつつ二つの艦隊は自然と交戦を止め一方は乗員の救助をし一方は燃える戦艦の消火を支援していた。
「大和」は魚雷八本を左舷に受けていた。
命中箇所は中央から艦尾にかけてである。浸水の被害もあったが深刻なのは左舷側にある二基のスクリューを動かす軸と主舵が破損した事だ。
至近で魚雷の爆発を浴びた二本の軸は折れてしまい回転しなくなったのだ。また艦尾の「大和」を左右に動かす舵が艦尾の魚雷命中で動かなくなってしまったのである。
「浸水は食い止め、傾斜も注水で復元しましたが大和は満足に動けなくなりました」
有賀は悔やむ想いだった。
あと少しで目的地の沖縄を目前に「大和」は右舷二基のスクリューしか動かせず左右どちらにも針路を変えられない。右舷側しかスクリューが回せない為に直進できるとも限らない徐々に左へ寄っていく動きになるだろう。
「沖縄へは行けるか?」
伊藤は航海長へ尋ねた。
「魚雷の回避で針路が西へ向いてしまいました。直進できたとしても沖縄へは行けません」
沖縄へ行く事は叶わない。そう分かると同時に失望たる重い空気がその場の将兵に降り落ちた。
沖縄へ南に針路向けていた「大和」だったが回避により違う方向へ向いていたのだ。
「残念だがここまでだ。作戦を中止する」
伊藤の宣言に無言で森下など参謀達が了解する。
「艦長、大和は自沈させる」
「はい」
有賀は受けると艦の応急作業を指揮している副長へ自沈の準備を命じた。
「他の皆は残存艦艇で本土へ帰還せよ。次の戦いへ備えるんだ」
伊藤は森下ら参謀達へ命じた。
「では長官も退艦して次の戦いへ参りましょう」
森下は伊藤へ勧めるが伊藤は「それはできない」と断る。
「皆、御苦労だった」
伊藤はそう言い部下達へ敬礼をする。
「自沈準備をする乗員以外は退艦せよ!」
有賀は「大和」乗員の退艦も始めた。
「さあ貴様も早く行け。朝になる前に皆を連れて行ってくれ」
「分かった。お前の部下は俺に任せておけ」
森下は有賀が艦長として艦と運命を共にするのだと分かった。
「大和」に対し敬礼!
午前二時、「大和」と海戦で英巡洋艦と砲戦をして撃沈された「矢矧」の乗員を収容し自沈を始める「大和」に対して第一遊撃部隊の将兵は敬礼をする。
「敵艦隊が北へ向かいます」
ヴァレッジの艦隊は第一遊撃部隊を遠くから監視していた。
まだ暗い中でレーダー探知により第一遊撃部隊の残存が本土へ向かうのを知った。
「敵は撤退したな。これで戦いは終わった」
ヴァレッジは勝ったが勝利に喜ぶ事はできなかった。
この勝利の為に戦艦「ライオン」が大破し、「キングジョージ五世」と「デューク・オブ・ヨーク」が撃沈された。日本軍を見くびっていたと反省はするがこの戦いができた事を後悔はしていなかった。
「諸君。我々は歴史を目撃している。日本海軍が壊滅しこの戦争が終わる終わりの始まりの場に立ち会っているのだ」
戦艦大和最後の進撃~ユニオンジャックの意地~ 葛城マサカズ @tmkm
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます