第14話 『色』は何よりも強固であり、また無力でもある

「さて、今日は前から気になっていた『色』についての話をしてみようか。

 僕がここまで解説していく中で、『色』について説明した項目は2箇所。どちらも他の項目より少しだけ閲覧数が伸びているのが気になっていたのだけれど、肝心の内容がなんとも淡白なものだったことについて、申し訳ないと思っているんだ。

 けれど、そこにはれっきとした理由がある。僕なりの考え方というか、理論というか……哲学、に近いものだろうか?

 それが気になるようであれば、僕の話を聞いて欲しい。実用的なものになるかは疑わしいから、単純な方法論を求めている人にはお勧めできないけれど、ね。

 これはあくまで、僕が、僕個人の考え方によって、服装描写における『色』を解説できなかったという、その理由だ」


* * *


「そもそも、『色』とはなんだろう?

 赤、青、黄色……と単純に挙げていけば、それらは容易に脳内でイメージを結ぶ。つまり、僕らの周囲にありふれている、光の屈折率による視覚情報だね。

 しかし、ありふれているからこそ、小説においては扱いが難しくなる。

 何故なら、小説は文字だけで構成された媒体だからだ。


 文字だけで構成された物語空間を読み手に伝えるために、書き手はあらゆる手段を尽くさなければいけない。

 描写するべきこと、描写すべきでないことは分けられていく。他者が情報を認識した際、受け取れる情報量には限度があり、また個人差も大きく生まれるからだ。

 僕が服飾のアイテムについて説明した際に、知っている単語と知らない単語が混ざってはいなかっただろうか。数多くの単語――情報を知っている人間ほど、ひとつの文章から受け取れる情報量というものは増えていくんだ。

 そういったことを考えていくと、登場人物の服の色というものは、どうしても重要な要素にはなりにくい。

 何故なら、小説という媒体そのものには、イラストのように直接的な視覚情報の入る余地がないからだ。挿絵が付くのは、基本的に、出版社を通して『商業作品』として発表されたものになる。それ以外にイラストが付くとしたら、個人的に依頼した場合や、作品のファンにイラストを描いてもらえた場合が大半ではないかな。

 どちらにせよ、ただ『小説』として発表したものではなく、ひとつ多いプロセスを辿っている作品になるだろう。


 小説には視覚情報を直接伝える方法がない。となると、書き手は物語の視覚情報をどのように文章で伝えればいいか、苦心することは避けられなくなる。

 このあたりの演出方法には人それぞれのやり方が存在するから、特には触れない。たったひとつの正解なんて、元からどこにも存在しないものだ。

 ただ、『色』を描くことが必須となる情報は、『風景』と『登場人物の髪・瞳・肌』であり、『服装』についてはかなり判断の分かれる箇所になるんじゃないかな?


 単純に『赤い髪』と書いただけでも、そこには性格や人種といった、キャラクターのぼんやりとしたイメージが浮かび始める。熱血、男勝り、怒りっぽい……など、『赤』という色が持つイメージが、読み手の想像を喚起する。『赤い瞳』『赤銅色の肌』なども同様だ。

 一方で、『赤い服』と書いただけでは、ただの事実にしかならない。イメージを生み出すためには、『赤い軍服』『赤いドレス』といった、もう一歩踏み込んだ表現が必要になるだろう。

 しかし、それらは既にただの服装ではないよね。そのキャラが、現在どんな立ち位置にいて、どんな役割を持っているかを端的に示すための演出の一環としての要素アイテムだろう?

 事実、色を抜いた『軍服』や『ドレス』であっても、それらは既にイメージを喚起させることに十分な単語じゃないかな。そこに付記された『色』とは、あくまでそれらの印象をより強固にするためのものに過ぎないんだ。


 また、『色』という情報は、ごちゃごちゃと出しても却って印象に残らないものになってしまう。

 例えば、『ネイビー』と『ピンク』の2色を使った描写を考えてみるとしよう。



 ――待ち合わせ場所に現れた彼女は、紺色のジャケットを羽織り、薄いピンクのスカートを履いていた。


 ――ざあっと南風が吹いて、紺色の夜空に薄紅の桜がはらはらと散っていく。



 さて、どちらがより効果的に『色』を想像できただろうか?」


* * *


「……と、ここまで少し脅しのような話になってしまったけれど、そう身構える必要はないよ。

 ピンクのスカートは女の子らしさを演出する手軽な手段だし、紺色の襟のセーラー服に白いラインが入っていることが読み手に対するイメージの増強になるのは間違いない。白いサマードレス、黒い水着、カーキ色のモッズコートという風に、季節の表現にもぴったりだ。

 ファンタジーであれば、萌黄色の柔らかなチュニックを着たエルフ、日に照らされた青い甲冑、血塗られたような色をした魔術師のローブ……『色』は、どこまでも僕たちの描きたいイメージを増幅してくれる。


 だからこそ、僕は伝えたい。

 『不慣れな服装描写の中で、無理をしてまで『色』の描写をする必要はない』という、ただそれだけのことを。

 『色』は、自分が必要だと思ったとき、必要な分だけ書けばいいんだよ」


* * *


「もうひとつ、服装の話からは少し外れるけれど、いわゆる『ライトノベル』における描写が細かく、時にくどいほどに感じられる理由について、僕なりの解釈を話しておこうか。


 昨今では、『ライトノベルはアニメ化、マンガ化前提で描かれるから、描写が細かくなる』なんて言われている。

 でも、本当は――『逆』だったんだと、僕は思うんだ。

 なにせ、ひと昔……いや、ふた昔前には、アニメ化されるライトノベルなんてそう多くはなかった。

 そもそも、アニメの本数そのものが、今よりずっと少なかったんだからね。


 アニメやマンガが好きな人が気軽に読める小説にするため、映像的な描写が多用された。

 それが結果として功を奏し、アニメ化、マンガ化というメディアミックス展開を経ることになって、現在に繋がっている。あの、時に描写過多とも思えるような文章には、そうした経緯があってのことだ。

 だから、ただ単純に『描写を盛っておけばライトノベルっぽくなる』なんて考えたら、上手くいくどころか、予想だにしない火傷をすることがある。


 僕がわざわざこんな話を持ち出さなくとも、分かってる人は分かってる。

 だから、こんな話は綺麗さっぱり忘れてくれてかまわない。僕を侮蔑してくれたっていい。

 ……それじゃ、どうしてわざわざこんな話をしたのかって?


 きっと、僕が、僕の愛した『ライトノベル』を、今でも愛しているからだよ」

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助けてカクえもん! 女の子の服が描写できないの!! youQ @youQ

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