戦艦大和最後の進撃~ユニオンジャックの意地~
葛城マサカズ
第1話前編
昭和二十年四月一日にアメリカ軍は沖縄本島へ上陸作戦を開始した。とうとう日本は対米戦争において硫黄島に続き本土の一端へ侵攻されるまでに追い込まれた。
日本海軍は残る海上戦力で沖縄の米軍を攻撃する天一号作戦を発動した。
その作戦で出撃するのは戦艦一隻に巡洋艦一隻に駆逐艦八隻と十隻だけだ。もはや世界第三位の海軍力と言われた日本海軍も動かせる艦隊はもはやこれだけだった。
対する米海軍は戦艦だけでも十隻以上ある。勝てる筈が無い。
しかし米軍は千機ある空母の航空戦力で日本海軍最後の艦隊を攻撃するつもりであった。しかしそれを聞いて動き出す男がいた。
英海軍のバーナント・ヴァレッジ中将である。
ヴァレッジはイギリス太平洋艦隊の1個戦隊を率いる司令である。
彼は米軍の情報で瀬戸内海から日本艦隊が出撃した事を知っていた。
米軍はB-29爆撃機のよる偵察で高空から呉軍港や広島湾にある日本軍艦艇の動向を知っていた。
四月六日の夕方までに徳島沖で艦隊が集結しているのを把握し翌日未明には豊後水道を出たのを潜水艦が発見した。
動きは全てが掴まれていたのだ。
だからヴァレッジはこの艦隊を含め瀬戸内海の日本軍艦艇について情報を知っていて戦うのだろうと思っていた。
本国を守る為に日本海軍は出撃するだろうと。
そして予想通りに動いた。
だが米軍は空母の航空戦力で叩くつもりだ。
「それはいかん」
ヴァレッジは否定する。
この戦いは合理でやるべきではないと。
「これから起きる海戦は日本海軍が海軍として最後の戦いとなる。ならば敵が空母ではなく戦艦を出すなら戦艦により最後の雌雄を決めるべきだ」
そう考えていた。
だが中将と言う高い地位のヴァレッジは上官や幕僚への言い方を心得ている。
「我がイギリスはこのまま戦争をアメリカの主導により終わったとなれば不名誉ではないでしょうか?」
と問いかける事から始めた。
香港やマレー・シンガポールにボルネオ・ビルマと東南アジアの英領を日本に奪われてインドまで引き下がった英国は自力で日本軍を追い返す事はできなかった。
太平洋で米軍が日本軍に打撃を与え弱体化してから我が英軍は反撃を開始した。我々イギリス人は自軍の名誉は理解していてもアメリカ人など他国にはアメリカがあって勝てている不名誉に見るだろう。
「それではいけないのです。我がイギリスは外交で弱い立場になるでしょう。特にアメリカ人から恩を着せられ続けるのは」
爵位を持つ上官にはヴァレッジの説得は通じた。体外的な不名誉に歴史が浅い国家の序列では格下だと思っているアメリカに貸しを作り続けるのは我慢がならないのだ。
「ではアメリカ人の貸しを少しでも減らす方法は何かね?」
ヴァレッジへ上官は問う。
「沖縄へ向かうであろう敵艦隊を我々が撃退するのです。そうすれば米軍は沖縄攻略に全力を投入できるでしょう。貸しを少しでも減らせると存じます」
ヴァレッジの進言は聞き入れられた。
四月六日の夜明け前までにイギリス太平洋艦隊とアメリカ太平洋艦隊との協議で日本艦隊は英軍が対処すると決まった。
この決定に日本艦隊を自分の指揮下にある空母の航空戦力で攻撃させてくれと熱心にアピールしていたミッチャー中将を憤怒させてしまっていた。
ヴァレッジは日本艦隊攻撃に向かえと命じられや我がこと成れりと一緒微笑む。
「行くぞ、日本最大の戦艦ヤマトを撃沈するのだ!」
天一号作戦で出撃した日本艦隊、第一遊撃部隊は戦艦「大和」を旗艦にし伊藤整一中将率いる艦隊だ。
第一遊撃部隊の出撃を命じた連合艦隊司令部はこれを海上特攻だと述べ出撃する将兵も生きては還らぬ最後の戦いへ行くのだと覚悟を決めていた。
「これが日本海軍にとって最後の艦隊出撃だな。最後はどんな敵と戦うだろうか」
伊藤は参謀長である森下信衛少将へ尋ねる。
「まずは潜水艦で損傷させ航空戦力で畳み掛けるでしょうな」
戦艦「大和」艦長そしてレイテ沖海戦で目の当たりにした戦いの推移から出た答えだった。レイテ沖海戦では潜水艦により「愛宕」をはじめ重巡洋艦三隻を失い、空襲で「大和」の姉妹艦である「武蔵」を撃沈させられた。
「普通に考えればそうだが、世界最大を自負するこの大和の最後は戦艦同士の戦いをさせたかったものだ」
伊藤は言うとおりに戦艦「大和」は世界最大の戦艦である。全長二百六十三mで基準排水量が六万四千トンの巨艦であり主砲は四十六センチと現役戦艦は他に無い武装も誇る。まさに最大の戦艦だ。
そんな戦艦が確実に沈む最後の戦いを戦艦が存分に力を発揮する艦隊決戦でありたいと望むのは自然な発想であった。
「私もそうありたいと思います。有賀から艦長職を奪ってこの大和指揮したいぐらいですよ」
今の「大和」艦長である有賀幸作大佐は森下と同期であり気安い仲である。
「困るな俺は艦長を解かれたら何をすればいいんだ?」
「俺の艦隊参謀長と交代だよ」
「おいおいお前だけ楽しむのか」
同期同士による冗談の言い合いに伊藤は一瞬死地へ行くのを忘れかけた。
四月七日の朝が明けた。
ヴァレッジは空母「インドミダブル」から発進した索敵機により午前八時半には第一遊撃部隊の位置を掴んだ。
「航空隊出撃せよ。ただし攻撃は巡洋艦や駆逐艦を中心にしろ。敵の護衛戦力から片付ける」
ヴァレッジの指揮下にある空母「イラストリアス」・「インドミダブル」・「ビクトリアス」・「インディファティガブル」から出撃した二派合計百二十機の攻撃隊は第一遊撃部隊を空襲した。
まず軽巡洋艦「矢矧」が狙われ他の駆逐艦も攻撃を受け「矢矧」が大破し駆逐艦「浜風」を撃沈した。
「よし、後は艦隊の仕事だ。このライオンの出番だ」
ヴァレッジは自ら乗る戦艦「ライオン」の出る舞台が整った事で高揚感がみなぎっていた。
戦艦「ライオン」は衛海軍最新の戦艦だ。
一時は空母や駆逐艦の需要が大きく建造が中止もされ同型艦の建造も中止になったがこの「ライオン」だけが竣工までこぎ着け沖縄近海の戦場にあった。
全長二百三十九mで基準排水量4万五百五十トンの「ライオン」の船体は「キングジョージ五世」級と似た容姿をしている。
これは「ライオン」が「キングジョージ五世」の強化型とでも言える存在だからだ。「キングジョージ五世」が建造された時期は第二次ロンドン海軍軍縮条約により新たに作る戦艦の主砲が十四インチ(三十五センチ)に抑えられたからだ。
だが日本海軍が十六インチ以上の主砲を装備した新戦艦(つまり大和型だ)の建造をしている事や第二次ロンドン条約に規制緩和のエスカレーター条項が適用され新規に建造する戦艦は16インチまで認められる事になった。
英海軍はこれにより「キングジョージ五世」の十六インチ主砲搭載型を求め作られたのが「ライオン」型だった。
ヴァレッジはこの新戦艦「ライオン」の殊勲に「大和」撃沈を求めていたと言える。
もはやこの大戦から航空戦力が戦艦を撃沈できると日本海軍が真珠湾で示し、英軍もマレー沖で戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と「レパルス」が日本海軍の攻撃機に沈められて実感していた。
次の戦争では戦艦同士で戦う事は無いだろう。
ならばこの大戦最後の海戦は戦艦同士で戦うべきだとヴァレッジは求めていたのだ。
二度に渡る英軍のよる空襲が終わり薩南諸島沖を航行する第一遊撃部隊は「浜風」を失い「矢矧」が艦隊の後ろにあってようやく追いつく陣形になっていた。
「空襲は英軍機だけか。奇妙だな」
TBFアベンジャー艦攻や飛行艇などの索敵機が第一遊撃部隊の上空に飛来する以外に米軍は第一遊撃部隊に触れようとしないのだ。さすがに伊藤や森下は奇妙に感じていた。
「我々を英軍に任せているのか」
伊藤は思わぬ事態に少し戸惑いがあった。米軍は少しでもこちらが姿を見せれば攻撃をする隙の無い敵が今ではこんなに隙を見せるように手を出さないのだから。
「ならば沖縄まで行ける可能性は高いかもしれない」
「しかし罠ではないかね」
森下の言う可能性を伊藤は否定する。
「罠でも結構。海上特攻なんですから敵を道連れにするだけです」
生きて還らぬ海上特攻隊ならば罠にはまってしまっても構わぬと森下は平然と言いのけた。
「電探が敵艦隊らしきものを探知しました!」
「大和」に装備された対艦用の水上電探が敵艦隊を探知した。もちろんヴァレッジの艦隊だ。
「やはり罠か」
伊藤は顔を渋くした。
「砲撃戦用意!これより我が艦隊は敵艦隊と交戦する!」
有賀は艦長として「大和」に戦闘配置を命じる。
今度は艦隊戦だと将兵は士気を高く気を昂ぶらせて配置に向かう。
日英艦隊はレーダーによりお互いを発見し肉眼で発見したのが午後一時だった。
ヴァレッジは「ライオン」を先頭に立て戦艦「キングジョージ五世」・「デューク・オブ・ヨーク」を従え単縦陣で進む。共をする護衛艦艇は巡洋艦二隻と駆逐艦六隻である。
対して伊藤の第一遊撃部隊も「大和」を先頭に駆逐艦七隻を従えて陣形も同じく単縦陣である。「矢矧」は速力が二十五ノットに落ちている為に艦隊の最後部にあった。
「まだ曇りではありますが遠距離の砲戦ができます」
森下は空を見上げながら言う。この日の天候は雲の低い曇りである。だが視界が悪くなるほどの暗さはない。
「うむ。大和は遠距離砲戦だ。敵の戦力は分からんがこちらが劣勢なのは間違いないだろうからね」
伊藤は唯一の大きな有利である戦艦「大和」の四万メートル以上になる主砲の射程を生かして戦うと決めた。
「砲術長、主砲射撃用意!」
有賀はそう命じたが不安があった。レイテ沖海戦から本土へ帰還し修理と機銃増設の改装をした後は燃料不足により艦を動かす訓練をしていない。ましてや主砲を撃つ訓練もだ。
「さて、久々の対艦戦闘だ」
レイテ沖海戦で米軍護衛空母艦隊との砲戦を経験した松下少尉が主砲の狙いを定める射撃指揮所で敵艦を望遠で睨みながら腕を撫していた。
「あれはキングジョージ五世型ですかね」
「おそらくな」
松下は見えたマストと艦影から推測し砲術長も同じだと思った。
「敵は三十五センチ主砲か。これなら射程の差で圧倒できそうだな」
迫る敵戦艦が「キングジョージ五世」級だと分かると伊藤にも少し余裕が生じた。
「こちら砲術長。距離三万七千で射撃を開始したいと思います」
「よろしい。任せる」
曇りによる少しの暗がりが距離四万メートルでの射撃を邪魔していた。射撃レーダーの無い弱みだ。
お互いが睨み狙いを定めながら曇り空の下にある黒く重たげな海を進む。
「距離三万七千です」
「砲術長どうだ?」
「いつでもどうぞ」
「主砲撃ち方はじめ!」
海戦の火蓋は「大和」の主砲により切られた。
「大和」は前部にある二つの主砲六門を放つ。六つの砲弾は「ライオン」の周囲に落ちる。
「ほう、なかなか遠くから撃つものだな」
「大和」の射撃にヴァレッジは「大和」型が十六インチ主砲以上十八インチ主砲の可能性もあると言う噂は本当だったのだと確信した。
「もっと近づけろ敵は主砲で勝っているが我らは戦艦の数で上だ」
「ライオン」は最大速力三十ノットであるが「キングジョージ五世」型は二十九ノットと僅かに遅い。「ライオン」と「キングジョージ五世」・「デューク・オブ・ヨーク」の距離が開く。
「陣形が崩れるのも止む得ないな。後続はそれでも追従せよ」
「ライオン」が突出する形で英艦隊は進む。それは結果として「ライオン」が「大和」の砲弾を引き受ける形になる。
とうとう「大和」の三斉射目で「ライオン」の後部に砲弾が一発命中した。
「速力が二十七ノットに落ちました」
「これで後続が追いつくな」
四十六センチ砲弾の着弾に冷や汗をかかされながらもヴァレッジはそう言い動揺する部下を落ちつかせる。
「射程に入りました」
「よし、撃て」
「ライオン」は距離三万二千メートルで射撃を開始した。
前部の主砲六門から放つ砲弾は「大和」の周囲に着弾する。
「あの敵戦艦はキングジョージ五世ではないな」
射撃を受けて森下は「ライオン」の正体を見破った。
「敵は英軍の新型戦艦のライオン型です。主砲は三十五センチではなく四十センチ」
森下は誤算をしていたと少し悔やむ。
「こっちが先に当っている。優勢だよ」
有賀は敵の正体はどうあれ不利ではないと言っている。
「まずはあのライオンを仕留めねば」
伊藤は「ライオン」の後に続く「キングジョージ五世」と「デューク・オブ・ヨーク」が砲戦に加わるのを最も脅威に感じていた。
幾ら主砲の火力が「大和」型に劣るとはいえ通信機能や射撃の管制機能が破壊される恐れもある。
「このまま反航戦になるな。総攻撃の時だぞ」
ヴァレッジは艦隊が最も近づく時に「キングジョージ五世」と「デューク・オブ・ヨーク」を加えて主砲による猛射で「大和」に大打撃を与えようとしていた。
「キングジョージ五世」も「デューク・オブ・ヨーク」も左舷へ主砲を動かし総攻撃に備える。
「来るぞ。敵は艦隊の火力を一気にぶつけるつもりだ」
伊藤は双眼鏡で英艦隊を見てヴァレッジの意図を見抜いた。
「差し違えになるか。上等だ」
森下は敵がここまで戦意高く突入してくるのに戦慄しつつ好敵手にほそく笑む。
「接近するなら敵一番艦を確実に仕留められる」
有賀も確実な敵艦攻撃を期待していた。
「今度は第三砲塔も射撃だ」
それまで待機していた後部の第三砲塔も「ライオン」へ狙いを定める。
「艦長、主砲全て射撃良し!」
「撃て!」
距離二万八千メートルで「ライオン」が「大和」の真横に位置する時に「大和」は九門の主砲を斉射した。
九つの砲弾は二発が命中した。一発が中央部にもう一発が前部の主砲塔の間に着弾した。
どの砲弾も集中防御区画の装甲を歪めつつも辛うじて貫通を食い止めたが深い傷を負ってしまう。
「第一と第二の砲塔が故障!主砲撃てません!」
「くそ、軟弱な大砲め」
ヴァレッジは悪態をつく。
英戦艦の欠点に主砲の故障がある。「ネルソン」級と「キングジョージ五世」級の主砲は故障が多く「キングジョージ五世」では故障問題解決に四年かかるほどだ。
「ライオン」もそうした弱点を克服できないままであった。その弱点が砲塔付近の着弾で再発してしまったのだ。
「後ろの第三砲塔は?」
「無事です」
「三門だけでも撃ち続けろ」
一気に三分の一に火力を落とされた「ライオン」であるが戦えない訳ではないヴァレッジも「ライオン」の乗員も闘志は失っていない。
だが「大和」も負けぬ高い闘志を砲弾としてぶつけて来る。
「魚雷か!?」
「ライオン」はまた「大和」の砲撃を受けた時に魚雷を受けたような現象が起きた。
左舷に魚雷が着弾したような水柱が上がり左舷船体の水線下に突き破られた穴が空けられた。これは魚雷ではなく「大和」の砲弾であった。
「大和」の砲弾は水中でも敵艦へ魚雷の如く進む水中弾の特性もある。その特性により「ライオン」に穴が空いた。
「ライオン」は「キングジョージ五世」級を元に設計された戦艦である。「キングジョージ五世」型は水中防御があまり高くなく「ライオン」もそのまま受け継がれてしまった。
そうした水中防御を高める案はあったが変更による建造期間の延長が認められず初期の1938年案のまま「ライオン」は完成された。それが今になり仇となったのだ。
「速力が20ノットに落ちます」
「火災消火中です」
「ライオン」が被った被害を聞きさすがのヴァレッジも溜飲を下げざる得ない。
「さすが日本海軍最大の戦艦だ。恐るべき相手だ」
「ライオン」は右へ転舵して「大和」から離れていた。艦橋から遠ざかる「大和」を眺めながらその威力に畏怖を抱く。
「司令官。我が艦はダメージが深刻です。戦闘から離脱します」
「ライオン」艦長であるボレス大佐が額の流血を拭いながら言う。
「艦長の最善に任せる」
ヴァレッジは艦長に「ライオン」を託した。
それは同時に「ライオン」が「大和」との対決に敗れた事を意味した。
「キングジョージも苦戦しているな」
「ライオン」の後を継いで「大和」と戦う「キングジョージ五世」と「デューク・オブ・ヨーク」は二隻がかりであるが苦闘している。「大和」の砲撃を受けてか両戦艦は火災や黒煙が見え行き足が落ちている。
「空母に連絡だ」
ヴァレッジは後方に居る四空母へ攻撃隊出撃を命じた。
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