ゾンビ街の男

タコ

第1話

 世にも恐ろしい疫病が発生した!

とある大都市の魔術工房で研究されていた怪しい液体が飲料水路に混入。

ガスやら何やらも漏れ出し、あっという間に病が蔓延。

感染したものは動く屍と化し他者を襲う!

事態の打開に向けて討伐隊や医療部隊が組まれる事態となった・・・


 腐臭を漂わせた屍が徘徊し、荒廃した市街を悠々と歩いている男が一人。

その足でしっかりと地面を踏みしめながら歩いており、屍の足を引きずるそれとはまるで違う。

生存者だ。しかし他の生存者とはまるで違う。


 屍は人を襲う。どこにいようが嗅ぎつけて、生きたままの肉を貪り食うのだ。

噛まれたり引っかかれたりして傷を負った者は、しばらくすると動く屍たちの仲間入りをする。

そのため、非感染者は屍に襲われまいと必死に逃げる。

だが、この男からは必死さが微塵も感じられない。

それどころか感染者でひしめいている大通りの真ん中を堂々と進んでいくではないか。


 なぜだか感染者たちは彼に見向きもしない。それどころか、彼の事を避けるものさえいる。

また、まかり間違って引っ掻かれることなどがあったとしても、彼には疫病への耐性があるため絶対に感染しない。


 しかし、いくら耐性があるとはいえ、何十匹も上に覆いかぶさってきたり、肉を食いちぎられれば死んでしまう。

この男は特別な存在だが、その辺はいたって普通の人間である。

スーパーパワーを持っているだとか、その気になればゾンビを一瞬で消し炭にできるとか、そういったことはできない。


 だが、先ほども述べたようにゾンビたちはこの男にまるで興味を示さない。

それをいいことにスポーツ感覚でゾンビ狩りを始めた。

男は単身で大都市に働きに出てきたため、身内や知人などは一人もいなかった。

彼は心置きなく狩りを楽しんだがしばらくすると飽きた。

ゾンビはどこにでもいて、狩っても狩ってもキリが無い。それに体も少し疲れてきた。


 あちこちで生存者が逃げ惑い、討伐隊が奮戦している様子が見受けられた。

気まぐれで何人か助けようとしたが、最後には全員感染してしまった。

まぁ次は助けられるだろうと気を取り直した。


自分が盾になりゾンビをバッタバッタとなぎ倒したりもした。

それでも捌ききれずに素通りされてみんな感染した。

今度は絶対に守ってみせると堅く決意した。


強固なバリケードを作り生存者をかくまったが、圧倒的な数に押されて破られてしまった。

もう誰一人死なせたくないと強く思った。


ゾンビが絶対に入ってこないようなシェルターを作り救出した生存者を迎え入れた。

食糧もたっぷり備蓄した。

備蓄が切れそうだったので食料を調達し帰ってくると、生存者同士の不和とストレスが原因で殺し合いが始まっていた。

男は仲裁しようとしたが何も聞いてくれず、むしろ危害を加えられた。

男は運よく死なずにすんだが、傷が深くて動けなかった。

生存者は殺し合いか、逃げた先でゾンビに襲われてみんな死んだ。

男は深く絶望した。どうやっても生存者を助けられない自分のふがいなさを悔いた。

それと同時に、こいつらは本当に救う価値があるのかと疑い始めた。


討伐隊と協力し、市民にも完全武装させて街からの脱出を図った。

市民は全滅。討伐隊も少ししか生き残らなかった。

すると、街から出るなり予備の討伐隊と、待機していた医療部隊がやってきて男に提案してきた。

彼の体を研究して治療薬を作るのだという。


 男は皆が助かるのならばと素直に従った。

数々の修羅場をくぐってきた彼は今までの出来事を思い出した。

助けを求めてきた人、一人で頑張りすぎだと労ってくれた人、ヒーローだといってくれたあの子、救えなかった人たち、この街で出会ったすべての人の顔が一瞬で目の前をよぎった。

きっと報われる。私も、彼らも。そう信じて男はついていった。


 男の体は調べつくされ、特効薬が出来上がった。

ゾンビ化したものは元に戻せないが、新たな犠牲者が増えることは無い。男はそう思い安堵した。

しかし今度はその薬をめぐって人間同士で争いが起こった。

中にはわざと感染者を小さな村などに放し、ある程度広まったところで法外な値段で薬を売りつけるという輩までいた。

その新しいビジネスはまるであの街のようにどんどん感染していった。


 男は嘆き悲しみ怒りに狂った。彼は衛兵の目をすり抜けて、監視が続けられている街へと戻った。

長い間いたせいか、この街は妙に落ち着く。 

彼は高い建物の屋根に上がり、座り込んで街を見下ろしていた。夕焼けが綺麗だ。

そろそろ日が沈み、衛兵たちの野営地には明かりが灯るだろう。

 

 相変わらずゾンビが徘徊しているが、さしたる問題は無い。

いや、むしろそれがいいとさえ男は思い始めていた。何故だかは本人にもわからない。

別にゾンビに愛着が湧いたわけではない。しかし嫌いでもない。おかしいなと男は思った。

前まではあんなに憎たらしかったのに、彼らに対して何の感情も抱かなくなってしまった。

 

 男はこの感覚を知っていた。この街に来てすぐの頃、誰も知り合いがいなかったあの時。

目に映る人すべてが他人であり、ただの風景でしかなかったあの頃だ。


 楽しかったわけではないが、楽。人と関わらないという孤独と閉塞感。自己嫌悪の日々。

懐かしい。決して戻りたいわけではないが、最近は人を救うことに忙しくてすっかり忘れていた。

それどころではなかったから。人助けというのはそれなりに充実していた。

そう思いながら徘徊するゾンビたちに目をおろした。


「あの顔は知っているぞ。市場で出会った娘だ。街へ出てきたばかりの俺にも気さくに話しかけてくれたよなぁ。」


「あの人も知っているぞ。道がわからない私に街の通りの名前を教えてくれたおじさんだ。」

「あの子も・・・知ってる。出会ったときにはもう傷を負っていたな。傷が痛々しかったけど、怖がっていてそれどころじゃなくて。泣き止むまであやしてた。最後に少しだけ、はにかんでくれて。その後すぐにボーっとなって、フラフラとどこかへ行ってしまったんだった。・・・・・・。」


「あの人も、あの人も・・・。なんだ、結構知り合いはいたんじゃないか。私が勝手に孤独を感じていただけだったんだなぁ。」

ひとしきり物思いにふけると、男の中にある思いが芽生えた。


私もゾンビになりたい。あの人間たちと暮らすのはもうご免だ。

何も考えず、怯えることなく、ただボーっと過ごしていたい。


 その日から男は独自にゾンビの研究をし始めた。

耐性を持っている自分がどうすれば感染できるのか。

何の医学的な知識も無いながら、思いつく限りのことすべてを試してみた。


 結局、男はゾンビには成れなかった。

しかし研究の最中、ゾンビの操り方を知った。

簡単な指示なら従わせることができるようになったのである。

またこれは後からわかることだが、男の体の中で抗体と疫病が突然変異を起こし、ゾンビ化はしないものの、普通の人間の何倍にも寿命が延びたのだ。

ゾンビ化できない上に寿命が延びたとあっては、今の彼にとって生き地獄も同然であった。


 そんな生活をしばらく送っていると、何やら街の外が騒がしい。

どうやら街を壁で囲おうとしている様子だ。大量の油が用意されているのも見える。

街ごと焼き払うつもりなのだろう。それもそうだ。何故もっと早くそうしなかったのかとさえ思えるが。


 彼はゾンビたちを先導し、夜の闇にまぎれて街を後にした。

ゾンビたちを使ってダミーを作った。幸い、気味悪がって街に入ってくるものは無く、壁の建設は滞りなく進み、晴れて街は火の海と化した。


 その頃になると人々は、よもや街の外にゾンビたちが逃げ出しているなどとは夢にも思わず、疫病騒ぎも落ち着きを見せ、平穏な日常へと戻っていった。

これが歴史的な大災害として語り継がれていくことは、まず間違いないのではあるが決着はついた。


 ほとんど不死と化した男と、ゾンビたちの奇妙な共同生活は今もどこかでひっそりと続けられている。

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